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娘の死、その後

回答数回答 6
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お世話になります。じゅんちです。

15歳の娘の突然の死から8ヶ月が過ぎました。まだまだ涙が乾く日はありません。
月命日には友達が相変わらず来てくれて賑やかにしてくれます。

寂しい、会いたい、いろんな気持ちにもちろんなります、二女が姉の服を着たり同じような仕草をしたり、行事があるたびに思いだし二女の姿を見ながら同じような事が起きやしないかとたまらなく不安になったりの繰り返しです。

私自身が楽しい時間を過ごすことに罪悪感を覚えます。
友達に会ったり、笑う時間もありますがそれがふとたまらなくなるのです。
長女にも楽しい時間がたくさんあったはずだと。

長女は空から私が笑ってるのを見たいはずだよねと思うのですが、気持ちが頭がバラバラです。
どんな思いでいたらいいのか整理がつかず辛いです。

お言葉をいただきたいです。宜しくお願い致します。

2013年11月21日 22:36

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お坊さんからの回答 6件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

そのお気持ちを、どなたかに吐露されましたか?

本当にお辛いですね。頭で理解していることに心が追いつかないことは、当たり前のことだと思います。

そのようなお気持ちは誰かに聴いてもらうことで少しは楽になります。私も広島ですが、拙寺でお子さんを亡くされた方々の分かちあいの集いを開いております。同じ立場の方にならお話できるのではないでしょうか。いつでもご連絡ください。

⇒ http://www.namuamidabutsu.com/tsudoi.php

2013年11月22日 6:33
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おきもち

和田隆恩
 1967年京都市生まれ。山形大学理学部卒業後、証券会社で勤務。30歳で脱...

全部あなたがやっていること

子供を思うのもあなたの思い。
他の子を観てうらやましいと思うのもあなたの思い。
申し訳ないと思うのもあなたの思い。
会いたい、でも会えない、寂しいつらいと思うのもあなたの内側でやっておられることではありませんか。
そうです。人間は一生、見えたり聞こえたりの他に、思えたり、考えたり、自分が自分の中でおこなわれていることだけを相手にしているのです。
ですから、あなたが今お嬢さんのことを思うにしても、それはお嬢さんではなく、あなたの思い。アナタが、お嬢さんの影を観るのも、それはあなたの観ている、現実ではない、あなたの作った思い。
全部、全部、あなたがやっていることなのです。
そのために供養がある。
だからこそ、まず、亡くなったお子さんをいつまでも「わたくし」するべきではありません。
現実が見えなくなるからです。
行かせてあげることです。
わたしの、わたしの、わたしの「娘」の 「の」という所有意識を捨てましょう。自由にしてあげてください。アナタがお嬢さんを縛ろうとすることで、あなた自身を縛り付けているから苦しいのです。
あなたは知らなかったかもしれませんが、葬儀の際には懺悔といい、生前のあらゆるいさかいごとを互いに許しあう儀式もしているのです。
ですが、あなたは葬儀の主催者側の人間で、ゆっくり個人としてお嬢さんとお別れができていなかったのであろうと思います。
他人に遠慮せず、もう一度お子さんと赦しあってください。
赦し合うとは、互いに緩め合うということです。。
互いに自分が自分を、相手を縛っている。
本当に縛っているのは自分自身なのです。
その真実に気づくまで、徹底して自分の心を観察なさってください。

2013年11月23日 3:51
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おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 📞08020659278 法話禅会 毎週日曜3時より...

いつも、共にあります。

じゅんちさん、こんにちは。
娘さんを亡くされた、ということでとても心が痛む思いです。

 ある先生から聞いた話をします。
その先生は、夏休み前に一ヶ月、夏休み後に一ヶ月ほど学校を休まれました。そして、復帰なさった日に、事情をお話して下さいました。実は、夏休み前に一人、夏休み後にもう一人のお子様を亡くされたのだそうです。何事も出来ないほど落ち込まれたそうです。
 お経に「倶会一処」という言葉があります。人は死を迎えたとき、阿弥陀如来のはたらきで、極楽浄土へ往き「ともに同じ所につどう」という意味です。先生は、死後に会えると言われても遅い。今、我が子に会いたい。死まで待つなんて残酷だと思われたそうです。
 そういう思いの中で、日々お経を読み「倶会一処」という言葉に触れるのですが、あるとき、より深い仏様のお心に気づかれたそうです。「倶会一処」は、仏となった我が子から、私に掛けられた言葉であると。
 私達、生きた人間は、極楽浄土を見ることが出来ません。しかし、仏様から見れば、この世もあの世もありません。ですから、極楽浄土で仏となった我が子は、今、既に私と共にあり、私を包み込んでくれている。そして、会いたい会いたいと願う私に、「必ず会えるよ。大丈夫だよ。」と声を掛けてくれていると。そのメッセージが自分の口から「南無阿弥陀仏」の声となって現れ、自分の耳に届いていると。「南無阿弥陀仏」は、インドの言葉で、「いつでもどこでも包み込んでるよ。安心だよ。」という意味です。これは、仏様から私達へのメッセージです。
 浄土真宗の教えの話をしましたが、宗教は関係ありません。亡くなった方はいつも共にあるというのは、間違えのないことです。その証拠がじゅんちさんの悲しみです。人間は、心と心の対話の中で存在しています。娘さんは、じゅんちさんの心に、今は悲しみとなって現れています。今後、心の対話が変化して、「娘さんのお陰で今の私がある」という感謝や安心となることを願っています。
 その為にも、今は、娘さんとの対話=悲しみを大切にしてほしいと思います。

お答えになりましたでしょうか。
また、お会いしましょう。

2013年11月22日 2:16
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おきもち

39歳独身 嫁さん募集中   (このネタで笑いが取れるうちは独身でも良...

お久しぶりです

じゅんちさま、お久しぶりです。なごみ庵の浦上です。
確か前回は4ヶ月というところで問いを頂いていましたね。
それからさらに4ヶ月、いかがお過ごしでしたでしょうか。きっとお辛い日々を送られていたことと思います。

楽しい時間を過ごすと罪悪感を覚え、もうひとりの娘に同じことが起きないか不安で不安で仕方がない。母親とは、なんと辛いものなのでしょうか。
知人の女性僧侶が、「母親の道は修羅の道です」とおっしゃっていたことを思い出します。我が子のためなら、母親は修羅にでも鬼にでもなってしまう、ということなのだと思います。

これはひとつの提案で、是非やりなさいということではありませんが、朝にお経を読まれてみてはいかがでしょう。お付き合いのお寺で、頂けると思います。

今でもきっと、毎日のように仏壇や遺影に手を合わせ、ご飯やお水をお供えしていらっしゃると思います。朝の時間は忙しいかと思いますので、短いお経で結構です。亡き人を思い合掌し経を読む。その積み重ねはじゅんちさんにとってマイナスにならないと考えます。

よろしかったら、いかがでしょうか。

2013年11月21日 23:02
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おきもち

浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

「地蔵和讃」

じゅんち様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

15歳の娘さんを亡くされて、8ヶ月・・いまだ癒えないお苦しみ、お辛いお気持ち、誠にお察し申し上げます・・

「地蔵和讃」というお経がございます。15歳のお子様を水子さんと致すのには異論もあろうかとは存じますが、流産や早産、死産で亡くされた方はもちろん、お子様を若くして亡くされた親御さんにとりましても、非常に深く染み入る内容があるかと存じております。

拙生も「地蔵和讃」を読む度に、涙が溢れて溢れて止まりません・・

「地蔵和讃」は、地方によっても、宗派によって少し内容が異なるところもございますが、下記が最も参考になるかとは存じております。

「地蔵和讃」
http://www.sakai.zaq.ne.jp/piicats/jizouwasan.htm

この「地蔵和讃」を小さな頃から地蔵盆にて祖母のご詠歌に併せて共に読んでおりましたが、どうして水子さんたちは、地獄の鬼にいじめられてしまうのかと、ある時から誠に疑問でした。水子さんの心は純真無垢なはず・・いまだ何も悪いこともしていない、罪もないはずなのに・・

なぜ水子さんたちは苦患を受けるのか・・「地蔵和讃」においては、その原因が実は「親の嘆き悲しみ」にあると説いてございます・・非常に厳しいことではございますが・・

もちろん、頭では理解できたとしても簡単なことではないことは分かります。でも、あまりに嘆き悲しむことで、娘さんがいまだに苦患を受けることになってしまっていてもいけませんし・・

どうか、やがては娘さんのことを仏様、菩薩様に御任せをして下さいませ。じゅんち様の思いも受け止めて、その大慈大悲の御心で迎えて頂けるかと存じております。

そして、無事にこれからも娘さんが悟りへと導かれますようにとして、ご供養のお勤めを賜れましたらと存じております。

川口英俊 合掌

2013年12月4日 14:58
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おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

それでいいじゃん。

 優しい言葉は他の僧侶の方に任せておいて。厳しいことを言わせていただきます。
 坐禅で雑念が起きたらどうするか。雑念を消すのではなくそのままにしておくのがいいと教わりその通り行ったら、いつの間にか坐禅中のみ雑念が気にならなくなりました。
 今じゅんちさんが思っている感情は極々当たり前のことで変える必要あるのと思ってしまいます。「気持ちが頭がバラバラです。」は私にもありますし、どんな人でも些細な事でも起きているのでこの気持ちはじゅんちさんだけが経験しているのではありません。
 自分だけ自分だけという思いが強くて特別扱いしてませんか。後ろ髪引かれているのも今年まで。私はこのままの状態でいいと思っています。時間が経てば解るのでたまには坐禅しましょう。参考にするかしないかはあなた次第です。

2013年11月21日 23:46
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おきもち

ちょい悪坊主を目指しています。尊敬する人は一休さん。

「身近・大切な人の死・悲しみ・喪失」問答一覧

悲しみから抜け出せない

20日の日にとても大好きな父が亡くなりました。 自分は母を4年前に病気で亡くしてます。 その病気の介護のときからの15年間父親と生活していました。 母の死後、父と2人で田んぼをやってコレからはもっと2人で田んぼ大きくして行こうとしていました。ところが去年の4月頃に父に前立腺癌が見つかり、父は入退院を繰り返す様になりました。 それまでは父と2人で楽しく作業していた事が自分1人になり苦痛の作業になり、自分でもどんどん自分がすさんんで行くのがわかりました。 そして12月になり病院から「これ以上治療は出来ないので、緩和治療になります」と言われました。頭が真っ白になりました。そして泣いて泣いて泣きました。 家に戻る事も無く年を越し、1月10日に転院しました。そして改めて父を見て見るとがっしりとしていた身体はヒョロヒョロで、色は白く、お腹の両脇からは尿を出すための管が出ている、そんな身体になりながらも自分が行くと「ちゃんとご飯食べてるか?」「無理はするなよ」と私の事を気遣ってくれます、私は家に帰ると毎日泣きました。1月19日、父は大分弱って起き上がる事はなく、だか問いかけると目を開け「うん」「ちがう」などの返答をしていました、そして夕方に父に「どうする?今日俺、病院に泊まる?」と聞くと、とても嬉しそうに「うん、うん、」と答えてくれました。次の日の朝、「おはよう」と問いかけると目を閉じたまま、何の反応もありませんでした、先生が来て「今日は危ないかもしれないです」と言われました、それからは、父の耳元で「俺は親父が大好きだよ」「親父俺を1人にしないでくれよ」「反応してくれないとわかんないよ」「ほら一緒に田んぼいくべ」など色々言ってました、そしてお昼になり、父の呼吸は止まりました…67歳でした。 それから私は喪主として御葬式を務めあげました。 そして今は大きな家に自分1人となってしまい、家の中、納屋の中、田んぼ、すべてにおいて私が大好きだった、元気だった頃の父の姿が重なって見え、涙が止まらなくなってしまいます。本当に大好きなのです。 また一緒田んぼをやりたい、会いたい、他愛無いことで喧嘩したい、会いたい、話したいです。 ツライ、ツライ、ツライです

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父親の死と子供の心のケア

初めまして。つい一週間ほど前に父親の葬儀を終えました。私は遠方に嫁いだため、最期会うことができませんでしたが一ヶ月ほど前に入院していた父の所へ会いに行っており、その時最後かもしれないと意識はしていたつもりです。が、生前とても可愛がってもらい気にかけてもらっていたし私も父が色々あっても大好きだったので最期会えなかったのを申し訳ないと思ってしまいます。頭の中では、受け入れなくてはならないと分かっているのにもう自分が死ぬまで父に会えないという事実がなかなか受け入れられません。また、今まではあまり深く考えなかった自分の死というのも強く意識してしまい怖さを感じます。時間が流れれば、全て受け入れられる事だとは思いますが、頭の中が色んな感情でゴチャゴチャしてしまい混乱しています。こんな事では優しくて時には厳しかった父に怒られてしまいそうです。 ただ、こんな感情の今の私を支えてくれる家族は勿論います。主人と子供たちは優しく、理解してくれて助けてくれ支えとなってくれています。その中で中学生の長女が初めての身近な死を経験し私以上に悲しみを感じていたようで、体調を崩したり精神的にもやや不安定になっています。私は自分の感情を優先していた事に気付きハッとしました。娘へのケアも考えなくてはいけないと、今になって感じています。娘は祖父の死によって、いつかは親の死が訪れる恐怖もやはり感じているようです。どのように話をしてあげればいいでしょうか? 私自身も、今はまだ辛いし娘と同じように先の事に恐怖も感じています。私も娘も今を乗り越えるために是非ともアドバイスをお願いします。

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回答数回答 1

母の突然死 後悔ばかり

母が突然死しました。起こしに行くとすでに冷たく死後5〜6時間が経過している状態でした。 元から精神的な病気がちで寝ている事が多く同居している家族も気づかなかったそうです。その顔は本当に眠っているようにいつもの寝ている姿勢のまま綺麗でした。 近所に嫁ぎ妊娠中に急遽体調不良になり入院し出産してからはたまに顔を見せに行っていました。 その度に喜びいつもなら自分の体調の事ばかり話す母が私や子供の事ばかり気遣ってくれ喧嘩もする事なく平和に過ごしていました。 最後に、孫の体調の心配やまた遊びに来てねと電話で話し3日後亡くなり全く気持ちが整理できません。まだ孫は3か月。 第一発見者は私でした。いつもならわざわざ寝室に入り身体をゆすったりしないのですが何故かその日は体が動き母を発見しました。色んな偶然が重なりの発見でした。 母はあの世で幸せに暮らせますか? 中々子育てや家事や自分の体調に追われて会いに行けなかったから寂しい中で死なせてしまい悲しんでいないでしょうか? また私は母に呼ばれて 遺体を発見したのでしょうか? 母にまた会えますか? 夢に母がよく出てきてくれますが未練があるのでしょうか? 質問ばかりで申し訳ありません。

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婚約した彼の突然の死。生きる糧が欲しい。

先日、長年お付き合いをしていた彼が急性の病で亡くなってしまいました。 亡くなる前のデートで、「来年には籍を入れよう」とずっと待ち焦がれていた言葉をくれていました。 私たちは付き合いも長いですが、本当に仲良しで、喧嘩も少なく、レスもなく、本当に愛し合っていました。 まだ同棲はしていませんでしたので、やっと毎日一緒に暮らせると思っていた矢先、彼は倒れ、帰らぬ人に。 ご家族からお話を聞いた時には、信じられなくて。 何かの悪い夢か、嘘なんじゃないかと。 奇しくも、告別式は私たちの記念日でした。 十何年目の記念日が、お別れの日になってしまいました。 今、すごく会いたいです。 悲しいです。 この辛い今を生きる糧として、彼の赤ちゃんが欲しい。 何か奇跡が起きて赤ちゃんができないか…。 赤ちゃんにはその分、たっぷり愛情を注ぎたい。 赤ちゃんができているかは分かりません。 これは私の願いです。 次の生理が来るのも怖い。 来ないで欲しい。 私に生きる力を与えてくれる生命が宿ってくれないか、願ってしまいます。 本当に彼のいなくなってしまったこの世界に生きることが辛いです。 食事を取るのも悪に感じます。 彼はどんなに苦しかったか。 悔しかったか。 彼は死んでしまう前に、私へメッセージを最後の力で残してくれました。 そこには私への気持ちで溢れていました。 苦しい時に私を想ってくれたこと、本当に嬉しくて。本当に悲しくて。 なるべく早く彼の元に行きたいと願ってしまいます。 私は、彼のいないこの世界で何も頑張ることができません。 これまで生きてきて、早く死にたいと願うなんて初めてです。 自死はできない。 自死は彼も悲しませるし、私の家族も友人たちも悲しませてしまうから。 私も彼と同じ病で同じ苦しみを味わい、死にたいです。 本当にまだ彼のこと愛しています。大好きです。 私はこれから何を糧に生きれば良いのか。見つかるのでしょうか。 苦しいです。 まだまだ修行の足りない私にアドバイスをいただければ幸いです。

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大好きな祖父の死が受け入れられません

文才がなく、読み難い文章で申し訳ありませんが、御教授頂ければ幸いです。 小さい頃に両親が離婚をして、祖父母に育ててもらいました。私にとって祖父母は両親以上に親だと思っています。 一昨日、大好きな祖父が亡くなりました。 10年前に末期の前立腺がんと診断され、それから懸命の治療をしてきました。昨年に末期の糖尿病を患い、今度は食事制限が始まりました。 今年に入り、血栓が見つかり、脚がぶくぶくに浮腫んで歩くこともままならなくなった祖父。 先月、いつもの抗がん剤治療のため病院へ行ったら、酸素飽和度が低くなっているため治療が出来ず、そのまま入院。酸素投与をしながら様子を見ることに。 脚の浮腫もあり、入院中も寝たきりで家族とは祖父が帰宅したら家での介護は難しいかもしれないね、と話していた矢先、祖父の容態が急変。 その時一命は取り留めたものの、間質性肺炎を患い「いつ何が起こるかわからない状態」と医師に告げられました。 入院中出来る限りお見舞いに行き、ときには病院へ泊り込み。個室だったため24時間家族の誰かしら祖父の近くにいる状態が続きました。 ある夜、祖父が私のことを呼んだので「何をしてほしい?」と聞いたら「苦しい、痛い、もうおしまい」と祖父が言いました。私はそれを聞いて祖父に隠れて泣きました。私が少しでも長く祖父の傍にいたいという気持ちは祖父にとって苦痛でしかないのだろうかと思い、とても辛かったです。 祖父の最期は家族全員で見守りました。呼吸が浅くなり、そして止まり、心臓が少しずつペースを落としていきました。 死ぬ間際まで耳は聴こえると聞いていたので、ひたすら「じじ、じじ、大好きだよ」と祖父の頭を撫でながら耳元で伝えました。 祖父はどんな気持ちで旅立ったのでしょうか? すごく苦しくて痛くて辛かったんでしょうか? 私の最後の言葉は届いていたのでしょうか? 祖父母の家から徒歩数分のところに住んでいるのに、入院する前になんでもっと会いに行かなかったんだろうととても後悔しています。 医師に言われて、私なりに覚悟をしていたのですが、今も祖父の死を受け入れられません。 入院中脚をさすってあげたり、お口の中を拭ったりしかしてあげられませんでした。もっと沢山お話をすれば良かった。ひ孫を見せたかった。 辛くて悲しくてどうしようもありません。立ち直れません。会いたいです。

有り難し有り難し 16
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友人の死を乗り越える

以前、親友の死について質問をさせて頂きました。そこにあった彼女の死から学び自分らしく生きていくことが大切だというご解答がとても心に響き、前向きに生きてきたつもりです。 しかし、今になってまた彼女を失った悲しみが押し寄せてきて辛いです。 もう3年も経つのに、一時は気持ちが落ち着いていたのにおかしいでしょうか。 彼女の携帯は動いていないのですが、SNSのアカウントが残っているので最近は連日そこにメッセージを送っては涙しています。もちろん既読になることはないのですが、近況を報告したりすると少し気持ちが落ち着くと同時にもういないんだということを再認識して辛いです。 こんなことはやめたほうがいいのは分かっているのですが、どこかまだ受け入れられていないのかもしれません。 さらに、最近また子供を授かることができました。そのことを親友に報告したかったという気持ちが大きいような気がします。 赤ちゃんが部屋の中を見回してニコニコしているのを見るともしかして会いにきてるんじゃないかと思い嬉しいと同時に悲しくなってしまい、涙が出てしまいます。 夜中にお墓参りに行けば会えるんじゃないかなど馬鹿なことを考えて主人を困らせることもありました。子育ては楽しいし、普段の生活は明るく過ごせていると思います。ふとした時に気持ちが落ち込んでしまうのです。 何度も繰り返すこと辛い気持ちは乗り越えることができるのでしょうか。

有り難し有り難し 2
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叔母の死が心に引っかかっています

今年の三月に、お一人様だった叔母がガンで亡くなりました。 彼女は海外生活が長かった為、自己主張が激しく、他人への接し方も物凄く厳しかった上に人の悪口ばかりを言う人だったので、周囲の人達から避けられていました。また、実姉である私の母とも会えば直ぐケンカになってしまう事が多かった為、彼女一人では出来ない身辺の世話は、長年私の役割になっていました。 (私が思春期に入る頃に別の病気で帰国してきた時は勉強面でこちらがお世話になることが多かったのですが、こっちもこっちで反抗期だったのでやはり喧嘩の繰り返し…。落ち着いて接し合う事が出来るようになったのは、私が大学生になって彼女への接し方を学んできた頃からだったと思います。 クリスマスにはお手製のディナーを振る舞ってくれたり、紫陽花の季節には一緒に遠出をしたりと、いい思い出もだんだん作れるようになっていました。) ですが、8年前にガンが発覚して (たまたま私が家を訪ねた時に物凄く体調を崩している姿を発見し、「このまま死にたい」という彼女を泊まり込みで1ヶ月掛けて説得して病院につれていきました) 以降、入院中はほぼ毎日病院に通い、退院しても診察の度に病院まで送り迎えをし…。彼女がだんだんと弱っていくさまを一番近くで見ていました。昨年春に余命宣告された時には涙が溢れて止まりませんでした。 病状が悪化してからも、彼女は先述の通り我が強かったので、在宅介護の方に説得されても頑なに意思を曲げず最期まで自宅にいる事を選びました。最期の日、意識のあるうちに「私の叔母さんでいてくれてありがとう。大好きよ」とお別れをしました。 そして、息を引き取ったあとは、彼女から生前言われていたとおりの手はずを整えて葬儀も終えました。 …なので、何もかもを完璧に終えたはずなんです。終えたはずなんですが、私だけがまだ、叔母の死を受け入れきれてない気がするんです。 叔母が好きそうな猫のグッズを見つけたり、よく一緒に行った場所へ行ったり、出かけるために車の運転席に座ったり…。そんな一瞬にさえも、叔母の存在を思い出してしまって、なんとも言えない気持ちになってしまうのです。 他の人はもう、彼女の死を受け入れて前へ進んでいるのに、このままでは私だけが取り残されてしまったままになってしまう様な気がして、不安でなりません。どうしたら、私も前向きになれるのでしょうか…

有り難し有り難し 6
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父の死

回答頂けたらありがたいです。 先日、離れて暮らす74歳の父が4ヶ月間の闘病の末亡くなりました。白血病でした。 入院後すぐに医師から余命数週間から数ヶ月と家族だけに宣告され父に悟られないように平常心で接してきました。 父は「来年は~」と未来の話をしたりして私達家族は「そうだね!早く治さないとね」と苦しくて胸が張り裂けそうになりながら嘘をついて父を励ましていました。 変に優しくしたら悟られると思い4ヵ月の間お見舞いには行くものの、いつも通りの素っ気ない態度を取ったり、車で片道1時間半の病院だったのもあり毎日はお見舞いに行けず、でも毎日行っておけば良かったとか、もっとありがとうの言葉を伝えれば良かった、お父さん大好きだよって伝えれば良かった…と後から後悔が押し寄せてきて泣いてばかりいます。 息を引き取る前に「お父さんの娘で良かったよ、ありがとう」と伝える事は出来たのですが意思疎通も出来ない中で言っても…もっと会話が出来るときに何故言わなかったんだろうとグルグル考えては泣いての繰り返しです。 父が亡くなってからテレビを見て笑うのも、美味しいご飯を食べるのも普通の生活をしている事自体、申し訳ないような罪悪感があり辛いです。 父は私の気持ちを分かってくれているでしょうか? 生きてる時と変わらず見守ってくれているでしょうか? 本当に辛いです。

有り難し有り難し 34
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