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死を考えています

回答数回答 4
有り難し有り難し 32

もういい加減、生きているのが苦しいです。
あまりこういったところで書くべきではありませんが、簡単な経緯をお話しさせてください。
読み飛ばしていただいてもかまいません。

小学校に上がる前に父を亡くし、母が鬱病になりました。
祖父母の家と行き来しながら母と二人で暮らしていたのですが、あるとき父の知り合いでもあるという男が家を出入りするようになりました。
この男ははじめは優しく、母や私ともよく遊んでくれていました。
二人とも傷心でしたのですっかり信用しきってしまい、母は再婚し私は娘になりました。
これが間違いでした。

男の希望で私たちは引っ越し(ここから少しずつ家族や友人との関係を絶たれていきました)、隔絶された家の中で私たち母子はほとんど奴隷と言っていいような扱いを受けました。
男は毎日ささいなことで激怒し物を壊しては気の済むまで土下座させ、そのあと何度も殴るという有様でした。私を殴るのは母の役目です。

この頃にはもう逃げるなんて発想すらなく、常に死と隣り合わせで、恐怖で震えながら寝る毎日でした。

同時期には学校でいじめも受けていました。
もともと泣き虫でいじめられっこ気質ではありましたが、転校後のそれは教師も含めて大変悪質なものでした。
家にも学校にも休める場所がなく、毎日死のうかと考えていましたが、なんとか生き延びて今に至ります。

これらのことで精神を病んでしまい、様々な後遺症が残りました。
元から持っていたらしい発達障害と合併して生活が非常に困難です。
具体的には高校中退、大学にも行けず就職はおろかアルバイトさえろくにできません。

どうしても納得いきません。
例えば私が重大な罪を犯して、その報いとして今の状況があるなら納得はできます。
なぜ、私は真面目に生きてきたのに、他者から一方的に理不尽に人生を壊されなければならないのか。

世の中に善悪や法則などないのだから、なんでなんでと言っても仕方ありませんが、あまりに遣る瀬無いです。
人に優しく誠実に、と生きてきたつもりですがなにもかも無意味でした。
この先にも希望がありません。

私だってできることなら誰かに愛されたかったし、自分や誰かを愛してみたかった。
勿論自分にそれだけの価値や魅力がないことも理解しています。

生まれてこなかったほうがよかったとすら思います。
なにがいけなかったのでしょうか。

2018年12月17日 6:31

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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

あなたの苦しみ、仏様が救って下さいますよ!

質問読ませていただきました。

幼い頃から、たくさんの辛い思いをされてきたのですね・・・
よく頑張って、今までしっかりと生きてきたこと、それだけでもとても素晴らしいことです。

さて、人は生まれながらに幸せな人もいれば、生まれながらに苦しんで生きなければいけない人もいます。日本に生まれればまだマシかもしれません。戦争が頻繁に起こっているような国や地域に生まれ、想像を絶するような苦しみを受ける赤ちゃんもいます。
なぜ、生まれながらにこんなに差があるのでしょうか?それは、過去世(前世の命)の業(ごう)によるものです。過去世に積み重ねた善いこと・悪いことによって、それに応じた境界に生まれるのです。
ですので、aaさんがそのような境遇に生まれてしまったこと、過去世に何をしてきたのか具体的なことは分かりませんが、過去世の業が大きく影響しているのです。それは言葉を代えれば、過去世の罪と言えるでしょう。

では、今の命は、過去の罪を受けるためだけにあるのでしょうか?仏教ではそうは説きません。
我々人間は、生きている上で様々な罪を犯します。ウソをついたり、人を傷つけたり、生き物を殺したり、様々な業を積んでいるのです。このままでは、来世(次の命)も苦しみの世界に生まれてしまうかもしれません。
しかし、我々は反省することが出来ます。理性的に物事を考えることが出来ます。手や足があり、口で言葉をしゃべることが出来ます。それらを使って、仏様にお給仕し、お題目を唱え、助けを求めることで過去・現世の業から助けていただいて、来世に苦しみのない世界に生まれることが出来るのです。
裏を返せば、反省しなければ、来世も苦しみの世界に生まれてしまうでしょう。

ですので、ただ徒らに人生を悲観するのではなく、自分が何故こんな目に遭ってしまったのか、そして次に苦しみを受けないためにこれから何をしていったらいいのか、仏教の教えを学びながら考えてみて下さい。
また、仏教の教えを学んでいるうちに、必ずやaaさんは人格的にも素晴らしい人になるでしょう。そうすれば、自然と周りに人が集まり、幸せをたくさん舞い込んできますよ。
仏教は現世利益の教えではありませんが、仏教を通して素敵な人になることで、副次的産物として、自然に現世での幸せも訪れるということです。

何か少しでも参考にしていただければ、ありがたく思います。

2018年12月17日 12:58
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有り難し
おきもち

京都府・大阪府・奈良県の県境に当たる、京都府京田辺市の自然に囲まれたお寺で...

ハスノハに書いてくれてありがとうございます。これまでとても辛く苦しかったのですね。何がいけなかったのか?何がいけなかったのでしょうね。でもね、その原因を今は考える時ではないと思いますよ。
お釈迦様のお話に毒矢のお話があります。
ある時、ある人が毒矢に撃たれました。その人にとって最優先に必要なことは何でしょうか?何が原因で毒矢に撃たれたのか?それを探すことでしょうか?そうではありませんね。今必要なことは毒矢を抜いて治療することですね。誰に撃たれたのか、なぜ撃たれたのか、それを探していては毒が体を侵して手遅れになって死んでしまいますからね。
それと同じように、あなたに必要なことは、何が原因なのかを知ることよりも、今から何をするべきか、ということだと思いますよ。
先ずは、無理にとは言いませんが、もしも可能なら心理カウンセリングを受けて、あなたがどのような精神状態なのか、医師に客観的に診断してもらって、自らのことをより詳しく知りましょうね。
そして、役所の窓口などに、今後のことや仕事について相談しましょうね。
下記に発達障害者支援センターの連絡先が記載してあるので連絡してみてくださいね。
http://www.pref.ishikawa.lg.jp/fukusi/kokoro-home/hattatu/top.html
あなたがハスノハを頼ったように、県内外の支援している人も頼ってくださいね。
お釈迦様が29歳の時に家を飛び出して旅に出たように、あなたの人生もまだこれからですよ。

追記
もっと早く離婚していれば・・・ということは、今は離婚してお母様とお二人で暮らしているのでしょうか?
これまでの精神的な傷や疲労が癒えるためには時間がまだまだかかると思います。しかし、この世は諸行無常です。全ての物事が時と共に移り変わる世の中です。あなたの精神的なものも変わっていきます。それまで、できることだけでいいので、無理をせずにお過ごしください。
生きていいのですからね。
時々近況をお知らせくださいね。

2018年12月17日 15:41
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有り難し
おきもち

私は浄土宗の坊さんをしています。 なかなか良い回答はできませんが、少しで...

理由は要らない

たまたまお母さんがろくでもない男と再婚してしまっただけです。
「何がいけなかったのか」とか理由は要らない気がします。
ネズミが猫に食べられる。
たまたま猫に捕まってしまったからです。
人間界にも凶暴な人はいて、たまたま被害を受けることもあります。

もちろん、お母さんがあなたを守るためにさっさと離婚すれば良かったんでしょうけど。
あるいは、役所などに児童虐待やDVの相談をしていれば、安全な施設に逃がしてもらえたかもしれませんが。
お母さんが、異常な環境をなぜ変えようとしなかったのか。親の責任という観点で考えたら疑問を感じます。
野生動物だったら、親は、子供を危険生物(凶暴なオス)から守る行動をとります。
お母さんは、そのような行動に出られない精神状態だったのかもしれません。
今となっては、過去のことを後悔しても仕方ないと思います。
当時子供だったあなたに責任はないと思います。
本来は、周囲の大人がなんとかしなければならない状態だったのだと思います。

2018年12月17日 12:43
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有り難し
おきもち

浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

これを機縁に

aa様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

過去の因縁(原因と条件)をあれこれと思い悩んでも過去の因縁は変えることはできません。

でも、これからの因縁は貴女様次第により変えることができるものとなります。

過去の因縁に縛られたまま、何らこれからの因縁を変えないのであれば、やはり未来を変えることは難しいものとなります。

まさに、善い因縁を調えるために仏教がございます。

これを機縁として、仏教の実践へと入って頂ければ、有り難くに存じます。

hasunohaも頼りにされて下さい。

川口英俊 合掌

2018年12月17日 20:22
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有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

質問者からのお礼

ご回答いただきありがとうございます。
母が結婚しなければ、もっとはやく離婚等できていれば、というのはもっともなのですが、当時母も深い悲しみの中にあり判断が難しかったのです。
また、マインドコントロール下にある人間は身を守るための正常な判断が困難なうえ、頼れる人もおらず、安易に逃げようとしたり周囲に助けを求めることはそのまま命の危険につながるので、その時を見極めるのに時間を要してしまったのは仕方のないことなのです。ご理解ください。

精神科や支援センターも利用させていただいておりますが先が見えず、この先の人生に希望がありません。
もう充分頑張りました。
前世が大罪人だというならもう仕方ありませんから、もし前世や来世というものがあるのなら来世は幸せな人生を期待したいものです。

「死にたい・死にたいほどつらい」問答一覧

辛くて死にたい。

 タイトル通り心身の不調が続く日が多くなってきており、死ぬことを考え始めています。  今まで頑張ればいつか良くなると信じて色々と頑張ってきました。しかし、あまり改善はしません。そんな状況に疲れました。そして、最近「そもそも死ねば苦痛から解放されるし、生きることをやめた方が良いのでは?」と強く感じます。  もちろん、私が死ねば残された人は苦しむかもしれませんがそれもその人にいつかは訪れる死が救ってくれると思うのです。亡くなった父も死によって救われたでしょうから苦痛に対する根本的解決を目指すなら生きることをやめる以外の方法はあるのでしょうか?  また、私は家族以外に心を許せる人が現在居ませんし結婚もしていません。年々段々と年老いていく家族を見て恐怖を感じています。このまま生き続ければ私は本当に一人ぼっちになって今よりもっともっと辛い苦痛が待ち受けていることが確定していると感じます。もうあんな辛い喪失体験をこれ以上重ねられる自信もないし、そんな未来に耐えられないと思います。 それならばまだ自由に身体が動く今の内に決着をつけてしまった方がまだ良い選択な気がするのです。  また、こちらのサイトでこういった死にたいという考えをお持ちの他の方の質問も拝見しました。その際に、「家族が悲しむ」や「様々なものによって生かされている命だから」という回答を拝見するのですが、そういった正論を見ても考えを変えることができない自分の器の狭さにも絶望しています。とにかく自分がもう楽になりたいという気持ちで頭がいっぱいです。また、ただ「死にたい」という漠然とした気持ちではなく、明確な悩みがある状態での死を希望する気持ちがありますので、心の病気ともちょっと違う気がするのです。この悩みを解消するには時間が必要なこともわかっています。でも、もう頑張りたくない。自分が怠け者で最低だと思います。病院にも行っていますが、症状を誤魔化しているだけで解決には至らないのも辛いです。本当に辛い時に誰にも相談出来ない状況なのも苦しくなってきました。  色々なことに苦痛を感じている自分を誤魔化すことに疲れてしまいました。もう苦痛から解放されても良いでしょうか。

有り難し有り難し 32
回答数回答 1

転職で死にたくなるほど不安になる時

8月に8年間勤めていた会社を辞め、9月より転職します。 転職理由は、スタッフと人間関係で誤解がある事を上に伝えても聞き入れてもらえず異動になってしまい、収入減になり体調を悪くしてしまい、会社に不信感を持ち転職に踏み切りました。 一応、今より条件の良い転職先が決まり、後は9月入社するだけなのですが、 ①また人間関係でつまづいてしまうのではないか ②しっかりと家族を養っていけるのか(8月に2人目の子供が生まれます) ③転職をした自分はまた何か悩みが出てきたら転職を考えてしまうのではないか この上記の不安が頭の中につきまとい、前を向かなきゃと思う反面死にたいという思いがよぎり頭が痛くなる時があります。 もちろん家族の大黒柱として次は何があっても辞めず、定年まで勤め上げようと思っております。 しかし、ふとした時に周りの同世代と比べ、転職をした事への劣等感から弱い気持ちが出て来出てしまいます。 2人子供がいる身として、このような弱い気持ちではいけないと思うのですが、このような気持ちを断ち切り、前を向く為にはどのような心構えで過ごせば良いのでしょうか。 死にたいと思うのはいけない事だと重々承知しております。 この不安を拭い去りたいです。

有り難し有り難し 5
回答数回答 2

芸術家になれないなら死にたいです

3歳の頃からピアノを習っていました。その頃からいつだって私の一番は音楽でした。 しかし、同じ時から「音楽だけで食べていける人なんて一握りだから(私はそうではないから)」と自分と家族に言い続けていました。ピアノ教室にはその後十数年間は通いましたがプロを目指そうとしたことはありませんでした。どういう理由でそんなことを言い始めたのか自分でもわかりません。ただ時々、音楽家になれない自分の苦しみを家族のせいにしたくなった時は、「幼いながらに家庭の経済事情を慮ったからではないか」と考えます。 映画と美術品と文学も好きです。そして、それらを創作する人々にどうしようもなく憧れています。 この質問のタイトルの「芸術家」について、「創作活動と表現活動が生活の一番大きな部分を占める人」と私なりに定義してこの名称を使いました。私はそのような人ではありません。今は大学の勉強、卒業すれば(今のままならおそらく)会社勤めを中心とした生活を送り、趣味で芸術に触るだけの人になるのでしょう。 「音楽だけで食べていける人なんて一握りだから」という呪いを無意識に自分にかけ続けてきた。それが呪いだということにも今更気がついて、残っているのは後悔だけ。 そして現在は、「音楽だけでは食べてはいけていない人」を見つけては自分を慰めています。自分からその人たち世界に飛び込むこともしない。私は醜いです。 音楽を、映画・美術・文学に置き換えても同じです。毎日、毎分毎秒、芸術を追いかけて、新たな芸術に出会うたびにそれを愛して、同時に「自分には創り出せる代物じゃない」と泣き喚く。 悲しくて悔しくて恥ずかしくて苦しいです。しかし芸術への執着に折り合いをつけたい訳でもありません。 ただ、こんな無様でみっともない人生ならさっさと幕を下ろしたいです。 この質問を書き込んで、これからも芸術を一番に愛します。芸術家になりたいなりたい、なれないなれないとどうしようもない事柄を嘆き続けます。自殺に失敗するようなリスクは取れない臆病者のまま生きていきます。

有り難し有り難し 24
回答数回答 3

満たされているのに早く死にたい

人生においては満たされています。波はあれど幸せな部類に入るよう努力してきました。 もうずっと昔から「死んだら今世クリアだから、早く死にたい」という気持ちがあり、困っています。 仏教や精神世界について学ぶことが好きで、自殺することが業と繋がることは理解しており、能動的に自殺を考えることはありません。 ただ、人生をゲームのように捉えており、「今世の課題をクリアするために、生かされてるうちは面倒だけどとりあえず無理のない範囲で善行を重ねて心を豊かにして生きていれば、そのうち死ねるからそれで今世はゲームクリア!肉体脱出できるのが楽しみ!」みたいな感じの認識です。 無意識的に強くそう思い込んでいるようで、日常生活に支障が出ることがあります。 例えばですが、物質的な執着心がなく、親しい人にお金をあげるように貸してしまったり、何かにつけ問題が多く振り回されるような相手を恋人にしてしまい(振り回されているようで、それを望んで楽しんでいると思います)悲しい思いをしたりしています。 それでも私は懲りずに、死ねないならせめて日常がぐちゃぐちゃに壊されてしまうことを望んでいるようです。 本当に生活に不満はありません。収入も働き方も望んだとおりになっていますし、物質的にも満たされており、問題はあれど愛している恋人もいます。所謂、雑誌の中のような暮らしです。ですが、私はこの生活を今すぐ全て捨ててもいいと思うくらい物質や社会的地位に執着がありません。恋人や人間関係のことはまだ学びが残っている気がするうちは捨てられないのですが、基本的に天国に持っていけないものにそれほど執着できないのです。 一番問題に感じていることは、この生きることをゲームのように認識していることが根深く、そのため自分も他人も特に幸せになれないような、そして自分には損になるような選択を無意識にしがちなことです。私が楽しんでいるときはだいたい破滅に向かっています。 これは何が原因と推測され、どんな解決法や考え方があるのでしょうか。また、多くの人は生きることをどういった認識で暮らしておられるのでしょうか。 長くなりましたか、読んでくださってありがとうございます。 もし何か思うところがありましたら、ぜひご返答がいただければ幸いです。

有り難し有り難し 11
回答数回答 2

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