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才能の差

こんにちは、大学生の男です。
大学のサークルで、あるスポーツをしています。
あまりメジャーではないスポーツなので、経験者はいないし大学から始めても大丈夫そうだなと思って始めました。
週3回の練習を3年間ほとんど休まずに続けてきました。
しかし後輩がどんどん上手くなり、今は自分よりも上手いなと感じることがほとんどです。
元から運動神経がいい方ではないことはわかっているつもりでしたし、サークルに入った当初から自分は楽しく運動できればいいなと思っていました。
ですが後輩に追い抜かされていく現状に直面し、やはり悔しく、自分が情けなく感じ、最近では全く面白さを感じられなくなり惰性で練習をしています。
後輩の2年間と自分の3年間は同じくらいの成長度合いなのだなと思うととても劣等感を感じます。
これが才能の差なのかなと思います。
どうして才能の差があるのでしょうか。
そもそも才能とはなんでしょうか。
努力や頑張りによってその差を埋められるものなのでしょうか。

才能の差も個性なのだとしたら
才能がないことも自分の個性なのだとしたら
それも含めて自分の良さなのだとしたら
どうして楽しく人生を過ごすことができるのでしょうか。
才能に恵まれた人と恵まれなかった人では物事に対する楽しさ面白さは変わってきますよね。
いささか不平等ではないですか。不条理ではないですか。

もちろん、プロのアスリートやアーティストが才能だけで実力を発揮しているとは思いません。
相当な努力をしての結果だと思います。
しかし才能に恵まれていることは揺るぎのない事実ですよね。
才能に恵まれた人が、その才能を発揮できる場所で努力をした。
だから結果が伴っている。
ただそれだけのことなのではありませんか?

自分の才能はどこにあるのか
もし才能がどこにもなかったら何をしても何の意味もないんじゃないのか
そんなことを考えてしまうとどうしようもなく辛くなってしまいます。

才能は目に見えるものではありません。
見えないものに向かってひたむきに努力できるほど心が強くはありません。
スポーツは勝ち負けが全てではないこともわかっているつもりですが、負け続けても楽しめるような人間ではありません。

でもせっかく3年間続けてきたのですから、最後まで楽しく練習したいです。

運命・見えない力
有り難し 56
回答 5

質問投稿日: 2019年2月13日 21:36

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。
回答僧

大慈

才能は変態

世の中に教え方の上手い下手があるように、同時に学び方の上手い下手というものがあります。

割とですね、何事もメチャクチャ小さいことの積み重ねなんです。例えば正座する時に音を立てずに座るコツは、両ヒザを同時に床につけるのではなく、微妙にタイミングをずらして片方づつ床につけることです。
そんなメチャクチャ細かいコツを1つ1つ学んで、覚えていくことが上達です。それが練習時間の中身の濃さです。

で、学び方の上手い人はそういう細かいことを習った時に、「いや、そんなわきゃない!」なんて絶対に言わずに、自分で試してみるんですね。もっと上手い人になると、教わる前から見ただけで「なるほど、アレがコツかもしれないな。」と見抜いて試してみる。もっと上手い人になると、「本が倒れる様子を見て学んだ。」みたいに一見、全く関係なさそうなところからでも意味の分からん学び方をしてきます。

そうした時に、天才と凡人の違いってハッキリしています。凡人にとっては、練習時間を設けて、その時間を頑張ることが努力です。でも天才な人たちってのは、四六時中、どこで何やってても色んなことが、スポーツならスポーツに結び付いて見えてるんです。だからある意味、四六時中、息を吐くように努力している。そういう人種が世の中にはいるんです。

まぁ、ぶっちゃけね、変態ですよ。ついて行けない。

ガチ勢とエンジョイ勢というものがありますが、「俺、エンジョイ勢だから!」で通せばいいですよ。負け惜しみだって言われるかもしれませんが、「だから何だよ、放っとけよ!ブッダじゃねぇんだから負け惜しみくらいするわ。当たりめぇだろバカタレ!」くらいに開き直るくらいの方が、いさぎよくて男らしいと私は思います。

負け続けたら楽しくない?それは生物の真理です。誰だって楽しくありません。お坊さんだって楽しくない。それを楽しんじゃったら楽しむことの天才です。変態です。だから勝てない人とは、程々にお付き合いして、程々に距離を保てばいいんです。後輩だからって、クソ真面目にその全てを真っ直ぐ受け止めてやらんといけないわけじゃありません。
社会に出て仕事してもこういうことは起きます。予習できて良かったと思っておきましょうぜ。

5ヶ月前

人生を楽しむ。

何故辛くなるのでしょうか?
あなたが、後輩より秀でていたら、
満足できますか?
上には上があり、
下には下があります。
さて、この上下に
価値はあるのでしょうか?
同じ人間同士です。
上も下も本来はありません。
オギャーと生まれて、
またその生を終えて、
この娑婆世界から、
極楽浄土に還っていく。
生まれてそして往生すると、
いう点において、
誰でもが平等であり、
対等だと思います。
上下と見るから、
比較して、
それがコンプレックスなり、
自分で自分を苦しめて、
しまうのではないでしょうか?
その上手い、下手のみに
思いを巡らすから、
辛くなるんです。
あなたはあなたです。
この世界でたった一人。
かけがいのない尊いお方なんです。
気にしないことです。
辛い原因、それは、
後輩が上手いからではなく、
あなたが悩むからではないですか。
私は私、
彼らは彼らと、
開き直れたら、大丈夫だと思います。
私に言わせたら、
青春を賭けて一生懸命に、
熱中できることがあり、
精一杯頑張ってきたあなたは、
素晴らしいお方なんです。
この経験は将来あなたの人生を
必ずや豊かなものにしてくれると、
私は思います。
この娑婆世界は、
自分の思い通りにならないから、
面白い。
どうして上手くいかないのか?
悩むことが、あなた自身を
強くしなやかにしてくれます。
上手くいくよりも、
壁にぶつかって、
挫けたり、挫けそうになったことが、
いい経験になるのだと思います。

話は変わりますが、
私の親友で、
背が高く、頭も良くて、
カッコもいい。
オシャレでよくモテました。
家も金持ちで、
アパレルを起業して、
成功した男がいます。
誠に残念なことながら、
昨年なくなりました。
ほんとうに寂しい限りですが、
羨ましく思った時もありましたが、
全て彼の個性ですし、
自分と比較しても意味はないと、
ある時気がつきました。
それに気がついたのは、
各々の就活して、
これから歩む道が違うのだと、
気がついた時でした。
一期一会。
その時その時の生き様や、
人生を大切にするしか、
私たちにはできないように、
思えます。

あなたの輝かしい未来、
将来を祈っています。

ご活躍くださいませ。

5ヶ月前
回答僧

忠専寺

釋 智篤

楽しむコツ

お悩み拝見しました。

才能の差は有りますよね。
それは遺伝的な物であったり、過去の努力の賜物であったり、色々でしょうが、そんな事を考えても埒があかないと思いますよ。

スポーツでも勉強でも仕事でも、楽しむコツが有ります。
それは他人と比べない事です。
過去の自分と比べて進歩しているかどうかだけを見て打ち込む事で、心の底から楽しめるようになるはずです。
と言っても、それはとても難しい事ですが、トライしてみる価値はあると思います。

お釈迦様は、道を見失ったら自分と仏法を頼りにしなさいと仰いました。それは他人と比べる道ではなく、自分で切り開いて行く道では無いかと考えます。

5ヶ月前
回答僧

願誉浄史

生物の多様性。親からもらうもの。

生物が進化し生き残る上で、多様性が必要です。
人類の能力が全員同じなら、たとえば、たった一種類のウイルスで全人類が死滅します。
才能に差がある中で、生存競争をする。
多様性が生物全体として強靭化につながる。
それが地球上の生物の特徴です。
みかんなど果物にも甘いものと酸っぱいものがある。それが自然の道理です。
ちなみに、極楽浄土では、住人全員が同じ姿形(光り輝く菩薩様)で、自分と他人を区別する感覚さえもないそうです。

ところで、親からもらうものは才能素質以外にもあります。
容姿、財産、大学に行ける環境、教育・知識・生活習慣、地域での人間関係、国籍など。
運動の素質だけ見ると劣っているように思えても、あなただって親から色んなものをもらっており、それが無い人から見たら羨ましいものです。

5ヶ月前

もしかしたら後輩さんは高校時代までに何か運動をして体力やバランス感覚など鍛えられていたのではないでしょうか。
あるいは練習時間以外の時間や練習のない日もどこかで何らかの練習をしているのではないでしょうか。
上手い人の本を読んだり、上手い人のプレイ動画を何度も見て研究しているのかもしれません。
水面を優雅に泳ぐ鳥も、水面の下では激しく足を動かしているように。
私は何十年も字を書いていますが下手くそです。しかし、硬筆を習っている小学生は私よりはるかに上手です。それは才能の差でしょうか?

5ヶ月前

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