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死について漠然とした不安があります

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 またまた質問よろしくお願いします。
死について漠然とした不安があります。

最初は小学生のころでした。特に何かあったわけではありません。
ただふっとした時に「死にたくない~」と思い泣いていたのを記憶しています。
ヲタクなので、漫画やらアニメやらドラマやらメディアでは死について想像したり見たりします。

ですが、身近な親戚や、友人知人の死に直面したことはありません。
同級生がひとり自殺されたという話は聞いたのですが、同級生との関わりが縁遠くなってしまっているので、実感がありません。

両親の祖父母は健在ですし、自分の家で生活できています。
東北在住なのですが、近くにいる親しい人が震災で被害にあったということもありませんでした。
自身もですが、親戚、家族、友人知人が大病を患い入院しているということもありませんでした。それ自体はとても幸運なことだとは理解しています。

外にいて空の高さや雲の重なりなんかを見て地球や宇宙を感じるとき。
妊婦さんを見かけたりした時。自分が生きてたり生命があるという事を感じます。

今でもふとした時にとてつもなく死に恐怖を感じます。
これからさきどうなるんだろう?まだ20代なのですが、30代に差し掛かるし、求職中で独身です。
死より将来に漠然とした不安を感じているのかもしれません。

これから先も地球や日本は続いていくけど、私は死んだらどうなるんだろう?死んだら終わりだし真っ暗で何も感じられないんだろうと考えると怖くて怖くて堪りません。自分の人生がいつか終わるのが不安で恐怖に感じています。

別の質問で書きましたが、危ない運転をしてしまったことがあります。
それでも生きているけど、いつ死ぬかわからないよね。
と感じたことがあります。そして身近な人の死に耐えられるかわかりません。

自分でも身近な人でも死が怖くて堪りません。
死の恐怖とはどのように向き合っていったらいいのでしょうか?

20代後半でこんなことを考えているのは可笑しいでしょうか?ご教授よろしくお願いします。

2018年7月20日 17:30

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

死の不安抱えたまんまでも大丈夫なんですよ…

 どうあっても死は避けられません。皆が死にます…究極の平等です。あなただけが死ぬのではありません…だからまず安心なさって下さい。
 死は怖がっていても、必ず自分に訪れます。
 だから死ぬときには死ぬしかない…死ぬのがよいのです(そのように良寛和尚さまがおっしゃっています)。死を受け入れるということです。
 死を受け入れる為に大切なことは、「生ききる」ということです。生ききったら死にきれるのです。思い残すことなくなれば、死んでいけるのです…もちろんそれでも、自ら死を迎える場ではさらに生きたい思いはあるでしょうが、生き切っていない、やり残したことだらけよりはずっと落ち着いて死を迎えられることでしょう。そんなふうに、頂いた今の命を精一杯生ききりましょう。やることをちゃんと毎日致しましょう…結局そのことに尽きるのです。
 でも、まだ不安だ。ちゃんと生ききる自信がない…ならば、どうぞ仏様を頼みとなさって下さい。
 浄土真宗の阿弥陀という仏様は、私を必ず仏と仕上げてくださるのです。
 そのことをしっかり頂けたなら、この身は死で終わらないのだと受け取れるのです。永遠のいのちの仏に、悩み苦しみ無い悟りの仏のいのちを頂くのだと味わえます。
 そうしたら我がいのちにとって死は最後の最後、終着点でなく、仏のいのちとならせて頂く通過点であり、入口となっていきます。自分にとっての死の意味が変わってくるのです。
 どうか、既にあなたの不安を見抜いた上で、あなたを必ず仏と成らしめるとお誓いくださっていらっしゃる仏様が存在していることを頂いて下さい。
 あなたの死の不安はなくならなくても良いのです…不安を抱えたまんまのあなたを抱きとり、支え続けてくださる仏様が今あなたに御一緒下さっています。 
 

2018年7月20日 19:55
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おきもち

千葉県市原市にある浄土真宗本願寺派  弘教寺の住職です。 当方 都市開教...

生まれることと変わりない

人は生まれたときのことはわかりません。いつ自分が生まれたのか。生命の誕生はいったいいつなのか。死ぬってそんなことなんでしょう。生まれたことがわからないように、死んだ後に死んだとはわからないのでしょう。
死ぬのが怖いと言っている人は、死ぬ前に苦しむことではないでしょうか。苦しみたくないと思っている。それだけでしょう。

「生まれてきて死ななかった人はいません」このことを私は小学生の時に師匠から聞かされ、とてもショックを受けました。しかし、ショックなことではなく当たり前のことだと今は思っています。いつ死んでもおかしくないのが人生。生命とはそういうものなのでしょう。だからこそ生きているうちに真理を見極め、苦しみからの解脱をしたいと願うのでしょう。

あの世とかいうことは私にはわかりません。死んでませんから。死んで戻ってきた人もいませんし。ただ間違えなくいえることは、もっと大きな命の働きの中で、私たちは法によって生きているのです。仏道修行を通して、自分の存在を見極めてください。
あ。こんなことか。想像の世界とは全く違うとってもリアルなことなんだ。と気づくはずです。

2018年7月20日 20:00
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おきもち

「死ぬのが怖い」問答一覧

死への恐怖

母は私が幼いころに癌を患い、その後治療を続けていたものの半年ほど前に再発しました。今すぐに命に関わるという病状ではないのですが、身近な人間の死に関わりうる病気を通して死というものを考えることが増え、もうどうしていいかわかりません。 私と母とは30ほど歳が離れています。つまり、一般的な寿命を迎えることができても、私はいつか母がいない時間を30年も過ごさなければいけない。そのことが私には耐えられないことに思えます。私には妹弟はおりませんので、私は家族の中で最も長く生きる可能性が高いわけですが、自分の大切な人が皆亡くなってもなお生きていかなくてはいけないのでしょうか。頭ではそんなことわかっているのです。死は避けられない、身近な人の死も受け入れなくてはいけないし、皆そうやって受け入れて乗り越えて生きていると思うのですが、わたしにはそのことができないように思えます。親不孝の極みですが、母が死ぬ前に死ねたら幸せだなとすら思ってしまいます。 私が中学3年の時に祖父が亡くなった時のことを未だに忘れることができません。少し前まで生きていた、人が、生きてはいないということが受け入れられず、その恐怖を忘れることができません。昔見たドラマで、大量殺人を犯した犯人が、人をモノにするのが好きなんだと言っているものがありました。祖父の葬式の時に感じた、人がモノになったということが、私の中に恐ろしい記憶として残っています。祖父の死以来、刑事ドラマも不愉快で見ることができません。人の死を面白がって作っているように思えてしまうのです。私はどうしたらいいのでしょうか。受験期に入り、ストレスや疲れもも溜まっているのか、死ぬこと、母のこと、いつか大切な人が皆亡くなってしまった時のことなどばかりかんがえてしまいます。

有り難し有り難し 4
回答数回答 1

死について考えるとパニックになります

死ぬことがとても怖いです。 死んだ後、こうやって今文字を打ってる、自分という存在はどうなるのかと考えると、怖くて仕方ありません。 死は逃れられないのだから、どうにか死を受け入れられるように、死というものに悲しいイメージを抱かないようにと、お釈迦さまの考えや、聖書など様々なものを読みました。 ですが、いざ死について考えた時、魂という存在や天国、地獄など、それらのものが無かったら?と考えてしまいます。 最近はニュースなどで殺人や自殺など誰かが亡くなってしまう内容を見ると、死は突然訪れるのだと強く感じ、とても苦しく、死にたくないと叫び泣いてしまいます。 こういう話を周りに相談すると、後悔の無いように生きることを全うする、考えても仕方ないのだから考えないようにするなどアドバイスをいただきます。 ですが、後悔の無いように生きても、私は死にたくないんです。死ぬ前に生きてて楽しかったな、なんて思える気がしません。 不老不死でいいのかと言われたら、それで構いません。私という存在が無くなることの方が怖いです。 死からは逃れられないという気持ちと、死ぬことが怖いと思う気持ちどちらも交互に出てきて、また教えやアドバイスを受けても、実際はどうなのか分からないじゃないかと考え受け入れることが出来ない、そんな自分はどうすればいいでしょうか。 まとまりのない文章となり申し訳ございません。お願いします、助けてください。

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死への恐怖を改善したい

初めて質問をする者です。 よろしくお願いします。 当方、大学4年生で就活活動中です。 タイトル通りなのですが、 いわゆる自分はタナトフォビアなのだと思います。 きっかけは恐らく 幼稚園の頃に経験した祖母の死 小学生の頃に経験した祖父の死 高校生の頃に経験した母親の死 だと感じています。 身の回りにこれだけの身内の死を経験した人がいなく、あまり共感はされません。 仕方のないことだと分かっています。 避けられないことだとも分かっているのです。 しかし、怖いのです。最近時間があるせいか、毎日のように死んだらどうなるのか、これからの別れに耐えられるのか、生きる意味とは何なのか、そういうことばかり考えています。 何も手につかなくなってしまいます。 周りの人たちは、こういうことを考えず前向きに将来のことを語っているのに、今の私にはそれが出来ません。私も前向きに将来を語りたいです。 心配性なところもあり、果たして自分はいつまで生きることが出来るのか、考えても仕方がない未来のことを心配してばかりいます。 周りからは明るい人間だと言われるのですが、今はとてもそんな状態ではありません。 きっと母親の死が大きすぎたのですが、高校生活が忙しく、適切に処理出来ていなかったのだと思います(泣いたら駄目だと思っていました) 同じように悩んでいらっしゃる方をここのサイトで知ることが出来、私だけではないのだと感じることが出来たのですが、やはり心配性、恐怖は改善されませんでした。様々なQ&Aを見てきた中で、なぜ仏教を学ばないのかと不思議に思うことがあるという回答をしていらっしゃったお坊さんがいたのが印象的でしたので、初心者にもおすすめな本などがあれば教えて頂ければ幸いです。 避けられない運命を、せめて受け入れられる考え方、心得を教えてほしい、助けてほしい。 以上、長文にお付き合いいただきありがとうございます。

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