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心を許せる親友がいません。

私は、常に一人ぼっちです。親友ができた、と思っても、他の人にとられてしまったり、離れてしまいます。周りは、心を許せる友達同士で、羨ましいな…と思ってしまいます。
これまで人間関係がゴタゴタしていくのを経験しているので、一人ぼっちでも、楽は楽ですが…。やはり寂しいです。
気にせず、過ごして行くためにどうすればいいですか?
教えて下さい。

他人・友人関係
有り難し 44
回答 3

質問投稿日: 2015年6月3日 18:04

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

隣の芝は青く見えるものです

のぼうさん、はじめまして。

徳島県の法話と天井絵の寺 觀音寺 中村太釈です。

のぼうさんは、常に一人ぼっちと感じ、親友ができたと思っても他の人にとられてしまったり、離れてしまい悲しい思いをしているのですね。周りは心を許せる友達同士で羨ましいと思っているのですね。

のぼうさんは、本当にひとりぼっちでしょうか。
確かに、親友を他人にとられてしまったり、周りは心許せる友だち同士で羨ましいと感じたりします。
しかし、本当の親友は離れていてもつながっているものです。
仏教では縁(えん)といいます。少しだけ言葉を交わしたことがある人、スーパーでレジを打ってくれた人、家電店で商品の説明をしてくれた人、すべての人がご縁のある人なのです。

友人に友だちがたくさんいることが「羨ましい」と感じていることが、のぼうさんが「私はひとりぼっちだ」と思わせているのです。

羨ましいを捨ててみると、見える世界ががらりと変わります。

のぼうさんに、たくさんの御縁がありますように。

2年11ヶ月前

ダルマ・フレンド(法友)

心の向上の無い友達は、最終的に友達になりません。
人間、心の向上(菩提心)を起こさない間柄は、どこまでいっても優劣勝敗などが付き従います。
よって、心の向上心を持った人を友とすることです。
もしくは、お寺の集いに参加するとそういう人たちが集まっています。
こういうことへの気づきは年齢ではありません。
仏法僧の僧とは、なにも坊さんの事ではありません。
正しくはサンガ・僧伽といって、悟り・仏の心を求めて修行する集いのことを言います。
菩提心(心を向上させようとおもう心)を起こせば、誰もが僧なのです。
そして、その関係は和合を重んじます。
我々僧侶の世界でも、法友は得難いものです。
ですが互いにみな菩提心を持っています。
それが共通のきずなになります。
仏はこれ大いなる師なるがゆえに帰依す。
法はこれ苦を除く良薬なるが故に帰依す。
僧はこれ勝友なるがゆえにこれに帰依す。
わたしどもも、質問者様の法友です。

2年11ヶ月前
回答僧

円通寺

邦元

友達は思い通りにはなりません

人は一人では生きていけません。
常に誰かのお世話になっている訳ですから、一人だなんて思う必要はありません。

お友達をとられてしまう というお話ですが、お友達はあなたのものではありません。常に一緒にいなければならない訳でもなく、価値観も違えば、性格も違う。違っていいのです。他の人と仲良くしても、自分とも仲良くしている。それが自然であると思います。
親友と言える友達なんて、そうできるものではないと思いますよ。

一人で寂しく感じているなら、共通の趣味を持つ人の集まるようなところに行ってみることです。自然とお話も弾むことでしょう。

2年11ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

アドバイスをありがとうございました。分かっていたつもりでいたのですが、今回はっきりしました。厳しくも、温かいお言葉ありがとうございました!ゆっくりでも、一日一日進んで行けたらな…と思います^^

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