hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

人前で話すときのコツを教えてください

回答数回答 6
有り難し有り難し 422

法事などでお坊さんのお話を聞いているときにふと思ったのですが、お坊さんは、大勢の前で落ち着いてゆっくりと、しかも心に響くような語り口調というか、心に残るような話し方とかそうした感じで人前で話ができる人が多いような気がします。

緊張しているお坊さんや、早口で何を言っているかわからないお坊さんはあまり会った事がありません。実はお坊さんはプレゼンのプロで、人前で話をするテクニックやノウハウを独自に知っているではないかと考えています。修行のカリキュラムに人前で話すことなども訓練しているかなぁと。

是非、ビジネスで活かせるような、人前で話すときのコツやノウハウ、伝わる話術などがあれば教えていただきたいです。


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 6件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

回数・初心・開き直り

慣れです。
と言ってしまっては、元も子もないですね(笑)。

私は学生時代は人前で話すのは苦手でしたが、現在僧侶になって13年、人前で話すのは苦にならなくなりましたし、どちらかと言えば好きな方です。

とは言っても緊張しないわけではないですし、大舞台では頭が真っ白になります。
でも聞いていた人は「落ち着いて話していて、緊張しているように見えない」と言ってくれます。

妻が舞台女優をしていますが、何年経っても、何回舞台に上っても、緊張はなくならないと言っていました。
また以前テレビで俳優の市村正親さん(だったと記憶してます)の特集を見たのですが、あれだけの大俳優が舞台登場直前に「落ち着いて…ゆっくりと…」と自分に言い聞かせているのを見ました。どれだけ経験を積んでも、人前で話すのは緊張する事なんだと思います。

自分なりのコツは、過剰と思えるほどゆっくり話すこと(緊張すると大体早口になります)。
あと言葉が出てこなくても、堂々と思い出す。自分にとって長く感じても、実は2〜3秒です。
言うことを忘れたら「忘れちゃいました」と言ってアンチョコを見るぐらいで良いと思います。
あと、伝えたい大事なことは、何回も口にして下さい。繰り返すことで印象に強く残ると思います。

{{count}}
有り難し
おきもち


浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...
このお坊さんを応援する

私もいつまでなっても緊張します…

ただ、いつの頃かそれがあまり気にならないようになりました。
どうも、ある一つの行為に理由があるのではないかと最近思います。

それは、必ずお話をする前に10回のお念仏を声に出してお称えすること。

プロゴルファーはショットを打つときに“プレショットルーティーン”というものを行うそうです。
日本語に訳すと、打つ前の一連の行為という感じでしょうか。

例えばグローブを締め直したり、クラブを地面にトントンと付けてみたりするそうです。
それも、毎回打つときに必ず同じ動作を繰り返すそうです。

これは緊張やプレッシャーを抑え、いつものように打てるようにするための一連の行為です。

他にも、メジャーリーガーのイチロー選手も打席に入るといつもおなじみのポーズをしますが、このポーズもプレショットルーティーンと考えられます。

人は、普段と違う環境に置かれると緊張してしまいます。
ましてや、周りの期待が大きい場合など、そこにさらなるプレッシャーがのし掛かります。

どんなときでも「いつもと同じ」という精神状態になれば本来のパフォーマンスを発揮できます。

ですから、私がお話をする前にいつも必ずお念仏をお称えするのは、このプレショットルーティーンと同じ効果をもたらしているのかもしれません。

COMPLEXさんも、自分自身のプレショットルーティーンを持ってみてはいかがでしょうか?

いつもと同じ気持ちになれたら、緊張も軽くなるはずです。

{{count}}
有り難し
おきもち


hasunoha共同代表 浄土宗光琳寺 副住職 佛教大学で浄土学を...
このお坊さんを応援する

今でも緊張します・・・

COMPLEX 様
はじめまして。私の回答をさせていただきます。

私も職業柄、いろいろな場所での発言をさせていただくことが多いです。
正直いつも緊張しています。
先日ある有名な落語家さんに「いつも話をされる際に気をつけていることはないか」と尋ねました。すると、「慣れるな」ということでした。
慣れてしまうと人間の進歩はそこで終わってしまいます。
常にその緊張感がいいのでしょう。

ちなみに私がいつも気にしていることは
①姿勢②声③しぐさ④周りを見る
話の内容は3つのポイントにしぼりそこから内容を考えています。
ぜひ参考にしてください。合掌

{{count}}
有り難し
おきもち


鈴木光浄
「人の一生に寄り添うことのできるお寺」を目指しております。さまざまな御縁を...
このお坊さんを応援する

こんなお話をご存じでしょうか?σ(^_^;)

むかしむかし、あるところに、
はだかの王様ならぬ、はだしの王様がいたそうです。
はだしの王様は、いつも裸足なので石ころを踏んでは「痛タタタ!」大騒ぎ。
「よいか!ワシの行くところには、必ずジュータンをしくように!」と命令しました。
ところが、そんなことをしたらお金もかかるし、せっかくのジュータンも汚れてしまいます。
そこへ賢い大臣が王様に申し出ました。
「私に一枚だけジュータンをお与えください。世界中にジュータンを敷いてみせましょう」
「おう、そうか。一体どのようにするのか?」
「ははっ、失礼いたします。」
賢い大臣は王様の足にジュータンを巻きつけたのです。
「王様、これで世界中にジュータンを敷いたのと同じことになります」
話はここまで。
実はこのお話は、仏教とは何かについて説いています。
王様とは、あなたのこと。
足にジュータンを巻くとは、相手や世界を変えるのではなく、自分の心のあり方を変えなさいというお・話・で・し・た。
それでは自分の心を変える具体的なお話については…、また今度σ(^_^;)

いかがでしたでしょうか?(^O^)これで一分かかりません。
もっと聞いてみたいと思いませんか?
このような文章レベルでも伝えるべきことが伝わるのではないでしょうか?
これは弊師(師匠)の作ですが、私はこのお話が大好きでした。
知恵もありますし、子供にも通用するからです。

お話は“上手”であることは必要ありません。
相手に伝えたいことがはっきりしているかどうか。
それだけであると思います。

お話の目的は、お話を上手に魅せる、聴かせる、見せつけることが目的ではありません。
伝えること、これが最優先です。
何をお伝えしたいのか?
それさえ明確になれば、いらぬ言葉も語らず、ちゃんと伝わるのではないでしょうか?σ(^_^;)

「声もよし、話も良しとて高ぶるな、まごころ無きはヘタとこそ知れ」

{{count}}
有り難し
おきもち


丹下 覚元(たんげ かくげん)
今月の法話  自己を明らかにするために絶対に必要なこと 「非思量」 ...
このお坊さんを応援する

COMPLEX 様

僧侶が法事やお通夜・お葬儀、法話会などの際に人前でお話することは、いかにして仏法をお伝えできるかどうか、僧侶としての真価が問われてくるところとなり、非常に大切な場と心得ております。一期一会の大切な機会、一つの法戦場でもあり、拙生も井上広法師と同様にいつも緊張して取り組みます。

法事における作法、読経や回向など形式的なことは専門家である僧侶にお任せ頂くとしても、僧侶としての義務と言える「法話」はないがしろにできないところであり、お聞きになられる方々にも心してその内容、僧侶の度量・器量もお図り頂きまして、疑問や質問を投げかけられることをお薦め致します。それが僧侶にとっても成長の糧になるかと存じております。

人前でお話するのは、始めはたどたどしくても、浦上哲也師のおっしゃられるように場を重ねての「慣れ」と、あとは自分の理解としての言葉とすべく準備は欠かせないもので、修学・修練を積み、一人で何度もプレゼンしてみるなどして、限られた時間内で最低限お伝えすべきことを紙面にまとめて推敲し、それを丁寧に分かり易く、少しでも相手の印象に残って、仏法への次の「縁」をお持ち頂けるようにと拙生は心掛けております。もちろん、まだまだの未熟者であり、いつも反省致すこと多いですが・・

修行のカリキュラムに人前で話すことなどの訓練は特にありませんでした。禅宗で「公案」という老師との禅問答はありましたが・・人前で話すのとは全く異なる空間でしたし・・拙生は、学生時代に政治に興味があり、マイクを握っての街頭演説を数百回していたことも人前で話すための良い経験であったかなとは振り返りますが・・

ビジネスで活かせるような、コツやノウハウ、伝わる話術・・やはり、自分より上手な人のやり方を良く観察して、参考となる教えを頂いたりしながら、修練し、できるだけ自分の言葉として伝えたいことを伝えられるように、時には興味の引きつけに様々なツールを用いて他と差をつけるための趣向を凝らすことも必要かと存じております。

COMPLEX様のビジネスのご成功を祈念申し上げます。

合掌

{{count}}
有り難し
おきもち


一生懸命に話す

ビジネスに活かす、とありましたので敢えて書かせていただくと「緊張しない」より「緊張しながら話す」方が良いのではないでしょうか。私個人は、立て板に水のセールスマンより、訥弁でも一生懸命に伝えようと努力していることが伝わってくるような方のほうが信用できるのです。

また、人前で話すコツは「相手をかけがえのない一人の人間」と思って話をすることではないでしょうか。「聴衆をカボチャと思って…」などはあってはならないことだと思います。汗をかいて顔を真っ赤にしながら一生懸命に話す人を蔑んだり呆れたりする人がもしいたら、それは話す人の一生懸命さがまだまだ足りないか、聴いている側の問題ではないかと。

特殊な例ですが、遺族の会葬御礼の挨拶などで、型にはまった挨拶を流暢に話すより、詰まりながらも一生懸命に自分の言葉でお礼を言う方のほうが、私は心に沁みます。

{{count}}
有り難し
おきもち


住職のかたわら、大道芸人PRINCOちゃんとして幼稚園保育園など各種施設、...
このお坊さんを応援する

質問者からのお礼

様々なご視点からのご回答ありがとうございます。

ご回答から、緊張しないということはなく、むしろ緊張を自分のものにするという考え方のほうが、なるほど楽になりそうだと感じます。

また、繰り返し、堂々とした声や周りを見る事、意識してゆっくりと話すことというのはすぐ取り入れられそうです。

緊張しない、緊張しないというよりは、緊張を上手にコントロールするということが大事だなと思いました。

「話が下手・苦手・話し方・聞き方」問答一覧

論理的な話が出来ない人について

久方ぶりの質問になります。 私は観光地で仕事をしているのですが、行政や弁護士を通さず、お客様の接客中に私たちの仕事にやっかみをしてくる方がいるのです。 その方は、大昔から有名なホームレスらしく、観光客に声をかけては、連れ回し、最後にはお茶代やチップと称してお金を巻き上げます。 何度も通報しているのですが、警察が来ると大人しくなり、違法行為を摘発できません。 また、その他にも、女性の観光客に声をかけ、最初は「写真を撮ってあげる」と近づき、「写真撮ってあげたんだから、一緒に撮ろう」と断りづらい環境を作って、下心丸出しで活動してる良い歳をした男性がたくさんいます。 私のお客様に対しても同じことをしていたので、注意をしたのですが、逆上。 「お前らが悪い!」と、仰るので、刑法、民法、行政に報告するなら行政法に乗っ取って話をしてと、返答するのですが、当然、論理的にこちらが悪いわけではないので、込み入った話になると話をそらして全く関係のないことでこちらを非難してきます。 「俺の昔の祖先は偉かったんだ、なんだその態度は!」 「警察には捕まらなかった文句を言われる筋合いはない。」 「若いくせに生意気だ。」 頭の中では、相手にするだけ無駄と考えているのですが、私自身白黒つけたがる思考と、躁鬱の治療中でして、中々怒りや悔しさを我慢できません。 筋トレ、瞑想、禁欲、読書、様々なことを実践し、心を落ち着けようとしているのですが、悲しいことや腹立たしいことを何度も反芻思考してしまい、延々とモヤモヤしています。 また、明日も仕事で、よく分からない人たちの相手をするのかと思うと、とても億劫です。 ただ、他人を変えることは出来ないと知っているので、こちらが相手を気にしないように変わりたいです。 筋トレ、禁欲、瞑想、読書、あと病院での躁鬱の治療以外で何か反芻思考や、他者とのしがらみを無視する良い方法はないでしょうか? 仕事に誇りをもってやっているので、本当に悔しいですし、動いてくれない行政にもイライラします。 瞑想は主に、般若心経を効きながらあぐらをかいて、その時の心の動きを観察しています。 一期一会とは言いますが、嫌な縁もあるんですね。 具体的でなくても良いので、アドバイスをいただけると、それだけで心が楽になります。 よろしくお願いいたします。

有り難し有り難し 29
回答数回答 2

言いたい事が言えない

何度も質問させて頂いており大変申し訳ございません。苦しみから抜け出せず、悪い方へばかり思考が傾き、現実もその通りに進んでしまってます。陰口から自信が持てなくなってしまったので、気にせず堂々と、としていられずただ自分の殻に閉じこもっています。 私は人の愚痴や悩みを聞くことはあっても、私自身は人に悩みの相談すら出来ません。以前、相談した相手から避けられるようになってしまったので、大事な人を失うのが怖くて人を頼れません。身近な家族は別ですが、他人を信じきることが出来ず、言いたい事を人に伝えられず、誤解も解けず、ただ陰で言われているであろう誹謗中傷に耐え続けています。何か言えば揚げ足を取られてしまうことも心配してしまい、人と何を話したらいいのか分かりません。 親が仏教を信仰しており、相談すれば「自分の気の持ち方次第」と、心の有り様を問われるばかりです。こちらでも沢山相談に乗って頂き、仏様の教えは私の心を平穏にしてくれる瞬間も勿論ありますが、言われるがままでは悔しい、寂しい、家族を守るためにも強くならないと、と現実における打開策を考えなくては、と思い、再び苦しくなります。 仏教とは、執着を捨て心を軽くしてくれますが、現実には、感謝を受け止めてくれず、攻撃的な反応を示してきたり、人のポジティブな発想を否定する人も多いので、自分や家族を守るためにも反論しなくていいのか?と悩んでおります。助けてください、苦しいです。

有り難し有り難し 7
回答数回答 1

悲しむ方へ掛ける言葉を教えてください。

僧侶の皆様お世話になります。いつも感謝しております。 私の職業は占い師です。 占いが仏教の主義に反するものであることは重々承知の上ですが、修行を積み重ねられた僧侶の皆様のご意見をどうしても頂戴したく記しております。 私の仕事の形式は対面占い(お客様と1対1で会う)ではございません。 その為ご依頼くださったお客様には「ありがとうございました」と後日メールを送ることになっております。 そのメールなのですが、本当に苦しみの只中におられる方に対してどう書けばいいのか悩んでおります。 人は誰しも苦しみや悩みを抱えています。ですが、それがあまりにも大き過ぎて「消えたい」気持ちにまで追い詰められている方には何をお伝えすればいいか…私が書いたものが余計にお客様を傷付けないかと思うと不安な気持ちになります。 こちらが言葉を選んでも、それでお客様が元気を出すとは限りません。 人に本当に勇気や希望を与えられるのは神様や仏様だけだとは常日頃思ってはおります。 しかし私は仕事柄、いかにお客様に希望を持って頂くかを考えなくてはなりません。 どのように言葉を選んだら良いのでしょうか? 失礼な質問になり本当に申し訳ございませんが、回答をお願い申し上げます。漠然とした質問をお許しください。

有り難し有り難し 44
回答数回答 3

適切な注意の仕方とは

閲覧ありがとうございます。 いつも皆様の回答に支えてもらっています。 急なお話となりますが、私は昔から色んな人の言葉を聞いて、 「なんでもっと優しい言い方ができないんだろう?」「そこまで言わなきゃダメかな?」と思うことがよくありました。 ふとした注意とか叱る時とかに、嫌味っぽく言う人や怒鳴る人の気持ちがどうしても分からなくて、 自分が怒られていなくても不快になったり、辛い気持ちになったりします。 もちろん自分が叱られた時も、冷静に叱ってくれるならこちらも冷静に捉えられるのですが、 急に怒鳴られたり、(叱る内容には関係ないと感じる)もはや人格否定のような言葉をかけられると、辛くて怖くて固まって動けなくなってしまいます。 また、何度も同じミスをしているとか、優しく何度も注意するだけでは分かってくれないから、とかならまだ分かるのですが、 一回、普段優等生で忘れ物の一つもしなかった子が、一度だけ忘れ物をした時に、怒鳴られて泣いているのを見て、これは少し違うんじゃないかなぁと思いました。 私自身もこれまでの人生で、「なんでこんなに(理不尽に)怒られているの?」と思うことが何度かあって、 でも叱られたことを(変なプライドからか)周りに話さなくて、もやもやとしたままでした。 乱文かつ前置きが長くて申し訳ないです。 皆さんは、叱ったり、注意をする時にどういう言い方をしていますか? また、少しでも自分に非があった場合、怒鳴られたり、人格否定に感じる言葉を使われても仕方がないのでしょうか? 私は少なくとも怒鳴ったり、その人の人格を否定するような言い方は好きではないのですが、適切な注意の仕方・叱り方というのも、考え出すと難しいなぁと思いました。 よければ皆さんのご意見やアドバイスをいただけるととても嬉しいです。

有り難し有り難し 9
回答数回答 1

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る

仏教駆け込み寺 自殺防止・DV・虐待・鬱 相談窓口のご案内
hasunoha YouTubeリスト 回答層YouTuberのまとめ

関連コンテンツ

娑婆のニュース
仏教を知る ブッダの言葉
そらノート

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

縁切り供養寺大法寺