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日本仏教と権力について

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こんにちは。日本仏教と権力についての質問です。
時々「日本仏教は政治権力に迎合していたため堕落してしまった。」
というコメントを見かけるのですが、

日本仏教は本当に権力に迎合していたのでしょうか?
また、仏教では権力や権力者は「悪」なのでしょうか?

私には権力が嫌いな特定の思想を持った人達が
大げさに言っているだけのような気がします。

2021年2月15日 23:11

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

一歴史として、

仏教は不殺生戒があるのに
第二次世界大戦に反対した僧侶はごく僅かでした。
それらの僧侶は
僧籍をはく奪されたり獄死したりしました。
各宗派の本山は取り潰されないよう
戦争を美化し支持し檀家を鼓舞しました。

権力側が宗教の支配性(靖国神社等)を利用した面もあります。
それゆえ政治は宗教に関わってはいけないのです。
逆に宗教が政治に意見するのはブレーキ役として許されています。

2021年2月16日 11:55
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和田隆恩
 浄土真宗(大谷派)/広島県広島市/17世住職。  1967年京都市生ま...

宗教と政治権力

つくしさま

歴史的に鑑みて、宗教と権力(政治権力)との繋がり、そして、宗教が、政治権力を使っての戦争や利殖等、欲望・煩悩によっての負の行いをしてしまっていた、あるいは、しているのは否定できないものでございます。

これはなぜか。

それは、要は宗教内、あるいは異なる宗教間での争いによるところからであります。

仏教では、釈尊涅槃後に部派に分かれて争い始めたことに起因しています。

つまり、インドの時代からそういう争いが避けられないものになっているのであります。

日本における仏教もであります。

宗派、教団が、それぞれの勢力を増やすために、つまり、信者、信心を集めるためには、時の政治権力を使うのが好都合で、必要であったからであります。時に武力的な暴力も使ってであります。

これは、日本だけではなく、チベット仏教の歴史においてもそうであり、宗派同士で政治権力によっての血で血を争う話はたくさん出て参ります・・

やっと最近になり、チベット仏教界では、ダライ・ラマ法王さまが政治的なトップ(亡命政府)の立場からは明確に退かれたのではありますが、しかし、宗派間の争いによっては、また政治権力を必要としなければならないこともあるかもしれません。

もちろん、お釈迦様は、政治権力については距離を置かれて、中道の立場であられました。自ら政治に介入なさられたのは、コーサラ国の釈迦族への進軍を、ただ国境付近の枯れ木の下で三度静かにお座りになられて止められたぐらいではないだろうかと思います。もちろん、権力者に対して説法を請われたらなさられたりはありましたが、関わりとしては、特に普通の人たちと変わらずに、教えを請われたらお説き示されるという感じであります。

お釈迦様にとっては、権力者が悪とかどうとかではなく、ただ、迷い苦しみの輪廻にある慈悲を向ける一衆生として平等に見られておられたのではないだろうかと存じます。

それが後代の者たちが、自分たちの利権や保身、勢力拡大のために利用し出したというところであります。

川口英俊 合掌

2021年2月16日 8:24
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川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究 この度、仏...

極限の中での歴史

こんにちは。
これまでの2回のご質問でもご縁がありました。

良く学んでいるからこその問いですね。

「迎合していたため堕落」というのは、あなたが言うように「権力が嫌いな特定の思想を持った人達が大げさに言っているだけ」という言い方もできると思います。それは、どこまでも一面的な見方だと思うからです。

そもそも「迎合」というべきでしょうか。
例えば。

戦国時代では、現大阪城にそもそも本願寺を中心とする寺内町が成立していました。そこを信長が退去するように本願寺側に命令するという非道を突きつけました。これに対して戦争が起こり、本願寺勢力は敗北します。降伏したにもかかわらず信長側の前田利家等の家臣によって、本願寺側の民衆が無抵抗のまま多く命を奪われたという記録が残っています。

その後は、本願寺存続のための恭順派が西本願寺の流れになりました。もし、ここで恭順(否定的な言い方では「迎合」)しなければ、後の浄土真宗の成立は危うかったでしょう。それとも「迎合」せず、滅びるまで戦ったほうが良かったのでしょうか。

明治時代には、神道中心の国家建設のために神社が上、寺院は下という政策が行われ、また廃仏毀釈と言われる苛烈な寺院・仏教への弾圧の時代がありました。この時代に、寺院はその数を減らし非常に立場が弱くなります。

しかし、この後に偏りすぎた反動で一定の地位が認められますが、それでも時の政府と歩調をあわせ(否定的な言い方では「迎合」)し、その後の第二次大戦中のときにも同様にしなければ、仏教各宗派は存続が危ぶまれたでしょう。それとも滅びるまで「権力」と戦った方が良かったのでしょうか。

勿論、私は「迎合」という言い方を一概には否定しません。
その時々において、争いが肯定されたり教えについての曲解が生じたのも反省すべき事実です。

しかし、その時代ごとに存続か滅亡か、生きるか命を取られるかの極限の状況の中にあった人たちが苦渋の決断をしてきた歴史があります。それを、言論の自由と、命の保証が十分されている時代の人が、結果論から「迎合」とか「堕落」とかを一方的に言っていいものか。私は一定の節度があって然るべきだと思います。

「悪」の問題は、前回に述べたとおりです。
それは、権力者に限らず、成仏道にそぐわない全てを指します。

追記
ご返信感謝します。
お役に立てて何よりです。

2021年2月16日 8:47
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釋 悠水(しゃくゆうすい)
浄土真宗本願寺派報恩寺住職(兵庫県三木市) 本願寺派布教使 元本願寺布...

質問者からのお礼

少しセンシティブな質問になってしまいましたが、
皆様丁寧な回答をありがとうございました。

特に釋様の「言論の自由と、命の保証が十分されている時代の人が、結果論から「迎合」とか「堕落」とかを一方的に言っていいものか。」という言葉には強く
共感いたしました。

今後も仏教についてご質問することが多々あると思いますが、
その時もまたよろしくお願いいたします。 合掌

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仏教とは?

こんにちは。私はとある信仰宗教の元信者です。その宗教ではその宗教のお経を毎日よんで、法名といわれるものをおさめ、つどいと称される会合に参加し、弥勒山という山に登ります。勧誘してきた人は私の20年来の付き合いのある方で、その信仰宗教をとても心から信じていました。しかし、私はこの信仰宗教に違和感を感じていました。職場の方に話してもら辞めた方が良いという回答でした。また、旦那が私には居ましたがその宗教を毛嫌いされ、彼の親族にも激怒され縁をきられてしまいました。私は今実家で幸せに暮らしています。仕事も頑張って居ます。勧誘された方は癌で若くして亡くなりました。彼女は最後までその宗教を信じていましたが、私も彼女もそのお経を毎日読みましたが、私は離婚し、彼女は命を失いました。これのなにが幸せなんでしょうか。私には弟が居ます。まだ若くこれからどうなるか分からないですがきっと結婚するだろうと思います。義理の妹は果たして私の事を理解してくれるかと不安になり、檀家になってるお寺のお坊さんに相談しました。その方は瞑想会をしていて、瞑想すると涅槃の境地に近づけるとの事で、私は毎日するようになり、瞑想会にも参加するようになり、元の信仰宗教は辞めたい。と彼女の旦那さんや支部長に言って辞めさせていただきました。しかし、彼女には本当にお世話になったし、お経を読まないと瞑想出来ない脳になってしまったので、辞めてもお経は読んでいるし、彼女のお墓にお墓参りに行こうと思っています。信仰宗教で出会った方々とはまだLINEで繋がっています。このままいくとまた、戻ってしまうかどうか心配です。私は幸せになりたいからやってるんではありません。ただ、お墓参りして、お経読んで、瞑想して、線香あげて。私は仏教なんて全然知りません。お経の意味も分かりません。でも、これから勉強したいと思います。信仰宗教であげてるのは簡易なもので独自の解釈がされていて本質ではないと思います。瞑想の檀家のお寺のお坊さんも良い方ですが、わたしが涅槃までいけるかどうかは分かりません。こんな私は社会から見ておかしな人間なのでしょうか?仏教ってなんなんでしょうか?お経読む事でしょうか?墓参りする事でしょうか?瞑想する事でしょうか?私は宗教を理由に仕事休んだ事はありません。信仰宗教勧誘は一度しかやった事がなく、家族からも止められてるので今はやってないです。

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最後の言葉「ありがとう、また会おう」

長文で失礼致します。 急ぎの相談ではありませんので、お時間のある際にお話いただければ幸いです。 もう1点、伺いたいことがあるのですが、お坊さま方もお忙しいと思い、別の機会にさせていただきます。 父親のいなかった私たちを、親代わりになって育ててくれた祖父が先日他界しました。 母や叔父と叔母にとっては、優しくも厳しい一面もある父親だったそうですが、孫全員には優しく頼もしく接してくれて、「いい思い出」しか残っていません。 ここ数年は持病が悪化し、コロナ禍ということもあり、楽しみにしていた大勢で食事を楽しむ機会を設けれなかったことだけは心残りです。 入院先の配慮で、最後にお話をする機会があり、駆けつけた祖母・母と叔父・叔母、孫全員と話をすることができたのが幸いです。 「遅くまでいると迷惑がかかる」と祖父に促され、亡くなる前日の別れの際にかけられた言葉が印象的でした。 「じーちゃんが死んだ後、コロナが収まったらな、ばーちゃんに会いに行ってやってくれ」 最後まで祖母を思う優しさ、そして。 「ありがとう……また、会おう」 この言葉は、もしかすると生きて会えるのは最後とわかっていて、「来世」でまた会おうという意味だと私は受け取りました。 葬儀をお願いした元々ご縁のあるお寺のご住職も、「今の別れは、ゆくゆくは浄土で再会するまでの一時的なもの」とお説法をされていたので、受け取り方は違ってなかったのかなと思うのですが、いかがでしょうか?

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