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本物のお坊様かどうか確認方法はありますか

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インターネットで仏教布教や衆生救済にご尽力されているお寺様も多くなってきている昨今、祈祷寺院は世間の目に触れやすくなっているかと思います。

インターネットでの僧侶の露出が増えた結果、従来の檀家制度では考えにくかった、「どのお坊様・お寺様と懇意にするか選択する」ことが可能となっています。

メリットがある一方で「自称・僧侶」という僧籍を持たない、本山に属さない等偽物の僧侶に騙される危険性も否定できません。
(中には、自ら「破戒僧」と主張する方もいらっしゃいますが。)

また、友人等から「お寺に行こう」と誘われたら新興宗教団体だったという話もききます。

お寺様・僧侶様が、本物かどうかを確認する方法というのはあるのでしょうか?

神社であれば、神社庁に属しているかどうかである程度の判別はつくと思うのですが(単立は別として)、お寺にはそういった統括組織等はありますか?

よろしくお願いいたします。

2021年6月23日 11:51

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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

僧侶は、各宗派の本山から授与された資格。

寺院も(単立は別として)
各宗派に所属しています。
各寺院の僧侶は
各宗派の本山で得度し僧侶と成ります。
その僧侶は本物の資格を持った僧侶ということです。

ただそれは運転免許で言えば
ペーパードライバーのようなものです。
お葬式やご法事を勤められる
最低限の力量しか持っていません。

実際に寺院や社会で
いろいろ実践していって
経験を積んで
‟本物”の僧侶に成っていきます。
そういう意味での”本物”の僧侶は
会って話をしないと分からないものです。

ちなみに私が好きな僧侶は
立ち居振る舞いがきれいな人
お金にならないことをする人
お金にうるさくない人
タバコを吸わない人
です。

2021年6月23日 14:30
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有り難し
おきもち


和田隆恩
 浄土真宗(大谷派)/広島県広島市/17世住職。  1967年京都市生ま...

四苦八苦を救う力のある僧侶を求めるべし 

埼玉には葬儀会社が頭を丸めて全宗派の衣、全宗派のお経本を持っているインチ坊主がいるそうです。何も知らないとそういうインチキBOSEにそそのかされて知らぬがホトケ状態に。気を付けてくださいね。
曹洞宗でも最近地元に北海道から引っ越してきた?謎の?教区という地元の組合にも属さない謎の僧侶がいますが、自称曹洞宗ですが、うちの第三教区という教区に属さないので葬式や法事を収入源にすることが目的の生活僧侶のようです。
まぁ、そういう人ほど上手にアピールするところがあるようにも感じます。
本山に属せば僧侶なのか、組合に属せば正式な僧侶なのかといえば、一応それが正式で公式な宗派に所属している僧侶の在り方です。
僧侶業界には宗務所、教区という全国寺院できちんと分類区分けされた制度がありますのでそれに属しているかいないかが一つの目安となるでしょう。

以下は私の個人的な意見ですが、何をもって本物の坊さんと言えるか?
医者と同じに考えてみましょう。
医者であれば体を治す医師としての能力がなければ医者とは言えません。資格、免許がないのに医師を名乗ることはモグリですが、ブラックジャックのような一般の医師をもしのぐカリスマ医師も存在するものです。
坊さんも僧侶の形をしていれば僧侶かといえば、維摩孤児や山岡鉄舟のように在家にあって僧侶もしのぐ法力を持った人もいるものです。
私は私自身が尊敬する僧侶はきちんと修行して仏法を説いて人の生老病死や四苦八苦という苦しみを取り除ける見識、法力、法眼、道眼、心眼を打ち開いているかどうか。仏教の理屈は説けても普段の生活でどうか。悟り涅槃仏心という僧侶の明らめるべく必須課題を祭り上げて逃げずに立ち向かっているかどうか。道心、求道心、菩提心を持っているかどうか。きちんとした見識を持っているかどうか。衆生済度・救済活動をきちんと行っているかどうか。
そういうことが大事なんじゃないかなーと思います。
仏法、仏道、仏教とは、自分が心底求めればちゃんと求めて、ちゃんと弁えた分だけ力になるものです。力になるのに寺の息子ちゃんは求めない人もいるものです。
よって、あなたが「この人は…」という人に食らいついてみることです。煙に巻かずにあなたの悩み苦しみをきちんと救う力を持った人間が僧俗問わずに立派な救済力を持つ御仁であるということでしょう。あなたも菩提心・道心を持つことです。

2021年6月23日 18:14
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有り難し
おきもち


丹下 覚元(たんげ かくげん)
今月の提唱 「菩提心をおこす」 菩提心をおこすということは、たとえ...

本物のお坊さんとは、という意味から考えないといけないところですが、とりあえず要注意なお坊さんかどうかという点についてお答えしますね。
例えばあなたが「私は〇〇宗です」と言った時に頭ごなしに否定してくるようなお坊さんは要注意だと思います。
また、信じないと不幸になるとか買わないと不幸になるとか言って不安にさせたり脅迫したりするお坊さんも要注意です。
また、インターネットでそのお坊さんやお寺や教団が過去に裁判になっていないか、犯罪歴がないかなど検索して調べることも危険を回避するためには良いかもしれません。
もし「このお坊さんは大丈夫?」と思って調べても判断に困ったらハスノハに登録しているお坊さんに聞いてみてもいいと思いますよ。

2021年6月23日 13:49
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有り難し
おきもち


私は浄土宗の坊さんです。 少しでも何か参考になればと思って回答しています...

まずは所属宗派を尋ねる

まずは所属宗派(包括団体)を確認する。つまりは、総本山はどこですか?と。
たとえば浄土宗(総本山知恩院)に属しているお寺の僧侶なら、浄土宗で僧籍登録(お坊さん名簿に登録)されています。
また、ご存じのとおり、包括団体に属さない単立寺院(何何宗系とかルーツは名乗っているでしょうけど)もありますね。
包括団体(宗派)に属する寺院の住職の場合は、その宗派内で必要とされる僧侶の資格を取得しているはずです。
一方、単立寺院の場合は、ルーツとなる宗派の伝統的な修行を今も守っているのかどうか、結局はそのお寺の考え方次第です。
もしかしたら、単位寺院の住職であっても、既存宗派の本山で修行し、既存宗派の僧侶資格を取得している人もいるかもしれません。
現実的に、単位寺院で伝統的な修行や教育カリキュラムを維持していくのはかなり大変ではないかと思います。

2021年6月23日 12:53
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有り難し
おきもち


がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四...

質問者からのお礼

お世話になっております。
この度は、ご回答いただきありがとうございます。

>>三宅 聖章 先生
何をもって「本物のお坊さん」「本物の仏教」というのかという答えのない問いになってしまいますものね(汗)
僧籍を得ていても仏道にもとる行いをする方
新興宗教の教祖であっても、過去に総本山で大阿闍梨であった方
札所霊場でも問題視されるお寺
僧籍がなくとも、菩薩行を行う方
結局は人それぞれというところでしょうか。

>>願誉浄史 先生
単立寺院は、必ずしもルーツとなる宗派の僧籍を得ていなくても設立できるということなのですね。
会社で例えると、
グループ会社のように親会社からの伝統を引き継ぐものと
独立開業している個人事業主
のような感じでしょうか。

>>和田隆恩 先生
ご回答ありがとうございます。
更に踏み込んだ回答、ありがとうございます。
形式上の免許だけでなく、それからの実践によって本物になっていくという考え方に共感いたしました。

>>丹下覚元 先生
ご回答ありがとうございます。
やはり、得体の知れないお寺・お坊さんはいらっしゃるのですね。
菩提心と救道心がキーワードなのですね。
お坊様を見極める際にも、また自戒の際にもそのキーワードをつかっていきたいと思います。

「お坊さん・僧侶全般」問答一覧

菩提寺のお坊さんのこと

我が家の菩提寺のお坊さんのことについて相談したと思います。 尼さんで、嫁ぎ先の普通の家庭(サラリーマン家庭)に住んでいらっしゃいます。 お勤めの時にお寺へいらっしゃるようです。(お寺は先代がお一人で住まわれていらっしゃいます) 年齢(70歳前後)を理由に2~3年前よりお彼岸廻りもお盆廻りもされなくなりました。 私は昨年、息子と義父を見送りました。 枕勤めもお通夜も、遺族でと言われ、葬儀のみ来ていただきました。 葬儀の後、初七日含め49日までのお勤めをまとめてして頂きました。 息子は49日と初盆をまとめてしました。 まとめて、と言うのはお坊さんから言われてのことです。 義父は今年が初盆になりますので、日取りのお電話をしたところ「初盆されますか?」と言われ「出来ればしてあげたい」と伝えたところ「どうしても、と言われればやらない事も無い」と言うような反応でしたので無理なお願いするのも、と引き下がってしまいました。 最近は簡単にまとめて、とか、省略される方もいらっしゃると言うことは聞いたことがあります。しかしながら、お仏壇のある家庭に生まれ育ち、嫁いだ今の家庭もお仏壇があり、ずっとお世話させていただいてきました。熱心な信者とは言えませんがそれなりに信仰心はあるつもりでいます。 また、遺族が簡単に済ませたいと思うことの否定の気持ちはありませんが、遺族がきちんとしたいと思っているのにお寺さんの方から簡単に済ませる事への不満が少なからず沸いてしまいます。 息子のことは、出来ればひっそりと、と言う思いもあり私達が供養してあげればいいとも思っています。ただ、義父は「お葬式は派手にしてくれ」と生前言っていたこともあり、お寺への寄付なども他の檀家さんよりも多くしてきたりと言う人でしたのできちんとすることを望んでいるように思っています。 これからもお付き合いしていかなくてはなりませんし、不信感など持ちたくはありません。浄土真宗はお盆のお迎え(?)などはいらないとも聞いたことはありますが、その辺りのことも含めてご教授いただければ幸いです。

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回答数回答 3

お坊さんを怒らせてしまった

お坊さんを怒らせてしまいました。 とある悩みについてお坊さんにメールしました。 悩みやすい性格であるため、何度もメールをしては、アドバイスをしてくれていた方でした。 その方から先日、アドバイスとともに、「1円でもよいから納めてください」「それかこれからも友だちでいてください」とメールがあったので、 私は「こちらこそ、これからも友達でお願いします」「いつもありがとうございます」と打ちました。 そしてしばらくして、新たな悩みについて相談したところ、 「なぜ1円も納めようとしないのか」というメールの返信が来ました。 「1円でもよいから納めてください」「それかこれからも友だちでいてください」の後者を選んだ理由は、 納め方がよくわからなかったからなのですが、これについてかなり怒っており、見た瞬間震えてきてしまい、メールを削除し、 今現在学業で忙しいから今度でよろしいでしょうか、と返信しました。 すると、この期に及んで言い訳するのか、とメールが来ました。 その前は、あなたの悩みやすいその性格が全ての原因だ、的なことも書いてありました。 それから返信はしていません。 ただ、信頼していた方だけにショックですし、納めることが義務だとは思いませんでした。 若干トラウマになりそうです。 この体験とどのように向き合えばよいでしょうか。

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お寺とのお付き合いの仕方、戒名について

先日父が亡くなりました。 それまで菩提寺がありませんでしたので、親戚と同じお寺にお願いしました。 葬式についてよくわからず、葬儀の当日、お経をよんで頂く直前に控え室で初七日までのお布施をお渡ししてしまい、「それはおかしい」と危うく返されそうになりました。 その事があったため、母はお坊さまに対してビクビクしています。 葬儀屋さんから「お布施は後日お渡しする以外にも当日葬儀の直前にお渡しすることも多いですよ」と聞き、そうしましたが…。 後から聞くと、お坊さまもお怒りになった訳ではなく「本来なら後日ゆっくり渡してくれて構わない」という意味でそう教えて下さったのだそうです。 しかし、その一件のせいで母は必要以上にお坊さまに怯えていて、どうしたものかと思っています(私自身はざっくばらんな方という印象です) 今後どうしたら、母はお坊さまと良い関係が築けるでしょうか? やはり直接おたずねするのが一番でしょうか? わからない事が多く、周りに聞ける人がおらず、正解もないようなので悩んでしまいます。 それから、よくわからず父の法名に院号をつけなかった為、「以前亡くなった親戚に比べ文字数が少なく見劣りする」と母が後悔しています。 一般的には院号を付ける方が多いですか?少ないですか? 今から院号を付けて頂くのは可能ですか? (ちなみに、我が家は浄土真宗です)

有り難し有り難し 5
回答数回答 1

不謗三宝戒について

お世話になっております。 僧籍を持つ方との関係について相談します。 以前ご相談した方なのですが、授戒をためらっている理由の一つである方との関係です。その方はお寺のご住職の弟子で、僧籍をお持ちです。 その後、こちらでいただいたアドバイスを受けて少し距離を置いていました。お寺のご住職の法話は拝聴していました。 数カ月して必要があり、またそのお弟子さんの経営するお店にお世話になりました。 当時私はかなり苦しい状況にありました。その方に近況をお話したところ、特に悩み相談をしたつもりではなかったのですが、規定の時間をオーバーしてずっとその方の人生や人生観について語られました。 私の助けになればと思ってお話をされたのだと思いますが、正直、私には見当はずれなお話でしたし、何をお話しなさりたいのか、どうしてそういうお話になるのかもよくわかりませんでした。当時私は極めて多忙な時期で、なんとか時間を作って伺っていました。そのことはその方にもお話していました。一分一秒も惜しく、早く帰りたいと思いながら、でも途中でお話を遮るのは失礼だと思い、最後まで伺って、お礼を言って失礼しました。 距離を置いている間、僧籍を持っている方のことは敬わなければならないと戒にあるのだから、意見を素直に聞けない自分がわがままなのかもしれない、ご縁があったのだからすぐに捨てることは良くないと思い、今回改めて伺いました。しかしやはりその方のことを尊敬することができません。 ご住職は身体が丈夫ではないらしく、現在は仕事のほとんどをお弟子さんにさせているそうです。私たちとも直接会うことはなく、もちろん私もこれまで直接お話したことはありません。ただ、ご住職の法話から、こちらの状況は伝わっているのかなと少し推測する程度です。 お話したお弟子さんは後継者にはならないと思いますが、ほかのお弟子さんのお話も少し疑問に思うところがあり(上の、「受け入れられないのはあなたがわがままだからだ」ということはほかのお弟子さんから言われました)、今後、そのお寺とかかわって良いのか迷っています。 ご住職がおられる間はずっと法話を拝聴したいと思いますが、ほかのお弟子さんのことは心から尊敬する気持ちがわきません。このような考えは、戒に背いているのでしょうか。

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ご住職の対応について意見を聞きたいです

長文を失礼いたします。 私の母が亡くなった折、私の父が私の母の永代供養のお願いのためにお寺へ出向いた折、私からいくつか住職に質問をいたしました。 「私、葬儀社の方にかなりお世話になりまして、で、その方たちは亡くなった方に対して一礼を欠かさず、敬意を尽くしているようにみられました。 私はお経の意味などはわかりませんが、この一連の(お経をあげる式の)動作中に、何かそうした「敬意を表す」ような行動は含まれるのでしょうか」 といった内容のものです。その住職の言動などに、どこか投げやりっぽい感じを受けましたもので。 住職の回答ですが、端的に「お経をあげることがこうした敬意になります」というものでしたが、なんとなく私は納得できませんでした。 続けてあげていただいたお経の意味をおたずねして、それについても説明していただきました。 「納得いただけましたか」という問いに対して、私は「あとは個人個人のとらえ方になってくると思います」みたいなことを言ったと思います。 その直後にご住職が激高しまして・・・。 「お前、俺のあげるお経より葬儀社の人間のほうが礼を尽くしてるっていうのか、そうなら全部葬儀社の人間に供養してもらえ!」 「俺の方が(葬儀社より)上にきまってるだろ!」 「こっちは商売でやってるんじゃないんだ!お前がそんな態度なら金は返す、そのかわりこの戒名は返してもらう」 「●●(父の名前)とのご縁もあって、特別に永代供養という形をとったが、こんな態度をとられるとは思わなかった」 私も「それは違う」「誤解だ」と色々言いましたが、聞き入れようとはされなかったように見受けられます。 最終的には「お前の言うとおり誠意なんてのは個人個人のとらえ方だろうから、それならお前が納得する寺を探せ!」と怒鳴った後、住職は席を立って退席されてしまいました。 私自身「お経なんて何の役に立つのか」といった気持ちがありましたし、そうした気持ちを見透かされていたのかもしれません。 それにこうした質問は「場」にそぐわないものでしょうし、私のような気持ちを持つ人と接する場合、かなり不愉快であっただろうとも思います。 しかし、あそこまで面罵されるとは思いませんで・・・。 二人で平謝りしたことでとりなしを得ましたが、個人的には今後の事も考えています。ほかの方のどんな見解でも聞きたいです。よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 59
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嫁ぎ先がお坊さん便を使うこと

死後の世界はわからないものだとこちらでも他質問でいくつか拝読いたしました。 現代では亡き親族の供養の仕方は様々かと思います。いろんな考え方があって当たり前だと思うのに、いざ自分のことになると気持ちがついていきません。 私は名家出身とかでは全くないですが、両親はあるお寺の檀家として必要だと思うことはやってきておりました。父は亡くなっております。 私自身、それが普通だと思って生きてきまして、嫁いだら私の実家のお墓に入れなくても、宗派は違えども、嫁ぎ先のお墓・御先祖を大切にし、供養や法要等やるものだと思っていました。 しかし、主人の実家では檀家などの概念がありません。そのような考えがない方も現代にはいらっしゃると分かってはいます。 こちらでも、葬儀は必要なのか、法要は必要なのか、お墓は必要なのか、、、などと、類似の質問はあるかと思います。 ただ、義祖父の亡き後、葬儀はお坊さん宅配便…法要は最低限…。なんだか寂しいような、理解できない気持ちになってしまいました。 ですが、そのときに来ていただいた和尚さまには私としては感謝しかありません。 私自身、正直仏教について詳しく存じている訳では全くありませんのでこのような質問をさせていただくこともどうかとは思うところもあります。 ただ、気持ちの置き所をどうしたら良いのかわかりません。厳しいお言葉でも構いません。何かお示しいただけたら幸いと思い、質問をさせていただいました。よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 21
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乞食と喜捨に関する考え方

こんにちは、托鉢や乞食に関して、周囲の理解を得たいです。 私は地方都市に住んでいるのですが、街中でよく托鉢を行う人を見かけます。 お財布にゆとりのある時には小銭程度ですが、托鉢を行う方にお分けする事もあります。 …しかし、基本的に一緒に居る連れにはいい顔をされません。 「仏教には喜捨という概念があって、捨て去る事を有り難いと思う、そういった機会を与えてくれる事に感謝するっていう考えがあるんだよ」と説明はするのですが、あまり納得してもらえません。 私は小額で人の為になれれば嬉しい、そんな程度の考えで托鉢をなさる方に施しをします。 ですが、連れには大体の場合、「ああいうのはホームレスとかが僧侶などに変装してやっている。何も知らない人の善意を踏みにじる行為だからそんなものに手を貸すなんて」という具合の反応を返されてしまいます。 連れの言いたいことはわかります。ですがそもそも喜捨に関しては相手が誰だろうと関係ないものと認識しています。 しかし、それを連れに言ってしまうのまるで大事な連れを分からず屋扱いしてるような言葉になってしまいそうな為、いつも「小銭でも喜ぶんだからいいだろ」と終わらせます。しかしその言葉もまた托鉢をしてる方を、私が悦に入るための道具扱いしてるようであまりいい気分ではありません。 ところで私は敬虔な仏教徒ではありません。 人の為にどうのというのも、昔やっていたボーイスカウト活動にて「困っている人を助ける機会は善行を積む機会を頂ける」という考えを持っているからです。(この辺りは喜捨と似ているかもしれませんね) そのせいもあって、あまり詳しい仏教的な教えなどは語れなくもあるのです。 長文乱文になってしまいましたが、要は人は助け合うべきものであり、自分もいつホームレスの方々のようにモグリの托鉢や乞食をせねばならなくなるかわからない以上、誰かに何か出来る時はしておくべきだと思うのです。 こういった考え、仏教的な価値観を持たぬ身近な人に、角を立てずにわかってもらうにはどうしたらいいでしょう? わがままな話ですが、友人は大切なので「アイツは変わり者だ」と思われて距離を置かれるのも、「なんだか面倒くさいヤツだ」と思われて距離を置かれるのも嫌なんです。 支え合いこそ人類の本質にして美徳、そして自己のためでもあるのだとただわかってもらいたいのですが……

有り難し有り難し 23
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