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「私」を構成するものについて

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五蘊という言葉を聞いたことがあります。
これらの要素が「私」を構成しているものだとしても、これらを「私のもの」としてリンクさせる力はどこから来るのでしょうか?
例えば「私の思考」「私の感覚」「私の体」というように、なんでも個人的にしてしまう力です。
もちろん人間の発達した脳のせい、とも言えると思います。
では、脳に損傷を負ってしまった人や、痴呆が進んで自分のことがわからなくなってしまった人は、いわば悟りに近い状態ということ?
自分のことがわからない「自分」、が残るので、違うんじゃないかと思いますが、皆さまはどう捉えますでしょうか?

科学的なことはさっぱり分かりませんが、脳の仕組みとはまた別に「経験を個人的に所有する力」について、仏教の視点からご教授いただきたいです。
よろしくお願いいたします。


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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

「煩悩障と所知障」について

有未様

五蘊は、それぞれ、色(物質・肉体)、受(感覚・感受作用)、想(表象・概念作用)、行(意思・意志作用)、識(意識・認識作用)で、それら五蘊が因縁(原因と条件)によって仮に集合していること(五蘊仮和合)によって私たちの存在は成り立っています。

しかし、五蘊のどれが一体、自分なのか、どこが自分なのかは、これであると指し示して言えるものはどこにもなく、「自分」とは実体として成り立っていない「空」なるものとなります。

「「私のもの」としてリンクさせる力」・・

私、あるいは私のものということは、「我執」のことになりますが、その我執の根本的な原因は、願誉浄史様も既におっしゃられていますように、「無明」となります。

簡単な例えとしては、無明を癌細胞として、癌細胞(無明)が色々と臓器の働きを痛めてしまい、様々な苦痛となる症状(煩悩)が出てしまうことになります。しかし、その根本となっている癌細胞を直接に手術(仏道修行)により、取り除ければ、様々な苦痛となる症状(煩悩)も出なくなります。しかし、その癌細胞(無明)をまた再発、増殖させてしまう原因も何とかしないことには、また癌に侵されてしまうことになってしまいます。例えば、悪い生活習慣(食生活や喫煙、ストレス等)などとなります。その癌細胞の原因となっている根本的な要因をも改善させること(更なる修行)で、もはや癌にならなくなり、安心して過ごせることになります。

この例えの場合、癌細胞を「煩悩障」とすれば、悪い生活習慣などの根本的な要因が「所知障」というものとなります。

「経験を個人的に所有する力」・・

経験、仏教的には、行いによる業・カルマとなりますが、心相続(心の連続体)上において、一応は所有するものと言えるのではないかと存じます。

しかし、この業・カルマも、様々な行いにおける業・カルマの複雑な因縁により相続していくものとして、実体としてあるものではなく、「縁起」にて成り立っている「空」なるものとなります。

痴呆症・認知症の方、あるいは赤ちゃんの状態は、「無分別」であり、それを「悟り」のような状態と言う見解は、拙生は全く支持しません。その場合はただ脳の働きに問題があるだけで、深いところの心相続上の問題としての煩悩障、所知障を断滅させない限りには、「悟り」と言える状態にはならないと考えております。

川口英俊 合掌

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川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究

煩悩の最終ボス「無明」

無明(むみょう)という煩悩があるから、自己の存在に執着してしまうのではないでしょうか。
脳が発達していない虫などにも煩悩はあり、生きようとします。
生きていたいという渇愛は下等生物にもあります。
ですから、脳が損傷したから悟った(煩悩が消えた)わけではないと思います。

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浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

私のものがないと思えばいいのです

私のものなど何一つありゃしませんのです。(^

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丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 質問 📞08020659278 どなたでも。

自分を知りたいなら

世のため人のためにお働きなさい。

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「平等」という嘘を信じるな。 仏はこの世が不平等であり辛苦から絶対に逃れ...

質問者からのお礼

川口さま
いつもありがとうございます。感謝いたします。
だんだんと私が勉強するべきワードが見えてきた感じがあります!
がん細胞の例えは非常にわかりやすかったです。
なんとなく、全体像からすると仏教は、救済の面からしてセラピーやカウンセリングに近いところがありますよね?
全然違うということであれば申し訳ございません。
この前お答えいただきたい不二一元論の思想も合わせて勉強したいと思いました。

願誉浄史さま
ご回答いただきありがとうございました。
虫などにも煩悩はあるのですね!
ちょっとまだ煩悩という理解が深まっていないかもしれないので、勉強させていただきます。
無明というのも初めて聞きました!

丹下さま
いつも素晴らしい回答をありがとうございます!
そうですね、その働きも無我である、とまさしくそれであります。

ははは!音は音として、聞く経験と分けることができませんね。
これは本当に腑に落ちたら認識が大きく変化しそうです。事象はもちろん何も変わらず、最初からあるがまま^_^

「仏教全般」問答一覧

学ぶ方法が知りたい

仏教をもっと知りたくて、ネットを活用していたところ、 hasunohaさんを知りました。 過去のQ&Aを拝見させて頂くと、 実際の僧侶の方々のお答えの方が難しい言葉を並べた活字より、 私には馴染みやすいような気がします。 (以下はプロフィールと重複しますが) 縁あって(しかもまったく別件で2度)、真言宗に関わるようになり 30年近くになります。 その頃は少しずつ、作法等を教わったのですが、 2年ほどで絶縁したため、基本を知らず、現在に至ります。 昨年、不思議なご縁の下で ホントに自分がやりたい事は何か?を 時間を掛けて自分に問い、 やはりご縁のあった仏道を進みたい。 今世に生まれた意味を知りたい。 そして少しでも人様のお役に立つのなら・・・ まずは 読んでるお経の意味を知るべきよね、 仏教用語的な言葉の意味も知るべきよね、 と、ネットで検索三昧。 そうなるとどんどん拡大してしまって、 真言宗ってそもそも・・・ 父方は浄土真宗でお寺さんもすぐ近く。 浄土真宗ってどんな考え方なの? 大日如来、阿弥陀様やお釈迦様って? などいろいろと知りたいことが増えてしまいました。 言葉が適切かはわかりませんが、 効率的な学び方を教えて頂きたくてこの場をお借り致しました。

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成仏とは

母が突然死しました。 数日前までとても元気に食事をし、健康診断も主治医から太鼓判を頂いたと喜んで報告してくれたので、しばらく信じられない気持ちでした。 きっと母自身も突然この世を去り驚いているだろうし、無念だったのではないかと気がかりでした。 母の死後、四十九日を待たずに地元で有名な霊能者の方にいろいろ視て頂きました。 信じる信じないは別として、ポッカリ空いた心を穴を埋めて欲しくて伺いました。 先生からの第一声が、母の生き方が素晴らしいとの事でした。 確かに母は誰にでも平等で優しく、穏やかな人でした。 しかし苦労が絶えず、娘の私から見ても果たして幸せな人生だったのか、そして誰にも看取られる事なく逝ってしまった最後が悲しすぎて後悔ばかりしておりました。 しかし、母は四十九日を待たずに天界へ登っているとの事でした。 すでに成仏しているとの事です。 例えて言うなら普通の方が徒歩で一歩ずつ天界へ登る所を、母はエレベーターで上がっていったようだとの事です。 今は6年前に亡くなった父よりも少し高い場所にいるとの事でした。 仏教は詳しくありませんが、人は亡くなってから四十九日間をかけて世話になった方等に挨拶周りをしてあの世への旅立つと祖母から教えてもらいました。 霊能者を疑ってるわけではありません。 それがでたらめでも心が救われたのは事実です。 そのまま胸に止めて生きていこうと思いましたが、ふとお坊様ならどうおっしゃるのだろうと気になりましたので質問させて頂きたいのです。 生前の生き方と言うのは成仏の仕方にも影響があるのでしょうか? 悪事を行えば地獄、良い行いをすれば天国。 それは子供の頃から頭の片隅に何となくありましたが、天国への上がり方にも生き方は反映するのでしょうか? 心が清らかな母だからそうなれたのでしょうか? そんな事って本当にあり得る事なのでしょうか? 母は悲しい最後で旅立ちましたが、人間、死に方ではなく生き方が全てと言う霊能者の言葉を信じても良いのでしょうか? 否定されても信じて行くつもりですが、仏様にお仕えするお立場からのご意見をお願い致します。

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こんなことをしていても大丈夫でしょうか?

もともとお線香の香りを楽しみたくて仏壇用のお線香をよくたいていました。 最近、1週間に1回お花が届く「お花の定期便」というものを始めたのですが、 そのお花と、お線香と、元々家にあるLEDろうそくを並べてみたら…三具足!?と思いました。3つ並べた状態でLEDろうそくをつけてお線香をたいてみたらなんだか仏壇に向かっているような気持ちになりました。 お線香に火をつけた後は何故か自然に手を合わせたい気持ちになるので手を合わせますが、この時の私の気持ちは何か1つを思うわけではなく、祖母や無くなった友人のことを思い出したり、大好きな仏様のことを考えたり色々です。 私の格好もお風呂上りだったりけっこうラフな格好で夜にこうしている事が多いです。 そして「この三具足のようなもの」はパソコン机の上なので、定位置に置いているわけでもありません。何か作業を始めたら隅っこに追いやってしまいますし、お線香が燃え尽きたらお花を移動させてしまうこともあります。 でも、もうすぐお盆ですし今度はお供え用のお菓子も置いてみようかな?と思い、お菓子を買ってきてしまったりもしています。 いつまでこれをやってみたいと思うのか自分でもわかりませんが、 今みたいな事をしていても大丈夫なのでしょうか?疑問に思い質問させて頂きました、よろしくお願いします。

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