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父が亡くなって3ヶ月

回答数回答 6
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苦しむこともなく安らかに息を引き取り、お浄土へ修行に出られた我が父のことで少々ご相談致したく。

確かに父は死を迎え、我が家からは表面上姿を消しました。
然しながら何かにつけて見え隠れする父の存在の大きさに息子として見ると詠嘆するばかりです。
「それに比べて我が身のなんという小ささよ」
とふと、自分が卑下の心にとらわれてしまいます。

無論、こんな心にとらわれるのは馬鹿げていて何も生み出さないのですが時折熱病のように我が身を襲うのです。

超えられなかった父の存在、超えるべきであった父の存在。
両者の間で惑う自分がおります。
「僕は父のようになれただろうか?」
「僕は父のようになれないのだろうか?」

「父」という存在が未だ自分を動かしている。という事実が苦しいのです。
如何ともし難い現状ですが、少しでも抜け出せるお言葉をいただけたら幸いでございます。

合掌。

2014年2月26日 17:10

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お坊さんからの回答 6件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

いつまでも誇りに思える立派な父と解釈を

お仏飯はタン塩様、はじめまして。一妙寺の赤澤と申します。ご心痛お察し申し上げます。

母の愛が海よりも深ければ、山よりも大きいのが父の背中です。どうかご自分を卑下などなさらないでください。

お父様を超えることはできません、なぜなら自分がいくつになっても父なのですから。そしてあなたはあなたなのですから。

「僕は父のようになれただろうか?」
「僕は父のようになれないのだろうか?」

世の中には父親のことをお仏飯はタン塩様のように思えない方もいらっしゃいます、いつまでも尊敬できる父がいるというのは有難いことです、父を超えるのではなく、誇りに思える立派な父がいると発想を転換されたらいかがでしょうか。

2014年2月26日 19:41
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サラリーマン家庭で育った私が作った小さなお寺。目指すは「アットホームテンプ...

「比較と劣等感」ではなく「敬愛と追慕心」

お父さんが社会的に立派過ぎて子供がコンプレックスを持ってしまい、ノイローゼになってしまった人がいます。
親の抑圧やプレッシャーもあったのでしょうが、本人が真の意味で独立していなかったことも原因であると思います。
あなたは自分が自分を愛せるために親しめる道を歩むことです。
実はお父さんの子ではないからです。
ドキッとさせて申し訳ありません。
だからと言って世間を騒がせているDNA問題ではありません。
お父さんと、お母さんの子だからです。
父親の期待に応えたくてもジャンル、分野的に、体力、知力的に出来ないことがあります。
あなたはあなたをやればいいのだと思います。
あなたは父の子であり、母の子でもあるからです。
顔が似てるからって別に100%似ている側のDNAを全部そっくりもらっているわけではありません。その両方の力、智を頂いているのですから、その中で咲かせる花を咲かせば良いのです。血はつながっていても、育った畑は違うのですから。
でも敬愛する気持ちは大切です。
先日亡くなられた農家の方が生前、何度も仰ってました。
「親父には到底かなわん」
それは尊敬の気持ちだったのです。
否定的な気持ちではなく、ポジティブに、目標として、理想として、とても追いつかないけど、立派だなあ、と。お父様を認め、讃えるのです。
私がお預かりしているお寺の本堂を建立しててくれた宮大工の棟梁様も「先代や昔の人には到底かなわない」と。
それでもその方は日本では誰もが認める名棟梁です。
「比較と劣等感」という誤った道の求め方を捨てて、前へ進むための「敬愛と追慕心」の気持ちを御霊前に捧げてください。あなたのとお父様との魂が共鳴し合い、お父様が行くべき道へと導いてくれましょう。

2014年2月27日 1:49
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丹下覚元(たんげかくげん)
お悩み相談 ❝あなたの悩みという荷物をおろしてみませんか?❞ 「お寺で...

比較するべきことじゃないと思いますよ(^_^)。

お亡くなりになられたあなたの愛する大切なお父様のお姿が頭の脳裏から離れない。
まさにそれであってこそ親子なのです。
しかし、あなたはお父様のコピーロボットではありません。
あなたはあなたが育ってきた環境によって今のあなたが作られ、お父様はお父様が育ってこられた環境によってお父様が作られてきたと僕は思います。
だから、あなたとお父様は同じではありません。
しかし、お父様をお慕い申し上げ、お父様ならばこうしていたのではないのか…と考え、実行に移すことに対してお父様はたいそう喜ばれると思いますよ。
心のこもった何よりの御供養かと(^_^)。
ただ、その実践のためにあなたの心に悩みがつきないのならそれはよくないでしょう!!。
あくまでもあなたはあなた。自分自身を拠り所にしてください。そんなあなたをお父様は守り続けてくれますよ。

2014年2月26日 22:22
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みなさん、こんにちわ。童楽寺の副住職の小林裕淳(ゆうじゅん)といいます。悩...

あと一歩です

「「父」という存在が未だ自分を動かしている。という事実」~ここが大きなポイントなのに、それを「苦」と受け止めていらっしゃいますね?

生まれてから未成年の間くらいまでは、男の子は母親似、女の子は父親似が多いようですが、中年を過ぎるころから不思議と男は父親、女は母親に似てきます。顔のつくりというよりも、雰囲気、後姿、声など。

ボクは幼いころから顔は母親似と言われ続けてきましたが、40を過ぎたころから読経中の後姿などが父親に似てきたねと言われるようになりました。

人は生まれて最初に長い時間を過ごす同性が両親です。ですから、無意識にその言動を覚えて成長し、大人になると覚えた言動がこれまた無意識に出てくるんだと思います。

そして、両親に言われた教え、躾などを踏襲し、それをまた我が子に教え、躾ていきます。両親が亡くなり、その姿かたちが消滅しても子の中にはしっかりそれが残り続けます。

超えるとか超えられないという問題ではなく、両親が生んでくれた事実、そしてともに過ごした事実こそが「私」を形成しているのです。ですから、あなたが思っている以上に、あなたはお父様(むろんお母様も)とともに存在し続けています。つまり、父のように成るかどうかを問う以前に、すでに成っていらっしゃるということであり、「「父」という存在が未だ自分を動かしている。という事実」こそがあなた自身の根源だと思います。

合掌

2014年2月27日 17:20
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真宗大谷派寺院で住職をしております。真宗目線でお話できることがあれば幸いで...

3歩進んで2歩下がる

お仏飯はタン塩さま
なごみ庵の浦上哲也です。

仏さまと成られたお父さまの存在を、より大きく感じていらっしゃるのでしょうか。
でもそれは、お父さまにとっても貴男にとっても、ある意味幸せなことのような気がします。親子として生まれても、必ずしも誰もが縁深いわけではありません。そんな中、何かにつけてお父さまの存在が見え隠れするのは、それだけ強い絆で結ばれているということではないでしょうか。

超えられなくてもいいじゃないですか。
超えるべき、なんて思わなくてもいいじゃないですか。
自分にとって最も近い仏さまとして、見守って頂きましょう。

あと、貴男がお父さまの存在を大きく感じる原因のひとつに、やはりまだ時間があまり経っていない、ということがあると思います。
季節が2巡り、つまり2年すると、頭だけでなく腑に落ちてくることがあると思います。それまでは3歩進んで2歩下がる、前向きになったり苦しくなったりするかもしれませんが、それも大切なことなのだと思います。

また苦しい時には、hasunohaにご相談下さい。

2014年3月4日 23:11
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おきもち

浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

「比較」すること

お仏飯はタン塩様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

この度のお父様のご逝去、改めまして誠にお悔やみを申し上げます。

以前のご質問にてお父様とは生前に確執がおありであったとおっしゃられていましたが、臨終に際して「すべてを許した感情」と御礼にて述べられておられまして、お父様の死を冷静に受けとめられたご様子でございましたものの、まだまだ色々とお父様の存在がお仏飯はタン塩様にとって大きくおありのようでございまして、おつらいお気持ちの程をお察し申し上げます・・

ただ・・「お仏飯はタン塩様」は、「お仏飯はタン塩様」であり、「お父様」に成ることはできませんし、「お父様」とご自身を比較なさられることはあまり意味がございません。

「比べる」ことにつきましては、最近の問い「どうすれば自信がつきますか?」( http://hasunoha.jp/questions/348 )にて扱わせて頂いております。あるいは、問い「周りの友人が羨ましくてたまりません。」( http://hasunoha.jp/questions/290 )や問い「人の成功を喜べません」( http://hasunoha.jp/questions/184 )、問い「友達の幸せを喜べない自分が嫌い」( http://hasunoha.jp/questions/124 )の皆様のご回答、拙回答も参考となるのではないかと存じております。

是非、「比較」することはあまり意味のないことだと、少しくでもご理解を賜われましたらと存じます。

もちろん、「お父様」のようになりたいとして、一つの目標として努力し、ご自身の向上に繋がることになれば、それは誠に良いことではございますが、比較し、自分自身のことを卑下し過ぎることは、卑下慢、あるいは卑慢と申しまして悪い煩悩の一つとなります。

このことに関しましては、下記の問いにて扱わせて頂いております。

問い「自分を大切にして欲しい時。どういった言葉を掛けたらよいか。」
http://hasunoha.jp/questions/378

お浄土の「お父様」への御供養をなさられつつ、報恩を思いながら、お父様に恥じない生き方を心掛けて、どうか少しずつでも自信を持って、ご自身はご自身の人生を歩まれて頂きたいと僭越ながらにも存じております。

川口英俊 合掌

2014年3月26日 15:35
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おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

質問者からのお礼

数々のお言葉誠身に染み入りましてございます。
そういえば釈尊の教えに「自灯明法灯明」と言う言葉があったのを思い出しました。
ここで言う法は父親の存在であり、自とは我の進む道。
まさにそのことであったのだと頓悟した次第です。
有難うございました。

「身近・大切な人の死・悲しみ・喪失」問答一覧

祖父の死を受け入れる覚悟ができません

初めて質問させていただきます。 拙い文章ですが読んでいただけると嬉しいです。 現在唯一存命の祖父が長くないと言われました。 最初にその話を聞いたのは3年前のちょうど今頃の時期でした。 当時、祖母が亡くなって2年。一人暮らしを始め、なかなかうまくいって楽しい生活を送っていると聞いていました。 そんな祖父も寄る年波には勝てずそれほど難しくなかったのですが心臓の手術をすることとなり。そしてわずかな確率で併発すると言われていた脳梗塞を発症しました。 あれから3年。 病状も徐々に回復し、リハビリを頑張りそれでも麻痺は残ったため 1人で生活はできなくなってしまいましたが、施設に入り それなりに楽しく生活していました。 しかし先月再度脳梗塞を発症し、今度こそ寝たきりになってしまいました。 そして2週間前。 母からもう余命3ヶ月と伝えられました。 でももしもう一度脳梗塞を発症したらそれより短くなってしまうこともあると言われました。 私は頭が真っ白になり久しぶりに大声で泣きました。 そして私は今祖父母の家にいます。 両親に生後半年の息子を預かってもらって1人で来ました。 幼い頃から休みになるとよく来て遊んだ思い出がたくさんあるこの家に。 寂しくて、悲しくて着いてからずっと涙が止まりません。 祖母の仏壇の前で連れて行かないでくれと泣き、ふとした瞬間に様々な思い出が蘇ってはまた涙しの繰り返しです。 まだ祖父には会えていません。 明日病院にお見舞いに行く予定ですが感情を抑えられる自信がありません。 でも今回の面会が最後になるのは確実です。 後悔がないように、そして最後は笑顔で。 そう考える度に終わりが近いんだと思い知らされまた涙が止まりません。 幼い頃から私達姉弟を文字通り溺愛して1番可愛がってくれた祖父。 大人になってからも会いに行けば昔と変わらず可愛がってくれる祖父でした。 私の結婚も心の底から喜んでくれ、息子の写真も施設の部屋に飾ってくれて。 お盆になったら息子を連れて会いに行こうと話していた矢先の余命宣告でした。 人はいつか亡くなるって分かっていても。 でもその覚悟と気持ちの整理ができません。 どうしたら良いのでしょうか。

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仕事と父の死について

いつもお世話になっております。 突然ですが、先月の20日に医療過誤で父が他界しました。 それから1週間仕事をお休みを頂いて、今月から復帰しました。 新人という事もあり、仕事も覚えられていない中で1週間のブランクは大きく、失敗ばかりで先輩に呆れられてしまいました。 父の死に目にも立ち会えなかった事、生前父に恩返しの1つも出来なかった事、それら全てを見たくないと逃げるように仕事に行きましたが、仕事は失敗ばかり。家に帰れば父の姿はなく、現実が襲ってきて、帰って来るなり泣きながらシャワーを浴びて寝るという日々を過ごしてます。 会社の先輩には、もう少しお休み頂いても良かったんじゃない?と温かいお言葉を頂きましたが、社会人なのにいつまでも悲しみに暮れて仕事が出来ません。なんて言い訳が通用する訳もなく、殆ど気力で仕事をしてました。 けど気力でなんとかなるほど仕事は甘くなく、失敗ばかりして先輩には迷惑ばかり掛けてしまってます。 失敗すると自己嫌悪で半日は引きずるタイプで、泣き虫なのに泣いたら先輩に迷惑だと涙を堪えて、家に帰れば現実を受け入れられず泣いて。 会社の先輩方はいい人達ばかりで、父の死の事には触れず、仕事だけをきちんと向き合ってくれます。 それなのに私は、仕事は身が入ってない、覚えは悪い、失敗すると自己嫌悪オーラを放つ、キツく言うと泣く…… こんな自分が心底嫌で仕方ないです。 まだ四十九も新盆もあるのに、こんな 調子で母を支えられるのか不安です。 母は自分の心配だけしてればいいから!と言われましたが、頼りない姉のせいで私がしっかりしないといけないので、仕事中もこれからの事を考えて不安になってしまいます。 こんな負のループで何事も上手く行きません。 どうかこれからの事ご教示いただけないでしょうか。

有り難し有り難し 2
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長分ですが、経緯をお話します 先月前夫が突然亡くなりました。 大動脈解離でした。 私と子供達が骨を拾いました。 昔から嘘ばかりをついて、お金でも、ものすごく苦労させられました。が、楽しい事もあったりで憎みきれず、生活を立て直す為5年間別々に暮らしましたが、孫の世話の為、近々また家族一緒に暮らすよう家の購入準備していました。 今だに嘘ばかりで亡くなってからわかりましたが、今年に入ってから仕事を辞め、働いているふりをしていました。さみしかったのか半同棲の女もいました。その女が倒れていたのに救急車を直ぐに呼ばなかった為手遅れで、私達は最期に間に合いませんでした。 私には「家族と一緒に暮らしたい」と言って家族で住む家を一緒に見に行ったりしていたのに、裏切られたようで。 私も強がって「一緒に暮らすまでは」と思い優しくしなかったし、頻繁に会わなかったし。 私がもっと早く家を決めて一緒に暮らしていたら、例え倒れても直ぐに病院に運んで半身マヒでも生きていただろうと自分を責める事しか出来なくて。 何が本当で何が嘘なのか、もう本心を聞く事も出来なくて、心にポッカリ穴が空いたようで、ただただ、さみしくて会いたくて、会って本心を聞きたくて。 四十九日までは愛する人の傍にいると聞きましたが、どっちにいるのかわからないし。さみしくて悲しくて。そんな事ばかり考えてて心が悲鳴をあげて心います。 助けて下さい。

有り難し有り難し 2
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最愛の父の死が辛いです。

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