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死にたくないと子供が泣いて困っています

回答数回答 5
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小学1年の息子が夜になると死にたくないと言って泣き出します。
詳しく聞くと自分が死ぬことだけでなくパパやママが死ぬのも嫌で
一人になるのが嫌だとのこと。

「新しい命が生まれる為にいつかは死ぬんだよ」と説明すると
「どうせ死ぬなら皆で一緒に死にたい」と言ってきます。
でも、自殺は天国に行けないからどうしらいい?と聞いてきて困っています。

今はとりあえず「死ぬのはまだ先のことだから大丈夫」と言って落ち着かせますがそれ以上良い回答ができません。
息子が落ち着ける助言をお願いします。


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お坊さんからの回答 5件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

優しい息子さんですね

ご質問拝読しました。

とっても優しい息子さんですよね。まずはそこを褒めてあげてください。そして優しく抱きしめてあげてください。死ぬことを真剣に考えられるということは、生きることを真剣に考えることができるということです。
とても立派なことですよ。チャトさんが「新しい命が生まれる為にいつかは死ぬんだよ」と、きちんとお伝えできていることもすばらしいと思います。

息子さんはご両親のことが大好きで、離れるのがつらいんですよね。いまは、ご両親が抱きしめてあげて、ぬくもりを伝えてあげてください。ご両親から大切に思われているということが伝わったならば、息子さんも安心できるのではないでしょうか。

そして「大丈夫だよ。死ぬんじゃ無くてほとけさまの世界に生まれていくんだよ。」と声をかけてあげましょう。また、「あなたが笑顔でいてくれることがお母さん(お父さん)のいちばん嬉しいことだから、泣かないでね」と伝えてあげていただきたいです。

一年生でしたらまだまだ不安もいっぱいあるでしょう。安心できるのは親のふところに抱かれた時だと思いますよ。かわいがってあげてくださいね。

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室町時代より続く浄土真宗本願寺派圓勝寺の住職を拝命しております。 3世代...
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生死一如

死ぬのが漠然と怖いものだと理解できたお子さんを、誉めてあげてください。
人間の苦悩の究極でもある死に対して、真っ直ぐに向き合った結果なのですから。

大人にだって、正面きって死を(他人事ではなく)我が事として考えるのは勇気がいります。それをやってのけたお子さんは大したもんです。

仏教の考え方では「生死一如」
つまり、生も死も同じです。
なぜなら、命は産まれた瞬間から死ぬことが定まっているからです。
生きることは死んでいくことなのです。

死ぬことが怖いからこそ、生きていくことが怖い。だったら、こうして毎日お父さんやお母さんとお話ができたり、楽しいことや悲しいこと、怒ったりする事がどれだけ有難い事なのかを伝えてあげてください。

限りある命が、今こうしてあることを喜び、大切に生きていかなきゃいけないと教えてあげて下さい。

『仏説阿弥陀経』というお経の中で「倶会一処(くえいっしょ)」という言葉があります。死ぬタイミングや場所は違っても、阿弥陀仏の救いによって、お浄土でまた会えるという意味合いです。
死んでもまた会えるのだから、死に対してそんなに悲観的にならなくて良いんだよ~死に怯えず、今を精一杯に生きて欲しいって願って下さるのが阿弥陀仏です。

同じ親として、是非、お子さんに阿弥陀仏のお浄土についてや、死と向き合った勇気について、話し合って頂きたいと思います。
南無阿弥陀仏

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みなさまこんにちは。 浄土真宗本願寺派の緇川(くろかわ)と申します。 ...
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愛別離苦

子どもさんは不安がってます。大人目線で生死の論理を語るより母子の安心感を伝えてあげてください。

ちゃんと居るよ。
お母さんだって、死んで別れたくないよ。
大好きよ。
昨日一緒に居れて嬉しかった。
一緒にいてくれてありがとね。

と言ってあげてはいかがでしょうか。

私には、お母さんと別れたくないの裏返しに思えてしまいます。。

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9歳のとき浄土真宗寺院で得度 10代で運転免許 20代で介護福祉士 ...
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みんな死ぬ。みんな怖い。みんな考える。……

わたしも似たようなことを言って泣いて親を困らせたことがあります。わたしの場合は「ノストラダムスの大予言によると世界は1999年に終わるらしい。終わるのは核戦争だ。その前にきっと世界大戦になるんだ。なったらぼくはちょうどそのころ若者だから戦争に行くはずだ。戦争に行ったら死ぬはずだ。死ぬのは怖い!」みたいな、今思い出してよくよく考えると非常に不思議な論理で泣いてました。まあ総合すると「死ぬのはいやだ!死にたくない!」と言っていたのだろうか……。

母親は何と言ってくれたかなあ。「みんな死ぬから大丈夫」くらいなことを言ったのだろうか。または「それは誰も避けられないことだよ」と言っただろうか。よくは覚えていませんが、たぶんそういう事実を言って、もっと泣かされたような気がします。ただ、「全員がいずれ死ぬ」という、この世の中でそれだけかもしれない真実みたいなものにそのとき本気で触れられたのは、今は、とても良かったと思っています。

わたしは「えーん えーん」と泣いて、泣いて、泣き疲れて眠りました。(河島英五みたいですね。)すっきりと目が覚めた、というか、朝になったら別のことが気になって、死の問題はヨソへいってしまいました。何度かそんなことをやっているうちに、保留にするということを覚えたのだと思います。世の中の人はすべてそうなのだ(死について考えて泣き疲れて眠った経験が一度や二度はあるのだ)と思っていましたが、死についてまっったく考えたことがないという人が結構いるのを知って、すごく驚きました。

わたしも死ぬのはいやです。なるべく、楽しく長く、この世界にいたいです。

その一方で、仏さまが「死ぬのではない、お浄土に迎えます。そして永遠に生きます」とお示しなので、そうなのかなあ、と思ってもいます。

息子さんのその質問には、納得のいく回答を本人以外の人が示すことはできないと思います。本人が何かに気付くか、その問題を考えなくなるのを待つしかないのだと思います。だから、他のかたもおっしゃっているように、今はただそばにいて、言葉や思いを聞けるだけ聞くのが良いのだと思います。もどかしくて、おつらいかもわかりませんが……。

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石田 智秀 (ちしゅー)
お寄せくださった質問について考えさせていただくことで、必ず回答できる場合ば...
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地獄極楽のお話はどうでしょうか?

私も子供の頃に死の恐怖で寝ることができない時期がありましたのでお子さんのお気持ちがよくわかります。おそらく、死んだあと自分という存在がなくなる事が不安でたまらないのだと思います。私は不安で仕方なかったので父に尋ねてみました。私は父に「死んだら天国に行く。」など死後の世界があると気が楽になる答えを期待していましたが父は禅の教え通り、「死んだら無になるのだ。」と言い放ち、子供の私は余計に恐怖を掻き立てられた記憶があります。お子さんには地獄極楽のお話をしてはいかがでしょうか。「生きている間に善い行いを積めば極楽に行けるし、悪い行いをすれば地獄に落ちてしまう。パパとママは善い行いを積んで先に極楽で待っているよ。」こう言えば、お子さんも安心されるでしょうし道徳的にも良いと思います。自死については色んな捉え方がありますが、この年齢でしたら「自殺(自死)は極楽に行けないからしないで。」(※自死だから極楽に行けないという事ではありませんが、年齢に応じた道徳としての方便です。)これで良いのではないでしょうか。

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臨済宗寺院の住職です。皆様の良き御縁となる事が出来れば幸いです。
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質問者からのお礼

沢山の回答ありがとうございます。

死んでもまた必ず会えるということと、
今一緒にいられて嬉しいということを伝えてみます。

大人でも「死」について考えることは怖いですが、
「死」がくるまでどのように過ごしたらいいか
息子と一緒に考えたいと思います。

「死ぬのが怖い・死恐怖症にお坊さん知恵袋」問答一覧

死、別れ、時が流れていくことが怖い

死、時間が過ぎゆくこと、全てのものとやがて別れなければならないことが怖くてたまりません。 立て続けに可愛がっていた愛猫を亡くしました。 二匹とも老齢で死ぬことは当たり前の年齢、特に苦しむこともなく穏やかな最後でした。 ペットロスなんだと思いますが、猫達がいなくなった哀しみや寂しさの他に漠然とした不安、恐れが湧き上がりしんどいです。 今は一緒に嘆き哀しんでいる家族ともやがて別れがくる、こうしている間も1秒1秒それまでの時間が短くなっている。 その次の別れの瞬間に今のことを思い返しているような、あっという間に来るべき時が来てしまうような気がしていてとても怖いです。 気分転換に外に出ても葬儀場やお墓の看板ばかりが目につき、世界が裏返ってしまったような気になります。 これまでは遠く空の上にそういうものがあって、今生きている世界はしっかり地にあるイメージだったのが、海の上にある小さな小島にいて、すぐ足元に深くて暗い海の底が広がっている、自分が生きている世界はとても心許ないものですぐに溺れてしまうのではないかというような気持ちになります。 在宅勤務でずっとつきっきりだった為か、死を真正面から受け止めすぎた気がしています。 どこに行こうが逃れられないことに気付いてしまいました。 昔の偉いお坊さんが、死ぬ間際に一筆と頼まれた時に死にたくないと書かれたという話を見かけ、偉いお坊さんでも怖いのかとどうしていいか分かりません。 自分が死ぬ前の晩はどんな気持ちか、親が死ぬ前の晩はと、そんなことばかり考えてしまいます。 さっきコンビニへ行ったことも10年前の旅行のことも思い出すとどちらも一緒で、全部の物事がどんどん過ぎ去っていくような、時間が圧縮されてしまってあっという間に全てが終わるような気持ちになってしまいます。 過去が全部一かたまりになっているというか…。 時間がすごいスピードで自分を削り取って過去のかたまりに押し込めていくような感覚があります。 とても怖いです。 仕方ないことを考えるのをやめたいです。 どうしたら今のことだけ考えられるようになるでしょうか。 偉いお坊さんでも死にたくないのに私のような人間が怖くなくなるなんてありえるのでしょうか。 どうしてこんなに寂しく悲しく辛い死や別れが避けられないこととして存在しているのでしょうか。

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死の恐怖にどう対処すれば良いですか

こんにちは。 女子高校生です。 私は、幼稚園児の頃から、死ぬのが怖くて怖くてたまりませんでした。 自分が死んだ後も、世界は回り続けるし、宇宙は、人間からすれば永遠ともとれる間存在し続ける、でも自分はもう意識がなくて、何も認識できない、ということが、本当に本当に怖いです。 最近、その恐怖が強くなった上、死の恐怖に頻繁に襲われるようになりました。 ふとした瞬間に死について考えてしまい、怯えてしまいます。 今まではそんなことなかったのに、過呼吸みたいになったり、頭から血の気が引いていくのを感じたり、気持ち悪くなったり、鼓動が早くなったりと、最近は恐怖に身体的な苦痛も伴ってきました。 死は、私にとって、これまでの人生の中で唯一のどうしようもない、打ち消せない恐怖です。 なので、この感情の対処法が分からず、パニックになってしまいます。 宗教的に考えて、自分をなだめようとすることもよくあります。 しかし、輪廻転生は、転生した自分は今の記憶は無い、という恐怖が付き纏い、天国や地獄も、それが永遠にしろ終わりがあるにしろとても怖いです。 お坊さまのみなさんは、死への恐怖心とどう付き合われていらっしゃいますか。 御回答どうぞよろしくお願いいたします。

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親の病気と死の恐怖

父の事であたまがいっぱいです。 今までは、持病はあるものの元気に過ごしていたのですが、突然体調不良になり原因を追求できないまま日に日に衰えていき、ただうろたえるばかりでした。 認知症かも。 兄弟でそれを告知するかどうか意見が分かれて、うまくコミュニケーションがとれなくなりました。 結果、認知症ではなく他の病気のようで検査待ちですが、コミュニケーションがとれない期間がとても長く、その間に病気がかなり進行してしまい深刻な状況になってしまいました。 私が告知をためらい検査を拒んだことから始まり、周りを混乱させてしまい、その結果父を苦しめる事になってしまいました。 あの時、ちゃんと検査を受けていればもっと早くに病気がわかったのに… あの時、他の病院に行っていれば… あの時、余計なことをしてしまって… あの時、きちんと話し合えば良かった… あの時もあの時も。 何よりも何よりも、父の寿命を縮めてしまった責任を感じ、申し訳ない気持ちと後悔と反省で心が押し潰されそうです。 時間は戻らないとは、分かってはいるものの、今度は、父がいなくなるのではと怖くて怖くてたまりません。 いい大人なのに、未熟者で情けないです。 父に対する罪悪感と死に対する恐怖心と、どう向き合っていけばいいのか教えていただきたいです。 よろしくお願いします。

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死と病気への恐怖

入院中、薬品のアナフィラキシーショックで「死ぬかもしれない」と思う体験をしてから、近く自分が死ぬのではないかとものすごい恐怖に襲われパニックになります。 あの闇に呑まれるのではないかという感覚、ある程度年齢を重ねれば違うのかも知れないけど、わたしはまだ若く、もし万が一そのようなことになったらまだまだやり残したこと(やりたいこと)、叶えたい夢、思いがたくさんありとても強く、不安や恐怖も人一倍強いため、死ぬのは物凄く恐く苦しいだろうと想像してしまい、どうしようもなく辛いです。気になって過去、今のわたしと同じくらいで闘病して亡くなった方のドキュメントなどを見てしまい、余計ものすごく恐ろしく感じました。 入院中の体験から3ヶ月ほど経ち、体験そのものの記憶は薄れつつありますが、どうしてこんなにも恐怖が根強く残っているのか、自分の体のことが気になってしまってもし万が一○○(怖い病名)だったらどうしようといても立ってもいられないほど怖くなります。わたしは死にたくないです、怖い病気には絶対なりたくないし、手遅れの状態はもっと嫌です。 毎晩目が覚めてしまい、不安が押し寄せてきてとても恐くなります。不安が収まりません、 どうぞ宜しくお願いいたします。

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考えない事は先送り? 受容するには?

以前よりお世話になっております。 私は死の恐怖と、それに伴う宇宙や自分の存在などといった説明のつかないものに対しての恐怖が異常に強く、困っています。 「今生きている幸せな世界(自分)はいつか終わる」「そして二度と戻らない」と思うことが頻繁にあり、その度に発狂したり、自分を殴ったりしてしまいます。 そのため、この強すぎる恐怖への対応策を探しており、hasunohaを利用させて頂きながら様々な角度から死について考えています。 しかし、死について考えるだけでも恐怖に襲われ、精神状態が極めて悪化してしまうのです。上記のような状態になってしまいます。 死について考えるのをやめると、日常の快適さは保たれます。ただ幸せで、よく食べてよく眠れます。 でも、それは問題を先送りにしているだけではないかとも思います。死ぬ間際になって、恐怖に溺れて発狂している自分を思うと、今のうちから解決へ努力すべきなのではないか、と思います。 これについて、どうやってバランスを取っていけば良いのでしょうか?お坊さん方のお考えをお聞かせ頂きたいです。 また、以前の質問で、仏教の教義を理解しても「受け入れる」事ができていないと教えて頂き、まさにその通りだと思いました。 死に限らず、「強い恐怖を伴う現実を、受け入れる」のは、どうしたらできるのでしょうか? 漠然とした質問で申し訳ございません。ご教示頂けますと幸いです。何卒よろしくお願い申し上げます。

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いつか死ぬ自分が存在することが辛い

以前よりお世話になっております。 私は常に死が怖く、近頃は恐怖感と絶望感が以前より一層強いです。恐怖に襲われると自分を殴ったり、突発的に大声をだすなど、パニックになります。 そこで、どうにか恐怖を減らしたいと思い、仏教を中心に勉強しているのですが、勉強中は強く死を意識してしまって恐怖でおかしくなります。 私は死=自分や(今私が五感で感じている自分自身の感覚)世界の消滅と強く感じており(この認識を変えようと勉強していると、パニックが起こり‥.の繰り返しです)、いつか消滅するのに今は存在するという状況が、本当に全く理解できないことが引き金になりパニックになります。 存在とは空であり、縁起によって仮に成り立っている、と以前ご教示頂きました。理屈はわかるのです。他にもたくさん仏教について、今までご教示頂いています。 それでも、世界がある、そして自分がいる、自分も世界もいつか消えるという恐怖感には、私の今まで蓄えた知識では到底太刀打ちできないんです。 死の恐怖は、生物の本能として当然だと理解しています。でも、本当につらいんです。恐怖を消してしまいたい。毎日動悸と自分のうめき声で目が覚めて、「生きている!じゃあいつか死ぬんだ!死にたくない!」と絶望するのが、本当につらいです。 生まれなきゃこんなに辛い思いはしなかったはずだと、思わずにはいられません。最後は絶対死ぬのに、生まれるなんて残酷です。 私、どうしたらいいですか。 毎日、自分が世界に存在していることを認識するたびつらいんです。恐怖を減らす為に勉強してるのに、恐怖感は増幅するばかり。 起きていても、眠るのも、目が見えるのも、全部怖いです。それらは全部消滅するものだから。消滅ではなく変化だとしても、「何に変化するのか」わからないことも怖いです。来世があって、虫になったら、今日見た蝉のように踏み潰されるのが怖いです。私はいつか消滅する存在だなんて、理解しようとすればするほど、残酷すぎて怖くて、つらいです。 この、「絶対にわからないことへの恐怖」へ、どうやって立ち向かったらいいですか。もう、本当に、本当に、怖くてたまらないんです。 乱文で感情的で、本当にすみません。以前からご回答にお時間を割いていただいているのに、成長できていなくてすみません。 お時間ある時で構いません。どうか、助けてください。本当にすみません。

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死ぬことが怖い。

はじめまして、始めて投稿させていただきます。私は幼い頃から死ぬことに対して過剰なまでに恐怖を感じてしまうたちでした。 母親が死んだらどうしよう、弟が死んだらどうしよう。そんな事を母に伝えては不安で泣きだし暫く落ち込むような子供だったそうです。 大きくなってそれは少し収まってきたのですが、ここ数年理不尽に殺されると言うことにまた一段と恐怖を感じてしまいます。 具体的に言うと凄惨な事件、戦争などです。 現在大切な家族がいて美味しいご飯を食べれてお風呂や洗濯で清潔を保てて、布団で眠る。コロナ禍で友達とはなかなか会えませんが連絡を取るツールはあるし、片思いですが好きな人もいます。 仕事はお給料が安いし大変ですが自分でお金を稼いで微々たるものですが毎月貯金も出来、過剰な贅沢は出来ませんがたまに好きなものも買える。 お金持ちではありませんが幸せだと実感しています、感謝もしています。 たまにですが祖母の写真に手を合わせたり、気分を害してしまうかもしれませんが神様に祈ったりもしています。 でもその生活がある日不条理に突然無くなったら?通り魔に襲われてしまったら、戦争や侵略で酷い目にあって殺されてしまうのでは。 自分も含む私の大切な人たちが恐ろしい思い、痛い思いをして死んでしまうようなことがあったら? そんなことばかり考えて毎日不安と恐怖で眠れなくなり、震えてしまい、嘔吐してしまいます。 人間はいつか死ぬとわかっているのですが、それでも他者の手による理不尽な死というものが怖くて仕方ありません。 特に最近の社会情勢を見ていると不安でどうにかなってしまっています。 何かアドバイスを頂けたら嬉しいです。

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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ