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どなたか凡夫成仏した人を知りませんか?

回答数回答 4
有り難し有り難し 582

みなさんいつもありがとうございます。
人生いろいろな経験をさせていただきましたところ、

おかげさまで、私は2017/2/20に突然、蓮の花の色をした明るく至福で安寧な空間(浄土?)に招かれ、凡夫成仏させていただきました。
自分のすべてを赦していただきましたので
この世のすべてを赦して暮らしています。

仏様から今後生きている間は、全ての人々、森羅万象に感謝して暮らすように教えていただきました。

また、この世は生きづらく、ドロドロとしていないといけないことも教わりまして
蓮は泥より出でて泥に染まらず。の意味もやっと理解できました。

どなたか、同じような経験をして、凡夫成仏した方をご存じないでしょうか?


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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

成仏とは

拝読させて頂きました。
凡夫のままでは成仏はできないと思います。

凡夫とは未熟であってついつい罪を作ってしまう罪深い者です。

あなた自身の考えや成仏の捉え方にもよりますけれども、何のこだわりも憂いも無く、迷いもなく、全てを慧眼して慈悲と智慧を備えたところから成仏となると思います。

あなたの成仏の意識や概念はいかがでしょうか?

どうか成仏について真摯にお向き合いなさり、ご成仏なさいますように日々ご精進なさってくださいますようにとご祈念申し上げます。

再度拝読させて頂きました。
私も凡夫の一人です。
どうかこれから共に仏道修行に精進して参りましょうね。
今後ともよろしくお願いいたします。
合掌

再度拝読させて頂きました。
有り難いと思うあなたのお考えやお気持ちを有り難く受け取りました。
有り難とうございます。あなたを心より応援させて頂きますねー!

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有り難し
おきもち

Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして10年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラ...
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誰がそれを見定めるかが大事です

まず人間の上には凡夫とか衆生とは仏なんていうプラカードやラベルがそもそも「ついて」いません。どこかにそういうラベルが貼ってあるのでしょうか。

最初の一歩目から自分にラベルを貼って、その上にラベルを張っても同じラベル。
私どもは最初から「ダメな身だ、衆生だ、凡夫だ、ポンプだ、ポンコがツだ、とんこつだ。」と思う者にはそのような作用が見受けられる、そのような作用が生じて、そう思い込み始めるということはあるでしょう。
仏教をまるで知らない人からすると「なぜあなたは凡夫デスカー?」と疑問にすら感じるでしょう。
さて、成仏ということは「ぐらつかない」ことです。
あなたが成仏されたという感覚が一生続くのかどうかというと、答えはあなたしかわかりません。
思考による一時的な高揚感を悟りとか成仏と誤解する人は多いものです。
さて、ぶっちゃけ、今、シラフになってどうか?という問いをしてみましょう。
過去のスンゲー体験や成功体験、神秘体験は癒しの一種だったりします。別に質問者さんの体験を否定しません。実際に「なんかあった」のでしょう。
成仏するのに凡夫も衆 生もありません。誰もが皆成仏できます。生きながらの成仏することこそ最高です。
で、今日一日、どうか。今、どうか。
ホントに成仏してましたか?実はそこが大事なのです。
「オラ、昔、悟りの体験があっただ、成仏しただ。」という今の時点における過去の振り返りより、一生涯の安穏安楽であるかどうか。
禅では悟後の修行とか、本来の悟りの継続、修証などといいますが、今日どうなのかというところを大事になさってください。もしぐらついたりブレたら、正直に自分に向き合い、ちゃんと軌道修正して出来上がらないことをお勧めします。
人は「自分は悟った・成仏した」と思いたい心理もあるのです。
そこにカブレず、本当に何があっても自分の想念に影響されず、お釈迦様や祖師方のように智慧・慈愛に満ちた道を歩んでいかれるのであればあなたの成仏の功徳によって多くの人が成仏できるでしょうから、自分の成仏がたしかなものであるかどうかの点検をされることをお勧めします。別に悪気もありません。人間には時々「出来上がっちゃう心理」というものが実際にあるのです。
スピリチュアル系でも毎日SNSに「この気づきに感謝」と載せている人は周りからはむしろ心配されていたりするのもんです。(ママ友談より)

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有り難し
おきもち

三十二相八十種好と三身の具備

かっちゃん!様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

釈尊以外にて、この三千大千世界、この一仏国土で成仏された方、また、成仏された在世の方はいまだ知りません・・

招かれた場所は、色究竟天になるのでしょうか。

もしも、本当に成仏なさられたのであれば、三十二相八十種好と共に三身(法・報・応)を具備なさられておいでとなられるのではないだろうかと存じますが、どうでございますでしょうか。

いずれにせよ、仏道をしっかりと歩みて、いずれ成仏することによりて、衆生済度の聖業に取り組めるように努めて参りたいものでございます。

そうでございましたら、どうか宜しくお願い申し上げたい次第でございます。

川口英俊 合掌

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有り難し
おきもち

Eishun Kawaguchi
最新の仏教論考はこちらでご覧頂くことができますが、公開、非公開は随時に判断...
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念仏三昧、観想念仏

仏・菩薩や浄土のビジョンをリアルに観るための修行を、観想念仏といいます。
観無量寿経というお経に説かれている修行です。
観想念仏の修行や、ただ南無阿弥陀仏と念仏をとなえる口称念仏の修行中に、精神統一状態になって仏・菩薩・浄土のビジョンを観ることを、念仏三昧(ねんぶつざんまい)といいます。
浄土宗でも中国や日本で、過去に、念仏三昧を体得した僧侶がいたと伝わっています。
有名なのは、中国唐の時代の善導大師と、日本で鎌倉時代に善導大師の浄土宗を広めた法然上人です。
ただ、浄土宗では、念仏三昧をさほど重視していません。
浄土宗では、念仏三昧を体得できるような一部の聖者だけに限らず、善人でも悪人でも、口称念仏をするだけで救われると説くからです。
とは言いつつ、善導大師は人々から「阿弥陀仏の化身」と言われるほど尊敬されました。

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有り難し
おきもち

がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四...
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質問者からのお礼

ご回答ありがとうございました。感謝申し上げます。

自分が体験したことを調べているうちに、即身成仏、凡夫成仏の概念にたどりつきました。
お釈迦様はこの体験をして、1週間も踊るように喜んでいたことも納得できました。

あちらの世界はものすごい幸福感に包まれていました。
仏様たちがいらっしゃる天界、浄土はすばらしいところです。

成仏は「仏と呼ばれる境地になることであり」
それはこの世でも、死んで反省室で人生を省みたときに納得したあとでも
たどり着ける領域でもあります。
ただ、この世に未練がありすぎると戻ってきてしまいますよね。
それを輪廻転生とでもいうのでしょう。

仏様は私たちを見守っています。

解釈することそのものには、沢山の道のりがありますが、
たどり着く場所はひとつと感じています。

お忙しいところ、私のために本当にありがとうございました。
あらためて感謝します。

私は修行も読経もしていませんし、できるような立派な人物にもなれません。
そんな私でも招いていただいたことを本当に奇跡だと感謝するだけです。

生きていることも神羅万象、すべてのバランスが成り立ってこその奇跡ですので
日々感謝させていただいています。

自分を幸せにするのはやはり自分だけなので、
Kousyo Kuuyo Azuma様をはじめ、みなさんも
幸せを感じられるように、体調に気をつけてくださると幸いです。

幸せに包まれたおかげで、私は神仏のいらっしゃるそばに辿りつけました。
おかげさまで感謝してもしきれない人生を送っています。

丹下覚元様
ご回答いただき心から感謝申し上げます。
ありがとうございました。

至福の空間を経験した後、
確かに一時期はその感覚が分からなくなりました。

ただ教えていただいたことを忠実に守り
どんなことにも感謝の気持ちを伝える習慣をつけていったところ、
日常のことではありますが、たくさんの奇跡的な出来事を経験させていただきました。

おかげさまで、辛いことや苦しいことに遭っても2、3日あればそのことも幸せなんだと
頭の中を切り替えることができるようになりました。

残虐な事件や理不尽なことも、やるせない天災、人災も、この世には必要なことであり、
関係した人はとても大変ですが、その役割を引き受けていただいたことを
心から感謝しています。

そのような生き方をしているうちに
この世でさえとても幸せな天国なんだと実感できるようになりました。

最初に招かれた至福の空間に近い感覚で
幸福感に包まれ、日々過ごさせていただいてます。

ぐらつくどころか、福と徳は積み重なる一方です。
それは私ではなくみなさんのおかげです。
八百万の神様、仏様、ご先祖様にも感謝しています。

生まれてきて本当に良かったと思います。
あらためて感謝申し上げます。

たとえ傷つけられたり、いじめられるようなことがあってすごく落ち込んだとしても、
相手のイジメ役に対しては、かわいそうだが仕方ない、辛い役を担っていくれてありがとう。
幸せに転換し実感できる貴重な体験をいただいたことをみなさんに感謝します。
と心の底から思えることがとてもうれしいです。

生き恥をさらそうとも、キモいと言われようとも、自分は自分です。
幸せを実感できるチャンスは積極的にチャレンジさせていただいてます。
ありがたいです。

川口英俊様
願誉浄史様
私のために貴重な時間を割いていただき、ご回答いただき本当にありがとうございます。
こんなにもたくさんの方からご回答をいただけるとは思っていなくて、恐縮しているしだいです。
いろいろなことをご教授いただき、あらためて感謝申し上げます。

私もものごころついた時から、この世で生きていくのが苦手でした。
少し強めの発達障害を持ち、

父の借金と蒸発、母子家庭公営団地育ち、小中校でのイジメをはじめ

4tトラックにはねられ全治1年の大けが、妻のがん、
胆のう摘出と結石による急性腎炎や網膜剥離手術、

責任感、使命感、正義感が強すぎるがゆえのメニエール病、うつ病、休職に
家財一式を失う大地震など経験してきました。
今も無事にいきていることは、みなさん助けていただいたおかげだと思っています。

2017/2/20の体験をした瞬間、これらのことを含めて
今までの人生で経験したことは、ひとつも無駄なことはなく、
失敗したことも、おこられたことも
この世の不条理までが、私が幸せであることに必要だったと分かり、感動しました。
とても運が良く恵まれすぎていると実感しました。

仏教の奥深くむずかしい部分は、全くわかりませんが、
あちらを体験し教えてもらった大事なことがあります。

それは、三十二相八十種好と三身の具備にもある
「人を救う」ということを神様仏様はご自身ではしていません。

ひとりひとりを応援し、見守っていただいてますし、
頑張っている人には、何らかの助け舟を出すことはよくあります。
祈り願っていることも知っていらっしゃいます。

ただ、最終的にことを成し遂げるのは、その人「本人」なのです。
それを伝えてほしいと私は託されました。

私は何か宗教でも立ち上げて、生きていくために金儲けしようとか全く考えてません。
人を救う、人助けをするというおこがましい心は慎んで
これからもこの世のすべての人、森羅万象にありがとうございますと
感謝し続ける人生を送ります。

産まれた時からの無垢の魂を、この世の泥にうずめても
純粋できれいなまま磨き続け、魂の戻る場所に戻したい。そして、
亡骸は万物のもとにお礼を言って還せたらとてもうれしく思います。

これが仏になる一番の近道であり、ハードルを高くすることもないかなと
凡人は生きていきます。

生きることも、死ぬことも、苦しいことも、迷うことも全て幸せです。
この世で生きているのですから。

有頂天な性格ですみません。ありがとうございました。

お礼が遅くなって申し訳ありませんが、
自分の気持ちのありのままに書き込めたうえ、みなさんからありがたいお話をいただけるような、貴重な場所を提供していただきましたhasunohaに関わる皆様に心から感謝申し上げます。
ありがとうございます。

ほんのわずかではありますが、
ご回答いただいた皆様へ「おきもち」をさせていただきました。
ありがとうございました。

至福に包まれたとき
仏様がこの世の全てに感謝して暮らしなさいとおっしゃったのは
増上慢で有頂天から九天直下しないようにして下さったのですね。
本当にありがたいことです。

不勉強でした。精進します。
皆様にもあらためて感謝申し上げます。ありがとうございます。

2018/5/28 精進し到達した境地について
1 この世はわざと生きづらく、ドロドロになるようにできている。
2 真白な魂で気づけば、そのような世でも素晴らしい世界とわかる。
3 全ての苦は幸せのもとである。煩悩も感情も幸せのたねである。
4 全てのものは奇跡で成り立っている。
5 全てのものから無数のおかげをいただいている。
6 全てのものが感謝の対象である。常にありがたしと感謝できる。
7 この境地に至れば、何があっても自分を緩められる人生になる。
8 生きることも、死ぬことも幸せであり、ありがたいものである。
9 どうにもならないことには力は使わない。好きに生きていい。
10 全てを許し、自分の全ても許されて、全てを労わり、慈しめられる。
11 自分の全ては宇宙で形づくられている。魂をはじめ全てはエネルギー、波動である。
12 万物の下に降りて、全てを敬い、全てにありがたしと感謝を唱えられる。
13 全てを平等に慈しみ、愛することができる。
14 全てのものに永遠に感謝できれば、全ての人々に無数の徳を積んでもらえる。
  他力本願の原点はこれとみる。
15 過去のものにも、未来のものにも、時空を超えた異次元のものにも、
  感謝を永遠に伝えられる。慈悲の心は永遠である。
16 この境地は阿弥陀如来様の領域とみる。ここまで到達できて本当にありがたい。
17 全ての人々が万物を敬い感謝できれば、この世に平和が訪れる。

ありがたきしあわせ。感謝の言葉が見つからない。

Kousyo Kuuyo Azuma様
ありがたいご回答をいただき、あらためて感謝申し上げます。
また、日頃のご活躍を拝見し、陰ながら応援させていただいてます。

全てに感謝して生きていくようにと
あの不思議な体験で神様仏様から教えをいただいて15ヶ月、
日々感謝と精進しながら、ここまできてうれしく思います。

私たちというか、万物は神様仏様=エネルギーで形作られていまして
それに気づけば、どこにいてもその存在をものすごく近くに感じ
感謝の気持ちが自然と溢れます。

まだまだ精進は足りませんが、日々の生活を楽しく過ごしながら
純粋で真っ白な魂を磨き続けます。

今まで通り、煩悩やいろいろな感情はかなり素直に出てくるのですが
おかげさまで、すうっと消して、穏やかな気持ちに戻ることが普通にできるようになりました。
ありがとうございました。

閲覧してここにたどりついた皆様へ
いやなことがあったり、イライラしたり、辛くなったら
そんな自分も自然なのです。その経験に感謝して全てを許します。と
気が済むまで唱えてみてください。
ものすごくそばに居る無数の仏様の微笑みと慈悲を感じ取れます。

12-2
万物の下に降りると、中道に辿り着ける。
全てのおかげを感じ、全てに感謝できる。

「仏教全般」問答一覧

お金なんて要らんと貫いた心

神仏への信仰心がとても篤かった医療人のお話です。 その人は幼き時に難病で視力を失い、家督を譲って琵琶法師と鍼師のどちらかを選ぶときに医の道を選んだそうです。親には「二度と家の敷居をまたぐでないぞ」と突き出され、入門先の師匠は「素足に埃が付いたら掃除やり直し」覚えも良くなく、ある日鍼を持たせてもらった時には、患者さんが痛さで悲鳴と怒号のクレーム続出…ことごとく破門。 後がなく生死をかけ岩屋に篭もって断食修行、無我の境地で空腹に転び手にした松葉(鍼のような)と、くるまった落葉を元に、のちの管鍼法を発案。「これなら患者さんも痛がらずに下手な自分でも施せる」心の清らかな和一さん、あれよあれよと出世し果ては将軍の病まで治癒。「よくやった和一よ、褒美を与える。何でも申せ」と将軍、ところが見返りを求めなかった和一先生、儲けは要らんと一旦断るも、当時の上下関係では言語道断。お互いにプライドがゆるさず譲り合わなかった末(流石の将軍もこれで諦めるであろうと、盲目の自分に)「ひとつ、目が欲しゅうございます」と頓智を効かせたところ「わかった」と将軍は引き下がり、しばらくして江戸の一ツ目という地名の土地に、「盲目と老体が遠方まで行かずともお参りできるように」と江ノ島の弁財天様を勧請、老いても尚熱心に参詣を怠らぬ和一検校を自分のケアスタッフとして「そばに置いておきたかった」のもあり、治療院のみならず弟子の養成所と神社まで併設、そして今も残るそうです ハンデがあっても自立して生きていける術を磨く、世界初の視覚障害者用職業養成機関は、実は江戸時代に「盲目となり家を出され、師弟関係も破門され…住むところもお金もなく、仕事のセンスにも恵まれず…只管に神仏に手を合わせ続けた」信仰篤き偉人の苦労の先に日本で生まれた逸話、私は大好きです! 話が長くなりましたが、私も勉強をし指圧師となって施術をしたいと毎日仕事に明け暮れています。元ヤン僧侶さんは「目標が半端ねぇ。もっと効率的にガッツリ考えろ」と喝を入れてくださいました(笑)息を吸うように朝日が昇れば仕事が入ってきて、6月は休みなしで母の日から連勤達成更新中です。今の仕事も好きですが、やっぱり指圧を専門学校で学びたい。 先日お寺でふと仏様から「前へ。只管に進みなさい」と声が聴こえた氣が…私の指圧を喜んでくれた母の為にも入学が叶うようエールをいただけますか。

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YouTubeのオススメに「良い人・優しい人が損する理由はこれです」みたいな動画があったので、とりあえず観てみました。その動画には「ブッダの教え」というサブタイトルが付けられていました。 優しさと思いやりが、いいように利用され苦しむ主人公の話でした。 その後、主人公が見つけた答えは、 ①「自己尊重と他者への尊重のバランス(自分自身と他人の間に健全な境界線を引く)」 ②「自分の気持ちや考えを尊重してもらえない関係は健康的ではないと理解しそのような関係とは距離を置く」 ③「支援や協力が真に価値を持つ場合にのみそれらを提供するようにする」 というものでした。 私にはとても良い話に感じましたが「我を無くす」から遠のいてるようにも見えて、この話をどこまで鵜呑みにしていいのか迷っています。 「ブッダの教え」とありますが、この動画に出てくる登場人物名や逸話をネットで検索してもそれらしいソースが見つかりませんでした。 (生きにくさを抱えた現代人向けの創作?) ここでお坊様方にお聞きしたいのは①②③は仏教的に見て、実行しても大丈夫な内容でしょうか。 またお坊様方の考えなどもお聞かせ頂けたらと思います。 よろしくお願いします。 補足です。 私は優しさ・善良さとは程遠い人間ですが、周りではよく聞く話だったので、このテーマに関心がありました。

有り難し有り難し 9
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