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死んだらラクになれますか

回答数回答 4
有り難し有り難し 38

何度も何度も投稿しては、色んな助言をいただきました。自分なんかのためにありがとうございました。

自信持とうとしたり、考え方をプラスに持っていってやってきましたが、この時期になっても不採用の連絡です(´`)
相性が悪かった、と仰ってくだる方もおりますが、ここまでくると私は生きるの、仕事するの向いてないんじゃ?という結論に。

胃も痛いし毎日寒気が止まらなくて食欲も減退。ああ、いよいよ、死期が迫ってるのかなって。

自傷行為もちょっと頻繁に。ハサミできったら死ねるかなとか考えるようにもなった。

引き寄せの法則とか、願い事手帖とか、ポジティブ思考とか、やれることはやってみた。けど、人はなにも変わらない。
これ以上、親に経済的負担はかけられない。

だから、死んでラクになりたい。

親不孝者だけど、もう生きていくのが辛い。


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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

ポジティブ思考はファブリーズみたいなもの。元が変わらない。

不採用というのは、悪いことじゃないのです。
お互いに良いのです。(´▽`*)
その会社に無理に入ってもあなたが苦しいだけですから。向き不向きってあるんですよ。
仕事するのが向いてないんじゃないのです。そんな結論ありません。
その仕事をするのが向いていないだけです。私もコリャ自分には向かんわー💀という仕事は数回やってすぐにやめました。よっ、NOと言える日本人っ。(自分で言うな)
「たまたまこの会社は私は使いにくそうだと思って私と会社のためを想ってくれて無理に採用してくれなかったんだ、他の人にチャンスを与えられてよかった。」と思いましょう。(´▽`*)
死期が近いって、まだ20代っす。あと80年生きましょう。
せっかく死ぬんじゃ、その前に自分がやっていることの本質を学ぶとイイです。
自分がやっていることの本質って何かっていうと、想念の世界で生きているという事なのです。
たとえばライトな人は人と挨拶する時に「( ..)おはようございます(*´▽`*)」で済みます。
想念、思考で生きている人、裏を読んだり、深読みが強い人は、余分なつけ足しをするんですよ。
「(';')おはようございます(*´▽`*)」
…アレ?今、何か向こうの人(';')挨拶してなかったような、感じ悪かったような…(´▽`;)なんか、悪いことしたかしら?そういえば、あの時のことまだ根に持ってるのかしら… み・た・く…
余分な事を考え過ぎちゃうのです。
それが想念サイド中心の生き方です。
ご自身が今、心が病みがち、止みガチ、闇ガチなのは、想念中心で生きていることが原因です。
死ぬ覚悟があるなら、うちの寺の坐禅会サ来ておくんなまし。
もっと楽に生きるコツを提供させて頂いています。私も昔死のうかと思ったけど立ち直れた方法もお伝えしてます。
あ、私、以前、ポジティブ思考講座をやってましてね。
それで救われる人は6割くらいいるんだけど、それでも救われない人っているのです。
そういう人用の㊙裏レクチャーがありますから、いよいよ死にたくなったら、埼玉のお寺に遊びにお越しやす。好きです、茨木レンコン、納豆、ニラ、お蕎麦、水戸黄門♡
今の自分を何かで上塗りするのではなく、あなたの一番のおおもとをよくする方法、あります。

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おきもち

お悩み相談08020659278
今月の法話 文殊の剣 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞(本文より) 「大丈夫、慧の剣を取る。」 大いなる菩薩や老師は智慧の剣を取って、人の迷いの見解を断ち切り真実の姿をみせてくださいます。 智慧の剣とは人間の自我、我見の無いこころからなる、無垢で清らかなる「事実の様子」「本来の様相」を見極める力ともいえましょう。 それこそが智慧の剣なのです。 文殊とは自己を鎮め得た者の姿。 人間の内なる思慮分別の猛獣を修め得て、その上に鎮座する姿。 事実を事実のとおりに見るということは、余分なものがないということです。 そこに現れる余分な見解というものを断ち切った姿。 そもそも、もともと一切の事象、事実というものには余分なものはありません。 とは言えども、それでも人は人の習癖・習慣的に物事に思いをつけたす。 いまや「写真で一言」という要らぬ添え物をするバラエティ文化もあるぐらいですから、ものを本当にそのままに受け取るということをしない。 文殊様の持つ剣、智慧の剣というものは、そういう人間の考えを断ち切る働きを象徴したものです。 その文殊の剣とはなにか? お見せしましょう。 いま、そこで、みているもの、きこえていること。 たとえ文字文言を観るにしても、そのものとして映し出されているという姿がありましょう。 文字として見えているだけで意味を持たせてもいない、読み取ってもいないままの、ただの文字の羅列のような景色としてみている時には、文字であっても意味が生じません。 本当にみるということはそこに安住しています。他方に向かわない。蛇足ごとが起こらない。 見届けるという言葉の方が適しているかもしれませんね。 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞それはものの方を見るというよりはそれを見ている己を見つめる姿ともいえましょう。 そういうご自身のハタラキ・功徳に気づく眼を持つことです。 あなたの手にはすでに文殊の剣がありますよ。用いることがないのはもったいないことですね。

楽になれます。しかし…。追記

正社員として採用されるには、やはり何か資格や特技を活かせる職場だったり、コネがあったり、パートやバイトでの仕事ぶりが気に入られて正社員にしてもらったり、などが無ければとても狭き門だろうと思います。
もう一度保育士としてやってみるとか、あるいは、正社員になれる可能性のあるパートやバイトをするとか、検討してみてはどうでしょうか。

死ねば今の苦しみから解放されて楽になるでしょう。
しかし、あなたを必要としている人がどこかに居るかもしれないのです。あなたを必要としている職場がどこかにあるかもしれないのです。
それは残念ながら正社員ではないかもしれません。あなたの希望する職種でないかもしれません。それでも、その仕事を務めて誰かの為に生きる、あるいは社会に貢献する為に生きることを、私は願っています。

追記
体を壊したとのことですが、なぜ壊れたのでしょうか?体を壊さないようにできない仕事なのでしょうか?
私は以前は会社員で、妻も会社員だった事もあり、子供は保育園に毎日預けていました。先生達は本当に一生懸命に頑張っていて、とても感心し、そして感謝しています。ただ、体を壊された先生は居なかったような気がします。私が知らないだけかもしれませんが。
子供にあるいはその親達に心底嫌悪感を感じるようになられたのなら、無理にお勧めはしません。ただ、もしそうではないなら、体を壊さない環境の職場を探してみるのもいいのではないかと思ったのです。

また、バイトといってもただ単にバイトをするのでは無く、スキルや経験を積むためです。いきなり正社員にはなれないのですから、スキルや経験を積み、できればやりたい職種で役立つ資格を取ることをお勧めします。例えば事務仕事に就きたいなら、簿記やパソコンの資格などがあると有利だと思います。

これまで就活頑張ってきましたが、なかなか決まりませんでしたね。その為に死ぬことまで考えてしまっている。でも、その前にまだできる事があるのではないでしょうか。

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私は浄土宗の坊さんです。 少しでも何か参考になればと思って回答していますが、無知未熟ゆえに質問を読ませていただくことしかできないことも多々ありますがお許しください。 回答は私個人の意見や解釈もあり、場合によっては浄土宗の教義とは少し異なることもあるということをご了承ください。 また、寺の紹介ページに電話相談についても紹介していますのでどなたでも気兼ねなくご利用ください。 ハスノハのお坊さんがもっと増えますように。 合掌 南無阿弥陀仏

心から応援しています

拝読させて頂きました。仕事が決まらずに大変つらい思いをなさっていらっしゃるのですね。あなたのお気持ちをお察し申し上げます。
そうですか…なかなかうまくいかないのですね。出会いや相性もタイミングがありますからね…。巡り会いは天のみ知り得ることですからね。
あなたがあなたの特性や得意分野の仕事に巡り会い、採用されてその中でたくさんの人々や経験を通して成長なさり、充実した毎日を送って頂きます様にと心から神仏にお祈りさせて頂きます。私はあなたが必ずや素晴らしい仕事に巡り会いますことを信じます。

ちなみに私が今の仕事に就いたのは42才になってからです。長い道のりです。
それでもこれからですからがんばろうと思います。

あなたにもがんばってもらいたいと切に願っています。そしてあなたを心から応援していますね。

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個別相談可能
脱サラして10年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラーメンが有名な処です。)これからも皆様のご質問に対して誠心誠意回答させて頂きたいと存じます。まだまだ修行中の身ですので至らぬ点あろうかとは存じますが共に精進して参りましょうね。お寺にもお気軽に遊びに来てください。
ご相談は朝から午後5時まで受け付けております。 人間関係や恋愛のお悩み、自殺願望、大切な方の死に直面した苦しみなど、どんな内容でも構いません。一人で抱え込まずに、ぜひお辛いお気持ちを吐き出してください。 仏様や神様、ご先祖様は、いつもあなたを見守り、聞いてくださっています。あなたが少しでも穏やかな気持ちになれるお手伝いをさせていただきます。

少しずつにでも

ミス様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

確かに生きていくことは、つらいものでございます・・また、この世界においては、迷い、苦しんでしまうことも多くございます・・だからこそ早くこの世界から逃れたいと思われるのは当然のことでございます・・

しかし・・それで何か解決するのかと申しますと、仏教ではそうは考えません。

全ては原因と条件により成り立っており変化していくもの。

悪い原因と条件を持ってしまったままでは、次の行き先もやはり知れたものとなってしまう恐れがございます・・

特に無明(根本的な無知)や、無明による煩悩によって、過去幾世にもわたり積んできてしまっている悪業などの悪い原因と条件を、しっかりと善い原因と条件に変えていかなければ、善い結果としての善き赴きへ向かうことは難しいものとなってしまいます。

できる限り、善い原因と条件を調えていくことにより、今世における世間的・一時的な幸せや福徳にも繋げ、更には、来世、来来世・・と迷い苦しむ世界から少しずつにでも離れていけるように努めていくことが望まれるものとなります。

少しずつでも構いませんので、これを機縁に更に仏教を学び修して頂きつつに、仏教的に説かれている善い原因と条件を調えていくことについても努めて頂けましたら有り難くに存じます。

川口英俊 合掌

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最新の仏教論考はこちらでご覧頂くことができますが、公開、非公開は随時に判断しています。 https://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k

質問者からのお礼

【追記】
私、保育士で体壊したから二度とやらないって決めてるんですよね。それをまたどうかって、ひとって結局そうなの。
貴方も、私の体を壊した園長と同じことを言う。
何階も何回もバイトをやって、生活も苦しいのにまたバイトをやれ、だとか。底辺の生活したことないひとには分からない苦しみでしょう。
そこから抜け出したいのに、またバイトをやれ、って。
お坊さんなのに聞いて呆れる。

おはようございます。
皆様の助言ありがとうございます。気がたっていて荒い文章になっておりました、申し訳ありません。

今はご飯が美味しいと感じるようになったので、地道に着実にやっていこうと思います。
今年は何か大きい力が働いてる、と考えたら幾らかラクになりました。

なんとか自分を取り戻しつつあるので、昨日からまた応募を始めました。

次にここへ来るときは良い結果がいいなあ、と祈りつつ。

ありがとうございました。

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ