hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

天国(浄土)地獄、大乗仏教ではどう?

回答数回答 2
有り難し有り難し 11

こんばんは。中東宗教であるゾロアスター教やイスラム教では、生きていた時の善行と悪行、あるいは懺悔の度合いなどでそれぞれ天国(浄土)へ行くか地獄へ行くかを裁かれるなどと言われています。これは日本でも、閻魔様などと言われて日本人の基本的な宗教観になっていますよね。

私は敬虔な真言宗の家庭に生まれ、「朝起きたら食事がお不動様に祀られる」というのが当たり前の光景で育ちました。そんな家庭で、よく「いいことをしたら天国へ、悪いことをしたら地獄へ」と教えられたものです。

「神仏を信じ恐れたり感謝したりし、清く正しく生きる」。こういった思想は、仏教的に言えばどこの宗派にあたるのでしょうか? 多分ですが上座部仏教や禅宗は違いそうで、きっと大乗仏教的な考えですよね。日本人に根付いているのかそれともうちの家庭が特殊だっただけなのか気になったので質問させていただきました。お読みいただきありがとうございました。

2023年1月16日 16:25

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

禅宗も含めて大乗仏教ならどこもそれに当てはまると思いますよ。なのであなたの家庭が特殊ということはありませんよ。

2023年1月17日 14:27
{{count}}
有り難し
おきもち


私は浄土宗の坊さんです。 少しでも何か参考になればと思って回答しています...
このお坊さんを応援する

お釈迦様の説法

お釈迦様は「死後の世界」のことをあまり積極的に説かなかったと言われています。(全く説かなかったと説明する方がいますが、それは勘違いだと思います。)

死後の世界を説くにしても、出家者では無い一般の方々に対して、お釈迦様はインドの一般的な「死後の世界の観念」に乗っかって次のように説きました。

「善い行いを重ね、世のルールを守って生活すれば、死後天上界に生まれるよ。」

善根功徳を積みましょう。
五戒を守りましょう。
そうすれば、その果報によって死後天上界に生まれるでしょう。

この説き方を一般には「施論・戒論・生天論」と言います。死後の世界の中でも、天上界とは天部(人間よりも優れた能力の有する者、すなわち神様)の世界であり、インドの人々にとっては素晴らしい世界と考えられており、天上界に生まれ変わるための生き方を一般の方々には説いていました。

聖火さんが小さなころから教えられてきたことは、基本的にはお釈迦様の教えと同じだと思います。どうぞ、これからも其の教えを大事に守って生きていきましょう。

2023年1月25日 0:06
{{count}}
有り難し
おきもち


 目の前の方の悩みや気持ちをしっかりと受け留め、心を開いてもらうように努め...
このお坊さんを応援する

質問者からのお礼

ありがとうございます! 敬虔な仏教徒の家庭に生まれたけれど、大人になるにつれて「仏教とは哲学のようなもの」というイメージが付いてきたので、俺が幼少期に教わった死後の天国地獄の世界観は仏教のそれとは違うのだろうかと疑問だったのですが、よかったです!

ありがとうございます! 人の道を外れず、人を愛し、今までの罪を償って善を尊んで生きてゆきたいと思います!

「仏教全般」問答一覧

離檀について

私の実家の菩提寺との関係にについてご相談です。 昨年末に実父が亡くなり葬儀を行いましたが、お布施の金額や住職の振る舞いが納得できるものではなく、離檀を考えております。 お布施の金額についてお伺いをたてたところ、60万円。お車代2万円×2人分を請求されました。お布施とは、そもそもお気持ちであり、金額を提示されるものなのでしょうか、また葬儀は30人ほどの小規模のものでしたが、脇導師もいらっしゃいました。菩提寺ではない近隣の寺からいらしたようです。2人必要なのでしょか? 戒名は一番下のランクで葬儀社の方も驚いていました。実家周辺の同じ宗派の寺の中でもかなり高額とのことです。 今までにも、年期法要など毎回、かなり多くのお布施を要求されています。お布施をお渡ししたときに私たちの目の前で、お布施の中身を数え確かめたこともありました。 住職として信頼できないこと、菩提寺には墓がないこと(自宅近くの公共の墓地に墓はあります)今後、これからもかかるであろう高額な費用を捻出することも難しいので離檀を考えています。 離檀の際にお気持ちはお支払いしますが、離檀料として30万円もの金額を支払う必要はありますか? (先日、49日の相談をした際に〝今後のお付き合〟と書かれた用紙を渡され)盆暮れの付け届け○〇円、年季法要お布施〇〇円 等と書かれている用紙に離檀料25~30万円との記載がありました。 嫁ぎ先もたまたま同じ宗派ですが、もっとこちらの話に耳を傾けてくださいます。地域が違えば色々と違ってくるとは思うのですが、どうなのでしょうか

有り難し有り難し 32
回答数回答 3

病弱でもボランティアがしたい

私は病弱で、精神も患っていますし体も患っています。臓器もボロボロで、28歳でそこそこ若いのに身体能力はもう老人のそれです。いや、下手をすれば健康な老人の方がもっと体力があるかもしれません。けれど、そんな自分でも人助けがしたかった。そして私はある結論に辿り着きました。 それは、今の現代を支配している「ゲーム」という文化を使ったものです。自動演算(わかる人に言えば連射コントローラー)をしてくれる機械(ちゃんとアマゾンでも発売されている正当な品でゲーマーなら愛用者も多く、違法性のものではありません)を使い、寝ている間にオートで作業を行ってもらい、長い作業時間に対して確率1%を下回るレアアイテムを入手したら、それをSNSを使って無償で誰かに配布する行為です。 これならば「自分の得」を削って誰かに譲ることそのものをボランティアにしているため、体力を使わなくて済みます。つまり、私は人に譲るためだけにこの作業を黙々と続けているのです。人を喜ばせることに、何か自分の魂の行き先に必要性を感じ、それを行うことに自分も喜びを感じているからです。 これは仏教的に言ってなんらかの「行」にちゃんとあてはまっているでしょうか。また、己の中の仏をちゃんと育てることができているでしょうか。なまじ、ゲームというエンターテイメントを使ったものなのでこの質問をすること自体に対して不安はありますが、よろしくお願い申し上げます。

有り難し有り難し 4
回答数回答 1

奉仕活動で解脱を目指すこと

私はバガヴァッド・ギーターというインドの聖典が大好きで、その中に「奉仕活動によって解脱ができる。それは行よりも有効な手段」という記述があります。私の夢は解脱とみんなが幸せな世界であり、そのためにボランティア、人助け、世界のためになる選択肢を選ぶことが大好きです。 しかし、達磨大師はこう言われました。功徳(つまり私でいう、解脱を目的としていること)のために寺を建築したり写経したりしても新たな煩悩を生むだけであり無功徳であると。これは、解脱という利己的な目的を持って人を助けたり救ったところで自分は何も得られるものがない、ということなのでしょうか。 奉仕活動によって解脱を目指すというのはシク教やヒンドゥー教的な考え方のはずで、確かに私は若い頃にいっぱい罪を犯したためその分、誰かを助けたり誰かの役に立ったりよりよい世界を作るために努力することは損得を抜きとして心から大好きです。しかし、その先で自分も解脱したいという利己的な抱きがあるのもまた事実です。 私のしていることは、解脱を目指す上で無駄なのでしょうか? 私の行いで誰かが喜びを味わったり救われたりしているので、それは決して無駄なことではないのは確かなはずです。しかし、やはり達磨大師のおっしゃられたことにも一理あるので、そこがずっと引っかかっているのです。例え自分に得が無くとも、奉仕活動自体は好きなのでそのスタンスは崩さないつもりです。 私はちゃんと正しい方向へ進めているでしょうか? よろしくお願いいたします

有り難し有り難し 32
回答数回答 2

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ