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娘の死、その後

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お世話になります。じゅんちです。

15歳の娘の突然の死から8ヶ月が過ぎました。まだまだ涙が乾く日はありません。
月命日には友達が相変わらず来てくれて賑やかにしてくれます。

寂しい、会いたい、いろんな気持ちにもちろんなります、二女が姉の服を着たり同じような仕草をしたり、行事があるたびに思いだし二女の姿を見ながら同じような事が起きやしないかとたまらなく不安になったりの繰り返しです。

私自身が楽しい時間を過ごすことに罪悪感を覚えます。
友達に会ったり、笑う時間もありますがそれがふとたまらなくなるのです。
長女にも楽しい時間がたくさんあったはずだと。

長女は空から私が笑ってるのを見たいはずだよねと思うのですが、気持ちが頭がバラバラです。
どんな思いでいたらいいのか整理がつかず辛いです。

お言葉をいただきたいです。宜しくお願い致します。

2013年11月21日 22:36

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お坊さんからの回答 6件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

そのお気持ちを、どなたかに吐露されましたか?

本当にお辛いですね。頭で理解していることに心が追いつかないことは、当たり前のことだと思います。

そのようなお気持ちは誰かに聴いてもらうことで少しは楽になります。私も広島ですが、拙寺でお子さんを亡くされた方々の分かちあいの集いを開いております。同じ立場の方にならお話できるのではないでしょうか。いつでもご連絡ください。

⇒ http://www.namuamidabutsu.com/tsudoi.php

2013年11月22日 6:33
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おきもち

和田隆恩
 1967年京都市生まれ。山形大学理学部卒業後、証券会社で勤務。30歳で脱...

全部あなたがやっていること

子供を思うのもあなたの思い。
他の子を観てうらやましいと思うのもあなたの思い。
申し訳ないと思うのもあなたの思い。
会いたい、でも会えない、寂しいつらいと思うのもあなたの内側でやっておられることではありませんか。
そうです。人間は一生、見えたり聞こえたりの他に、思えたり、考えたり、自分が自分の中でおこなわれていることだけを相手にしているのです。
ですから、あなたが今お嬢さんのことを思うにしても、それはお嬢さんではなく、あなたの思い。アナタが、お嬢さんの影を観るのも、それはあなたの観ている、現実ではない、あなたの作った思い。
全部、全部、あなたがやっていることなのです。
そのために供養がある。
だからこそ、まず、亡くなったお子さんをいつまでも「わたくし」するべきではありません。
現実が見えなくなるからです。
行かせてあげることです。
わたしの、わたしの、わたしの「娘」の 「の」という所有意識を捨てましょう。自由にしてあげてください。アナタがお嬢さんを縛ろうとすることで、あなた自身を縛り付けているから苦しいのです。
あなたは知らなかったかもしれませんが、葬儀の際には懺悔といい、生前のあらゆるいさかいごとを互いに許しあう儀式もしているのです。
ですが、あなたは葬儀の主催者側の人間で、ゆっくり個人としてお嬢さんとお別れができていなかったのであろうと思います。
他人に遠慮せず、もう一度お子さんと赦しあってください。
赦し合うとは、互いに緩め合うということです。。
互いに自分が自分を、相手を縛っている。
本当に縛っているのは自分自身なのです。
その真実に気づくまで、徹底して自分の心を観察なさってください。

2013年11月23日 3:51
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おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
お悩み相談 ❝あなたの悩みという荷物をおろしてみませんか?❞ 「お寺で...

いつも、共にあります。

じゅんちさん、こんにちは。
娘さんを亡くされた、ということでとても心が痛む思いです。

 ある先生から聞いた話をします。
その先生は、夏休み前に一ヶ月、夏休み後に一ヶ月ほど学校を休まれました。そして、復帰なさった日に、事情をお話して下さいました。実は、夏休み前に一人、夏休み後にもう一人のお子様を亡くされたのだそうです。何事も出来ないほど落ち込まれたそうです。
 お経に「倶会一処」という言葉があります。人は死を迎えたとき、阿弥陀如来のはたらきで、極楽浄土へ往き「ともに同じ所につどう」という意味です。先生は、死後に会えると言われても遅い。今、我が子に会いたい。死まで待つなんて残酷だと思われたそうです。
 そういう思いの中で、日々お経を読み「倶会一処」という言葉に触れるのですが、あるとき、より深い仏様のお心に気づかれたそうです。「倶会一処」は、仏となった我が子から、私に掛けられた言葉であると。
 私達、生きた人間は、極楽浄土を見ることが出来ません。しかし、仏様から見れば、この世もあの世もありません。ですから、極楽浄土で仏となった我が子は、今、既に私と共にあり、私を包み込んでくれている。そして、会いたい会いたいと願う私に、「必ず会えるよ。大丈夫だよ。」と声を掛けてくれていると。そのメッセージが自分の口から「南無阿弥陀仏」の声となって現れ、自分の耳に届いていると。「南無阿弥陀仏」は、インドの言葉で、「いつでもどこでも包み込んでるよ。安心だよ。」という意味です。これは、仏様から私達へのメッセージです。
 浄土真宗の教えの話をしましたが、宗教は関係ありません。亡くなった方はいつも共にあるというのは、間違えのないことです。その証拠がじゅんちさんの悲しみです。人間は、心と心の対話の中で存在しています。娘さんは、じゅんちさんの心に、今は悲しみとなって現れています。今後、心の対話が変化して、「娘さんのお陰で今の私がある」という感謝や安心となることを願っています。
 その為にも、今は、娘さんとの対話=悲しみを大切にしてほしいと思います。

お答えになりましたでしょうか。
また、お会いしましょう。

2013年11月22日 2:16
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おきもち

39歳独身 嫁さん募集中   (このネタで笑いが取れるうちは独身でも良...

お久しぶりです

じゅんちさま、お久しぶりです。なごみ庵の浦上です。
確か前回は4ヶ月というところで問いを頂いていましたね。
それからさらに4ヶ月、いかがお過ごしでしたでしょうか。きっとお辛い日々を送られていたことと思います。

楽しい時間を過ごすと罪悪感を覚え、もうひとりの娘に同じことが起きないか不安で不安で仕方がない。母親とは、なんと辛いものなのでしょうか。
知人の女性僧侶が、「母親の道は修羅の道です」とおっしゃっていたことを思い出します。我が子のためなら、母親は修羅にでも鬼にでもなってしまう、ということなのだと思います。

これはひとつの提案で、是非やりなさいということではありませんが、朝にお経を読まれてみてはいかがでしょう。お付き合いのお寺で、頂けると思います。

今でもきっと、毎日のように仏壇や遺影に手を合わせ、ご飯やお水をお供えしていらっしゃると思います。朝の時間は忙しいかと思いますので、短いお経で結構です。亡き人を思い合掌し経を読む。その積み重ねはじゅんちさんにとってマイナスにならないと考えます。

よろしかったら、いかがでしょうか。

2013年11月21日 23:02
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おきもち

浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

「地蔵和讃」

じゅんち様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

15歳の娘さんを亡くされて、8ヶ月・・いまだ癒えないお苦しみ、お辛いお気持ち、誠にお察し申し上げます・・

「地蔵和讃」というお経がございます。15歳のお子様を水子さんと致すのには異論もあろうかとは存じますが、流産や早産、死産で亡くされた方はもちろん、お子様を若くして亡くされた親御さんにとりましても、非常に深く染み入る内容があるかと存じております。

拙生も「地蔵和讃」を読む度に、涙が溢れて溢れて止まりません・・

「地蔵和讃」は、地方によっても、宗派によって少し内容が異なるところもございますが、下記が最も参考になるかとは存じております。

「地蔵和讃」
http://www.sakai.zaq.ne.jp/piicats/jizouwasan.htm

この「地蔵和讃」を小さな頃から地蔵盆にて祖母のご詠歌に併せて共に読んでおりましたが、どうして水子さんたちは、地獄の鬼にいじめられてしまうのかと、ある時から誠に疑問でした。水子さんの心は純真無垢なはず・・いまだ何も悪いこともしていない、罪もないはずなのに・・

なぜ水子さんたちは苦患を受けるのか・・「地蔵和讃」においては、その原因が実は「親の嘆き悲しみ」にあると説いてございます・・非常に厳しいことではございますが・・

もちろん、頭では理解できたとしても簡単なことではないことは分かります。でも、あまりに嘆き悲しむことで、娘さんがいまだに苦患を受けることになってしまっていてもいけませんし・・

どうか、やがては娘さんのことを仏様、菩薩様に御任せをして下さいませ。じゅんち様の思いも受け止めて、その大慈大悲の御心で迎えて頂けるかと存じております。

そして、無事にこれからも娘さんが悟りへと導かれますようにとして、ご供養のお勤めを賜れましたらと存じております。

川口英俊 合掌

2013年12月4日 14:58
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おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

それでいいじゃん。

 優しい言葉は他の僧侶の方に任せておいて。厳しいことを言わせていただきます。
 坐禅で雑念が起きたらどうするか。雑念を消すのではなくそのままにしておくのがいいと教わりその通り行ったら、いつの間にか坐禅中のみ雑念が気にならなくなりました。
 今じゅんちさんが思っている感情は極々当たり前のことで変える必要あるのと思ってしまいます。「気持ちが頭がバラバラです。」は私にもありますし、どんな人でも些細な事でも起きているのでこの気持ちはじゅんちさんだけが経験しているのではありません。
 自分だけ自分だけという思いが強くて特別扱いしてませんか。後ろ髪引かれているのも今年まで。私はこのままの状態でいいと思っています。時間が経てば解るのでたまには坐禅しましょう。参考にするかしないかはあなた次第です。

2013年11月21日 23:46
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おきもち

ちょい悪坊主を目指しています。尊敬する人は一休さん。

「身近・大切な人の死・悲しみ・喪失」問答一覧

祖父の死を受け入れる覚悟ができません

初めて質問させていただきます。 拙い文章ですが読んでいただけると嬉しいです。 現在唯一存命の祖父が長くないと言われました。 最初にその話を聞いたのは3年前のちょうど今頃の時期でした。 当時、祖母が亡くなって2年。一人暮らしを始め、なかなかうまくいって楽しい生活を送っていると聞いていました。 そんな祖父も寄る年波には勝てずそれほど難しくなかったのですが心臓の手術をすることとなり。そしてわずかな確率で併発すると言われていた脳梗塞を発症しました。 あれから3年。 病状も徐々に回復し、リハビリを頑張りそれでも麻痺は残ったため 1人で生活はできなくなってしまいましたが、施設に入り それなりに楽しく生活していました。 しかし先月再度脳梗塞を発症し、今度こそ寝たきりになってしまいました。 そして2週間前。 母からもう余命3ヶ月と伝えられました。 でももしもう一度脳梗塞を発症したらそれより短くなってしまうこともあると言われました。 私は頭が真っ白になり久しぶりに大声で泣きました。 そして私は今祖父母の家にいます。 両親に生後半年の息子を預かってもらって1人で来ました。 幼い頃から休みになるとよく来て遊んだ思い出がたくさんあるこの家に。 寂しくて、悲しくて着いてからずっと涙が止まりません。 祖母の仏壇の前で連れて行かないでくれと泣き、ふとした瞬間に様々な思い出が蘇ってはまた涙しの繰り返しです。 まだ祖父には会えていません。 明日病院にお見舞いに行く予定ですが感情を抑えられる自信がありません。 でも今回の面会が最後になるのは確実です。 後悔がないように、そして最後は笑顔で。 そう考える度に終わりが近いんだと思い知らされまた涙が止まりません。 幼い頃から私達姉弟を文字通り溺愛して1番可愛がってくれた祖父。 大人になってからも会いに行けば昔と変わらず可愛がってくれる祖父でした。 私の結婚も心の底から喜んでくれ、息子の写真も施設の部屋に飾ってくれて。 お盆になったら息子を連れて会いに行こうと話していた矢先の余命宣告でした。 人はいつか亡くなるって分かっていても。 でもその覚悟と気持ちの整理ができません。 どうしたら良いのでしょうか。

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仕事と父の死について

いつもお世話になっております。 突然ですが、先月の20日に医療過誤で父が他界しました。 それから1週間仕事をお休みを頂いて、今月から復帰しました。 新人という事もあり、仕事も覚えられていない中で1週間のブランクは大きく、失敗ばかりで先輩に呆れられてしまいました。 父の死に目にも立ち会えなかった事、生前父に恩返しの1つも出来なかった事、それら全てを見たくないと逃げるように仕事に行きましたが、仕事は失敗ばかり。家に帰れば父の姿はなく、現実が襲ってきて、帰って来るなり泣きながらシャワーを浴びて寝るという日々を過ごしてます。 会社の先輩には、もう少しお休み頂いても良かったんじゃない?と温かいお言葉を頂きましたが、社会人なのにいつまでも悲しみに暮れて仕事が出来ません。なんて言い訳が通用する訳もなく、殆ど気力で仕事をしてました。 けど気力でなんとかなるほど仕事は甘くなく、失敗ばかりして先輩には迷惑ばかり掛けてしまってます。 失敗すると自己嫌悪で半日は引きずるタイプで、泣き虫なのに泣いたら先輩に迷惑だと涙を堪えて、家に帰れば現実を受け入れられず泣いて。 会社の先輩方はいい人達ばかりで、父の死の事には触れず、仕事だけをきちんと向き合ってくれます。 それなのに私は、仕事は身が入ってない、覚えは悪い、失敗すると自己嫌悪オーラを放つ、キツく言うと泣く…… こんな自分が心底嫌で仕方ないです。 まだ四十九も新盆もあるのに、こんな 調子で母を支えられるのか不安です。 母は自分の心配だけしてればいいから!と言われましたが、頼りない姉のせいで私がしっかりしないといけないので、仕事中もこれからの事を考えて不安になってしまいます。 こんな負のループで何事も上手く行きません。 どうかこれからの事ご教示いただけないでしょうか。

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回答数回答 1

恩師の死から現実が混乱する

こちらで恩師の死について何度も質問させて頂きましたが、相変わらず受け入れられない日々が続き一年以上たちました。でも一瞬、失った悲しみを感じることがあり急に号泣したり名前を呼んだりしてしまいます。でもまたすぐに理解できず、何事もなく普通に戻ります。自分では意識していないのにとうとう体の不調も出てきました。離人感に襲われたり、急に不安になったり、自分がもう一人いるような感覚になり、おかしくなりそうな自分を必死に閉じ込めるような感覚です。きっと内科的には異常はなさそうで、心療内科へ行くべきですが、行きたくありません。薬漬けにされたくもないです。 私は病んだり恩師の死にストレスを感じている意識はありません。でも、受け入れられず、理解もできず。。なのに恩師に会えない。一年も会ってないなんて不思議なあり得ない感覚です。 私自身とても戸惑っています。恩師と一緒に仕事していた頃の元気でパワフルな姿と、病気で痩せ細り変わりゆく姿も、同一人物とは思えず今も元気でいるような感覚もするし、でも病気になって亡くなった現実もたまに感じるし、自分でも混乱中です。あまりにも衝撃的な出来事だったのだと感じます。ゆっくり何年もかけて咀嚼しながら受け入れていくつもりでしたが、時間が経てば経つほど、自分の中で分離していくというか。元気な恩師がいる世界と、亡くなってこの世にいない世界を私が行き来しているような感じです。そのため、今が何曜日なのか今の季節が夏なのか冬なのかも分からなくなってしまうことがあります。恩師の死だけでなく、現実そのものが狂っていくような、ずれていくような。。 今いるこの世界も現実も、夢のような気がします。かといって、毎日泣いたり病んだりしていません。普通に過ごしています。体の不調や離人感を除けばいたって普通です。たまに混乱することがありますが、気持ちは消して病んではいません。専門家にかかるのが1番なのはわかっています。きっとそれが1番だと思います。でもその前に、ここで聞いてもらいたくて。私の心や体の不調はお医者様に任せようと思います。でも、また違った目線で私と恩師のことを見てくださいませんか、、

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心が苦しくて苦しくて

長分ですが、経緯をお話します 先月前夫が突然亡くなりました。 大動脈解離でした。 私と子供達が骨を拾いました。 昔から嘘ばかりをついて、お金でも、ものすごく苦労させられました。が、楽しい事もあったりで憎みきれず、生活を立て直す為5年間別々に暮らしましたが、孫の世話の為、近々また家族一緒に暮らすよう家の購入準備していました。 今だに嘘ばかりで亡くなってからわかりましたが、今年に入ってから仕事を辞め、働いているふりをしていました。さみしかったのか半同棲の女もいました。その女が倒れていたのに救急車を直ぐに呼ばなかった為手遅れで、私達は最期に間に合いませんでした。 私には「家族と一緒に暮らしたい」と言って家族で住む家を一緒に見に行ったりしていたのに、裏切られたようで。 私も強がって「一緒に暮らすまでは」と思い優しくしなかったし、頻繁に会わなかったし。 私がもっと早く家を決めて一緒に暮らしていたら、例え倒れても直ぐに病院に運んで半身マヒでも生きていただろうと自分を責める事しか出来なくて。 何が本当で何が嘘なのか、もう本心を聞く事も出来なくて、心にポッカリ穴が空いたようで、ただただ、さみしくて会いたくて、会って本心を聞きたくて。 四十九日までは愛する人の傍にいると聞きましたが、どっちにいるのかわからないし。さみしくて悲しくて。そんな事ばかり考えてて心が悲鳴をあげて心います。 助けて下さい。

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最愛の父の死が辛いです。

初めて質問させていただきます。 よろしくお願い致します。 五日前に父が他界しました。 元々肺気腫で通院していたのですが、日常生活に問題なく、いつも愉快で楽しくて明るい父でした。家族みんな本当に仲良しでした。 それが、私が引いた風邪を拾ってしまい、高熱を発し……救急車を呼んで即入院。 たった4日で眠るように逝ってしまいました。 指定難病を持っている母には父の死が耐えきれず体調をガタガタと崩したため、親戚の助けを借りながら通夜や葬儀は私が全て取り仕切り、骨上げまで必死に頑張りました。 父は母を本当に大事にしていて、母を守るのを生きがいにしていた人です。 そんな人がいなくなり、母は日に日に気持ちが弱っていっています。 私も最愛の父の死を受け止められず、弱っている母の前で号泣してしまったり、母を守りきることが出来ません。 もし風邪を移さなかったら? 父が風邪を引いた時すぐに病院に連れて行っていたら? 24時間父に寄り添っていたら? 後悔と罪悪感で押し潰されそうです。 母の前でも、街の中でも、気がつけば父を呼び、涙が溢れてしまいます。 ふとした拍子に胸から痛みが駆け抜けます。 このままでは母にさらに負担をかけてしまいます。 でも父に会いたい・父の死が辛いんです。どうしても表に出てしまう。 私は父の死を乗り越え、母を守りきることができるでしょうか? すごく辛くて、苦しくて寂しいです。 どうすれば母を元気づけてあげられるでしょうか? 父に会いたい。 風邪を移してしまったのを謝りたい。 最愛で最強のお父ちゃんだったと伝えたい。 苦しくて苦しくて……。

有り難し有り難し 7
回答数回答 1

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