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いつも寝る前に考えてしまいます

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いつも寝る時に、目を瞑ると過去にあった嫌なことや失敗したこと、恥ずかしかったこと、すべての嫌な思い出が頭の中をぐるぐると回って、
思い出してしまい眠れなくなってしまいます。

いつも消えてなくなりたい…と思ってしまってつらいです。

その日にとてもいいことや楽しいことがあっても、必ず寝る前には考えてしまいます。
あとで必ず悪いことも起こると思ってしまうのです。

毎日つらいです。


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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

こうだったらいいな〜と思いながら眠るトレーニングを。

消えてなくなりたい、、、
そう思ってしまうほどの、苦しさが渦巻くのですね。。。悪いことって、どんなことだろうね。それは、あなたが描いている幸せとは違うことをイメージしてしまうのかしら。それとも、今 日常に起こっていることがあるのかしら。

失敗したことや、辛かったことを、1日の終わりに思い出すと、しっかりとした睡眠が取れなかったり、またきっと同じことが起こるに違いないと、深く思い込んでしまいます。寝る前には、出来るだけ、今日の自分の良い評価(こんなところを頑張った とか)笑顔でいる自分をイメージしながら、妄想でも構いません、こうだったらいいな〜と思いながら眠るトレーニングをしましょう。
イメージ出来なかったら、ハッピーエンドの本を寝る前に少し読んだり、携帯アプリでも マンガを読めたりするでしょ、楽しい内容のものを頭に入れて、眠りにつくようにしましょう。

私も、1日を振り返り、整理しながら眠るのですが、何か不安なことがあれば変な夢を見たりします。自分でも、分かりやすいヤツだなぁと思うのですよ(^_^;) なので、幸せの短編小説を少し読んで寝たりします。

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はじめまして(*^^*) 中田みえです。 教善寺 住職として、母親として、慌ただしく過ごしております。 ◆ゲートキーパー ご相談 駆け込み寺 (訪問は要予約。まずはメールでお問い合わせください) ◆ビハーラ僧、終末期ターミナルケア、看取り、グリーフケア、希死念慮、自死、産前産後うつ、育児、DV、デートDV、トラウマ、PTSD、傾聴、手話、要約筆記、行政相談員、小学校 中学校支援員としても、サポートしています。 ◆一般社団法人『グリーフケアともしび』理事長 【ともしび遺族会】運営 毎月 第1金・昼夜2回開催(大阪駅前第3ビル) 14:00〜,18:00〜 お問い合わせ申込⬇️こちらから griefcare.tomoshibi@icloud.com *この活動は皆さまのご支援により支えられております。ご協力をよろしくお願いします。 ゆうちょ銀行 口座番号 普通408-6452769 一般社団法人グリーフケアともしび ◆『ビハーラサロン おしゃべりカフェひだまり』 ビハーラ和歌山代表 居場所運営 問い合わせ申込⬇️こちらから griefcare.tomoshibi@icloud.com ◆GEはしもとサピュイエ 所属 (Gender Equality 誰もが自分らしく生きることができる社会をめざして)DV・女性支援 ◆認定NPO京都自死自殺相談センターSotto 元グリーフサポート委員長(2018〜2024) ◆保育士.幼稚園教諭.小学校教諭. レクリエーションインストラクター.中学校DV授業 10年間 保育 教育の現場で 総主任として勤めた経験も生かしつつ、お話できることがあれば 幸いです。 いつも あなたとともに。南無阿弥陀仏 ここでは、宗旨を問いません。 まずは、ひとりで抱え込まないで。 来寺お問い合わせは⬇️こちらから miehimeyo@gmail.com ※時間を割いて、あなたに向き合っています。 ですので、過去の質問へのお返事がない方には、応えていません。お礼回答がある方を優先しています。 懇志応援も宜しくお願いします。 ※個別相談は、hasunohaオンライン相談より受け付けています。お寺への いきなりの電話相談は受け付けておりません。また夜中や早朝の電話もご遠慮ください。 法務を優先させてください。
午後から夜の時間帯は都合がつけやすいです。特に21:30以降は、たっぷりとした時間が取れます。 ◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。 言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。 ◆自死で大切な人を亡くされたり、死別により 死が受け入れられなかったり、心の整理がつかない方へ。30分ずつでも、オンラインで定期的に気持ちに向き合っていきませんか。吐露したり泣ける時間も、大事なグリーフケア 。 ◆個別電話ってドキドキして勇気のいることだけれど、声が届くから、聞こえてくるから、ちゃんと繋がっているようで、そばにいるように安心出来ることもあります。 ◆ 終末期ターミナルケア、看取り、希死念慮、自死、グリーフケア、トラウマ、PTSD、子育て、産前産後うつ、不妊、傾聴、手話、要約筆記者 としても、サポート ◆出来るだけ希望時間にお応えしたいと思いますが、午前中は毎日 法務があります。 (相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので) ◆一人で悩まないで。待っていますね(﹡´◡`﹡ )

思い出したらそれを消そうとしないこと

思い出したらそれを消そうとしないことです。
記憶を嫌い、拒絶したり忘れようとする行為そのものが、記憶を浮き彫りにする行為です。記憶はただの記憶でしかない。現実でもない。事実は今寝ようとして、横になっているということのみです。過去のことを思い出しても手をつけずそのままにしておく。嫌わないことです。放っておけば消えていくことです。

事実は周りの様子が見え、布団の感触があり、毛布の香りがしている。そんな、目、耳、鼻、舌、身、意という、六根という機能のままにいること、今の様子にいることが、過去を引きずることから遠ざける道といえます。

ネガティヴだから前向きに、暗いから明るくといった両極端な行為も記憶を浮き彫りにすることとおなじです。ですから手をつけないことがいちばんの近道であるのです(^ ^)

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禅宗 曹洞宗 僧侶。神奈川県西部円通寺住職。小学校教師。 悩みを吐き出す事で、ちょっと楽になれます。悩みの根本に気づき、明るく爽やかに生きていきたいですよね。 私自身、禅との出会いにより救われた一人です。皆様に少しでもお伝え出来たらと思います。 人は自分の都合を立てて物事に向き合うところがあります。私の回答も期待していたものと違うことがあるかもしれません。その時に素直に聞けるか、回答の内容を否定的に聞くかで救われるかどうかが変わります。疑問は出てくると思います。その時はご相談ください。
ご相談時間は不定期なので、いくつかご都合を教えてください。 ◆小学校教員もしています。子供、家族、ご自身のことお話をお聞きします。 ◆禅のおかげで私も救われました。禅の教えを基に「思い通りにしたい」という自分の都合や価値観から生まれた思い込みをほぐしていくお手伝いをします。 ◆仏教は人生を豊かにしてくれることを感じてくだされば嬉しく思います。

ドンブラコ ドンブラコ

まず、結論はそのクセになっているそれをやめることです。
ですが、自然に出てきてしまうのであれば、まず、その時に思い出してしまったことと、それを継続思考していくこととを切り離しましょう。
妄想や想像とは、いきなり始まらないのです。
そして、断ち切る気持ちさえあれば、そこで即完結するのです。
よく、思いの流れをみてみましょう。
桃太郎のモモに喩えましょう。
川上から大きなモーソーのモモがドンブラコ、ドンブラコ。
最初はただぽんと流れて浮かんできただけです。
それを即座に、瞬時に拾い上げて、そのモモを割って、中をこねくり回して、桃太郎が入っているならまだしも、いきなり藪をつついて蛇🐍です。
妄想の仕組みとは、①ぽんと出てきた思いを②掴んで③展開させていって④ドツボにハマるという流れです。
仏陀、覚者、修行者、禅のマスターたちは①だけしかありません。
②~④をしないのです。
ただ、出てきただけなのです。
だからモーソーに影響されることがないのです。
こつを掴みたければ坐禅会に参加してみてください。
モモが流れてきた時点で、そんなモモなど何処にも無いわいと、思いの鬼を一撃のもとに成敗することが出来ましょう。

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お悩み相談08020659278
今月の法話 文殊の剣 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞(本文より) 「大丈夫、慧の剣を取る。」 大いなる菩薩や老師は智慧の剣を取って、人の迷いの見解を断ち切り真実の姿をみせてくださいます。 智慧の剣とは人間の自我、我見の無いこころからなる、無垢で清らかなる「事実の様子」「本来の様相」を見極める力ともいえましょう。 それこそが智慧の剣なのです。 文殊とは自己を鎮め得た者の姿。 人間の内なる思慮分別の猛獣を修め得て、その上に鎮座する姿。 事実を事実のとおりに見るということは、余分なものがないということです。 そこに現れる余分な見解というものを断ち切った姿。 そもそも、もともと一切の事象、事実というものには余分なものはありません。 とは言えども、それでも人は人の習癖・習慣的に物事に思いをつけたす。 いまや「写真で一言」という要らぬ添え物をするバラエティ文化もあるぐらいですから、ものを本当にそのままに受け取るということをしない。 文殊様の持つ剣、智慧の剣というものは、そういう人間の考えを断ち切る働きを象徴したものです。 その文殊の剣とはなにか? お見せしましょう。 いま、そこで、みているもの、きこえていること。 たとえ文字文言を観るにしても、そのものとして映し出されているという姿がありましょう。 文字として見えているだけで意味を持たせてもいない、読み取ってもいないままの、ただの文字の羅列のような景色としてみている時には、文字であっても意味が生じません。 本当にみるということはそこに安住しています。他方に向かわない。蛇足ごとが起こらない。 見届けるという言葉の方が適しているかもしれませんね。 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞それはものの方を見るというよりはそれを見ている己を見つめる姿ともいえましょう。 そういうご自身のハタラキ・功徳に気づく眼を持つことです。 あなたの手にはすでに文殊の剣がありますよ。用いることがないのはもったいないことですね。

受け流す練習

ぬままさん、はじめまして。質問を拝読しました。

ぬままさんは、過去にあったことを思い出し消えてしまいたいと思うのですね。

世界を舞台にして活躍する日本人スポーツ選手は、どうでしょうか。

サッカーの日本代表でチームリーダーだった長谷川誠選手の著書『心を整える。』に詳しく書かれています。

スポーツの世界ではNo.1にならないと認めてもらえません。オンリーワンではダメなのです。このため、陰湿なイジメは当たり前のようにあるそうです。

それを乗り越え、結果を出し続けている長谷川選手が行っていることは「受け流すこと」です。

嫌なこと、失敗したこと、恥ずかしかったことなど、事実として評価せず受け流すのです。

ぬままさんも、過去のことを受け流すことができるように練習できるよう祈念しております。

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徳島県の高野山真言宗寺院で住職をしています。 本山布教師心得として自坊の月例法話の他に、地域の出張法話の依頼もあります。 出張法話で寺のある地域の特産品「梨」を紹介するので、「梨のおじゅっさん」として有名になりました。 ホームページ http://houwa-kanonji.com/

質問者からのお礼

みなさま、ありがとうございます。
いろいろなお話が聞けて、とてもうれしいです。
楽しいことを考えたり、受け流してみたり、自分なりにいろいろやってみます。

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ