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死の恐怖ばかり考えてしまい精神と心身を病んでしまいました。

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はじめまして。
39歳の男です。夫婦二人で子供はおりません。
2ヶ月程前から、自分にも必ずやってくる死についての恐怖からパニックになったりし、いつでもそれが頭から離れなくなってしまい、精神をおかしくしてしまいました。私は小さな頃から死ぬ事に関して人一倍恐怖として感じていたのですが、これまではただ考えないようにできていただけだったと思います。半年程前から母親の認知症介護や、子供が流産したりで授からないなど、いろいろな出来事から、人の生き死にを真剣に考えるようになり、考えないようにしてきた、いずれくるであろう避けられない自分の死の恐怖が夢の中でも襲ってくるようになってしまい、今は精神科に通い薬を処方して頂いておりますが、良くなる気配はありません。今は前のように笑う事もできなくなってしまい、仕事にも支障をきたす状況になってしまい、これからさきの不安などで自分自身どうして良いのかもわからない状態になってしまいました。
いろいろな死生観の本を読んだりしましたが、頭では今をしっかり生きるという必要性を理解できても、心の中の死の恐怖が勝ってしまっている状況です。仏教を勉強してみようかと思っていますが、何か少しでもアドバイスを頂けたら幸いです。

2015年1月18日 11:46

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

死を想う時、一所に思っている自分の思いが怖いだけでしょ。

昔は人が死ぬことを「めでたくなる」と言った時代もあり、死が喜ばしいとされる文化圏もあります。
死に対して、ある種ポジティブなイメージを持てば思想の上では死を恐れなくなります。
私は「人は死なない」とならいました。まさか、とおもいましたが、本当にそうです。
おかげで死ぬのはさほど怖くなくなりました。
「人は、他人の死は見聞きすることはできても、自分の死は一生死ぬ時まで体験出来ないので死ぬまで死の事を考えても、考えたという事があるばかりで、この身は一生死ぬその時までは絶対に死なないのです。死んだら意識そのものが無いから、別れるのが嫌とか怖いとか、そんなことも思えない、と師から教わりました。
悟りを得られたある老師は生前「死ぬことは小便するのと同じ」と言っておられました。
この身心は、出来事(縁)に触れれば、ただ「❝そう❞なるだけ」です。
死に限らず、TVを観るにしても、おやつを食べるにしても、私たちはそれにであえばそうなる。
私たちと悟りを得た人との違いは、そこにワタクシという私的な価値観・判断が入るか入らないかの違いだけです。それがなければ損得、増減、生死、迷悟などが無く事実だけの世界になるからです。
その老師は亡くなられる間際に「お前たち、大丈夫か?」「大丈夫か?本当に迷いはないか?」と、お弟子さん一人一人にお声をかけて亡くなられました。
直後に迎える自分の死などまるで厭いも気にもせず、最後まで、お弟子さんたちにちゃんと生死や迷い苦しみなどの自分の思いから自由になっているかどうかを、問うていたそうです。
病床であっても老病・生死を厭うことなく、説き続けておられました。現にそういう人間はいるのです。
その方が悟りを認められた本物の禅僧が静岡の浜松の龍泉寺井上哲限老師、掛川の少林寺井上貫道老師のお二人です。ちゃんと真偽を見極める力量のある洞門の禅定家からは❝本物❞❝国師❞と仰がれている方です。静岡でしたら、参禅に行かれることをお勧めします。

2015年1月29日 10:36
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おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
お悩み相談 ❝あなたの悩みという荷物をおろしてみませんか?❞ 「お寺で...

「生死(しょうじ)」の道理を知ることが大切です。

私も死ぬことは怖いです。
一度も経験していないので、どうなるか不安です。
しかし、お釈迦様は明確にお説きくださいました。

死ぬとまた生まれる。
死ぬと生まれるから「死」と「生」はくっついている。
それを「生死(しょうじ)」という。
私が生まれたということは、前世の私が死んだということ。
今の人生は前世の私の来世にあたるということ。

死ぬと生まれ変わります。
よきものに生まれ変わるには良き因がないといけません。
善い行いを積み上げていく方法もありますが、簡単な方法は他力に任せることです。
阿弥陀様にいのちのことは任せておけばよいのです。
任せておけば来世は必ず仏に生まれることができます。

死して去ると書いて「死去」、往って生まれるとかいて「往生」。
どうせならこの人生、ご一緒に往生の人生を頂きましょう。

2015年1月19日 0:56
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おきもち

始めまして、釈心誓と申します。 浄土真宗本願寺派の僧侶です。 若輩浅学...

無くなるものと残るもの

yasu様。

私も死ぬのは怖いです。今でも死に対する不安や恐怖は無くなっていません。

だけど、結婚をしたときにもう一歩踏み込んで考えました。
死ぬことによって生じる何を本当は恐れているのか。

私の場合は、
・死ぬことによって今までの足跡や自分の存在がなかったことになることが怖かった。
・自分が慕っていた人が死んだときにすごく悲しい感情が起こったことを記憶していて、身近な誰かが死ぬたびに同じ感情が押し寄せてくることが怖かった。
・自分の好きな家族や友人、大切なモノと離れることになるのが本当に嫌で未練がある!

こんな感じでしょうか。

ただ、歳をとるうちに死に執着しなくてもよくなりました。
死んだらすべて無くなってしまうと思っていたことが、ある絵本と出会って死んでも残るものがあることに気づきました。

それからは、どうせ死ぬなら後悔することなく丁寧に生きるようにしようと思いました。

仏教は執着を手放す教え。死んだら自分の感情や気持ちの赴くままに生まれ変わるのではなく、輪廻から抜け出て仏に成る教えを仏教と私は習いました。

yasu様にとって、死によってもたらされる何が一番恐怖に感じるのか、もし向き合えそうなら解決の糸口は見えそうな気がします。死に対する執着が少しでも軽くなるよう、念じております。

2015年1月29日 13:42
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有り難し
おきもち

『壊してしまうのは一瞬でできるから、大切に生きてと彼女は泣いた』 という...

「死ぬのが怖い」問答一覧

死への恐怖

母は私が幼いころに癌を患い、その後治療を続けていたものの半年ほど前に再発しました。今すぐに命に関わるという病状ではないのですが、身近な人間の死に関わりうる病気を通して死というものを考えることが増え、もうどうしていいかわかりません。 私と母とは30ほど歳が離れています。つまり、一般的な寿命を迎えることができても、私はいつか母がいない時間を30年も過ごさなければいけない。そのことが私には耐えられないことに思えます。私には妹弟はおりませんので、私は家族の中で最も長く生きる可能性が高いわけですが、自分の大切な人が皆亡くなってもなお生きていかなくてはいけないのでしょうか。頭ではそんなことわかっているのです。死は避けられない、身近な人の死も受け入れなくてはいけないし、皆そうやって受け入れて乗り越えて生きていると思うのですが、わたしにはそのことができないように思えます。親不孝の極みですが、母が死ぬ前に死ねたら幸せだなとすら思ってしまいます。 私が中学3年の時に祖父が亡くなった時のことを未だに忘れることができません。少し前まで生きていた、人が、生きてはいないということが受け入れられず、その恐怖を忘れることができません。昔見たドラマで、大量殺人を犯した犯人が、人をモノにするのが好きなんだと言っているものがありました。祖父の葬式の時に感じた、人がモノになったということが、私の中に恐ろしい記憶として残っています。祖父の死以来、刑事ドラマも不愉快で見ることができません。人の死を面白がって作っているように思えてしまうのです。私はどうしたらいいのでしょうか。受験期に入り、ストレスや疲れもも溜まっているのか、死ぬこと、母のこと、いつか大切な人が皆亡くなってしまった時のことなどばかりかんがえてしまいます。

有り難し有り難し 3
回答数回答 1

死について考えるとパニックになります

死ぬことがとても怖いです。 死んだ後、こうやって今文字を打ってる、自分という存在はどうなるのかと考えると、怖くて仕方ありません。 死は逃れられないのだから、どうにか死を受け入れられるように、死というものに悲しいイメージを抱かないようにと、お釈迦さまの考えや、聖書など様々なものを読みました。 ですが、いざ死について考えた時、魂という存在や天国、地獄など、それらのものが無かったら?と考えてしまいます。 最近はニュースなどで殺人や自殺など誰かが亡くなってしまう内容を見ると、死は突然訪れるのだと強く感じ、とても苦しく、死にたくないと叫び泣いてしまいます。 こういう話を周りに相談すると、後悔の無いように生きることを全うする、考えても仕方ないのだから考えないようにするなどアドバイスをいただきます。 ですが、後悔の無いように生きても、私は死にたくないんです。死ぬ前に生きてて楽しかったな、なんて思える気がしません。 不老不死でいいのかと言われたら、それで構いません。私という存在が無くなることの方が怖いです。 死からは逃れられないという気持ちと、死ぬことが怖いと思う気持ちどちらも交互に出てきて、また教えやアドバイスを受けても、実際はどうなのか分からないじゃないかと考え受け入れることが出来ない、そんな自分はどうすればいいでしょうか。 まとまりのない文章となり申し訳ございません。お願いします、助けてください。

有り難し有り難し 38
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死への恐怖を改善したい

初めて質問をする者です。 よろしくお願いします。 当方、大学4年生で就活活動中です。 タイトル通りなのですが、 いわゆる自分はタナトフォビアなのだと思います。 きっかけは恐らく 幼稚園の頃に経験した祖母の死 小学生の頃に経験した祖父の死 高校生の頃に経験した母親の死 だと感じています。 身の回りにこれだけの身内の死を経験した人がいなく、あまり共感はされません。 仕方のないことだと分かっています。 避けられないことだとも分かっているのです。 しかし、怖いのです。最近時間があるせいか、毎日のように死んだらどうなるのか、これからの別れに耐えられるのか、生きる意味とは何なのか、そういうことばかり考えています。 何も手につかなくなってしまいます。 周りの人たちは、こういうことを考えず前向きに将来のことを語っているのに、今の私にはそれが出来ません。私も前向きに将来を語りたいです。 心配性なところもあり、果たして自分はいつまで生きることが出来るのか、考えても仕方がない未来のことを心配してばかりいます。 周りからは明るい人間だと言われるのですが、今はとてもそんな状態ではありません。 きっと母親の死が大きすぎたのですが、高校生活が忙しく、適切に処理出来ていなかったのだと思います(泣いたら駄目だと思っていました) 同じように悩んでいらっしゃる方をここのサイトで知ることが出来、私だけではないのだと感じることが出来たのですが、やはり心配性、恐怖は改善されませんでした。様々なQ&Aを見てきた中で、なぜ仏教を学ばないのかと不思議に思うことがあるという回答をしていらっしゃったお坊さんがいたのが印象的でしたので、初心者にもおすすめな本などがあれば教えて頂ければ幸いです。 避けられない運命を、せめて受け入れられる考え方、心得を教えてほしい、助けてほしい。 以上、長文にお付き合いいただきありがとうございます。

有り難し有り難し 9
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