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考え方の矛盾

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以前もお世話になりました。今回もまたお聞きしたいことがありましてお邪魔しました。

人付き合いがあまり得意ではなく、基本的には皆さんとつかず離れずの距離を保ちつつ生活しています。好かれたいわけでも嫌われたいわけでもなく、毒にも薬にもならない、明日になればそんな人いたかしら?と思われるくらいの存在感でいたいと思い、そのように生きているつもりです。
しかし、何か困ったことがあると頼られたり、アテにされたりすることがあります。引き受けますが本当はとても嫌です。褒められるのも好きではありません。
目の前の席の人の機嫌がよろしくないと、わたしとその人の席の間にある物入れに八つ当たりのようにペンをしまったり、引き出しを大きな音を立ててしめたりします。これもビクビクしてしまいます。
わたし以外の人たちがどこかに集まってひそひそ話をしていることがあります。どうせあの人いなければいいのにと言っていることでしょう。

このように並べると、わたしはもしかして人に好かれたいのかなと思うことがあります。でも本当に存在感のない生き方をしたいのです。誰にも覚えていてもらわなくていいのです。
こういう些細なことを気にせず、皆さんに忘れられるように生きるにはどうしたらいいでしょうか。
よろしくお願いいたします。


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お坊さんからの回答 5件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

よりよく生きる道とは

人が死の直前に後悔すること。
それは「やらなかったこと」。
あなたがその生き方を選んで本当に後悔しないか。
その理由を明確にすることが大事です。
それには紙に書き出してみることが一番。
先は理由を100個書き出してみましょう。
脳味噌に汗かきながら必死に書き出して下さいね。
それから選択しても遅くはないですよ。

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有坂脩岳(しゅうちゃん)
『般若心経』を梵語(サンスクリット語)で読める日本でも珍しいお坊さんです。...

嫌われてこそ一人前

(-_-メ)あなたがどこでどう転ぼうがあなたの人生。顔も合わせることのないあなたなんぞはわたしゃ知りもしません。
オマケに誰もあなたの事なんぞ思い起こしてもいないし、思い起こしても一時的阿ことですからからご安心を。
どうせ、いずれ時がたてばあなたなんぞは誰からも忘れ去られるからご安心を、
つめたく申し上げるのは、自分の自意識過剰に気づいて、自意識過剰の危険性に気づいて頂き、自意識過剰が作り出す非現実世界である❝あなたの妄想❞を離れる事であなたが自由になれる事をよく知っているからです。
あなたの質問は、どうすれば人の事を気にする自分に苦しまなくて済みますか、であると感じます。
あなたは自分の思いにより染汚(せんな)されやすいことを前回の質問からも学ぶことによって飛躍的に成長するでしょう。
あなたを汚したり、汚したり、気分を害しているのは、他の誰でもなく自分自身でしょうに。
自分の思いの布団から出るとすがすがしいですよ。(^

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丹下 覚元(たんげ かくげん)
今月の提唱 「菩提心をおこす」 菩提心をおこすということは、たとえ...

没蹤跡と言う生き方 -参考までにー

「褒められるのも好きではありません」とお考えのようですが、名誉や称賛を求めないという考えは生き方として立派だと思います。曹洞宗の高祖道元禅師様は、「名聞利養(みょうもんりよう)を求めようとする心」をきつく戒めました。禅宗に「没蹤跡(もっしょうせき)」という言葉があります。足跡を残さない生き方という意味です。自分を誇示しないという生き方です。具体的な例として、良寛和尚様が玉島圓通寺での修行時代に一緒だった仙桂という僧侶の事を漢詩で称えています。仙桂和尚の生き方こそ没蹤跡であると思います。字数制限の関係上、読み下し文と訳文だけを紹介させていただきます。

     仙桂和尚      (読み下し)
仙桂和尚は真の道者なり        黙して言わず 朴にしてかたちつくらず
三十年 国仙の会に在りて       禅に参ぜず 経を読まず
宗文の一句すら道(い)わず      園疏を作って大衆に供養す
当時 我之を見れども見えず 之に遇い 之に遇えども遇わず
呼嗟 今之に放(なら)わんとするも得得可からず
仙桂和尚は 真の道者なり
(訳文)仙桂和尚はほんとに仏道に親しかった。心にないことは一言もおっしゃらない。その形振りにも寸分の飾りが無かった。彼は三十年間大忍国仙和尚の叢林(道場)で修行していた。が、参禅もせず、読経もしない役職に終始した。宗門の教えの一言半句すらも説き立てず,ただ菜園を作って修行僧たちに供していた.その当時、同じ道場に居りながら、仙桂和尚の偉さがついにわからずじまいであった。仙桂和尚を見習って、いま再び修行したいと思っても不可能である。 仙桂和尚は真に悟られた道人であった。(参考 『大法輪』平成3年11月号)

 こういう生き方を一つの目標とすることも、あなたが生きていく上での一助となるかもしれません。但し、人間として生きていく上で、他者とのかかわりは避けて通れないと思います。毀誉褒貶は世の常であり、真面目に地道に生きていても言われなき誹謗中傷を受ける時があります。社会の中で仕事をして生きて行くためには、例えあなたが称賛を求めなくても、様々な毀誉褒貶に耐えて行くための実力やスキルを磨いていく必要もあると思います。

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 目の前の方の悩みや気持ちをしっかりと受け留め、心を開いてもらうように努め...

縁起なる存在として・・

みみずく様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

人付き合いが少し苦手のご様子・・

人付き合いにおいては、もちろん無理してまで付き合う必要は無いかと存じます。無理してしまいますとストレスや不満を溜めすぎて、色々と悪循環に陥ってしまうこともあるため、誠に注意が必要となります。とにかく、人付き合いにおいては、みみずく様にとっての程々のバランス、距離感をうまく保つことが大切になるのではないかと存じております。

ただ、私たちという存在は、一人では生きていくことのできない存在であることの認識は必要であるかとは考えております。

様々な関係性、依存関係の中にて存在することができている「縁起」なる存在ということですが、下記の問いにて少しこのことを扱わせて頂いております。

問い「プライドの高さと人を見下しているいう感覚」
http://blog.livedoor.jp/hasunoha_kawaguchi/archives/1002992069.html

『・・「縁起」の理解とは、例えば、「果たして自分は、自分だけで生きていくことができるのか」ということを考えてみたとき、全くそうは有り得ないという存在だということに気づきます。色々なモノ・コト、無数の他者に縁りて成り立ち起こっている、つまり「縁起」なる存在であること、それは、「生かされて、生きている自分」のありようを理解する時に、自分を生かしてくれている存在に対しての気づきと有り難さ、感謝、報恩を思うようになることで、私たちは、傲慢さや愚かさを諫めて、謙虚に、思い遣りや譲り合い、親切心、慈悲心を持って、他者と接していくことができるようになります。・・』

そして、「存在感の無い生き方」ですが、「縁起」なる世界で生きていかなければならない以上は、全く無くすことはできないものとなります。いや、本質的には「存在」というものは実体としては無い「空」というものとして、その「存在感」も実体としては無いです、と仏教的にはご説明申し上げることもできますが、これはやや難しいことですのでひとまずは置いておいて頂いて、関係性、依存関係で一応、存在は存在として成り立っているだけであり、関係性、依存関係次第においてまた幾らでも変化していくものだということだけでも少し知っておいて頂けましたらと存じております。

川口英俊 合掌

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川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究 この度、仏...

みみずく様。

「存在感のない生き方をしたい…」とても難しい事です。
どうしたら其の様な事が出来るか。はてさて…

仏教では、四苦八苦を解きます。
「四苦」は生・老・病・死の四つの苦しみ。「八苦」は「四苦」に愛別離苦あいべつりく(親愛な者との別れの苦しみ)、怨憎会苦おんぞうえく(恨み憎む者に会う苦しみ)、求不得苦ぐふとくく(求めているものが得られない苦しみ)、五蘊盛苦ごうんじょうく(心身を形成する五つの要素から生じる苦しみ)

これらを観るに、貴女の仰る「存在感のない生き方をしたい…」は、とても難しい難題であるとお判り頂ける事と存じます。
難しいですねぇ〜

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色々の悩み事がこの世には沢山有ります。 大学の卒論で密教天文暦法を研究致...

「人が嫌い・怖い・苦手」問答一覧

殺したいと言われ続けた人生

幼い頃から「おまえを産まなければよかった」「死んでくれ」と言われながら何とか生き延びました。食事を与えてくれる環境が他にあり、生命は繋ぐことができました。10代半ばで、餌を出すように食事だけ与えてくれる場所を出てから、生きる為に身体を差し出しながら暮らしました。それで得たお金で海外に行き、学びたいことを学び、数多くの友人も恋人もできました。好きなことを仕事にしました。 数年前にとあることがあってから、再び人から直接的に先に述べたようなことを言われるようになりました。 揉めたわけでも、なにかあったわけでもありません。親しくなったかな?ぐらいの関係で、突然に死にたいと打ち明けられ、その話を聞いていたら、殺したいとまで言われてしまいました。 散々聞いたあげく、殺したいか。笑えるねと微笑むことしかできませんでした。 それからというもの、私は人を人として見ることができなくなりました。仕事で何か利益をもたらしてくれたらありがとう、友人と会って話して楽しかったらありがとう、その程度の感謝はあるのですが、もう人を人として見ることができません。 私が人を人間扱いしていないのだから、非人道的な扱いをされるのも当然かもしれません。 しかしながら、人間とはなんですか。それを知るために今日まで生きて(または生かされて)きたのですが、そろそろ限界です。 この話を打ち明けたところ、わりと多くの知人が去りました。生い立ちが重すぎるとのことです。やっぱり話さなければよかったな、の繰り返しです。 私を殺したいと言った人には、生い立ちの話は一切していません。 人を人として見れないというのは、人の喜怒哀楽に共感できないと言ったほうが近いかもしれません。だからこそ話を聞くことができました。 何が間違いなのかも分かりませんし、そろそろ生き延びようという気力も尽きそうです。生き延びようと無理をし続けた人生でした。

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人を殺したいとき

初めて相談させていただきます。 大学生の女です。 わたしは最近、人を殺したいという衝動が強くあります。 殺したい相手は嫌いな教授だったり、昔のバイト先の人たちだったり、コンビニの店員だったり色々なので、特に決まった人がいるわけではないです。 コンビニの店員がこっちをジロジロ見てくるとか、同僚とひそひそ話しているとか、なにかあるたびにカーッとなって頭が真っ白になります。 夜になるとどうしようもなく不条理な世の中と、その世の中で平然と生きている人間への憎しみが沸き上がってきて苦しいです。 人を殺したいと思っていないときはたいてい自殺することを考えているので、年中憂鬱です。 刃物を買い集めたり、縄を買ってきて軽く首を吊ったりして毎日をやり過ごしてきました。 心療内科にも行ってみたのですが、病気というほどでもないので薬で治療しようがないと言われました。 カウンセリングにも通っているのですが、先ほど書いたような話をしていくうちに「困ったな」と呆れられてしまい、わたしの心は治らないのではないかと不安になりました。 わたしは小さい頃から神経質で、中学校で不登校をしたり、アルバイトを始めたらストレスで不眠になったり、社会に適合できずに生きてきました。 社会はわたしのような人間を受け入れるようにはできていないのだと最近になって気づき、絶望を感じました。 今の社会には80万人ものニートがいて、その数字を見れば社会で生きていけない人間が一定数いることはわかります。 しかし、それが自分だと気づくと抵抗もしたくなります。 わたしは自分の人生に手を抜かずに、真っ当に生きてきたつもりです。 しかし、どこに行っても同じような人間、同じような環境、同じような世の中がわたしの行く先々に回り込んできて、なにも変わらないような閉塞感があります。 わたしはこれからどうしたらいいんでしょうか。 下手な文で長々と失礼いたしました。

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在米中ですが、人が怖いです。

こんにちは。いつもお世話になっております。 現在アメリカで4年近く暮らしている者です。留学する為に渡米しました。 希望した大学がアメリカ南部にあり、留学先としてはあまりメジャーではない(といっても日本人の方々が多々暮らしていますが)州です。留学中に現在の夫(ヒスパニック系です)と出会い、3年ほど前に結婚しました。 留学当初は大学内の環境しか知らず人種差別のことは全く気にしていませんでした。でも長く暮らしていき大学以外の環境に行った時、例えば現地の店員さんの私に対する態度が他の人種と比べて雑だったりなど、小さな違和感を感じたりしました。 またコロナ禍の中一回だけですが差別的なジェスチャー(手で目を細めるチーノポーズ)をホームレスらしき黒人男性にされたこともあります。 昔から言われていることですがアジア人はカーストの中で最下位なのかな、と思ったりしました。そんな中でも教養のある人々はちゃんと対等に接してくれていました。 しかし、ご存知かと思いますがコロナが流行ってからはアジア人に対する差別がエスカレートしました。BLM運動もあり人種差別問題が最近爆発した印象を受けました。 コロナの影響もあり、「黒人は差別出来ないけどアジア人なら何してもやり返してこない」という方向になってしまっているのではないかと思ってしまいます。 アジア人への暴行事件が起きるたびに恐ろしくなり、現在疑心暗鬼になってしまいがちです。 他の人と関わる時に(外食したり、出かけたりした時など)「心の奥底ではアジア人を見下しているのだろうか」「この人も内心私のことが嫌いなのかな」と思ってしまったりします。引きこもってはいませんが、出来るだけ外出したくないしあまり人と関わりたくないです。 現在私が住んでいるすぐ側のダウンタウンは治安が確実に悪化しています。この土日で銃撃事件が数件起きました(人種差別関係ではないそうですが)。 そういう事情もありますが恐怖を抱いたまま毎日過ごすことは本当の意味で「生きて」いないですよね。コロナの影響もありますがもちろん夫を置いて帰国したくないですし、出来れば差別的な人たちと接さないのが一番なのでしょうがそれが店員さんだったりすると避けられなかったりします。 これから長い先アメリカで腹を立てずに心穏やかに生きる為のアドバイスを頂けたらありがたいです。ありがとうございます。

有り難し有り難し 5
回答数回答 1

働くのが怖い。人への恐怖心

こんにちは。現在無職です。自分なりに無理ないところから社会復帰をしてみたのですが、また挫折してしまいどうしたらいいのか分かりません。 新卒事務職として入社した会社では、直属の上司とうまく折り合いが付けられずストレスで鬱になり、半年で退職してしまいました。 業務で分からないところをたずねても、「そこまで気にしなくていい」、「あなたほど仕事を理解しようと私は思わなかった。」と言われたり、先輩方が新卒や同チームの悪口を常に言っており、段々職場に居るだけで辛くなってしまいました。 その後、派遣社員として半年ほど期間限定の事務をし、そこでは満了まで務めることが出来ました。 少し自信もつき、次は長期でお仕事を始めたのですが、数日で辛くなり辞めてしまいました。 基本的にデスクワークで動きもない為、他の人の視線が気になり萎縮、頭が恐怖心でいっぱいになってしまいます。人が怖いです。職場に自分が存在していることが辛いという、仕事以前の問題で自分が情けないです。 人への恐怖心、迷惑をかけたらいけないという気持ち、自分のことでいっぱいいっぱいになっているこの状況を変えないとまた同じことを繰り返す気がします。 もう自分が働けるところなんてないのではないか…と悲観しどうすればいいか分かりません。 長文でまとまりのない文章になってしまいましたが、アドバイス頂けたら嬉しいです。

有り難し有り難し 28
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