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死ぬのが怖い

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死ぬのが怖いです。

死んで無になってしまったら(心は脳の電気信号の産物だと思っているので)、今まではなんだったのか、「私」とはなんだったのか、と思い途方にくれています。
無理とわかっていても、どうしても死にたくないです

今をがんばって生きたいのに、その事ばかりが頭をぐるぐる回って、集中できない、体に力が入らない、お腹がいたい、寝付きが悪いなどの症状に苦しんでいます。

ちょっとしたパニックになっていて、もうどうしていいかわかりません。

どうしたらよいでしょうか?

2018年9月21日 11:25

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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

いろんな意見を聞かれてみれば。

死んで無になるなら楽です。
でも、そうではないとなれば、どのように考えますか。

どのように今、生きるかが大切で、亡くなって(肉体が消滅して)からのことは考えなくてもいいのはないでしょうか。
ごんさんの言われる「私」の存在は、残るか残らないかも、今、心配しても仕方ないと思います。だってごんさんは死んだら無になると言われているのですから。

でも、様々な意見があってもいいと思いますので、私は死んで無になるとは思っていません。
だから、そのような生き方もあると生きています。

2018年9月21日 11:44
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有り難し
おきもち

日蓮宗のお寺で、名古屋市南区にあります。 ”お寺は生きている人のためにも...

死ねば無になるのか

質問読ませていただきました。

死とは誰にでも平等に訪れますが、やはり怖いモノです・・・

さて、仏教的には死んでも無になりません。
自分が仮に受けた、人間の形をした器は自然に戻り無くなりますが、魂は消えません。
自分が人間の姿でやったしこ、次の世で新たな命を受けるのです。

過去世(前世)があって、それが原因で現世(今の命)があり、現世の行いで来世(次の命)が決まるというのが、仏教の基本的な考え方です。

ですので、来世に良い命を受けるためには、今を頑張らなければなりません。
逆に、今何もできないのであれば、来世でどのような命を受けるかは想像に難くないでしょう。

まずは、死というモノを無条件に恐れるのではなく、死ぬとはどういうことか、死んだらどうなるのか、これを一度じっくり考えてみてもいいのではないでしょうか?

さらに、世間的な観点から申し上げたいと思います。
死んだ人に意味を与えるのは、残された者の意思だと私は思っています。
残された者が「あの人は素晴らしかった」と思ってくれるなら、その人の人生にはたくさんの意味があったのではないでしょうか。

死んだら形としては失われます。しかし、形無きモノとして残っていくのです。

その点から考えても、死ぬのが怖いから何もできないのであれば、残された者はごんさんのことを覚えていないかもしれません。

今を頑張った人が、たくさんの方の記憶に残っていくのだと私は思っています。

死を恐れるのではなく、死と前向きに向き合って下さい。
そして、その上で自分は今何をすべきかを見つけていければ、ごんさんの人生は必ず輝いたものになると信じております!

2018年9月22日 11:41
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有り難し
おきもち

京都府・大阪府・奈良県の県境に当たる、京都府京田辺市の自然に囲まれたお寺で...

自分の生き方として、死をどうとらえていくか

こんばんは。亀山純史と申します。
死後の世界について、科学的には解明され得ないものだと思います。世の中には生まれ変わりの話がありますが、みんなが生まれ変わっているのかどうかは、誰にも分りません。臨死体験の報告も数多くなされていますが、臨死体験は字のごとく、死に臨んだ体験であって、死そのものを体験したわけではないのです。ですので、科学的に解明されることは難しいことではないかと思っています。しかし、万一、科学的に解明される時が来たとしても、私たちがどう死を迎えるべきか、ということは、科学で解決されるものではありません。これは今、私たちがこの世でどう生きていくか、ということに関して、それを担ってくれるのは宗教や哲学であって、科学ではないのと同じです。したがって、「どう生きていくべきか」という宗教や哲学の領域において、「どう死をとらえていくか」ということが大切なのでしょう。参考までに、私自身のとらえ方を簡単に書いておきます。

この世には私を救ってくれる大きな働きがあり、仏教ではそれを仏さまと呼んでいます。その仏さまの働きはこの世だけに限定されるものではありません。その働きはあの世にも及んでいます。ですので、あの世でも、仏さまと一緒にいることが出来ると思っています。

以上が私からの回答です。少しでもお役に立てれば幸いです。

2018年9月21日 18:16
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有り難し
おきもち

hasunohaを訪れてくれた皆さん、こんにちは。私は浄土真宗本願寺派の僧...

不安ですよねぇ

 御質問頂き有難うございます。やはり死という事はお坊さんにとっても避ける事は出来ないものです。死の事を考えるよりも、生きている中で、少しでも役立つ事を考えて生活を送る様にすると心が変わるのではないでしょうか。お寺に足を運ばれて話しを聴く事も良いかと思います。
合掌

2018年9月22日 8:20
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有り難し
おきもち

山寺の住職です。他の仕事と兼務してます。

質問者からのお礼

【鈴木海祥さま】
コメントありがとうございます。
少し頭の靄が晴れたような気がします。
死後のことはできるだけ考えないようにしたいと思います。
アドバイス頂いたように色々なひとのはなしを聞いてみます

【亀山純史さま】
こんばんは。コメントありがとうございます。
たしかにおっしゃるように、死に対しての姿勢は科学的に解決するものではありませんよね。人間が認知できるものには限界がある。コメントを拝見して、知りもしない死後について悲観的になりすぎたかもしれない、と思い直しました。
思い詰めすぎて、体に不調を来していたので、もっといきることに集中したいと思います。

【堅田正樹さま】
ご回答ありがとうございます。
おっしゃるように、今生きているの先に未来があるのだから今を大事にするべきですよね。
今がおざなりになっていたので、現在と自分をもっと大事にしたいな、と思いました。
ありがとうございます。

【誠海さま】
ご回答ありがとうございます。
コメントをいただいてから、色々と考えました。来世があるにせよ今生一度きりしかないにせよ思いっきり生きた方がいいなぁと思いました。
まだまだ体調は回復せずほぼ寝たきりですが、頑張りたいなぁと思います。

「死ぬのが怖い」問答一覧

死への恐怖

母は私が幼いころに癌を患い、その後治療を続けていたものの半年ほど前に再発しました。今すぐに命に関わるという病状ではないのですが、身近な人間の死に関わりうる病気を通して死というものを考えることが増え、もうどうしていいかわかりません。 私と母とは30ほど歳が離れています。つまり、一般的な寿命を迎えることができても、私はいつか母がいない時間を30年も過ごさなければいけない。そのことが私には耐えられないことに思えます。私には妹弟はおりませんので、私は家族の中で最も長く生きる可能性が高いわけですが、自分の大切な人が皆亡くなってもなお生きていかなくてはいけないのでしょうか。頭ではそんなことわかっているのです。死は避けられない、身近な人の死も受け入れなくてはいけないし、皆そうやって受け入れて乗り越えて生きていると思うのですが、わたしにはそのことができないように思えます。親不孝の極みですが、母が死ぬ前に死ねたら幸せだなとすら思ってしまいます。 私が中学3年の時に祖父が亡くなった時のことを未だに忘れることができません。少し前まで生きていた、人が、生きてはいないということが受け入れられず、その恐怖を忘れることができません。昔見たドラマで、大量殺人を犯した犯人が、人をモノにするのが好きなんだと言っているものがありました。祖父の葬式の時に感じた、人がモノになったということが、私の中に恐ろしい記憶として残っています。祖父の死以来、刑事ドラマも不愉快で見ることができません。人の死を面白がって作っているように思えてしまうのです。私はどうしたらいいのでしょうか。受験期に入り、ストレスや疲れもも溜まっているのか、死ぬこと、母のこと、いつか大切な人が皆亡くなってしまった時のことなどばかりかんがえてしまいます。

有り難し有り難し 3
回答数回答 1

死について考えるとパニックになります

死ぬことがとても怖いです。 死んだ後、こうやって今文字を打ってる、自分という存在はどうなるのかと考えると、怖くて仕方ありません。 死は逃れられないのだから、どうにか死を受け入れられるように、死というものに悲しいイメージを抱かないようにと、お釈迦さまの考えや、聖書など様々なものを読みました。 ですが、いざ死について考えた時、魂という存在や天国、地獄など、それらのものが無かったら?と考えてしまいます。 最近はニュースなどで殺人や自殺など誰かが亡くなってしまう内容を見ると、死は突然訪れるのだと強く感じ、とても苦しく、死にたくないと叫び泣いてしまいます。 こういう話を周りに相談すると、後悔の無いように生きることを全うする、考えても仕方ないのだから考えないようにするなどアドバイスをいただきます。 ですが、後悔の無いように生きても、私は死にたくないんです。死ぬ前に生きてて楽しかったな、なんて思える気がしません。 不老不死でいいのかと言われたら、それで構いません。私という存在が無くなることの方が怖いです。 死からは逃れられないという気持ちと、死ぬことが怖いと思う気持ちどちらも交互に出てきて、また教えやアドバイスを受けても、実際はどうなのか分からないじゃないかと考え受け入れることが出来ない、そんな自分はどうすればいいでしょうか。 まとまりのない文章となり申し訳ございません。お願いします、助けてください。

有り難し有り難し 38
回答数回答 3

死への恐怖を改善したい

初めて質問をする者です。 よろしくお願いします。 当方、大学4年生で就活活動中です。 タイトル通りなのですが、 いわゆる自分はタナトフォビアなのだと思います。 きっかけは恐らく 幼稚園の頃に経験した祖母の死 小学生の頃に経験した祖父の死 高校生の頃に経験した母親の死 だと感じています。 身の回りにこれだけの身内の死を経験した人がいなく、あまり共感はされません。 仕方のないことだと分かっています。 避けられないことだとも分かっているのです。 しかし、怖いのです。最近時間があるせいか、毎日のように死んだらどうなるのか、これからの別れに耐えられるのか、生きる意味とは何なのか、そういうことばかり考えています。 何も手につかなくなってしまいます。 周りの人たちは、こういうことを考えず前向きに将来のことを語っているのに、今の私にはそれが出来ません。私も前向きに将来を語りたいです。 心配性なところもあり、果たして自分はいつまで生きることが出来るのか、考えても仕方がない未来のことを心配してばかりいます。 周りからは明るい人間だと言われるのですが、今はとてもそんな状態ではありません。 きっと母親の死が大きすぎたのですが、高校生活が忙しく、適切に処理出来ていなかったのだと思います(泣いたら駄目だと思っていました) 同じように悩んでいらっしゃる方をここのサイトで知ることが出来、私だけではないのだと感じることが出来たのですが、やはり心配性、恐怖は改善されませんでした。様々なQ&Aを見てきた中で、なぜ仏教を学ばないのかと不思議に思うことがあるという回答をしていらっしゃったお坊さんがいたのが印象的でしたので、初心者にもおすすめな本などがあれば教えて頂ければ幸いです。 避けられない運命を、せめて受け入れられる考え方、心得を教えてほしい、助けてほしい。 以上、長文にお付き合いいただきありがとうございます。

有り難し有り難し 9
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