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3年ほど前から難病に

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3年ほど前から難病指定のある、SLEという病気になってしまいました。診断された時はお医者さんの前で泣いてしまう程悲しく、受け入れられなくて、しばらく泣き続けていたのを覚えています。ここ最近は月日も経ち、家族の助けもあり、少しずつ受け入れようと努力しています。しかしまだまだふと泣いてしまったりと受け入れられません。

なぜ私がなってしまったのか。なぜ病気のせいで趣味を我慢しなくてはいけないのか。なぜ…という気持ちが強いです。

どうしたら病気を受け入れ、前向きに生きていけるのでしょうか。


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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

逆縁

聞いたことがない病気だったので検索してみましたが、お辛い病気ですね……

少しずつでも受け入れようとしているみうさんはすごいと思います。
普段から病気については、仏教で「必ず起こるどうしようもないこと」としてとらえるようにしているのですが、いざその時にそれができるのかというと自信はありません。

老病死の受け入れ難さは、どんなに老病死を身近にしている立場の人でも「今までは 他人の事だと おもいしに 俺が死ぬとは これはたまらん」とあるくらい受け入れ難いものです。

自分のお寺にも、ある難病の方がよくお参りに来られていました。
最初はやはり嘆いてばかりの人でした。
師と一緒に仏さまの前に座り、何日も何回もおつとめしました。
そのうちその方はいつの間にか、自分で病気を受け入れ、前向きな発言をするようになっていました。
理論などではなく、仏さまを前にしてその方自ら心を整えていったんだなぁと思いました。

病気や死の別れを縁で仏教とご縁ができることを、逆縁といいます。
逆縁は辛いことですが、その人を大成させることができるご縁です。尊いものです。

願わくは、みうさんがいつかその病を受け入れることに成功し、そしていつか、進歩した医学によってその病が治ることを切に願います。

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困っている人や悩んでいる人にとって、仏さまの教えが少しでも良薬となれること...

決して諦めない

みう様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

SLE(全身性エリテマトーデス)・・存じませず、少しネットにて調べさせて頂きました・・誠におつらいことでございます・・

自己免疫系に係る難病になるのですね・・

仏教では、必ずモノ・コトには、因縁(原因と条件)があると説明致します。

恐らくは、原因・素因を持っておられたもののしばらくは顕在化はせずのままであったけれども、何らかの条件(アレルギー事由・感染症・ホルモンバランスの変化等)のきっかけが重なってしまったことによって、発症されてしまわれたのではないだろうかと存じます・・

何が原因、条件となったのか、それが明らかとなれば、その原因と条件を変えていけることにより、治療・改善、あるいは克服・根治も可能であるかとは存じます。

効果的な治療としては、ステロイド投与が必須のようですね・・副作用でおつらいこともあるかとは存じます・・

どうか今は、無理されず、遠慮なさられず、周りを頼り、助け、支えを求められて下さい。

そして、決して諦めないで下さい。

「難病」、「原因不明」という言葉に惑わされてしまってはいけません。

因縁をより良いものへと変えることにより、必ずより良い結果も望めるものとなって参ります。

医師である主治医との信頼関係を第一に重視すべきであるのは当然ながら、病気に関する勉強・情報収集・分析はもちろん、必要ならばセカンド・オピニオンも受けられたり、あるいは、海外の先進的な関連の研究・医療情報を求められたり、また、同じ病気を抱えている方とのピア・カウンセリング等によってのアドバイスを受けたりと、好転へと向けて、是非、前向きに、必ず治すのだという強い決意で、諦めずに取り組んで頂きたいと存じております。

幸せを掴むのも自分次第のところも大きくございます。より良い因縁を調えていくことにより、改善、治癒、そしてお幸せを心から祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

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可能性のひとつとして

糖質制限食の実施
これまで米、パン、麺などの炭水化物(食物繊維+糖質)をたくさん摂取していませんでしたか。
野生動物は糖質をほとんど摂りません。従って人間のような病気にはほとんどかかりません。
そこで食生活を肉、バター、チーズ、マヨネーズ、葉野菜などの低糖質中心食に移行することをオススメします。
基本、塩分量も全く気にする必要がありません。
ただし腎臓疾患がある方は塩分を控えます。

五行(木火土金水)はご存知でしょうか。
それぞれが相剋の関係にありどれか一つが強くなれば相対するものを弱め、また弱まることで相対する他のものも力を失うという作用があります。
体と心がバランスよく作用することで少しずつ改善に向かいます。

心落ち着かせ病気を治す意志を高めましょう。食生活を見直し体質改善を試みましょう。心身のバランスをうまくとれば必ず光は見えてきます。

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「平等」という嘘を信じるな。 仏はこの世が不平等であり辛苦から絶対に逃れ...

難病であっても、強い気持ちで生きていきましょう

 全身性エリテマトーデス(SLE)。初めて聞きました。

 医学の進歩と共に、従来知られてなかった新たな病名が増えていきますね。30年以上前ですが、視神経が炎症を起こして視力が無くなるという病気で何度か大学病院に入院したことがありますが、同室の方と病名のことを話していて、眼科の病名だけでも初めて聞く難病が結構あることを知りました。私が罹った病気も「とりあえずステロイド」しかありませんでしたが、治療法が確立されていない病気に悩む方々は結構居られます。病名を言っても病状を伝えても、なかなか理解してもらえないというのも、辛いことのようでした。
  おそらく「みう」さんの胸中も、同じかと存じます。たいへん辛い日々であるかと存じます。発症の可能性を抑えるべく、ストレスを貯めず、食生活に注意しながら、穏やか毎日をお送りされますことを念じております。

 私の身内の者のことですが、15年ぐらい前にC型肝炎に感染していることがわかりました。手術も輸血もしたことが無いので、考える可能性としては、少年時代の予防注射(当時は同じ注射器で使い回しが当たり前でした)です。感染が分かって以来、本人は定期的に大学病院に通院しながら、不安な日々を送っておりました。「肝硬変に罹る心配があるから、」と7年ぐらい前から医師よりインターフェロン治療を勧められていました。何か月も寝たきりになってしまう治療法であることから、ずううと躊躇してましたが、昨年から「ハーボニー」という新薬が承認され、肝炎治療に使われるようになりました。
 私の身内の者も昨年の11月からこの薬を服用するようになり、薬が効いて検査しても肝炎ウイルスが検出されなくなったそうです。肝硬変、肝臓ガンの不安から解放されました。医学の進歩に感謝しておりました。

 すべての難病が治療可能となるとは断言できませんが、医学の進歩により「治せる病気」の数は増えていくと思います。どうぞ、希望を捨てず、体調を整え発症を抑えるよう、お大事になさってください。

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 目の前の方の悩みや気持ちをしっかりと受け留め、心を開いてもらうように努め...

質問者からのお礼

皆様、親身なコメントありがとうごさいます。どのお言葉も本当に身に染みました。難病=治らないという気持ちばかりが強くなっていましたが、強い決意を持ち、今後の医療の発展で治るかもしれないという、食の改善でよくなるかもしれないということを念頭に持ち、病気とまた向き合っていきたいと思います。また恋愛相談、人生相談をさせていただくことが度々あるかと思います。その時も宜しくお願い致します。

「病気と向き合う・看病」問答一覧

親戚を殺してしまったと思っています

私は統合失調症を含む精神病を持っています。非常に読み難くてすみません。 私は22.3の頃引きこもりになり、昼間は一歩も外へ出られない生活をした事があります。人生の壁を越えられなくて、夜になったら母の車で真っ暗な海へ行き、姉がくれた願い叶う、お金持ちになれるなどと言った自己啓発の本ばっかり読んでいました。それも何一つ叶わなかったんですが、本の読み方を間違ってたんだと今は思います。 そんなある日、病気の親戚の叔父さんが危ないと電話が家に入りました。 私はそうだ、願えば叔父さんの病気良くなるかもしれない、と思い、母がTVを観てる前で一生懸命に叔父さんの病気が治るイメージをしようと祈っていました。そしてふと叔父さんが病院のベッドで酸素マスクをつけて色んな管で繋がれて横になっているイメージがぼんやり見えたのです。 その瞬間、母が「そんな訳無こうちゃー!」(そんな訳ないだろ!という意味です)と叫んで、そしたらその瞬間イメージが出来なくなり、いくら頑張っても頭の中は真っ暗で、私は泣きました。その3日後くらいに、叔父さんは亡くなりました。 そうしてまた夜中車の中で本を持って祈っていました。叔父さんの死から何日か経った後、私はもうこのままだと本当に死ぬしかなくなる、誰か助けて、と思って、誰とも、母すら会話をしてなかったので、昔姉に連れられて見てもらった霊能者の方ならテレパシーで話せるんじゃないかと思ってまた祈っていたら、何か頭の天辺に濁った緑のもやもやと姉の顔のイメージが湧いて、その後霊能者さんの姿が私に乗り移る幻覚をみました。 それから数日して霊能者さんが私から離れてくれないと妄想していたある夜、叔父さんを呼んであげようか、と言われました。私は凄く会いたかったのでお願いしたのですが、その叔父さんは私を恨んでいて、『お前が俺を殺したんだーーー!!!』と私を指差しました。私はその時発狂し、精神病院で無理矢理注射を打たれて入院しました。 もし叔父さんに本当にテレパシーが出来てたとしたらと家族に話すと、姉は貴方は殺してないよ、大丈夫。と言ってくれます。母は、それがもし本当やったら私のせいで叔父が亡くなった様なものじゃないか、と怒ります。私がもし普通に見送れていたらと思います。今もあの時の解釈が上手く出来ません。悲しくて、申し訳無い事をしたと思っています。何かお言葉を頂けませんでしょうか?

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理解してもらえない病

 うまく伝えられるかわかりませんがよろしくお願いします。  現在、不安症と強迫性障害という心の病でクリニックに通ってます。 家族は夫と二人暮らしです。 以前は専業主婦として家のこと全てできていたのですが、現在はあれこれこだわってしまいほとんどできていません。 もう一年くらい主人が外の仕事も家の中のこともやってくれています。 それは感謝なのですが、意見が違い口論になるとすぐ『病気さんの言うことだから。』と私の言うことをほぼ全否定されて辛いです。 どんなに【病気は関係ない。気持ちをわかってほしい。】と伝えても、鼻で笑うばかりです。 最近では本当に醜い言い争いになってしまい、いつ離婚になってもおかしくありません。 でも実際本当に離婚になってしまった場合、何をするにも時間がらかかってしまう病をかかえて社会でやっていく自信はなく泣ける日々です。 主人は気持ちの切り替えも早い方なので次の日には新しい気持ちで接してくるのですが、毎回『病気さん』とバカにするので、【新しい気持ちで接してこられても心の中では笑ってバカにしてるんでしょ?】と思うと私の方はなかなか前へ進むことができません。 なので『しつこい!』と言われ、なかなか 仲直り にはなれません。 この状況、どう乗り越えたらよいのでしょうか?

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病は気から?

これまで、何度もハスノハでお世話でなっている身でありながら、またご相談に頼らざるを得なくなったこと誠に申し訳なく思っています。 私は、半年前から持ち合わせている希死観念と就活に失敗したことによる軽い抑うつらしき状態に苦しんでいるのですが、自身の精神状態について両親が難色を示し、医療機関を受けたくても受けられないということでとても悩んでいます。 というのも、両親の中では「自分が病気だと思いこめばいつでも自身を病気にすることができる」という考えがあって、精神科医に自身の精神状態の判断を委ねることに大変懐疑的な考えを持っているようなのです。(特に母は福祉法人で働く過程で悪徳な医師を多数見てきたらしくその考えがより顕著な傾向にあります。) もっとも、自分としては両親が疑いを持つのも無理もないと思っています。というのも、私は、声こそ大きくないですが、会話ができないわけではなく、食事も食べようと思えば食べることができ、夜寝られないということもない状態で、客観的ちょっと落ち込んでいる健常な人とされても致し方ないと思うからです。 ただ、物が食べられるといっても食欲が自然に湧くわけではなく、もっぱら延命の為に義務的に食べている状態で、睡眠に関しては四六時中漠然と眠気があるという自分でも訳の分からない健康状態にあります。 何より一番つらいのが、将来の展望を悲観するたびに胸が本当に痛くなったり、頭が回らなくなったりすることです。ただ、それは自身にしか体験できない苦しみで、両親に理解されたことはないです。 私がこんな状態になったきっかけとして、自分の生殺与奪を他人に操作される事に対する強い抵抗があり、今生でやることが思いつかなくなったのをきっかけに、「いつか痛みへの恐怖を告白して自分をぶっ殺す」という願望を持つ一方で、「両親が悲しむのを想像すると死ねないなぁ」という感情を自覚して、二つの考えで板挟みになってしまったことが挙げられると思っています。それで、当初はカウンセリングすら行きたくないと思っていました。 その後、自分だけではどうしようも無いと思い直し、第三者の助けを求めることを決意したのですが、その際に上述した両親の反対があってとても悩んでいます。 私としては、こんな状態になりたくてなったつもりはないです。でも、やっぱり逃げているだけなんでしょうか。

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口コミが不安すぎます

以前こちらでご相談させて頂き、 その時頂いたお言葉も励みにして来ました。 有難うございます。 ただ、次は先天性の病気が見つかり、大きな手術を受けざるを得なくなりました。 持病も抱えてる中、お薬もあまり使えない体質で、 そんな手術を受けないといけないなんて、きっと治療中辛いことが分かるだけに、 状況は飲み込めても、そんな辛さにまた耐えないといけないなんて、悲しくて辛くて心がついてきません。 それでも仕方なく病院も探し行きましたが、 もう今までで既に限界だったので、それを超えてしまって、体調を崩してます。 そうなるのは不安も強すぎるからだとも思うのですが、 合併症の怖さが心に残り、先生を信頼できるのか不安で、 また、偶然見てしまった患者さん達の口コミで、 入院中、看護師達の態度の悪さに泣いてる等の、信じられない口コミを多数見ました。 それを見てから更に不安が増強し、思い詰め、 もともとストレスがかかると熱が出る事があるのですが、 ここ数日、熱が出てしまっています。 何もなければ、 何も考えず、楽しくいれたかも知れないと悲しいし、 面会もほぼできない中、 私も医療職なので、看護師の悪い評判を見ると何となく想像できてしまうのですが、 そんなので任せれるか、 不安過ぎて辛くて、毎日泣いてしまいます。 ただ、もう簡単に他へ行けないし、転々とするのが良いのか分からず、看護師の事も、もし本当でも我慢せざるを得ないのかと…思うだけでストレスで、どうにかなりそうです… でも、今は面会できず、 変な事されたらどうしよう、状態を見落とされたらと、 自分で自分の身を守らないと誰も守ってくれないかも知れないと、 でも、どうしてこんなに思い詰めないと駄目なのかと辛いです。 今まで症状や薬による悪化で辛く頼っても放置された経験もありますし、 この方と思う人以外、信じられません。 自分では客観的に見れないのですが、 思い詰め過ぎなのでしょうか。 病状や手術だけでも心配なのに、 更に口コミが心配過ぎて、手など震えてくるのですが、考え過ぎですか。 全てを信じませんが、あまりにもひどい口コミなので、事前に誰かに相談すべきかとも思いましたが、 誰に言えばいいか分かりません。 悩み続けても答えは見つからず、 2度目で申し訳ありませんが、 ご助言頂けると幸いです…。

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病気が怖くて死にたくなります。

言ってることがめちゃくちゃで まとまりがなかったらごめんなさい。 5年前に愛猫を亡くしてから 死の恐怖と病気の恐怖に襲われました。 最近は、逆に恐怖に疲れて 自ら死にたくなる時があります。 涙も自然に出てきて自分が無意識に どうなるか分からなくて 遺書まで書きました。 腕を切ったらどうなるんだろう、 この川に身を投げたらどうなるんだろうと 考えることが最近は増えました。 人前で字を書くのにも手が震えたり テンパってしまい意味のわからない 発言をしてしまったり。 周りから悪口を 言われてるような感覚にもなります。 体の不調も出てきました。 胃痛や胸焼け、体の痛み 何か大病だと思い込みが止まりません。 家族には軽く自分の悩みを相談してますが 「そんな生き方してて人生損しない?」 「あんたは大丈夫」 「この約立たず」 もう、余計に死にたくなります。 それでも頑張って生きると言うと 姉に否定されます。 「頑張って生きる必要ないでしょ」と.. じゃあ、どうしたらいいのか... 幼少期から布団に入るとすぐに 体が動かなくなっているはずのない 友人が現れたり、誰かが後ろで 話していたり...意識はちゃんとあるのに 幻覚幻聴のようなものにも悩んでいます。 精神科のほうに予約の電話をしても 自分が悩んでいる症状を話すと 面倒なのか断られてしまい、母には 「くだらない恥ずかしい」と言われ 誰に相談したらいいかも分からず 相談させていただきました。

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日に日に苦しくなります

3度目のご相談になります。 20年間疎遠だった父が植物状態になり間も無く3ヶ月になります。 転院の際に、胃ろうをしない点滴だけの自然な看取りを選択したので、1日1日痩せ細り顔色もどす黒くなり、見るのが辛く面会も遠のいてしまいました。 両親の熟年離婚から父とは疎遠になり、その理由が父の浮気と自己破産であった為、2年前の突然の父の訪問も、お金のトラブルに巻き込まれるのではないかとの恐怖が立ち、居留守を使ってしまいました。父がその時に残した手土産と小さなアルバム。そこには電話番号も書かれていましたが、直ぐには電話できずに5ヶ月後にやっと一度だけ電話した事があります。それでも、父からまたお金の無心の電話が来るのではとの不安から非通知で掛けてしまいました。 去年のお正月に父が4日程入院した時に父の知人から知らせを受けたにもかかわらず、母も弟も私も病院には行きませんでした。関わる事を拒否したのです。 今、20年ぶりの再会が無言の父との対面になり、苦しくて、悲しくて、日に日に心身ともに衰弱しています。 去年のお正月に父が倒れた時に、どうして行ってあげられなかったのか、どうしてちゃんと父と向き合わなかったのか、治療が必要な状態だったのなら、どうして経済的にも身体的にも看てあげる事ができなかったのか、毎日自分を責めています。 父の金銭感覚による悪夢再来に怯え過ぎて、高齢な父に何もしてあげられなかった事の罪悪感で押し潰れています。 後悔しても過去には戻れず、どうしようも無い事は百も承知ですが、悔やまずにはいられません。 毎日毎日こんなにも涙が出るのかと思うくらい泣いています。 娘には、私の状態がもっと最悪になり、おかしな行動が見られたら強制入院させてくださいと、頼んでありますが、父と別れて一人になった高齢の母を援助しているので、何とか踏ん張りたいとは思っています。 気を紛らす意味もあり、仕事を再開したものの、ケアマネという仕事をしている為、高齢の父親を娘さんや息子さんが一生懸命に介護している姿を目の当たりにすると、自分の後悔がまた募り、余計に苦しくなっています。 昔は父が大好きだったことも、何もかも手遅れな状態になってやっと思い出している愚かさです。 主人も弟も、関わらない選択をした事を間違っていなかったと思う。と言います。 ほんとにそうでしょうか。 私は間違っていたと思います。

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