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病気にとらわれず、元気に生きたい

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心の病で入院中です。

病気は、心の葛藤が身体にあらわれるもので、15年以上わずらっています。今の症状は、1ヶ月以上つづく、腹痛です。検査では、身体的には異常はありません。

痛みがやってくるたびに、辛さとともに、身体には異常がないのに、なんで…と悲しみと怒りの気もちがわいてきます。

心の問題なんだから、自分の力で闘うしかない、と病院では、誰ともコミュニケーションをとらず、個室にひとり、こもっています。

この病気を手放すことができたら、と思うのです。
いっぽ踏みだして、変わりたい、と思うのです。

しかし、どこにむかって、どう変わればいいのか、わかりません。

道標がほしいのです。

自信と力をもつには、どうすればよいのでしょう。

アドバイスいただけたら幸いです。よろしくお願いします。


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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

こころはこころだけでは解消しません。

ご投稿どうもありがとうございます。
15年以上わずらっているということで、あなたにとっては大変な日々だったことと案じます。
まず私より言っておきたいことは、こころはこころだけでは解消されないということです。
仏教には思想だけでなく、身体からアプローチすることによって、心と身体を同列に考え、生きている存在丸ごとを許し高め、元気にする方法がいくつもあります。

闘うのではなく善悪や快不快を抜きにして観察すること。
特に、呼吸を観察することが大切な方法です。
呼吸は人間の随意と不随意をつなぐ唯一の機能です。
わかりやすく言うと、呼吸というのは普段は勝手に動いているけれども、自分でもコントロールできるもの。
気持ちが落ち着きゆったりしている時は、呼吸もゆっくり深くなっているはずです。
呼吸と心は連携しているのです。
手始めに、目をつぶって数十回呼吸を観察してみて下さい。注意としては呼吸をコントロールするのではなく、あくまでも「観察」するのみです。また、観察し続けると出てくる想念も、善悪ではなく、客観的に観察し、沸き出させてあげて下さい。
身体は善悪なくフォーカスすることによって、認めてくれたと感じ、自然に善き方向に変化していきます。
「観察」に慣れてくると、「今ここ」にいる自分と向き合うことができるようになっていきます。
すると自分自身への微笑みが生まれてきます。
自分とコミュニケーションできるようになれば、他者とコミュニケーションできるように変化をしていきます。

まずは
「コミュニケーションをとらなければいけない」
「身心を治さなければいけない」
という善悪を含む固定観念から一時離れ、まずは現在の自分を観察してみること。それも知識や言葉でない自分の身心感覚を正直に観察すること。

あなたはどこにも向かいませんし、何も変わりません。
病気を手放すことも必要ありません。
自信も力もいりません。

道標は、今この瞬間だけということを自覚するだけで、
あなたは誰かからも、病気からも、自分自身にも囚われるのではない、
その瞬間は自分で自分を「生き」ています。
「生き」ている時間が少しずつ増えていけば、
きっと現実生活も少しずつ変化をしていくことでしょう。

あなたの今後の身心安楽な生活を祈念いたします。

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曹洞宗(禅宗)僧侶。整体師。愛知県豊橋市一月院副住職。八王子市在住。寺院に...

道標:自分をイジメることをやめればイイだけです。

人生の問題の9割は人間関係です。表面的にはそう感じなくとも根底に人間関係に由来しているものがほとんどです。
あなたの今の悩み、自分がそうなった原因も絶対に人間関係が問題になっていない、とは言えないはずでしょう。
まずは①原因に向き合い、その出来事を悪い評価のままにせず、視点を変えて肯定的にとらえることをお勧めします。過去を怨んだり呪ったりしてもまったく利益がないことを知り、変えられない過去への評価だけを変えるのです。
次に②悩みそのものを心で見抜いて、自分の心から自立することです。
あなたの心の扱いはあなたしかできません。
自分の心に使われて、自分で使いこなそうとしていないから自分の負の思いに支配されてしまうのです。
病だ病だとネガティブに自分をイジメたり、自分を卑下、貶め、凹み、落とさず、
まずは、何におびえているのではなく、❝誰に❞おびえているのか、誰に対して意識をはたかせているのか、誰にどうなってほしいのか、を具体的にしてからもう一度改めてご質問ください。
そして誰が自分を悩ませているのかがハッキリしたなら、それをこちらに表明してください。悩み相談はそれからです。
全部あなたがご自身で、ご自身を苦しめておられるです。
何故ならば、あなたは誰とも接していないでしょう。
あなた一人でしょう。あなたの心の中を動かしているのはあなたでしょう。
暗い事を考えたり、いやなこと、悪いこと、落ち込むことを考えて、自分を嫌な思いにさせているのも全部、自分という工場内部でしょう。
あなたの言う自信がない、といわれる時。
心の中で何をやっておられますか?
自分をイジメてはいませんか。
自信がない、ということを具体化してみてください。
心が落ち込む、悪いことを考え始める、フラッシュバック、過去の失敗経験の再発の恐れ。
仏道は自分の心で自分の心を見抜き、自分の心に苦しまなくなれる道です。
自分を見つめる事につとめてください。その中でどうあればいいかについて再質問してみてください。いつの世の誰であっても自分を苦しめるのは自分なのです。自分を自分から自由にしてあげてください。

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おきもち


丹下 覚元(たんげ かくげん)
今月の提唱 「菩提心をおこす」 菩提心をおこすということは、たとえ...

ご自身を追い込み続ける事だけは無いように

サン様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

心の病で入院されておられて、しかも、検査では異常がないのに身体的な苦痛も現れてしまわれておられますこと、誠にお辛いことでございます・・

検査で異常がない・・でも激痛を伴って苦しむ・・異常がない、診断が出ていないだけに、周りの理解やサポートが得られずになお一層に苦しまれることになってしまう・・

膠原病や線維筋痛症、自己免疫疾患など、まだ十分な原因の解明が進んでおらず、治療法も確立されていない病気があることをなかなか世間も理解できていないところがあるのではないかとは存じております・・

本当にそれらの病気に対しての理解がないと、ただサボりたいからじゃないのか、楽したいからじゃないのかと、時に酷い偏見の目でみられてしまうこともあり、二重苦、三重苦に耐えられない場合もございます・・

サン様も恐らくそのような苦しみの中で闘っておいでであるのではないかと存じます・・

正直、自分の力で闘うしかないとはお考えにはならないで、無理にご自身を追い込んで孤立させるようなことはなさらずに、もっと周りの皆さんに対して、抱えておられる病気のことを理解してもらえるように、色々な人とコミュニケーションを取られていく、あるいは情報発信もされていく、例えば、無理でなければ、ブログやSNSなどで理解をしてもらえるように声なき声を上げられてみられることも一つかもしれません。

もちろん、ネット上では実名での怖い面もありますから、匿名でも構わないかとは存じますし、コメント欄等も規制を掛けられたりして、プライバシーの問題は慎重に考える必要があるかとは存じております。

やがて、色々とコミュニケーションが増えて参りますと改善へと向けたアドバイスや治療例についての情報を頂けたり、同じような苦しみを抱えている方たちとの交流や励まし合い、助け合い、支え合いにも繋がっていくかもしれません。もしか致しますと、完全に治癒へと向かう方策も見つかるかもしれません。

とにかく決してご自身を追い込み続ける事の無いようにだけは、どうかくれぐれも宜しくお願い申し上げる次第でございます。

川口英俊 合掌

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川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究 この度、仏...

道標は・・・

サンさん。今の状態はおつらいでしょうね。

体の状態は、検査をしても大丈夫。

なのに、あなたのおなかは痛んでいるのですね。

他の人にはわからない、あなただけの苦しみだとお考えになり、心の問題だから、自分の力で戦うしかないとお考えになっている。

そのような状態であれば、誰も皆同じように考えるのかもしれません。

仏教では、「諸法無我」と申します。

一言で言えば、私という存在は関係性の中にある、ということになるでしょうか。

私が一番心配するのは、あなたがコミュニケーションをとらず、関係性を断とうとしているところです。

あなたの苦しみをわかってくれる人は、なかなか見つからないかもしれません。

でも、あなたが結んだ関係性の中にこそ、あなたがあるのです。

もしかすると、わかってもらえなくても、あなたの苦しみを和らげる関係性に出遇うかもしれません。

どうか、自ら周りとの関係性を断たずに、周りをちょっと見てみてください。

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真宗山元派上西山正善寺住職

「病気と向き合う・看病」問答一覧

両親の病気がつらい

4人家族で、私のみ離れて暮らしています。(車で片道3時間ほどの場所) 母は1年ほど前にガンが見つかり、もう長くないと言われる状況でしたが現在は寛解し自宅療養しております。 母が退院したと同時に父が倒れ、今入院をしており現在も治療中です。 両親と同居している妹は、両親の病気を近くで見てきたこと(看病や両親の死への恐怖)、仕事等の影響もあり精神を病んでおり、精神科に通ってます。 なるべく平日は仕事をし、金曜の夜〜日曜夜までは実家で過ごし夜中に帰る形をとってますが、転院や通院などの都合で平日の仕事も休みをいただくことが多くなってきています。 実家へ向かう際は、コロナの影響・心配だからと車で彼が片道3時間ほど運転して送り迎えをしてくれています。 このような状況で、私自身もかなり余裕がなくなってきており、今まではあまりなかった母との喧嘩や言い合いも増えました。 仕事をしている間は実家のことをしていなくて迷惑をかけている、実家に向かうとき・帰るときは彼に迷惑をかけている、実家にいるときは会社に迷惑をかけている...最近はこの考えが頭でいっぱいになってしまい、つらいです。 どこにいても何をしていても誰かに迷惑をかけていること、そして自分は間違っていると思ってしまい ふとした瞬間に泣いてしまいます。今までは家族の前、彼の前、会社の人の前では明るく元気に振る舞っていましたが、最近それも出来なくなりつつあり、ふと涙が出てしまいそうになり視界が滲んでしまいます。 出口や正解がないこの状況をなんとか乗り越えたいですが心が折れてしまいそうです。 今まで楽しんでいた音楽や趣味も最近は時間がなかったりコロナの影響もあり叶わず、周りの人がみんな楽しそうに見えてしまい辛いです。 相談の形になっていないかもしれませんが、どのようの気持ちを持てば乗り越えられるでしょうか。 その方法を考えることが自分のためであるとは思いますが、疲れてしまいました。うっかり忘れや判断力も落ちた気がして最近は色々なことに「わからない」と口にしてしまいます。

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病気の人を最期まで苦しめる罪

人生は修行…だとすると死んでいく時の恐怖を避けたり苦痛を和らげてもらい楽をするのはいけない事なのでしょうか? 祖母は82歳で脳腫瘍になり手術はしましたが治ることは無い。と医者に言われました。退院して娘である母と孫である私達と家で過ごし、寝たきりでかなり辛かっただろうけど少しは会話もして刻み食を食べて楽しい&ご飯が美味しいと思えた瞬間もあったはず…と思います。 でも嚥下が出来なくなり最期を迎える時…冊子に書いてあるとおり点滴も食べ物も水も無くし見守るだけ。もう死を待つだけ。回復は100%有り得ない。医者も家族も誰もがそう分かる状態。 祖母は飲食無しで1ヶ月以上頑張っていました。痰が詰まると苦しいので吸引すれば痛みで涙を流していて… 飲まず食わずで1ヶ月以上とゆうのはかなり長い間苦しかったのではないか?と思うのです。その我慢をさせてもその先は死しか無い。であれば可哀想だから長引かせないで死なせてあげた方が良い。と私は思ってしまうのです。 自分も今、治療法が無いと言われる病気で毎日辛く…いじめや暴力、傷害で人に恐怖や痛み苦しみを与える事は罪となっているのに、治らない病気と分かっている人を最期まで苦しめるのは罪とは言わないのは何故なんでしょうか? そう決められているから罪では無いとは分かるのですが、毎日納得出来る答えが見つからず自問自答してます。 回答が得られたらと思います。

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母が大きな手術をするかもしれません

はじめまして。タイトルの通りです。よろしくお願いします。 調べたところ、手術や、その合併症などで死に至る可能性は2%ほど、ということでした。 まだ手術も確定してないですし、精密な検査の結果、手術の必要は無いと診断される可能性もあります。手術が決まったとしても、もちろん、それが成功する可能性もあります。 しかし今は、悪い方、悪い方にばかり考えてしまい、毎日毎晩泣いてしまい、何も手につきません。 実際に手術の成功率を見て、急に実感が沸いたのでしょうか、怖くて仕方がないのです。あんなに元気で、いつもと変わらない母がが、もしかしたら、いなくなってしまうかもしれないなんて考えられません。 世の中には、もっとリスクの高い手術も沢山ありますし、難病に苦しむ人も、若くして父母を亡くしている学生も、沢山いるのだと思います。 しかし、いざ自分もその立場に立つかもしれないとなると、やはり不安で悲しくて、想像もしたくないです。なのに、考えない方がいいと分かっていても、すぐ悪い未来ばかり考えてしまいます。 まだ現時点では、全てが「かもしれない」でしかないです。しかし、その「かもしれない」だけで、私はもう心が壊れてしまいそうなのです。一番辛いのは母自身でしょうに、私がこんな調子では駄目だとは思いますし、こんな姿、絶対に見せられません。 どうすれば、前向きになれますか。悪い風に考えなくて済みますか。 そして、決してあってほしくないですが、もし、もしも、最悪の未来が訪れてしまった時に備えて、私はどう生きればいいですか。 稚拙な文章を読んでいただきありがとうございました。

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有り難し有り難し 3
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一年以上の間、アトピー性皮膚炎と不眠症に苦しんでいます。 アトピーによる身体の痒みが強く、日中も身体を掻き破りたい衝動に駆られてしまい、掻きやぶってしまうことが度々あります。それにより症状も悪化しますし、自分で自分を傷つけていることに落ち込んだりもします。 また、夜になっても眠気が来ないし、睡眠も浅く熟睡感がありません。 睡眠中も無意識に身体を掻き破ることで何度も目が覚めます。 不快感で目覚めて、疲労いっぱいで仕事に向かいます。仕事を終えて帰宅しても身体を掻いてるだけの時間が過ぎていき、生活に必要最低限のことだけを繰り返すだけで、余暇を充実させるようなことはできていません。 今の感じる気持ちとしては、 「主観として人生に何の価値も感じず、またこの状況から自分が何を問われているのかもわからず、この苦しみに意味を与えて自分を慰めてあげることができず辛いだけ。」 辛いこと、苦しいことに対する考え方や向き合い方についてアドバイス願います。 もっともっと辛い状況の方々が世の中にはいらっしゃり、その中にはそれでも前向きに生きている方々もいらっしゃることは承知です。 しかし、自分が辛いと自分のことばかり考えてしまうのも仕方のないことだとも思ってます。 どうしてこんなに苦しいのでしょうか?

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