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生きる意味ってなんでしょうか

お坊さん

生きる意味が分からないひとは多くいると思いますが、それでも生きてる理由はなんでしょうか。美味しいものが食べられる、とか好きな友達と遊ぶ、とか趣味が好きで好きでたまらないとか、なにもない場合のひとはどうしたら生きる意味を見いだせるのでしょうか。

人生は長く、とても走りきる自信がありません。なにかをするよりも、なにもしないでいるのが楽です。でもなにもしないでいるのが好きという訳でなく、この世に生きていなくちゃならないなら、なにもしないでいるのが良いというだけです。

他のひとにもこうした時期はあるとしたら、どうやって克服したのでしょうか。死ぬ以外の選択を、どのように見つけたのでしょうか。

生きる意味
有り難し 45
回答 4

質問投稿日: 2013年12月3日 22:34

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

心の泥を泥水で洗っても綺麗にはならない

楽しいことがないなら、本当のことを求めるべきです。
アナタのように、迷って苦しんだ人はみんな仏教にちゃんとした答えを見出しました。
「言葉や理由は事実の後からつけるもの」
生きるとは、考えではなくリアルな、ダイレクトな、生き血の通った暖かい真実を実感することです。生きる理由なんぞは、生きていれば後からいくらでもつけられるもの。
それよりも理由付けの前に、今もこうして生きているでしょう?
あなたが呼吸することに何か、理由が必要でしょうか。
自分の考えやはからいを超えたところで、命は呼吸して、心臓が動いていますでしょう?
理由を付け加える前に、それがダイレクトな真実。
たった今も理由なしに「生きている」という真実があるでしょう?
「人は何の為に生きている」→「しあわせになるため」「生きがいを見つけるため」「そのこたえをみつけるため」etc… ←失礼ですがこういう理由で本当に納得できますか?
どんなにかっこいい理由をつけようがつけまいが、現に今、生きているじゃないですか。
理由付けという世界は、どこまで行ってもリクツに過ぎない、二の次であるということが、あなたの心臓、呼吸が実証してくれている。
あるところに、「死にたい、死にたい」と言っていた人が、ガスを部屋に充満させて、最後に煙草を一本つけようとしたのだそうです。ドカーン!!!
彼が救急車の中で口にした言葉は「…死ぬかと思った」だそうです。
死のうと思ってたことなんか吹っ飛んで、頭はチリチリでドリフ状態、救急車の中です。
彼は死にたかったはずですが、そんな理屈が吹っ飛んでしまうくらいの事実に出会って、理屈じゃない世界でピーポーピーポーです。
人は先に理由を求めようとするから、迷うのです。
私も、学生時代は、理由ばっかり求めていました。
しかし、どんな理由付けも、表現も、その時、その場所、その状況下だけしか機能しない空虚なものでしかなかった。ですから私は哲学することや、考えることの実の無さを痛感して禅に真実を求めました。
おかげで現にこうして、ぴんぴんして毎日楽しく生きています。
マァ、理屈はもういいでしょう。
あなたには誰かに聞いてもらいたいことがあるはずです。
私も直接、お伝えしたいことがありますので坐禅会でぶつけてみてください。

4年8ヶ月前

焦らず、けれど懸命に

すもももさま。
質問が続いていますが、それだけ悩みが深いということでしょうか。

ほぼ同じタイトルの質問が過去にありました。よろしかったら、まずはご一読下さい。
「人間は何のために生きるのか」
http://hasunoha.jp/questions/36

美味しいものを食べるとか、友達と遊ぶとか、趣味とか、それも大事なことですが、人生の大切な目的としては不十分な気がします。

私は、仏教が好きです。そして自分が好きな仏教を人に伝えたいと思っています。
お坊さんの道に進み始めたのは、今のすもももさんと同じ25歳ぐらいでした。そして上記のような気持ちになれたのは30歳ぐらいの頃だったと思います。
これは私にとって幸運なことで、お坊さんになっていなかったら自分にはこれほど打ち込める道が見つかっていたか、自信がありません。

すもももさん。自分の進む道が10代で見つかる幸せな方もいます。でも50代でも60代でも70代でも、それを見つけることが出来ると思うのです。
早く見出したいという気持ちが強いでしょうが、焦らないで下さい。

そして真逆のことを言いますが、仏教では無常を説きます。「人生は長く」と書かれていますが、すもももさんが平成26年を迎える保証も、明日目覚める保証もありません。そう思えば、1日1日を大切に懸命に過ごせるのではないでしょうか。

きっと道は見つかります。焦らずに、でもその日のために懸命に、日々をお過ごし下さい。

4年8ヶ月前
回答僧

R.F

みんな悩んで大きくなった。

こんばんは。
悩みは尽きませんね…。
私とて同じですよ。
自問自答の繰り返し、僧籍に入ったことも、
本当に良かったのかどうか、
この歳になっても立ち止まってしまうことがあります。

もう40年近く前、私がまだ小学生だった頃、
サントリーウイスキーのCMでこんなのがありました。
作家の野坂昭如さんが歌ってました。

   ニンニンニーチェかサルトルか
   ソッソッソクラテスかプラトンか
   みーんな悩んで大きくなった

   大きいよ~
   大物よ~

   俺もお前も大物だーッ!

なんか、ふざけた歌なんですけど、クラスで流行ってて、
意味も分からず男子は歌ってました。
私もその一人です(笑)

この歌の文句の中に、釈尊も挿入してみると、
うん、全然違和感がないですね。

生きる意味とは、生きていること自体に意味がある、
ということだと思います。
25歳の貴女にはまだまだ先が長い。
だから走りきる自信がない…と思ってしまうし立ち止まってしまう。

立ち止まってしまうと焦り出す。
こんなことで良いのだろうか…と。

いいのです。
焦る必要もありません。
何故かというと、先が長いからです。
ちょっとくらい、時間の無駄遣いしたってバチは当たりませんよ(^^)。

四十路も後半の私でさえ、スローモードです。
家人はそこにイライラするみたいですが(苦笑)。

「WALKING TOUR」ってご存知ですか?
私、8年くらい前に見つけたのですが、今も時々眺めています。
BGMがとても心地よかったりする。
人の一生って?ということを考えさせてくれます。
ちょっと覗いてみて下さい♪♪

http://pya.cc/pyaimg/pimg.php?imgid=6468

我が親鸞がこんな言葉も言ってます。

  酒はこれ忘憂の名あり、
  これをすすめて笑ふほどになぐさめて去るべし。
  
  酒には“憂いを忘れる”という別名がある。
  これを少しばかり酌み交わして、互いに笑えば慰めにもなろう…

こんな感じの意味合いですが、だいぶこの言葉には救われたなあ…(´ー`)
くれぐれも深酒はいけませんが(笑)。

http://blogs.yahoo.co.jp/namoamidabutsu18/60806985.html

如何ですか?(^_^)
気楽に参りましょう…。

4年8ヶ月前

「縁」を大切に

すももも様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「生きる意味」・・これまでも下記のように13問答におきまして拙生もお答えをさせて頂いて参りました。

http://hasunoha.jp/questions?tag=生きる意味

正直に申しますと難題であり、また、多様な答えがあって当然で、更には、これが絶対に正しいと言えるような答えの出せない質問でございます。

ただ、問い「生きていく意味」 http://hasunoha.jp/questions/93 にても「もし、生きる意味があるならば、生きる意味がない」として拙回答させて頂いておりますが、とにかく「生きる意味」も「縁」によって色々と生じるものです。ですので、意味は「有る」と言えばあります。

いいですか、一応「有る」のです。「無い」わけではありません。しかし、それもまた様々な「縁」によって変化していくものでしかなく、捉えて、執着できるようなものではありません。つまり、永久永遠なる「実体」としては無いのであります。「実体」は「無い」と言っても、「全く無い」というのではありません。一応「有る」のはあります。

さて、すももも様も一人で生きているわけではなくて、無数の「縁」によって生かされて存在することができています。その無数の「縁」を大切にする中で、きっと自分に相応しい「生きる意味」がそのうちにおぼろげながらにでも見つかる、分かってくるのではないかとは存じます。あまり真剣に躍起になって探そう、見つけようとして考えて見い出せるものではないかとも存じております。

あまり、「生きる意味」が有るのか無いのかと悩むよりも、日々の「縁」をいかに大切にしていくことができるかをお考え賜れましたら良いのではないかとは存じます。

「何もしたくない」という時期は拙生にもございました。真剣に「無帰論」なる論立てを行って標榜していた時期がございました。しかし、仏教を更に深く学び進める中で、これは明らかな間違いであると気付くことができました。

もし宜しければ、少しずつでもこの機会から仏教を学ばれていくことで、抜け出せていけることもあるかとは存じております。

川口英俊 合掌

4年8ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

たくさんのお答えを頂き、ひとつひとつをしっかりと受け取り、励みにして参ります。本日たまたま、お世話になった人と会う機会があり、これから何を大事にして生きていくのか、数年後どうなっていたいかを聞かれましたが、すぐに答えられませんでした。お坊さんのおっしゃるように、ロジックに生きるのではなく、もっと感覚的な世界を知ったほうが良いのではないかとも指摘を受けました。これまでの生き方を変えることも、違うかも知れないと思いながら続けることもそれぞれに覚悟がいりますが、理屈だけに囚われず、かといって安易に答えを出そうとせず、もう少し、生きることについてちゃんと向き合っていきたいと思います。また関連した質問をするかもしれません。どうもありがとうございました。

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