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わが子への死の伝え方

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こんばんは。お世話になります。
私には2人子どもがいます。今日は上の子(4歳)の子について、ちょっと助言を頂きたく…

一昨日の話なんですが、よく覚えて無いんですが上の子と寝る前に「死ぬこと」について話す流れになり…

私は「みんな最後はおじいちゃんやおばあちゃんになって、お空のお星様になるんだよ。」
「ママも◯◯くんが大人になって、おばあちゃんになったらいつかはお星様になるんだよ。でもママは◯◯くんが大きくなって、もう1人でも大丈夫って思えるまでは頑張って一緒にいるからね」みたいなことを話したような気がします。

すると昨日、寝る前になり急にワンワン泣き出し「ママがお月様になっちゃうの嫌だ~!みんなみんな居なくなるの嫌だ~(>_

2016年11月10日 4:10

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

親の死への正しい自覚こそが大事

人は絶対に死ぬまで死にません。
死という事を経験ができません。
あなたが昨日寝た時に、眠りに就いたという自覚は無かったでしょう。
だから、自分の死は自分では経験ができません。
ですが、人の死は私たちは見たり聞いたりすることが可能です。
死は誰も避けられることは出来ません。
そして、そこに様々な負の想念を添えたり、死に対する恐怖や不安を生ずるものです。
また反対に死は、偉大なるものであって死によって周りの人は大きな変化をもたらせます。
大きな影響を与えます。その人亡き後も力強く生きていかなければならないことだって沢山あります。
今はお星さまになる、あの世に行くという子供に分りやすい形でお伝えする事で良いでしょう。
生を明らめ死を明らめることが仏教徒の悟りへの一大事因縁です。
今もこうして生きている。呼吸をしている。
生よりほかにもの無く、生の内に死は起こりえない。
死なば死という事が確実にある。死と生とは決して同居しない。
人は死を恐れるのではなく、死に対する自分の負の想念を恐れるのです。
故に、親であるあなたが死の恐怖を克服することで子供が大人物になる。
死という誰もが恐れるものを坐禅精進して、己を明らかにし、その本質を見極められれば死は怖れるるに足りません。わが子への真実の教育、真実の遺産とは、あなたがまずそれを手に入れることからなのです。❝情報❞で死が怖くなくなるようであれば、修行も仏教も不要です。
ちゃんと悟りを得た指導者(曹洞宗では故井上義衍老師、井上貫道老師、井上哲玄老師など)の説かれる説法に耳を傾けられて、嘘偽りのない真実を持ってわが子を救ってあげてください。
本当にハッキリと明言できる宗師は少ないものです。
みな曖昧な言葉で煙に巻く。
それでは本当に救われたことにならんでしょう。
親が死を恐れず堂々と死んでいく。
それが子供にとっての一番の教育です。
あなた自身が、仏道を求めるべきであろうと思います。
私も当然、死への恐怖を克服するべく、道を求めました。求めればちゃんと確かなものが手に入ります。
明らかになることがちゃんと明らかになるのです。
真剣に自身にも他者にも問うてください。誰も避けられないし、いずれその時が来るのですから。

2016年11月10日 9:09
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丹下覚元(たんげかくげん)
お悩み相談 ❝あなたの悩みという荷物をおろしてみませんか?❞ 「お寺で...

嘘も方便!

死ぬ事の意味を自覚する事は我々の最も重要な事で逃げられないものです。
私たちの宗派では第一義とされています。

ただこの事は分かる時でなく分かりたい時が必要ですがこれが難しいのです。
仏教を通し死を受け止める心構えを身に付けるのですが、まだ小さな子供さんには死を納得できる説明は難しい事です。昔、私も子供の頃、寝る前に死ぬ事を考えて怖く成り寝れなかった事を思い出します。これは私だけではないでしょう!

無理に死を説明する事はありません。死は教えて頂くより自分で感じる時がその時です。

決して誤魔化しは良くありませんがお釈迦様の教えに「噓も方便」正しい導きの為の嘘はあってもいいのです。

2016年11月10日 6:36
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おきもち

死を知ったからといって死ぬ人はいない

死を認識する事は自我の発達を大きく促します。もしお母さんが死んだらどうしよう?と考える事は発達段階に必要な事です。

こういう時期には、神仏や先祖を、お参りする事をお勧めします。「みんなが幸せに長生きしてお月様に行ったたくさんのご先祖様も皆んな楽しく暮らせますように」って唱えさせてごらんなさいな。

言葉で伝えきれない事はこうやって行いで示すと良いのです。子供は母親の手を合わせる姿から即大きな安心を感じとる事でしょう。自然と手を合わせることは不安になった時の最高のおまじないで、一生の宝物です。

合掌

2016年11月10日 11:52
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おきもち

質問者からのお礼

貴重なご意見ありがとうございました。

我が子にも少しずつ色々な示し方で対応していこうと思います。
また、自分自身も「死」というものについて学び考えてみようと思います。

「死ぬのが怖い」問答一覧

死ぬのが怖い

30代女です。 小さい頃に母を病気で亡くし、そこから死に対しての恐怖心が生まれました。小学生の時に死ぬのが怖いと感じるようになり、死ぬのは嫌だと泣いたことがありました。 そこから中学高校大学、仕事と、小学生のときのように泣くほど怖がったことはないですがうっすら漠然と死ぬのは怖いなと考えることもありました。色々と忙しかったこともあり、考える時間も少なくなってきていました。 しかし、30代になり、ずっと続けていた仕事を人間関係で揉めて、中途半端な時期に辞めました。辞めたことに後悔はなく、ずっと続いていた人間関係でのストレスも一気になくなり、最初は楽しく考えていました。しかし、暇でずっとゲームをする日々、そして自分が30代という年齢に突入したこと、周りの人は結婚をして落ち着いている中恋人もいない、次の仕事もまだ探し中、親も父のみ、そして一般的な私の年代の親よりも歳をとっていますので、父の死についても考えるようになり、父が死んだあと自分は生きていけないという考えからまた、小学生の時のような自分が死ぬことへの恐怖心が再び芽生えました。 ネットで色々調べましたがタナトフォビアだと思います、身近な人が死ぬのも恐怖ですが、自分が死ぬことへの怖さ、無になることへの恐怖が強く、突然発作のように発症し、過呼吸になったり涙が出たりととてもしんどい思いをしています。生きたくないとは思いません。死にたくないのです。しかし、不老不死のように永遠に生き続けるのも怖いです。矛盾していますが...。1度考え出すと恐怖が止まらず、夜も眠れません。今の自分の状況がこの先不安でしかなく、30代にもなってこのタイミングで結婚もしないまま死んでいくという考えしかできず、ずっと怖いです。タナトフォビアの克服など検索しましたが、読むだけで怖いです。助けてください。

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死への恐怖

母は私が幼いころに癌を患い、その後治療を続けていたものの半年ほど前に再発しました。今すぐに命に関わるという病状ではないのですが、身近な人間の死に関わりうる病気を通して死というものを考えることが増え、もうどうしていいかわかりません。 私と母とは30ほど歳が離れています。つまり、一般的な寿命を迎えることができても、私はいつか母がいない時間を30年も過ごさなければいけない。そのことが私には耐えられないことに思えます。私には妹弟はおりませんので、私は家族の中で最も長く生きる可能性が高いわけですが、自分の大切な人が皆亡くなってもなお生きていかなくてはいけないのでしょうか。頭ではそんなことわかっているのです。死は避けられない、身近な人の死も受け入れなくてはいけないし、皆そうやって受け入れて乗り越えて生きていると思うのですが、わたしにはそのことができないように思えます。親不孝の極みですが、母が死ぬ前に死ねたら幸せだなとすら思ってしまいます。 私が中学3年の時に祖父が亡くなった時のことを未だに忘れることができません。少し前まで生きていた、人が、生きてはいないということが受け入れられず、その恐怖を忘れることができません。昔見たドラマで、大量殺人を犯した犯人が、人をモノにするのが好きなんだと言っているものがありました。祖父の葬式の時に感じた、人がモノになったということが、私の中に恐ろしい記憶として残っています。祖父の死以来、刑事ドラマも不愉快で見ることができません。人の死を面白がって作っているように思えてしまうのです。私はどうしたらいいのでしょうか。受験期に入り、ストレスや疲れもも溜まっているのか、死ぬこと、母のこと、いつか大切な人が皆亡くなってしまった時のことなどばかりかんがえてしまいます。

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死について考えるとパニックになります

死ぬことがとても怖いです。 死んだ後、こうやって今文字を打ってる、自分という存在はどうなるのかと考えると、怖くて仕方ありません。 死は逃れられないのだから、どうにか死を受け入れられるように、死というものに悲しいイメージを抱かないようにと、お釈迦さまの考えや、聖書など様々なものを読みました。 ですが、いざ死について考えた時、魂という存在や天国、地獄など、それらのものが無かったら?と考えてしまいます。 最近はニュースなどで殺人や自殺など誰かが亡くなってしまう内容を見ると、死は突然訪れるのだと強く感じ、とても苦しく、死にたくないと叫び泣いてしまいます。 こういう話を周りに相談すると、後悔の無いように生きることを全うする、考えても仕方ないのだから考えないようにするなどアドバイスをいただきます。 ですが、後悔の無いように生きても、私は死にたくないんです。死ぬ前に生きてて楽しかったな、なんて思える気がしません。 不老不死でいいのかと言われたら、それで構いません。私という存在が無くなることの方が怖いです。 死からは逃れられないという気持ちと、死ぬことが怖いと思う気持ちどちらも交互に出てきて、また教えやアドバイスを受けても、実際はどうなのか分からないじゃないかと考え受け入れることが出来ない、そんな自分はどうすればいいでしょうか。 まとまりのない文章となり申し訳ございません。お願いします、助けてください。

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死への恐怖を改善したい

初めて質問をする者です。 よろしくお願いします。 当方、大学4年生で就活活動中です。 タイトル通りなのですが、 いわゆる自分はタナトフォビアなのだと思います。 きっかけは恐らく 幼稚園の頃に経験した祖母の死 小学生の頃に経験した祖父の死 高校生の頃に経験した母親の死 だと感じています。 身の回りにこれだけの身内の死を経験した人がいなく、あまり共感はされません。 仕方のないことだと分かっています。 避けられないことだとも分かっているのです。 しかし、怖いのです。最近時間があるせいか、毎日のように死んだらどうなるのか、これからの別れに耐えられるのか、生きる意味とは何なのか、そういうことばかり考えています。 何も手につかなくなってしまいます。 周りの人たちは、こういうことを考えず前向きに将来のことを語っているのに、今の私にはそれが出来ません。私も前向きに将来を語りたいです。 心配性なところもあり、果たして自分はいつまで生きることが出来るのか、考えても仕方がない未来のことを心配してばかりいます。 周りからは明るい人間だと言われるのですが、今はとてもそんな状態ではありません。 きっと母親の死が大きすぎたのですが、高校生活が忙しく、適切に処理出来ていなかったのだと思います(泣いたら駄目だと思っていました) 同じように悩んでいらっしゃる方をここのサイトで知ることが出来、私だけではないのだと感じることが出来たのですが、やはり心配性、恐怖は改善されませんでした。様々なQ&Aを見てきた中で、なぜ仏教を学ばないのかと不思議に思うことがあるという回答をしていらっしゃったお坊さんがいたのが印象的でしたので、初心者にもおすすめな本などがあれば教えて頂ければ幸いです。 避けられない運命を、せめて受け入れられる考え方、心得を教えてほしい、助けてほしい。 以上、長文にお付き合いいただきありがとうございます。

有り難し有り難し 9
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