念仏の信心と瞑想について
自分は浄土真宗徒で、信心を得るためにお聴聞や念仏をしています
それとは別で、精神を患っていて、薬を減らすために瞑想をしています
個人的に瞑想は生命力がわいてくる気がして好きなのですが、瞑想をして疑いがなくなるということはないのでしょうか
つまり瞑想をして作った「自力の信心」「ニセ信心」のようなものを「如来から賜る信心」と勘違いしてしまうことはないのでしょうか
今はぽつぽつと疑いがわいているような状態で、信心は得ていないと思います
瞑想のおかげで(せいで?)疑いがなくなり、それで信心決定できたと思っても、3年後に瞑想をやめたら疑いが湧いてきた、ということになると困ります
個人的には聴聞も念仏も瞑想もしたいのですが、どうしたらいいのでしょうか

有り難し 25

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