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死が恐ろしい

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有り難し有り難し 22

こんばんは、高校生です。
最近、父と、私の死が怖くてたまりません。
現在、両親と離れて生活していますが、たまに私の様子を見に来てくれます。しかし、運転する父は大変忙しい職業柄で、時々目に大きなくまを作ったりしながら車で遠い私の家まで来ます。
「様子見に行こうかな」と言われると、途端に交通事故で死んだらどうしよう、、等考えてしまいます。
私は私のせいで親が死ぬのが嫌なのでしょうか?
また、私は暗闇も極端に嫌いになり誰かいるのでは無いか? 物音がしたら、殺される!と、パニックになる事が多々あります。
病気なのでしょうか?
よろしくお願いします。

2021年9月12日 23:58

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

過去を思い未来をここに引き寄せて今現在を常闇にする

人は過去のことで悩む。あなたがああなったらどうしようこうなったらどうしようというのも過去の脳内データ、経験によるもので過敏に、あるいは過剰に防衛反応しているのです。
また人は未来のことで悩む。ああなったらどうしよう、こうなったらどうしようというのはいまだ来たらざる先のことを今から悩んでありもしないことを妄想し、その網で現在を常闇(とこやみ)にする。
幽霊とは、髪の毛を後ろに引きずり過去のことに縛られて、
先を憂いては暗い顔をして未来を恐れて不安になっている。
成仏が出きていないその姿はいわゆる髪が長く、地に足つかず、手を垂らし憂いの表情で描かれるものです。
その幽霊とは外にあるのではない。
あなたがまさに過去にとらわれ、未来を恐れ、現在に地に足をつけずに現実離ればかりしている姿と言えましょう。そういう妄想にとりつかれた状態を念が残って残念というのです。残念な生き方をされているのが成仏できない様子です。
仏教とは、人がこの上なく晴れやかなる心、安らかなる心、聡明な心、優しい心、成仏の生き方です。
成仏とは死んでからの事ではない。
今、そこで、今日、今から、たった今から!
あなたが今もずっと今日まで繰り返してきた憂いの思いの無限ループを継続すればそれはあなたがあなたの習慣・慣習、負のループを好き好んでその生き方を選択しようとする姿です。ニートさんが働きたくないからと布団やこたつの中から出てこないように自分でその生き方を選択すること。いやいや、もう冗談じゃない。こんな生き方嫌だわ!と思ったら誓願を立てる。それが発心というもの。
今までのような自分で自分を苦しめて死を恐れていつも何かが失われるんじゃなかろうかという妄想に振り回されるのはもう沢山とおもうのであれば、もうそういう生き方を止めようとあなたが志す。
そして、冒頭に記したような過去に縛られ、未来に案ずる生き方をせず、現在を明晰な心でちゃんと地に足つけて現実離れのない生き方をすることです。
何故僧侶たちが坐禅なんぞをするのか。役に立たんと思われるかもしれない。とんでもないことです。役に立たなければ僧侶もやらん。人が坐禅をするのは、そのふらふらさまよう成仏できない迷いの心をしっかりと禅定で定めることで心がふらつかんようになれるからです。
今のみで後先なしが真の法 過去も未来も今の一念
我が身はいつも今の事しかないはずです

2021年9月13日 8:26
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有り難し
おきもち


丹下 覚元(たんげ かくげん)
今月の提唱 「菩提心をおこす」 菩提心をおこすということは、たとえ...

どうか安心して下さいね

拝読させて頂きました。
あなたが自分の死そしてお父さんの死をとても怖いとお感じなさるお気持ち、そして暗闇を怖いと感じておられることを読ませて頂きました。あなたのお気持ちとてもよくわかります。あなたのそのお気持ちを心よりお察しします。
私もあなたと同じくらいの時かそれ以前に死をとても怖いと感じました。自分の死もそうですが周りにいる人々全ての死が怖くて怖くて居ても立っても居られない状況で、毎日布団かぶってふるえていました。ですから学校に通うことも出来ず友達とも話すこともできず、ましてや家でも日常生活を普通に送ることさえできなくなりました。何を聞いても何を考えても全て死に直結して考えてしまいますし、暗闇を極端に怖がって夜も照明をずっとつけっぱなしにしていました。ですが一向にその恐怖はぬぐえなかったです。
とはいえある時仏壇や仏様に向き合った時でしょうかね、ほんの少しずつですが怖さが薄れていくような感覚になりました。本当に少しずつ少しずつですね、ゆっくりと心が落ち着いていくようになったのは。
今でも死は怖いです。ですからあなただけがその様に死を怖いと思っているのではありません。
ちょっと一息入れて考えてみて下さい。私達の生活や人生或いはあまたの生きものには必ずその死がやってきます。それは誰しもが変わらずに平等に与えられたものです。生あるものには必ず定められたものです。逆を言えば死があるからこそ生つまり命が恵まれて生きているということが分かります。生きることも死ぬことも曖昧だったら生きているのか死んでいるのか判断つきませんよね。ですから生と死は常に表裏一体なのです。
死は決して終わりではありません、死つまり与えらた命である天寿を全うした時には必ずお迎えがきます。仏様や観音様や菩薩様がお導きなさって下さり、先に往かれた親しい方々やご先祖様が必ずお迎えになって下さいます。そして仏様のもとで皆さんに付き添われて心から安らかに穏やかになっていき、一切の迷いや悩みや苦しみからも救われていき、心清らかに成仏させて頂くのです。
そしてそれからもこの世に生きる皆さんをご先祖様方と一緒に優しく見守っていくことができます。あなたもお父さんも皆様もそうです。どうか安心なさって下さいね。
あなたがお父様や親しい方々と共にご先祖様方に見守られ心健やかに幸せに生き抜いていかれます様切に祈っています。

2021年9月13日 13:45
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有り難し
おきもち


Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして10年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラ...

質問者からのお礼

お返事ありがとうございます。
皆様の回答が、まるで昔よく面倒を見てもらった恩師からの言葉のようで心にすっと入ってきました。
アドバイスを心に置いて継続ではなく新しい見方も心がけていこうと思います。
ありがとうございました!

「死ぬのが怖い」問答一覧

やっぱり、死が怖いです。

何度も失礼します。 最近生活していてやはり、死が怖くなりました。 感染症の影響で多くの人が亡くなり そのことが、あたかも自然なように 連日報道され、人の死が生活の中で より身近(不謹慎ですみません。) に当たり前のようになってきていて いつ死ぬかわからない、まだ自分はやるべきことができてない という負の感情がブクブクと浮かび上がってきてしまいます。 また、これは先ほどのものと違うのですが、 9月3日の夜に見た夢で、夕方に 一人で習い事(文化系)の練習をしていると、 習い事の先生(故人)が先生の住む母屋から出てきて、 自分の隣に座って話すという夢を見ました。 先生にいくらかの自分の悩み事を聞いてもらった後、 「向こうでは、どうしているのですか」 と聞いたところで先生が答える前に 目が覚めてしまって、そこから 「先生が何を言おうとしていたのだろう」と モヤモヤが続いています。 以前の質問で死と向き合って、 そこから生きていく意味を見つける というお知恵をいただいてとても参考になったですが、 自分自身が死と向き合うことができなくて 生きていく意味の追求も止まってしまっている気がします。 お坊さんの思う死の恐怖と向き合う、よける、折り合う方法や お坊さんが普段それと付き合う方法を教えていただきたいです。 先生がどのようなことを言おうとしていたと思われるのか、 ということもできれば教えていただけると嬉しいです。 お忙しい中申し訳ありませんが、よろしくお願いします。 乱文失礼しました。

有り難し有り難し 1
回答数回答 1

死にたいのか生きたいのかわからないです

私は10年ほど、死にたいという気持ちと一緒に生きてきました。 きっかけは他の方からしたらきっと些細なことだと思うのですが、 その後人付き合いが上手くいかず、 当時は全く問題なかった人間関係を上手く築けなくなり、 他にも辛いことが重なり、 死にたいと思うようになりました。 生きたい人が生きられない現実がある事もわかっています。 ある時から(プロフィール参照) 私は自分の手で人生を終わらせることが出来るんだ と思うようになり、 いつでも死ねるというのは 私の希望になりました。 ですが最近、死ぬ事が怖くなりました。 自ら命を絶つのが怖いのではなく、 事故でも病死でも寿命でも、 人間いつかは必ず死ぬ、 という現実が怖いです。 こればかりは絶対避けられない現実なのに 怖くて怖くて仕方がないです。 それなのに死にたい気持ちが無い訳でもない。 死にたいのか生きたいのかわからないんです。 今現在私が生きているということは 少なからず死にたくない、 という気持ちがあるんだと思います。 死にたいと思っても、死ぬのが怖い、 だから生きるのもこわい。 こんな矛盾に戸惑っています。 人間はいつか必ず死ぬ事、 どうしたら自分を納得させられるでしょうか。

有り難し有り難し 7
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不幸になりたくないと願ってしまう

初めて質問させていただきます。 下手な文だと思いますがご了承ください。 私は家族とも仲が良く学校でも特に苦しむこともなく、いわゆる「幸せ」と呼べる人生を送っています。 だからこそだと思うのですが最近、自死を願っている人の事を聞くと、 「もしも私の人生に1歩間違いがあったら私もあんな考え方をしていたのかな…」 と、不安になってしまいます。 今、幸せに生きれている事は偶然の重なりです。 もしも、生まれた場所や時間が違っていたら、「死んでしまいたい」と考えてしまう人生を送っていたかもしれません。 自分が本当にそう願ってしまったら、実際にそうしてしまうかもしれません。それがものすごく怖いんです。 もちろん、その考えをしてしまった人達が行動した理由が、そんな人生を望んでいなくて、限界が来てしまったから、という事は分かっています。 ですが、私は寿命までしっかり生きていてほしいです。 すいません、話がごちゃごちゃになってしまったのでまとめますと、 今、私が思っている事は、 「不幸な人生を送りたくない、でも、今その人生で苦しんでいる人に申し訳ないかもしれない…」 ということ、 私の悩みとしては、 「その思いを少しでも和らげてしまいたい」 ということです。 この思いが少しでも和らげられそうな考え方を、たくさん聞きたいです。

有り難し有り難し 6
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