自分の生活は仏教的に正しいの?回答受付中
障害福祉サービスの相談支援専門員をしていて、行政の相談員も兼務しています。
相談業務に異動になった事で高いソーシャルスキルを求められる様になり、自分なりに色々と努力して、辿り着いたのが「仏」という存在でした。
・自分が無力な存在であると認める。
・相手の悪い部分にばかり目を向けず、必ず良いところもあると認める。
・相手が自分と真っ向から対立する意見を言っても一旦は受容する。
・相手の行動に苛立っても「自分の思い道りに動かない」という事に対するエゴであると認識する。
・どんな事があっても怒らない。
・毎朝、お経を唱え線香をあげる。
・礼拝、法話、法具磨きなどに参加する
これらを実践する事で「入社したばかりの頃はヤクザが入ってきた様な威圧感があったけど、最近は変わったね」と言われる様になりました。
しかし、いつもニコニコして人間関係を円滑に進めるだけの生き方が「仏教的に正しい生き方なのか?」という疑問が沸いてきました。
僧侶の方というと「いつも寄り添って話を聞いてくれる」というイメージがありますが、時には怒ることや自分の主張を通す様なエゴも必要なのでしょうか?
ご回答よろしくお願いします。
お坊さんからの回答 1件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
仏教的に正しくありません
あなたが実践しているという7項目のうち、残念ながら、「どんなことがあっても怒らない」以外の6項目は仏教の教えではありません。
「自分が無力な存在であると認める」などとは、お釈迦様は一言も言っていません。
いったいどこで、それが仏教の教えであると学ばれたのでしょうか。
当然ながら、ニコニコして人間関係を円滑に進めるだけの生き方が、仏教的に正しい生き方ではありません。
あなたが本当に仏教を学びたいのであれば、信頼できる僧侶の指導を受けるか、定評のある仏教書を読むことをおすすめします。


