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自殺は絶対に許されないことですか?

今まで何度か死のうとしました、けど死にきれず生かされました。
自殺をしたら、その場で死んだ自分を見て後悔をし、時間の感覚のない空間でずっと苦しむと…なにかで読みました

毎日 寝たきりで、食べるものもつきてきて
1人の寂しさに 負けて、
このままだったら 死んでしまいたい

でも、死んでも また何十年 何百年とさ迷い苦しむのならと 思い止まり

その気持ちをいったり来たりで

死んでも 楽にはなりませんか?
自殺した方がもっと苦しくなりますか?

人間が信じられないんです
お坊様も いろいろな恵まれた考えを持ってる方がいました

頑張って信じようとするのは、目に見えない方々です。その方々が励ましてくれるから なんとか生きてこれた
でも やっぱり寂しいんです、人間なので

人間やめたい
いつもそう思ってます

やめてはいけませんか?
自殺してはいけませんか?
自殺は絶対に間違ってますか?
本当に自殺後は苦しむのですか?

すみません
よろしくお願いします

運命・見えない力
有り難し 30
回答 3
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

寂しい時は、hasunohaを頼りに。

ゆき様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

自殺は絶対に許されない、とは、仏教でも一律に考えるわけではありませんが、仏教においては、真に安楽たる境地としての悟りへと至れるための、その因縁(原因と条件)を積むことのできる恵まれた人間という境涯(仏教的には有暇具足と申します)を、まだ十分にその因縁(主には、智慧と福徳という二つの資糧)を積められていないのに、わざわざ自分から捨てるというのは、あまりにももったいないことであると考えます。

できれば、できるだけ、いずれは否が応でも来るその時まで、仏法を学び修して、善き因縁に努めて参りたいものとなります。

自殺されたいと思われるほどに、寂しさで耐え難いお苦しみに悩んでおられることであると存じます。

寂しい時は、その思いを是非、hasunohaに吐露なさられて下さい。一人ではなく、hasunoha僧たちがその思いに寄り添わさせて頂ければと存じます。

寝たきりで、体調の悪さが続いているようでしたら、一度、副腎機能について調べられることも。心の弱さが、身体機能の問題(特にホルモン・脳神経物質のバランスの乱れ)に起因していることもございます故に。

食べ物が尽きるということは、食べれるもの、受け付けるものが無くなってきているということでしょうか、それとも経済的な困窮によるものでしょうか・・

前者であれば、栄養バランスについて今一度見直されることを。後者であれば、行政の福祉制度を利用されますことを。

非公開のプロフィールに書かれておられますことは、ここではもちろん書けませんが、その目標、まだ諦めるには早すぎです。きっと貴女様であれば、人の痛み、苦しみが尚自分のことのように分かられるはずです。いずれのその時こそ、真にその人たちのために、その目標を遂げるのです。諦めずに。応援します。。

川口英俊 合掌

回答僧

願誉浄史

自殺者の9割は「うつ」?

自殺者の9割は、自殺するとき心が「うつ」の状態だという専門家もいるそうです。
だとしたや、自殺者の9割は病死みたいなものかもしれません。
病気で死ぬのは罪ではない気がします。

ただ、病気だったら現代医学部で治療できる可能性があります。
「うつ」を治療すれば、自殺したいという思い自体が消えてしまう(自殺したくなるほどの悩みがなくなる)可能性があります。
一度、医療機関に相談してみてください。

なお、浄土宗では、どんな罪深い人でも南無阿弥陀仏と念仏をとなえて阿弥陀仏に救いを求めるなら、
その人の臨終の瞬間に阿弥陀仏が迎えに来てくださり、極楽浄土に往生できると言われています。
ですから、自殺するしないに関わらず、南無阿弥陀仏と念仏していれば、来世や死後の心配は無用です。
「なむあみだぶなむあみだぶなむあみだぶなむあみだぶ」と一定リズムで数分間でも念仏をとなえてみてください。
念仏のパワーで、心が落ち着いてくる場合があります。

あなたは真面目で責任感が強い人なのでしょうね。それだけにストレスも溜めやすいのだと思います。

人を信じられないとのことですが、それは人の心を信じられないということですよね。
この心というものは実は決まった形がありません。状況や環境や経緯などによってコロコロ変わるものなのです。
ですから人の心をある時期に信じても、その人の状況が変われば心も変わり、信じていたはずの心も変わり、後になって信じていた心とは違うことを知って、裏切られたと感じるのです。
大切なことは、心は移り変わるもの、周囲の環境やその人の状況など様々な原因によって変わるもの、と知ることです。

仏教では諸行無常、諸法無我といいます。
全てのものが常では無い、全てのものがそれのみ単独で存在しない、という真理です。

この真理は、あなたも変わる可能性を秘めているということを示しています。ですから、どうか希望を持ってください。

また、さみしいと思うことは大切なことだと思います。私も昔一人暮らししていた時はさみしいと思っていました。仕事だけの生活にさみしさを感じていました。そのさみしい思いが原動力となって街コンに何度も足を運び、今の妻と出会うことができました。もし私にさみしいという思いが生まれなければ、今の私は存在していないのです。

自死をしてもその後に苦しみはないでしょう。

しかし、できれば、お釈迦様の教えである諸行無常と諸法無我でこの世の全てが成り立っていることを認識して受け入れて欲しいです。
そして、お釈迦様の教えが正しければ、あなたも変われる可能性があることを知って欲しいです。
さらには、さみしさを生きる力に変えて欲しいです。

あなたの心に希望の火が灯ることを願っています。


質問者からの有り難し - お礼

ありがとうございます、まとめて書きます

涙はいつも流してますが、今回は少し心の洗濯になりました。
自分に丁寧に言葉をかけてくれる、それが嬉しくて 本当にありがとうございます

食事はバランス良く食べないといけないですね、ダイエットするにも それが大事だとは分かっているのですが…これからはもっと ちゃんと意識します
経済的には障害年金を受給してるので、なんとかやっていけてます

自らの心に希望の火
簡単には火はおこせないですが、火がつきやすい環境を作ります。掃除をするとか 小綺麗に少しずつ

なむあみだぶ…よく聞くのですが
意味を知りません
勉強すれば解る時が来ますよね

ありがとうございます、ここに声を出して良かったです
すぐ忘れてしまうので 今は立ち止まる時期だったと思い
なんとか なんとか
前向きに 生きたいと…
少しでも前へ
きっかけをありがとうございました

また声を出しにきた時はよろしくお願いします

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