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発達障害

回答数回答 3
有り難し有り難し 107

同じ職種を長年続けていますが
注意力が足りず間違えたり
頭が回らなかったりして人間関係も悪くなり転職の繰り返しです。
ADHDなどの発達障害 適応障害などがあるのではないかと思います。
社会に貢献も出来ず、人から軽蔑されいくら頑張っても改善されずヤル気をなくし自分は何の為に生まれてきたのかわかりません。
発達障害の人が生きていく心構えを
どうかご教授お願い致します。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

あなたは4%のほとけである

ひまわりさん、はじめまして。

ひまわりさんは、注意力が足りず間違えたり 頭が回らなかったりして、職場の人間関係が悪くなってしまうのですね。このため、社会に貢献も出来ず、人から軽蔑されいくら頑張っても改善されずヤル気をなくしてしまったのですね。

1つの例え話をしましょう。
ある村で原因不明の流行病がありました。村の人は流行病で次々と命を落としていきます。医療班も「村は全滅するかもしれない」と思ったとき、流行病にまったく罹らない人がいました。この人たちのおかげで、村は全滅することはありませんでした。

流行病に罹らなかった原因を調べてみると、生き残った人は血液中の赤血球の形に障がいがありました。そのおかげて生き残ったのです。赤血球に障がいがあったのは4%でした。

ひまわりさんは、ご自身で発達障がい・適応障がいがあると書いておられますが、障がいを持つ人は人口のどれぐらいいると思いますか。約4%といわれています。赤血球に障がいがあった人の確率と同じです。

つまり、障がいがある人は社会のバランスを保つために存在しているのです。
ひまわりさんには、できないこともあるでしょう。その一方で、ひまわりさんにしか、できないこともあるはずです。ほんのささいな、小さなことでもいいのでひまわりさんにできることを探してみてください。
それが、ひまわりさんの存在意義です。

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有り難し
おきもち

徳島県の高野山真言宗寺院で住職をしています。 本山布教師心得として自坊の...
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現実的なアドバイスが必要であれば・・・。

 ひまわりさん、これまでの人生ようこそ歩んでこられました。ひょっとしたら幼少期・青年期にも生きにくさや困り感をお持ちでしたか?これまでにも自分自身がわからず、また自分の生きにくさや困り感を誰にもわかってもらえず、余計にしんどい思いを重ねておられたかもしれないと、想像をしておりました。ようこそ、このハスノハへ相談くださり、有り難うございました。
 さて、発達障害を抱える方々の生きにくさに寄り添い、困り感を軽減し、育ちや学びを支援しようとする様々な法律・法令・施策が整いはじめました。具体的には、次のような支援施策があります。1人ひとりのニーズを大切にした個別支援/1人ひとりの育ちに即した継続的な生涯支援/さまざまな分野の方々との協働支援/自閉症・発達障害児(者)への理解を促す普及・啓発支援
 各市町村でも次のような方々の相談を受けつけているようですから、まず、足を運んでみられることをお勧めします。対人関係がうまくいかない/限られたものだけに興味を示し、それに没頭する/視線が合いにくい/かんしゃくが多い/自分独自のルールにこだわりがある/会話が一方的で、自分の興味関心だけ話す/話しかけられた時に、しばしば聞いてないようにみえる/読み・書き・計算などの一部だけが苦手/注意集中が難しい/落ち着きがなく、よく動く/衝動的に、思いついたら行動に移してしまう(一部です)※診断はなくても、気になることがございましたら相談できます。その相談を重ねる中で、生活上や就労上の留意点、就労先の方へのアドバイスなど、ひまわりさんが少しでも働きやすい環境になるよう掛け合ってくれることもあるかもしれません。 
 仏教では、「どのいのちも尊く、どの人の人生も大切である。」と教えてきました。世の中は色々理不尽なことや矛盾も多いのですが、その一方で人々の苦悩に寄り添い、共に歩もうとする姿勢も少ないながら、確かに受け継がれております。(このハスノハの活動も、その一例だと思っています。)この姿勢は、仏教の教えが人々の心に根付いている証だと思っています。発達障害の有無にかかわらず、私たちは、仏さまから大切ないのちをいただいていることを誇りに思いながら、生き抜いていきたいと思っています。ひまわりさんのこれからを、私たちハスノハ・メンバー僧侶が応援しています。ご縁に感謝!!合掌

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おきもち

1971年生まれ。本願寺派布教使・源光寺第14代住職 別名「絵本のお坊さん...
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全ての人はある意味での「障害」を持っています

ひまわり様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

まず、「障害」を「障害」と、マイナスイメージにて、あまり強く思い込まないことです。

実は、全ての人はある意味での「障害」を持っています。

どういうことかと申しますと、人間は、必ず何らかの遺伝子多型・SNPスニップ(変異)を抱えているということでございます。

みんな変異を持っているのですから、それで、実は「あたりまえ」、「普通」だとお考え下さい。

もちろん、その変異は、何かの病気や機能的な問題をもたらす原因になったりもしますが、一方で、中村一善様のお話にあるように「ある特定の環境において、有効であるかもしれない遺伝子」となる可能性も大いにあるわけです。

これは、厳しい環境に適応していくために、生命が進化の過程において必要になった当たり前の生存能力であると言えるのではないかと存じます。

互いに「変異という問題」、「障害」を持った者同士、それぞれで助け合って、支え合って、分かち合っていくことが、私たちの生存においては何よりも大切となる次第です。

できないことは遠慮なくにできる人に助けてもらい、自分にできることで、何か助けてあげられていけるようにする。それで良いのだと思います。

以下も、是非ご参照下さいませ。

「弱者を抹殺する。 不謹慎な質問ですが...」
http://goo.gl/XxhNBw

『・・「優秀な遺伝子」ってものは無いんですよ。あるのは「ある特定の環境において、有効であるかもしれない遺伝子」です。遺伝子によって発現されるどういう"形質"が、どういう環境で生存に有利に働くかは計算不可能です。例えば、現代社会の人類にとって「障害」としかみなされない形質も、将来は「有効な形質」になってるかもしれません。だから、可能であるならばできる限り多くのパターンの「障害(=つまるところ形質的イレギュラーですが)」を抱えておく方が、生存戦略上の「保険」となるんです。・・アマゾンのジャングルに一人で放置されて生き延びられる現代人はいませんね。ということは、「社会」というものが無い生の自然状態に置かれるなら、人間は全員「弱者」だということです。その「弱者」たちが集まって、出来るだけ多くの「弱者」を生かすようにしたのが人間の生存戦略なんです。・・』

川口英俊 合掌

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おきもち

Eishun Kawaguchi
最新の仏教論考はこちらでご覧頂くことができますが、公開、非公開は随時に判断...
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質問者からのお礼

お返事頂き有難う御座います。
住職さんにずっと相談したかったのですが、機会が無く 1人で長年悩んでいた為 暖かいお言葉に涙がボロボロ出てきました。私にしか出来ない事がる
4パーセントのお話をいつも胸に留めて生きていきたいと思います。意欲を無くしていましたが、また 頑張れそうな気がしてきました。
有難う御座いました。

回答有難う御座いました。
大変有難く読ませて頂きました。
全ての人はそれぞれなんらかの障害を持っている。本当にその通りだなと思いました。でも障害が目立たず、容姿が綺麗な人、頭がいい人、社会に上手く適応出来ている人がいれば、またその逆の人もいます。前世で何か悪い事でもしたのかと考えてしまいます。

回答頂き 大変有難く拝見させて頂きました。おっしゃる通り楽しく生きてきたというより生きにくさの方が幼少の頃より感じていました。障害や不幸な境遇、容姿や能力の違いはどうやって決められてしまうのかを知りたいです。

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