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執着を手放すには

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以前、流産と不妊について相談させていただいた者です。その節は心のこもった回答をありがとうございました。

ご回答やそれ以前の問答を拝見したりして、少しずつ落ち着きを取り戻していますが、なかなかすぐに元気にというわけにはいかず、まだやっぱりもがいています。

ところで、以前TVでストーカーのニュースを見ていたとき、「ストーカーの人が幸せになれるとしたら、それは執着を手放して、他の道を進んだときだよね」と、家族に話しかけて自分でもはっとしたことがありました。私もそうだ、と思ったからです。

たぶん私は子供がほしいと思うあまりそのことに執着しているのではないだろうかと気がつきました。繰り返し流産して、いったん手にしたと思ったものを何度も失ったことで、余計にそれが強くなってしまったのかもしれません。
なんとかこの執着を手放したいと思ってきましたが、なかなか難しいようです。もともとこんな気持ちが背景にあったので、こちらの仏教に関連したサイトにご相談させていただいたのかもしれません。

説明が長くなってしまいましたが、このような執着を手放すための心の持ちようはあるのでしょうか?ご助言をいただければ幸いです。


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お坊さんからの回答 5件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

気付きの積み重ね

 「子どもへの執着を手放したい」という執着・・・・・と、次々と連鎖していくのが我欲です。

 手放したいと思っている間は逆に手放せません。他者にめんたいこ様自身の姿が重なった時に初めて「そうだったのか」と気付かされたように、その積み重ねで徐々に執着は離れていくものと思います。

 「執着を手放すための心の持ちよう」は、逆に手放そうとせずに自分の執着をシッカリ引き受け、それに真向き合うことだと思います。

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和田隆恩
 1967年京都市生まれ。山形大学理学部卒業後、証券会社で勤務。30歳で脱...

あなたは 母 であるのです

めんたいこ様 初めまして
過去問も読ませて頂きました。

「執着」とおっしゃいますが、
愛する方との証として子供がほしい、自分の子をこの手で抱きしめたい。
これは、人として、生き物としての「本能」だと思います。
ただ過去の辛い経験や年齢的な問題で何とか諦める方向を見出せないのか?
という、めんたいこ様の心の言葉が聞こえてきます。

うちのお寺の地図を詳しく見てもらえれば判りますが、
そう遠くない場所に金沢市東斎場、いわゆる火葬場があります。
火葬場に最も近い寺ということもあり、過去に3回ほど死産児の火葬に依頼を受け立ち会いました。
葬儀という形ではないので、
段ボール箱や発泡スチロールの容器に入った状態。
死産ですから、親指大や手のひらに小さく納まる程度の大きさの「子」
けれどご両親とりわけお母さまにとっては、
自分の身に宿した〔いのち〕ですので、
その哀しみと愛おしさを表わす姿は、今でも眼に焼き付いています。

他愛の無い実例を申しましたが、哀しい結果になったとはいえ、めんたいこ様もその母体にわが「子」を宿した事を忘れないでください。
その「子」たちは、いつも何処かからあなたを優しく(時には心配そうに)「おかあさん」として見守っていてくれているはずです。

不妊治療を諦めるのは未練が残る様な感じですので、
今までの様な焦る心持ちではなく、ご夫婦お互いの身体状態を考慮しながら、
ご主人様との愛を紡ぐように歩まれては如何でしょう。
もしも最終的に我が子をあなたの手に抱くことが出来なかったとしても、
あなたは 母 であるのです。
「執着」というより、
今の哀しみ・苦しみは避けようの無いものとして受け入れ、
何処かで見守ってくれている、
あなたの「子」らのために前向きに生きて頂ければと思います。

甥子さん姪子さんに対する時も、
母・叔母の目線で優しく接してみてください。
視点が変わるとおもいますヨ!

私には幸いにも、子供が3人おります。
けれどその3人に恵まれる途中で
この手に抱けなかった命がひとつありました。
今、その子が話しかけてくれている気持ちで、
この回答を書かせてもらいました。

卑下する必要はありません。

あなたも 母 なんですよ!

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石川県金沢市内の城北地区鳴和町で浄土真宗本願寺派のお寺をお預かりしておりま...

求めるものが得られない苦しみのメカニズム

大熊さんの素晴らしい回答で十分だと感じましたが、私はあなたの苦しみだけは取り除きたいと思いましたので、苦を除くことにだけ焦点を当ててお考えください。
私には今もどうしても欲しい状況があります。それは願ってもいまだ手に入りません。
一生変わらないかもしれません。
理想的な状況にするべく努力もしましたが、得られませんでした。
禅の師でもあり父である弊師は「葛藤」に学びなさい、とお示しくださいました。
木に巻き付いて取り外すことができない(求めてもそれがかなわない)葛藤は、葛藤そのものであってそれ状況それ自体には罪はありません。
「それ以上変化を求めず、そこから改変しようともせず。」
より良い状況を望んでも得られない事は無限にあります。
確実にその状況であって逃れようもない。
木自らではその状況から変えようがない。
でもそれ以上でもそれ以下でもない。
わたしたち人間はその状況を変えようとするからギャップで苦しむのでしょう。
じつはその心の動かし方にこそ、苦しみを生み出している原因があるのです。
この世にはどうしても思い通りにならないことがある。
求めることが得られなければ苦しみが生じることがあります。
苦しいです。
ならば、せめてその苦しさだけは取り除きましょう。
その時に私が自分自身を考察して感じたことは、
あなたでいうところの
子宝に恵まれない
Aというその状況を、Bという理想の状態に改変しようとしている、別のものにしようとしている心の動きがあるから苦しいのだ、ということに気づきました。
今の状況ではない子宝を授かりたいBという理想の世界を描かれてしまうのです。
でも現実はAという真実で変えられません。つまりAをまるで度外視しているのです。
葛藤に学ぶ生きかたとはその状況Aを、受け入れる、肯定する、求めない、逆らわない…
ともいえますが、
「それがただそれ」
「それでしかないんだ」「それそのものなんだ」という本当の現実を知る。
脚色抜きの情愛感情一切抜きのどうしようもない真実を、それそのものとして受け止める視点が大切であると感じました。目を開けばそこに現実がある。その現実が今の現実です。
Bをもとめず今の現実のままに処すとき、心は静かなのだと知ることです。

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執着を放すのではなく・・・。

 めんたいこ さん。以前の文章より柔らかくなった気がします。大分落ち着いて嬉しく思います。今の気持ちが執着を捨てた状態だと思いますが、違いますかね。ここから、執着を捨てようと意識しだすとそれが執着となり、さらに心が苦しくなりますよ。今の気持ちのまま暫くいましょう。
 ストーカーのニュースを見て、色々と考えられましたが、このような人もそうですが、犯罪に手を染める人はどうしてその気持ちをもっと別のところに使えないかねと思います。あのしつこさは真実を突き止める研究者にはなくてはならない素質だと思います。科学の進歩にホント一躍かって欲しいくらいです。執着が強い人はその反対も非常に強いものを持つようになるとワシは思います。修行時代、1年目では全くやる気のなかった者が3年目にして立派な僧侶に変化したことをすごく、印象に残っています。「霧の中にいれば衣が湿る」ように修行を続ければそれなりに僧侶の形を成していくものだと思います。これは色々なことにでも言えることと思いますので、あなたもこれから紆余曲折はありますが1歩1歩前進してみては如何でしょうか?

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ちょい悪坊主を目指しています。尊敬する人は一休さん。

「執着」の原因とは・・

めんたいこ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「執着を手放すための心の持ちよう」・・

まず、めんたいこ様が、お子様を授かりたいという想いは、何も特に否定されるべきことではありません。人間生きていくためには、様々な欲求・動機が必要であり、それが悪い行いへと向けたものでなく、あまりにも度が過ぎる極端なものでない限り、必然なることでございます。特に人間の生殖の欲求を否定してしまうことは、人間という種の存在意義の否定、自己の存在意義の否定にも繋がることとなるため、宜しくないことでございます。

また、様々な欲求・動機も善い行いへと向けたものであるならば、当然により推奨されることとなります。例えば、仏教においては、悟りを求めるという意志である菩提心を起こすこと、更にその菩提心を何度も何度も繰り返して心に起こして馴染ませて、より強い意志へと調えていくことを執着だとは考えませんし、むしろ必要な欲求・動機であると考えます。

そこで、執着ということに対して、仏教が本来問題とするのは、「実体」へのとらわれというものであり、めんたいこ様がここで少し考えておられることとは、やや異なるものとお考え頂けましたらと存じております。

もちろん、ストーカーの人における執着というものを考えた時、その対象者への執着を無くすことができれば、それはそれで良いのでしょうが、その執着を起こす原因には、煩悩、あるいは無明(根本的無知)というものがあるため、その煩悩、無明を対治しなければ何ら根本的な解決にはならないのであります。

その無明・煩悩の根源的原因としては、「実体」へのとらわれがあるため、それを私たちは執着として問題とするのであります。

特にその「実体」へのとらわれを無くしていくために、仏教では「空と縁起」の理解を進めていくことが必要となります。ですので、「執着を手放すための心の持ちよう」とは、空と縁起の理法を理解して、執着の原因となっている煩悩と無明を対治していくということが大切となる次第でございます。

と・・仏教的な難しいことは少し置いておきまして・・とにかくお子様を授かるための良き「縁」が調いますことを祈念申し上げたくに存じます。

川口英俊 合掌

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質問者からのお礼

お礼が遅れて申し訳ありません。ご回答ありがとうございました。

[観音寺 大鐵 様]
別のところに気持ちをというお話、目からウロコの感じがしました。不妊治療は苦しみでしかないと思っていましたが、私はエネルギーもつぎ込んでいたんですね。 そのエネルギーを別のことに使えるように少しずついろいろなところを見て、今はむりでもいつかは私も誰かの役に立てるようになれればいいな、と思いました。

[養法寺 大熊範隆 様]
読ませていただきながら、涙が止まりませんでした。私は母親にもなれない中途半端な人間だとずっとずっと思ってきました。それがむなしさや、喪失感を強くしていたのかもしれません。自分で自分を貶めるのはもうやめるようにがんばります。

[超覚寺 和田隆恩 様]
我欲という言葉を教えていただきありがとうございました。言葉として知ってはいましたが、自分に重ね合わせたことはありませんでした。我欲とは自分の利益だけを追求することと捕らえていいでしょうか。私の抱いている苦しみの大半は、なんだかこの我欲からきているような気がしてきました。でも、モチベーションの大半もそこから来ているような。我欲を捨てて生きていければ理想的ですが、本当に難しそうですね。

[安穏寺 丹下 覚元 様]
お礼が遅くなって大変申し訳ありません。苦しみを取り除くことを考えてくださってありがとうございます。見ず知らずの私のために、心からありがたいと思います。
実は、最初少し難しく思えて何度も読み返していました。そもそも求めることが苦しみを生む、ということでしょうか。目指すべきはその境地なのですね。今の社会のせいか、子供の頃から、努力+合理性+成果=幸せ という公式で育ってきたような気がします。そして今、その公式では決して解けない難問に向き合っているのだと感じます。いつか心がこの「葛藤」を受け入れてくれる日を待ちたいと思います。

[川口 英俊 様] まずはご回答いただきありがとうございました。
お恥ずかしい限りですが、正直なところ私には難しくあまり理解できませんでした。
要約すると、「実体」へのとらわれを無くしていくために、空と縁起の理法を理解して、執着の原因となっている煩悩と無明を対治していく。ということになるのでしょうか。内容につきましては、少し書物などで勉強させていただくとして、良き「縁」が調うことを祈ってくださり、ありがとうございました。とてもうれしかったです。

「執着を手放す」問答一覧

この世がすべてと思うと怖い。生きる執着心

私は生きる執着が強いがために地震や病気に過剰に反応してしまいます。生きたいと言うより死後、無になるのが怖いです。だからあの世の世界を信じたくて霊や死後の世界についての本を見てしまいます。この世が全てだとしたら事件や事故に巻き込まれて亡くなった人の死が理不尽でニュースを見るたび気が滅入ります。でも長生きしたが故に子供の死に直面することもあると考えると長生きが全てではない。死に方は重要ではないと思うようになりました。もともと生まれる前は無でしたからそこに帰るだけなのかなとも思います。生きているから感じる不安や恐怖ですが疲れてしまい、生まれてこなければよかったと小学生の頃から感じています。でも自死はしません。生まれてきてしまったのだから真っ当に生きるのみです。死後の世界もこの世にいる人に語れる訳がないし、否定も肯定もできません。私は白黒はっきりしないと気が済まないので、わからないことに恐怖を覚えます。なので普段あまり悩まないし、答えのないことで悩むことが多いです。生まれてきた意味だってない。ただ、この世は修行だと思うと、わからないことや曖昧なことはありのまま、曖昧なまま受け止められるようになることが課題なのかと思ったりもします。でも、この世でどんな風に生きていけばいいのかわかりません。家族が殺されても、地震が起こっても、戦争が始まっても、隕石が確実に落ちてきて地球が滅びるとわかっていても、動じることなく自分が死ぬまでひたすら淡々と生きるのが人生ですか?人の役に立とうが神様を信仰しようが殺されたり短命の人もいます。いいことをすればいい縁ができると思っていたけど、結局見返りを求めてしまっています。人生が修行なら、その中で楽しいことや嬉しいことを経験できることが有り難く幸せなことですよね。修行はつらく苦しいものだからそれが当たり前なのに、私は恵まれているし幸せです。それなのに過度に不安になったりこの世が全てだと思うと絶望的な気持ちになったりして、罰当たりだと思います。もっと人生を楽観的にというか、いつ死んでも後悔はないし真っ当に生きたと言えるようになりたいです。死後の世界があろうがなかろうがどうでもいい!今を生きる!こんな風に考えられるようになりたいです。この弱さとどう向き合えばいいでしょうか。

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煩悩、執着の強さをどうにかしたいです

私は欲に弱く楽な方へ流れやすいです。 ストレスを感じた際に散財してしまう悪癖があり、お酒、タバコが辞められず、また性欲も人より強いように感じます。 散財の悪癖が祟り、学生の身分でありながら消費者金融に借金をしています。お金にルーズな性格のせいで、しばしば交際していた女性に叱られましたが、先日ついに決定的に別れを告げられました。というのも私は以前一度別の女性と関係を持ってしまったことがあり、それが発覚したためです。 彼女はもう我慢の限界だと私に別れを告げました。お恥ずかしい話ですがそこでようやく、自らの欲深さや意思の弱さをハッキリ自覚し、恥じました。 彼女傷つけてしまった自分を改めようと思い、選択肢のひとつに出家が浮かびました。厳しい環境に身を置き、仏教の教えを学ぶことで、自分のこの恥ずべき性質を改善できるのではないかと考えました。 もちろん、安易な考えで出家するのは自分にプラスなこともないし、何より修行させていただくお寺にも失礼だと思います。 また、私はまだ学生の身分であり、その自分に甘い行動の結果、留年も決まっています。先程言ったように、お恥ずかしながら借金もあります。 そのような環境で出家などできないだろうと思い、なにか独学で学び、自分の心を成長させたいと思い至ったのですが、どのようにしたらいいのか検討もつきません。 自分の心を落ち着けるための訓練としてどのようなことに取り組んだらいいでしょうか

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なぜ元旦那に執着してしまうのか。

はじめまして。離婚して1年半、4歳の息子がいるzensinと申します。 元旦那のモラハラが原因で離婚したのにも関わらず元旦那を忘れられないでいます。 離婚原因は旦那の機嫌を伺う毎日に疲れ果てた、機嫌が悪くなり私が地雷を踏むと数日無視が続く。潔癖症でおもちゃ1つ残っていると不機嫌になる、毎日ジャングルジムやカーペットも帰宅前に片付けていました。家で作ったご飯しか食べない。惣菜は絶対NG、私が仕事で旦那が休日の日は朝、昼とご飯を作り仕事に出ていました。また子供に発達障害の可能性があり毎週療育に通っていました。(これは私のみです) なんだかうまくいかない夫婦生活、職場の先輩からは夫婦は合わせ鏡だから…とアドバイスを貰い、自分を責める毎日。 ある日話し合いがしたい、と持ちかけると話し合いで解決していたらこんな事になっていない、自分はこれ以上の夫婦関係を望んでいない。っと言われ心が折れました。もっと支え合えて、思い合える夫婦になりたかった…と… その後私の精神状態が悪くなり突発的に実家へ戻りそのまま離婚しました。元旦那は復縁を希望していましたが私の精神が持たず離婚になりました。 数ヶ月前に幼なじみだった友人から結婚を前提にお付き合いをしてほしいと言われ交際が始まりました。(結婚を前提に と言ったのは、私が子供がいるので軽い付き合いはもうしないと言ったからだと思います)子供も懐いていますが、現在はコロナの影響でほぼ会えていませんが関係は良好です。 精神的にとても支えてくれる彼がいるにも関わらず毎日元旦那を思い出すのです。復縁した所で同じ事になって上手くいかないと思っているにも関わらず幸せだった時間がふっと蘇り辛く、元旦那と戻った方がいいのか、私が元旦那家族を不幸にしたのかと悩む毎日です。 結婚生活について全力で頑張った自信があります。 離婚に関しては全く後悔はしていません。発達の遅かった子供があっという間に成長し発達検査にてほぼ問題ないと言う診断を先日頂きました。そして明るくひょうきんになっていく息子に日々幸せをもらっています。 現在は私の元旦那への執着がなくなればとても幸せな日常だと思います。モラハラ後遺症等たくさん調べたりカウンセリングにも行ったにも関わらずまだ執着が消えないのです。 ご教授頂けましたらと思い質問させて頂きました。よろしくお願い致します。

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執着を捨てるにはどうしたらいいのか

31歳、既婚、子供三人の母親です。 三年前に最後に連絡を取り合った時に縁を切った異性の友人がいます。彼のことを今も夢で見てしまったり、思い出したくもないのにふと頭に出てきたりして困っています。 縁を切った理由は、お互いに結婚をしているのに体の関係を望まれたからです。 単なる友人であれば、縁を切って当然という感じになれるのでしょうが、私は彼を嫌いになることはできません。 その男性とは小学生の時からの仲で、私の家庭環境が複雑であまり家にいたくない時に一緒にいてくれたり、クラスメイトに嫌がらせされた時もずっと味方でいてくれたり、一緒に生徒会をしたりと中学までの濃い思い出や恩が多くあり、絶大な信頼を寄せていました。 お互いに好意もあり付き合って、幼いながらに真剣に結婚の約束もしました。が、私が彼にちゃんと女性として見られたいがために自然体でいられなくなるのが辛くなり、私から別れを告げる形で高校生の時に別れました。 それでも、「◯◯が俺を必要としてくれるならいつでもかけつけるし、ずっと味方だから」と言ってくれ実際にその通りでした。お互いにお付き合いしている人がいても近況報告をしたりただ一緒にいただけの時間もあり、お互いに生涯どんな形でも関わっていけたらいいねと話していました。 しかし、私が大学卒業とともに妊娠結婚となった時に電話で報告をしたら「まじか…なんで…」と一瞬言葉に詰まったような感じがあり、その後「おめでとう」と言ってくれましたが、その声が今でも思い出すと痛いのです。 私が結婚後は、年に一回近況報告の連絡をするかしないかの頻度でしたが、その一回の連絡でも日頃の悩みも吹き飛ばせるくらい元気がもらえて、私にとっては大切な存在でした。 主人のことも、子供のことも、もちろん大切です。ですが、主人に出逢う10年も前から信頼関係を築いてきた彼も、別次元で大切だったんです。 ですが三年前の彼からの結婚報告時に、新婚なのに奥様とうまくいってない、◯◯に癒されたいと言われ、珍しく弱音を吐いている彼が心配で話を聞いているうちに、私と体の関係を求めていることが分かりました。 彼に幸せになってほしいし、大事だからこそ間違いたくなくて、自分から喧嘩を仕掛ける形で喧嘩別れにしました。 それなのに、何年たっても彼を忘れられない自分が嫌になります。 どうしたら手放せるでしょうか。

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恩師への執着を捨てる方法

現在、社会人入学で専門学校に通っている者です。 自分の成長を支えた今の恩師と距離を置く必要に迫られました。 ※プロフィール欄(煩悩)に恩師の言葉をまとめたWebサイトを共有しました。 昨年の10月頃まではスキル面でも精神面でもいろいろ学ぶことが多く、時に励まされ、時に厳しく指導していただきました。 しかしながら、徐々に私の言葉を攻撃と受け取られたり、苦情と受け取られて学校に報告されるということが増えました。 就職活動に関する急ぎのメールでも数日返信が滞るということが増えました。 体調不良や忙しいことを言い訳に、就職活動についての面談をドタキャンされることも増えました。 そして、何の謝罪の言葉も補填もありませんでした。 感謝の気持ちを伝えても、尊敬の気持ちを伝えても、「そんなことを考えず就職活動に専念してください」と事務的に返されます。 嬉しいのか迷惑なのかすら分かりません。 また、数日前に意を決して、上記のような想いに悩み、辛いという本音をメールで送りました。 自分に正直になれず、素直な気持ちを押し殺して師弟関係を続けるのに限界を感じたからです。 そして、返信は「教員として未熟だと言う意味に受け取れました」と返ってきました。 他にも急に身だしなみが崩れていたり、人が変わったように攻撃的になることがあったり、そのわりに私のことを生徒だから最後までサポートしたいと言ったり…… 学校を体調不良で休みがちになっていたりもしています。 何か異変を感じます。 ここまで冷たくされても今の自身がいるのは恩師のおかげなので、怒りよりも心配の方が勝っていますが…… 本サイトで下記の記事を見ていると、私の心配も感謝も通じていないんじゃないかと思います。 https://hasunoha.jp/questions/4204 急な恩師の変貌に戸惑い、疲れ果てました。 先生としては私のような手がかかる生徒を「過去のストレス」として忘れようとしているのかも知れません。 忘れられてもダメージにならないよう覚悟を決めなければなりません。 関係が切れたときに辛くならないようにするにはどうすれば良いのでしょうか? また、心配や感謝の気持ちというのは、熱心に想い続けていれば相手にも伝わるのでしょうか? 納得できないまま自分の存在を忘れられては、執着してしまいそうです。

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相手の執着を捨てる方法

11年間不倫関係にあったら彼女と一年半ほど前にお別れをしました。私が既婚で彼女が独身です。 お別れを切り出したのは私からでした。このまでは彼女が結婚できなくなること、また、その罪悪感、そして、その生き方に誇りを持てなくなったからです。これまでも彼女に彼氏ができたときに必死に心を引き留めてしまったことがあったので、そういうタイミングではない理性的なうちに、という思いもありました。 別れてからの一年半は近況報告をメールや食事をしながらすることはありましたが、肉体関係はありませんでした。 ところが、彼女が結婚することになったのです。すると、私の執着の心が沸いてきたのです。おそらく形としては別れていても心はそのままだったのでしょう。 彼女にはお幸せにと、伝えましたが、実際の私の心は彼女に幸せになってほしい気持ち、罪悪感から解放された気持ち、彼女を他人に渡したくない気持ちと入り交じり不安定な状態です。 彼女を忘れることが僕にとっても彼女にとっても正解なのはわかっているので、連絡はとるまいと考えていますが自信がありません。 瞑想や趣味、家族、仕事と考える時間をなくそうと努めていますが、ふとしたときに考えてしまいます。 この執着から脱し、心穏やかに過ごし、彼女の幸せを心から祈れるようになるにはどのようにしたらよろしいでしょうか。 11年も彼女の心をを引き留め、我儘なのは十分承知しています。何卒、ご教示願います。

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