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火葬について

回答数回答 6
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13歳の時に祖母を亡くし火葬しました。
その時の祖母が火葬されたときの場景が今だ20年以上たった今でも私の心の中ではトラウマになっています。
人を焼くなんて、骨になった祖母を見て本当に残酷だなと思いました。
また私自身も亡くなって火葬されるのだと思うと怖くてしかたがありません。
このような恐怖やトラウマをどう克服すれな良いのでしょうか?
お教え下さい。

2013年7月15日 2:05

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お坊さんからの回答 6件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

トラウマの正体

今後もプチ・トラウマ的な体験が起こる時の為に処方箋としてお読みください。
知り合いの方が車で事故を起こされました。
追突する瞬間、目の前が真っ赤だったそうです。
どうやらコカコーラの自動販売機に直撃だったそうです。
それ以来、コカコーラの自動販売機はどこにでもあるわけですから、車で通る度にフラッシュバック。
事故当時のイヤな気持ちがよみがえり、手が震えるような症状。
しばらく陰鬱な日が続いたそうですが、ある時よく自分を観察なされ、フラッシュバックはあっても、心が傷つかない方法を編み出した、見出されたそうです。
それはフラッシュバックとは単に記憶が思い起こされている状態なだけなのであるから、思い返された光景だけに留めて、そこから自分を傷つけるような暗い考え方に発展させずに(でてきた思いに手をつけないで)おけばトラウマに発展しない、ということが分かったそうです。厳密に申し上げれば、過去のワンシーンを思いだした時、その思いを、それっきりにしてしまうことです。
そのワンシーンから、自分を傷つけるまでには発展させない、強い意志のブレーキを持つのです。
たとえば、過去に振られた場所、イヤな思いをした場所、怖い思いをした場所。
そこに罪は無いはずです。その時はもう過ぎていて、今は状況、状態、風景も実際にその時のモノのままではないはずです。
よくよく自分観察をして、そこからセカンド、サードのダークな念をリンクさせている自分に気づいて、セカンド、サードに展開させなければフラッシュバック自体に何の毒もありません。
ぽん、と過去に記憶が出てきた時の、ファースト(第一次)のフラッシュバックのままで、それ以上自分を傷つけることは無くなります。
今後、火葬場といっても、日本中の火葬場がよってたかってあなたを苦しめる訳ではないのですから、外の出来事と、インナーイメージをしっかり切り離して、これ以上考えると自分を苦しめる、その一歩手前で思いの生活を展開させない習慣を持たれますと、一生安楽です。

2013年7月17日 1:09
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丹下覚元(たんげかくげん)
お悩み相談 ❝あなたの悩みという荷物をおろしてみませんか?❞ 「お寺で...

火葬の意味を知りましょう

コン様へ

まずは火葬の意味を知りましょう。
「死体を火で焼くことによって処理する葬法のこと。火葬の背景には、火で死体を破壊することによって霊魂が肉体からできるだけ早く離れていくことを可能にし、霊魂が新しいすみかを得て生まれ変わってくるきっかけをつくろうとする観念が存在していると考えられています」

その意味を知ることによって恐怖心がなくなるかもしれません。
昔から火に対するイメージが悪いのかもしれません。
トラウマは気にすれば気にするほど強くなるものだそうです。
自然に流されて、克服できたらいいのではないでしょうか。

              合掌

2013年7月20日 10:04
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おきもち

鈴木光浄
「人の一生に寄り添うことのできるお寺」を目指しております。さまざまな御縁を...

コン様。

>このような恐怖やトラウマをどう克服すれな良いのでしょうか?…

との事ですが、無理に此れ等を克服しようと為さらない事です。
無理に此れ等を克服しようとすれば、此れに捕われ、此れに執着する事と成りますから、逆効果をも生み出す事と成ります。
今が其の姿の現れかと存じます。

如何でしょうか?

2013年7月15日 17:01
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おきもち

色々の悩み事がこの世には沢山有ります。 大学の卒論で密教天文暦法を研究致...

無常観

コン様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

青年多感期の頃においては、かなり衝撃が強すぎたのかもしれません・・克服していくためには、「無常」観をいかに理解できるのかが大切なことになるのではないかと存じております。

コン様の菩提寺様のご宗旨は分かりませんが、もしも浄土系でございましたら無常観を考える上にて重要となる下記二つのお経を挙げさせて頂きますので、少しくでもご参考として頂けましたら幸いに存じます。

黒谷和讃

帰命頂礼釈黒谷の 円光大師(法然上人)の教えには 人間僅か五十年
花に譬えば朝顔の 露より脆き身を持ちて 何故に後生を願わぬぞ
たとえ浮世に長らえて 楽しむ心に暮らすとも 老いも若きも妻も子も
後れ先立つ世の習い 花も紅葉も一盛り 思えばわれらも一盛り
十や十五の蕾花 十九二十の花盛り 所帯盛りの人々も
今宵枕を傾けて すぐに頓死をするもあり 朝なに笑いし幼な児も
暮れには煙となるもあり 憐れ儚きわれらかな 娑婆は日に日に遠ざかり
死するは年々近づきて 今日は他人を葬礼し 明日は我が身も図られず
これを思えば皆人よ 親兄弟も夫婦とも 先立つ人の追善に
念仏唱えて信ずべし あら有難や阿弥陀仏
南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏
南無阿弥陀仏

白骨の御文 蓮如上人

それ、人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、凡そはかなきものは、この世の始中終、幻の如くなる一期なり。されば未だ万歳の人身を受けたりという事を聞かず。一生過ぎ易し。今に至りて、誰か百年の形体を保つべきや。我や先、人や先、今日とも知らず、明日とも知らず、おくれ先だつ人は、本の雫、末の露よりも繁しといえり。されば、朝には紅顔ありて、夕には白骨となれる身なり。既に無常の風来りぬれば、すなわち二の眼たちまちに閉じ、一の息ながく絶えぬれば、紅顔むなしく変じて桃李の装を失いぬるときは、六親眷属集りて歎き悲しめども、更にその甲斐あるべからず。さてしもあるべき事ならねばとて、野外に送りて夜半の煙と為し果てぬれば、ただ白骨のみぞ残れり。あわれというも中々おろかなり。されば、人間のはかなき事は老少不定のさかいなれば、誰の人も、はやく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏を深くたのみまいらせて、念仏申すべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。

川口英俊 合掌

2013年7月15日 12:31
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有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

トラウマの本質

人が亡くなった後に火葬するのは今ではとても普通に行われていることです。
人は亡くなって土に還るのです。

しかし、トラウマの原因が「火葬」だけでしょうか?
祖母やまた親兄弟、親戚関係で何かあったのではないでしょうか?
難しい問題なら専門の機関にかようなり、カウンセリングを受けるなり、
必要が有るかもしれません。
無ければTFT療法も効果があります。

2013年7月16日 9:43
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おきもち

50代、妻と娘2人。 若い頃はタイやインドなどアジアを中心に10年程旅行...

コンさん、こんにちは。

”恐怖やトラウマ”とのことですが、どのようなときにそう感じるのでしょうか?
なにかがきっかけになると、ふるえがとまらない・冷や汗がでる・うごけなくなる・・・ただし、意識がはっきりしているのなら、「PTSD」かなぁと思ったりもしますが・・。私は医者ではないので、診断はできません。
どれくらいの幅の”恐怖やトラウマ”なのか。・・が克服しようにもどうすれば?の答えが出やすいかもしれませんね。

さて、コンさん。
暇さえあると考えてしまった仕方ないのですか?
いま時間をもてあましている生活で、想像してしまうのですか?
もしそうであるならば、「”恐怖やトラウマ”と向き合う」ことよりも、お仕事やら趣味やらに意識を向けることのほうが大切かもしれません。

もしそうでないならば、向き合うことが大切なのかもしれませんね。

火葬がおいやでしたら、「自分は火葬しないでどうにかする」と覚悟を決めることでしょうか。一時的にですが、そう思うことです。

2013年7月15日 18:08
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おきもち

「~です」とは、「~だと、ぼくは思うのです」ということです。 回答は、書...

質問者からのお礼

誤字がありました。訂正します。

回答いただき、ありがとうございました。

祖母が死んだときに生まれて初めて死を身近に感じました。
13歳という多感な時期だったので衝撃が強かったのかもしれません。

トラウマと書きましたが、このことで他のことが手につかないとか、体が震えるという症状はありません。
なんとなく、ふっとした瞬間に思いだすのです。ドラウマという表現は適切ではなかったのかもしれません。

お坊さんに回答していただき勉強になりました。
改めて感謝申し上げます。

「死ぬのが怖い」問答一覧

死ぬのが怖い

30代女です。 小さい頃に母を病気で亡くし、そこから死に対しての恐怖心が生まれました。小学生の時に死ぬのが怖いと感じるようになり、死ぬのは嫌だと泣いたことがありました。 そこから中学高校大学、仕事と、小学生のときのように泣くほど怖がったことはないですがうっすら漠然と死ぬのは怖いなと考えることもありました。色々と忙しかったこともあり、考える時間も少なくなってきていました。 しかし、30代になり、ずっと続けていた仕事を人間関係で揉めて、中途半端な時期に辞めました。辞めたことに後悔はなく、ずっと続いていた人間関係でのストレスも一気になくなり、最初は楽しく考えていました。しかし、暇でずっとゲームをする日々、そして自分が30代という年齢に突入したこと、周りの人は結婚をして落ち着いている中恋人もいない、次の仕事もまだ探し中、親も父のみ、そして一般的な私の年代の親よりも歳をとっていますので、父の死についても考えるようになり、父が死んだあと自分は生きていけないという考えからまた、小学生の時のような自分が死ぬことへの恐怖心が再び芽生えました。 ネットで色々調べましたがタナトフォビアだと思います、身近な人が死ぬのも恐怖ですが、自分が死ぬことへの怖さ、無になることへの恐怖が強く、突然発作のように発症し、過呼吸になったり涙が出たりととてもしんどい思いをしています。生きたくないとは思いません。死にたくないのです。しかし、不老不死のように永遠に生き続けるのも怖いです。矛盾していますが...。1度考え出すと恐怖が止まらず、夜も眠れません。今の自分の状況がこの先不安でしかなく、30代にもなってこのタイミングで結婚もしないまま死んでいくという考えしかできず、ずっと怖いです。タナトフォビアの克服など検索しましたが、読むだけで怖いです。助けてください。

有り難し有り難し 6
回答数回答 1

死への恐怖

母は私が幼いころに癌を患い、その後治療を続けていたものの半年ほど前に再発しました。今すぐに命に関わるという病状ではないのですが、身近な人間の死に関わりうる病気を通して死というものを考えることが増え、もうどうしていいかわかりません。 私と母とは30ほど歳が離れています。つまり、一般的な寿命を迎えることができても、私はいつか母がいない時間を30年も過ごさなければいけない。そのことが私には耐えられないことに思えます。私には妹弟はおりませんので、私は家族の中で最も長く生きる可能性が高いわけですが、自分の大切な人が皆亡くなってもなお生きていかなくてはいけないのでしょうか。頭ではそんなことわかっているのです。死は避けられない、身近な人の死も受け入れなくてはいけないし、皆そうやって受け入れて乗り越えて生きていると思うのですが、わたしにはそのことができないように思えます。親不孝の極みですが、母が死ぬ前に死ねたら幸せだなとすら思ってしまいます。 私が中学3年の時に祖父が亡くなった時のことを未だに忘れることができません。少し前まで生きていた、人が、生きてはいないということが受け入れられず、その恐怖を忘れることができません。昔見たドラマで、大量殺人を犯した犯人が、人をモノにするのが好きなんだと言っているものがありました。祖父の葬式の時に感じた、人がモノになったということが、私の中に恐ろしい記憶として残っています。祖父の死以来、刑事ドラマも不愉快で見ることができません。人の死を面白がって作っているように思えてしまうのです。私はどうしたらいいのでしょうか。受験期に入り、ストレスや疲れもも溜まっているのか、死ぬこと、母のこと、いつか大切な人が皆亡くなってしまった時のことなどばかりかんがえてしまいます。

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死について考えるとパニックになります

死ぬことがとても怖いです。 死んだ後、こうやって今文字を打ってる、自分という存在はどうなるのかと考えると、怖くて仕方ありません。 死は逃れられないのだから、どうにか死を受け入れられるように、死というものに悲しいイメージを抱かないようにと、お釈迦さまの考えや、聖書など様々なものを読みました。 ですが、いざ死について考えた時、魂という存在や天国、地獄など、それらのものが無かったら?と考えてしまいます。 最近はニュースなどで殺人や自殺など誰かが亡くなってしまう内容を見ると、死は突然訪れるのだと強く感じ、とても苦しく、死にたくないと叫び泣いてしまいます。 こういう話を周りに相談すると、後悔の無いように生きることを全うする、考えても仕方ないのだから考えないようにするなどアドバイスをいただきます。 ですが、後悔の無いように生きても、私は死にたくないんです。死ぬ前に生きてて楽しかったな、なんて思える気がしません。 不老不死でいいのかと言われたら、それで構いません。私という存在が無くなることの方が怖いです。 死からは逃れられないという気持ちと、死ぬことが怖いと思う気持ちどちらも交互に出てきて、また教えやアドバイスを受けても、実際はどうなのか分からないじゃないかと考え受け入れることが出来ない、そんな自分はどうすればいいでしょうか。 まとまりのない文章となり申し訳ございません。お願いします、助けてください。

有り難し有り難し 39
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死への恐怖を改善したい

初めて質問をする者です。 よろしくお願いします。 当方、大学4年生で就活活動中です。 タイトル通りなのですが、 いわゆる自分はタナトフォビアなのだと思います。 きっかけは恐らく 幼稚園の頃に経験した祖母の死 小学生の頃に経験した祖父の死 高校生の頃に経験した母親の死 だと感じています。 身の回りにこれだけの身内の死を経験した人がいなく、あまり共感はされません。 仕方のないことだと分かっています。 避けられないことだとも分かっているのです。 しかし、怖いのです。最近時間があるせいか、毎日のように死んだらどうなるのか、これからの別れに耐えられるのか、生きる意味とは何なのか、そういうことばかり考えています。 何も手につかなくなってしまいます。 周りの人たちは、こういうことを考えず前向きに将来のことを語っているのに、今の私にはそれが出来ません。私も前向きに将来を語りたいです。 心配性なところもあり、果たして自分はいつまで生きることが出来るのか、考えても仕方がない未来のことを心配してばかりいます。 周りからは明るい人間だと言われるのですが、今はとてもそんな状態ではありません。 きっと母親の死が大きすぎたのですが、高校生活が忙しく、適切に処理出来ていなかったのだと思います(泣いたら駄目だと思っていました) 同じように悩んでいらっしゃる方をここのサイトで知ることが出来、私だけではないのだと感じることが出来たのですが、やはり心配性、恐怖は改善されませんでした。様々なQ&Aを見てきた中で、なぜ仏教を学ばないのかと不思議に思うことがあるという回答をしていらっしゃったお坊さんがいたのが印象的でしたので、初心者にもおすすめな本などがあれば教えて頂ければ幸いです。 避けられない運命を、せめて受け入れられる考え方、心得を教えてほしい、助けてほしい。 以上、長文にお付き合いいただきありがとうございます。

有り難し有り難し 9
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