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共通のお経

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こんにちは。いつもhasunohaを読ませて頂いております。

質問です。先日知人の親族の葬儀がいくつな重なりお通夜に参列してふと思いました。

宗派問わず統一されたお経ってありますか?
元々はお釈迦様が仏教を広めたのでしょうから仏教経みたいな…

よろしくお願いします


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お坊さんからの回答 6件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

如是経 そこにそうしていられることです

如是経を転ず、という言葉があります。
お経を読み深めていけば、最終的には、みな「そこにそうしている事」になります。
ただ、そのままで居られる事。
何が起こるにしても、平然とそこにいられることが仏道修行の究極とも言えることです。
多くの人は、そのままでいられない。
仏教らしい事をした方が良いのではないかと思うものです。
今は分からないかもしれませんが、色々お経を読んでいってみてください。
最終的には「では、どうあることが仏様の教えの真意なのか?」という所に突き当たると思います。
だから「そこに、ただ、そうしていられる事(平たく言えば 平常心 無心)」こそが、お経の究極のエッセンスと言えます。
それを如是経といいます。

Q「あなたは今何をしているの?」
A「わたしは いま ここで ただ これを こうしているだけ」
Q「それをリクツで言わないとどうなるの?」
A「ただ、こうしていること。それだけ。」
Q「具体的になにをするの」
A「そうしていられるようになることだよ」
Q「どうすればそうなれるの?」
A「そうやって頭で描かないで、そのまま、そこに居てごらん」
そこに現われる 心こそが 仏教共通のお経です。
お経とは、このことのレシピ、楽譜ですから。
いつかこの事が分かる日が来るでしょうから覚えておいてください。
(深いわー)

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宗派問わず統一されたお経は無いですが、

必ず合掌(若干ポーズは違います)します。

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和田隆恩
 1967年京都市生まれ。山形大学理学部卒業後、証券会社で勤務。30歳で脱...

全ての宗派共通ではないですが・・・

般若心経・法華経などは各宗派読経される事が多いです。(ただ、浄土系は読経しなかったと思います)

お釈迦さまから2500年2600年。各々の形で伝わりながらも各宗派今もしっかりとお釈迦様からの教えを引き継いでいます。

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小黒澤 和常
大本山總持寺安居ののち、松岩寺副住職となる。テレビ朝日系お坊さんバラエティ...

日本仏教は、膨大な経典すべてを採用、という意味で統一的

ざっくりとした説明になりますが、
タイ・ミャンマー・スリランカなどの上座仏教、南伝仏教では、パーリ語で記された統一した公式のお経のテキストを作って採用しているそうです。

一方、日本の伝統的仏教宗派は、北伝仏教の流れであり、インドのサンスクリット語テキストだけでなく、中国で翻訳された漢訳仏典が大量に日本に入って来ました。
同じお経に対しても、何人かの人が翻訳され、1つのお経に対して漢訳テキストが何種類もある場合があります。
日本仏教は、インドから中国や朝鮮を経由して入ってきたサンスクリット仏典も、漢訳仏典も、すべてお経として採用しています。さらに、近代以降に入ってきた南伝仏教のテキストも研究対象にしています。
なので、日本仏教は、膨大な経典すべてがお経なのです。
その中で、宗派によって、重視するお経や、普段儀式で使うお経が違うので、法事の内容がバラバラなのです。
同じお経の同じ漢字でも、宗派によって読み方が違う場合もあります。

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浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

お経は呪文ではありません。

お経は仏様の説法を記したものです。
その数は8万4千種類とも言われます。
内容は様々で一定の統一性はありますが、全く違う内容のお経だらけです。
その中で「どのお経の内容を信じるか」が宗派の違いです。

般若心経は日本の多くの宗派で読まれます。
その内容は「空論」でありどの宗派でも踏襲する真理と言えます。

※浄土真宗では般若心経は読経することはありませんが、お経典の内容は正しいものと位置づけしてあり、信仰の上では大切にするお経の一つであることは変わりません。

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始めまして、釈心誓と申します。 浄土真宗本願寺派の僧侶です。 若輩浅学...

「仏教聖典」

ふゆじたく様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

いつもhasunohaをご愛読頂いておりまして、誠にありがとうございます。

「宗派問わず統一されたお経ってありますか?」・・実は、そのような趣旨において編纂されている仏教聖典というものがございます。

仏教伝道協会・「仏教聖典」について
http://www.bdk.or.jp/buddhism/index.html

「仏教聖典」とは・・

お釈迦さまとして知られる仏教の開祖、ブッダ(仏陀=目覚めた人の意)が説いた真実の教えを集めた「お経」の中から、教えの大切な要素とたとえ話を選び、それらを日常のやさしいことばにかえて表現したものです。

「ブッダの開いた教えがわかりやすい言葉で、世界中の誰にも心通うように」との思いで「仏教聖典」は作られました。

・・

「仏教聖典」は、どこかの大きなホテルに宿泊された際にでも、鏡台の引き出しの中に聖書と共に置かれていることもございますし、また、仏教伝道協会さんにおいて販売もされているようですから、宜しければお買い求め下さいませ。

http://www.bdk.or.jp/buddhism/book01.html

さて、お釈迦様の残されたお教えが様々に仏典として現在に伝わっております。「八万四千の法門」と言われますように、それだけ方便(その人それぞれの苦しみ、迷いに対して的確に応じて説かれた)として仏教をお説きになられた次第でございます。

その方便において最も基本となるものが、「四聖諦」という、苦諦・集諦・滅諦・道諦の四つの聖なる真理でございます。

私たちには、代表的に四苦八苦(生老病死・愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦)する中にありますが、それらの苦しみには、その苦しみの結果へと至らしめている因縁(原因と条件)があり、苦しんでしまっているのであって、その苦しみをもたらす因縁(原因と条件)を何とかすることができれば、必ず苦しみを無くすことができるとして、そのための方法(仏道)を善巧方便を駆使なさられて釈尊は仏教をお説きになられたのでございます。

ですので、全てのお経の内容も、それは「四聖諦」を基本原理として説かれているものであるとして、補足として少しくご理解を頂けましたら有り難くに存じます。

川口英俊 合掌

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質問者からのお礼

小黒澤さま
ありがとうございます。
宗派は違えど長い年月が経ってもなお仏教が有ると感じました。

丹下様
ありがとうございます。
確かに深いわ〜!です 笑。
お経の内容を知る前に先ずお経を読まねばですね。

和田様
ありがとうございます!
お経は読んだ事はありませんが、私もこれから合掌を大事な気持ちでさせて頂きたいと思いました。

願誉様

ありがとうございます。膨大な経典が日本に入って来ていて、宗派によって重視するお経が異なる…。なるほどです!
そう言えば日常生活で読書をしていても好きな作家さんやジャンルがあるなぁと思いました。

釈様
ありがとうございます。
8万4千…。気の遠くなる量なんですね。
改めてお釈迦さまは素晴らしいと感じました。

みなさまの回答を読ませつ頂き、仏教に関心が薄い私でしたが少し何かが近づいた気持ちになりました。

「お経・経典」問答一覧

読経

昨日、母の初盆で自宅にお坊さんに来ていただき、読経していただきました。 今まで無宗教だのあの世は信じないだの威勢のいい言葉を並べて生きてきましたが、母の死に直面して、純粋に「苦楽から解放されてあの世では安らかに過ごして欲しい」との思いで父方の宗派の浄土真宗大谷派のお寺さんにお願いして節目の法要をお願いしています。 お坊さんの法話で、私たちが心配しなくても極楽浄土で過ごされているから心配は無用なんだとの旨を教えていただき、少しずつ自分でもネットで調べて仏教に触れ、今まで無知だった仏教に対しての印象も段々と変わってきました。 そんな私のお坊さんに対する疑問ですが、母の法事のお坊さんの読経中は生前の母は「こんなことあったな」「あんなことあったな」と色々思いを馳せたり、お坊さんの「南無阿弥陀仏」が聞き取れた時はお坊さんの言葉に重ねて頭の中で南無阿弥陀仏と唱えているのですが、未熟なものでそのうち「お経長いな」とか「お坊さん、歌うまそうだな」とか「お経は何て言ってるのかな」とか色々と雑念がわいてきて、母や法事と無関係なことを考えてしまいます。正直お経の意味すら知らない自分が読経に合わせて手を合わせることに意味があるのかなんていう素朴な疑問もよぎります。 自分でも失礼だと思うし、「せめて今日ぐらいはお袋や先祖さま、お袋も可愛がっていた先代のペットのことを考えてやれよ!」と自分自身に突っ込みをいれたくもなるのですが、失礼な言い方ですが読経に自分でか「飽きてしまってる自分」もいるのだと思います。 そこでお坊さん方にお聞きしたいのですが、法事はもちろんこれからも参列する機会もたくさんあると思いますが、お葬式やお通夜など含めてお坊さんの読経中はどういった心持ちでいるべきなのでしょうか? もし同じような雑念が出てきてしまったら、どのように持ち直す?脱線を修正したらよいでしょうか? またお坊さんたちは自身のお勤めの際、どのようなお気持ちで読経なさるのですか?例えば劇の時のように、感情を込めてそのたちばになりきるように、お経の中の言葉の意味に思いを込めて唱えられるのでしょう?また同じような雑念がわくことはありますか? 子供じみた質問で申し訳ありません。

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お経をあげないと不幸になりますか。

昔から家は仏教徒で、私も産まれてから仏教を信じなさいと育てられてきました。 小学生の頃、学校環境になれず拒食症になってしまい、食べ物を見ると吐き気を催すようになりました。 その時に母が、「先祖が苦しんでいる。それがあなたに出てきてしまっている。きちんとお経をあげないから、ものが食べられなくなってしまったの」と教えられました。 その時は真に受止めお経を上げました。ですが、考えてみると、ストレスによるものではなかったのかと思うようになりました。 月日が流れ社会人になった時、やっかいな病気にかかり、毎日不安で泣いていました。 他の兄弟は、病気になることも無く、ごく普通にすごせているのに、私だけなぜこんなにも不幸が降りかかるのかと。 母に聞くとやはり、「先祖が苦しんでいるからだ」の一点張り。 私はただ不安な気持ちを聞いて欲しいだけなのに、私のせい、私のせいと言われ続け、仏教とは私を苦しめるものなのか?と思ってしまうようになりました。 確かに、先祖があってこその自分ではあるが、もし仮に母が言っていることが本当だとして、私ばかり苦しい思いになる理由も分からないです。 私ばかりお経をあげて、時間を使わなくてはならないのかと、疑問に思ってしまいます。 他の兄弟は、お経はおろか、仏教を信じていません。ですが、結婚もし、子供も生まれ、幸せな家庭環境を築いています。 このような場で、仏教やお経に対して罰当たりな事を書くのをどうぞお許しください。 私はどうやって生きていけば、普通に生きられるのでしょうか。お経を上げなくては私は幸せになれないのでしょうか。

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説法は邪道?お経は自己解釈すべし?

 いつもお世話になっております。私が最近通い始めた法座(読経会)の お寺の住職先生が、法話や説法を邪道とみなしているようです。  法座が終了し、私がノートを片手にお経について聞きに伺うと、 「本当のことを知っているのはお釈迦様しかいないから、説いてはいけない」 「僕のいったことも参考程度に耳に挟んでおいてね」 「説いちゃいけないって書いてあるから(確かに法華経にはそんな文言が あったと思いますが)」 「もしそれを説いて、その人の言ったことを信じてしまったら、変な新興宗教 ができちゃうよ」 「お経を直接読んで、自己解釈するように」(逆にそちらの方が危険な気が… 例:理趣経。それに漢文や中国語の文法が理解できない人はどうするの でしょうか)などと言い、教えていただくことができません。それどころか、 最後の文言のように、かえって危険な事態を招きかねないことを言われます。  法句経ーダンマパダには「教えさとせ」という文言があったような 気がします。対機説法という概念もあったと思います。  それに、積極的に法話会を開いている先生方もいらっしゃいます。  この先生のおっしゃることは、信頼しても良いのでしょうか? 私個人的には「う〜ん…」といったところです。

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