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自分に合う仏教の宗派

 生きていく指針を探しているうちに仏教が合うのではないかと思うようになりました。

 大学がキリスト教という事もあり、キリスト教の宗派だけでなく、イスラム教や神道も調べてみましたが、自分の考え方とは異なる印象があります。

 キリスト教の一宗派であるプロテスタントの勤勉さやキリスト教全体が持つ他者との共存や無償の奉仕には同意するのですが、自然に対して人間優位的な部分も見られるので、研究対象にはできるのですが、生きていく指針として合いません。

 そういった経路もあり、仏教に重きを置くようになりました。そこで、仏教の宗派を調べています。私が持つそれぞれの宗派についてですが、法相宗の色々な修行がある事には同意するのですが、『この世の物は自分が作り出したものである』という暴力的な印象を受け、日蓮宗や密教、浄土真宗、浄土宗はただ念仏を唱えているだけ、そして禅系は座っているだけという印象を持っています。

 私自身は、自分の心身を持って他者に貢献しながらも、修行をする事で悟りは開けるものだと考えています。また寺などのいわゆる(適切ではないですが)宗教施設にいるのではなく、浮世に属しながら伝えていくのが伝道だと考えており生き方にしたいです。

 伝えられていないとは思いますが、教えを下さい。

有り難し 124
回答 6

質問投稿日: 2015年11月23日 14:03

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

自分の解釈フィルターを通して見る癖が感じられますね。

法相宗の『この世の物は自分が作り出したものである』という暴力的な印象を受ける、とありますが、ハッキリ言っちゃ悪いですが、アナタの解釈が暴力的であると思いますだ。_(._. )_
別に神様が作った、みたく「自分が作り出した」ということを言っている訳ではありません。
「見えている、聞こえている、感じていることが、自分の身の上に❝法の相❞(物事の表れ)として、現われている、作り出されている」=妄想も、感情も、苦しみも、あなたの勘違い解釈もみな自分が作り出している(唯心造)という意味合いです。
落ち着いて、まず、そこを自覚なさってください、ナ。(^<^)
怒ってもいましぇん。責めてもいまちぇん。
あなたも私も含めた9割の人が、皆そうやって
【仏教に対して自分のイメージでくってかかる】という事をしているから、本当の仏教えに出逢えないのです。出会う前にあなたの中で仏教が「思想化」されてしまったからなのです。
別に日蓮宗や密教、浄土真宗、浄土宗はただ念仏を唱えているだけはないでしょう。
生活密着取材してみましたか?
「そして禅系は座っているだけという印象を持っています。」?
私なんか一週間に10分くらいです。活きた生活の中の坐禅をしています。
そういう座禅は坐禅じゃありません。
アホみたいにお座りコイて隠遁しているわけでもありません。
それも全部あなたのイメージ、唯心造、ですな。
何を観てきて、そういうイメージができていったのでしょう? 
まさしく自分が生み出したのでしょう。←そういうのを迷いというのです。
迷いや思想の起こりを自分で知らない内から、世間に何の救いをもたらそうというのでしょう?人を惑わせるだけです。
悟りを得ないならば何を伝道するのですか?
悟りを得る前から何を伝道するのでしょうか?
それはわたしにはワカランです。
まず、物事を正しく、受け止める、自分の主観
を交えずに見るという事があなたの一番なすべきことでしょう。
(丹下は見込みのありそうな人には厳しいです)
まずは、そこを治さなかったならば何を学ぶにしても、主観、私的解釈なのです。

2年8ヶ月前

「智慧と福徳」の二資糧

しょうき様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

以前にも似たようなご質問がございましたので、そちらから編集して引用させて頂きますので、少しくご参照下さいませ。

仏説は八万四千の法門と言われますように、多くの教えがございます。どうしてそんなに多くの教えが説かれたのかと申しますと、釈尊は、相手の機根(悟りへと向かうための能力・資質)に応じて、巧みに悟りへと導くために説かれた(善巧方便)からでございます。

簡単には、一人一人それぞれに対して説かれた、または八万四千の煩悩の一つ一つの対処法を説かれたと考えることもできるでしょう。まあ、それらの教えのある程度の公約数が、各宗派的なものとしてまとまっていると考えることもできますが、ではいったいどの教えが自分に合うのかと申しますと、やはり、ある程度それぞれあたりを付けていく必要があるのではないかと存じます。

かといって、全ての仏典や論書等を読むには膨大な時間と労力がかかってしまいますから、とにかく仏教思想の全体を概観できるような入門書、参考書からまずは学ばれていかれると良いのではないだろうかと存じます。

そして、やがて本格的に学び修していきたいものに出逢えましたら、その師を求められて、そして指導を仰ぐようになさられると良いのではないかと存じます。

在家のままでも授戒を受けるなどして正式な仏弟子となって、仏道を歩むこともできるかと存じます。僧侶になるのであれば、ある程度専門的なところでの修行は必要となりますが、そうでなければ、在家のままでも修行できないことはありませんので、その点はどうかご安心下さいませ。

とにかく、在家であろうが出家であろうが、仏道を歩む上で大切となるのが「菩提心」(全てのものたちを救うための悟りを求めたいとする心)でございます。まずは、しっかりと「菩提心」を起こして、そして、悟りへと向けての「智慧(空の理解)と福徳(方便・功徳の実践)」の二資糧を確かに積んでいくことが必要となって参ります。

また、無理に出家の修行の形式にこだわる必要もありません。日常の行住坐臥の中でも、心身共に無理のない範囲でバランス良く(中道)に進めることが大切となります。

頑張って共に仏道の歩みに励んで参りましょう。

川口英俊 合掌

2年8ヶ月前

宗派ごとの違いも大きいですが、先生の違いも大きいです。

実際にいろいろなお寺の法座に参られてはいかがでしょうか?

師事できそうな先生に出遇えれば、

その宗派があなたに合う宗派なのでしょう。

2年8ヶ月前

それで良いとおもいます

佛教は、学問では、無いと、思っております。

もちろん、僧侶は、生き方であり、職業ではありません。

宗派も、しかり

自然法爾と言う言葉がある様に。

あなたの、捉え方での佛教で良いとおもいます。

お念仏も、お題目も 決して、ただ唱えているだけではありません。

佛様とは、解き解いて下さる方。

頭よりも、受け止めてみるとまた、違ってみえたりしますよ。。。

2年8ヶ月前
回答僧

願誉浄史

テーラワーダ仏教も

日本の宗派の他に、テーラワーダ仏教(上座部仏教)もおもしろいです。
たとえば、日本テーラワーダ仏教協会のホームページを見てみてください。
そのサイトでは日本の宗派のことは厳しく批判していますが、それは置いといて、仏教の基礎的な知識(あらゆる宗派の基盤)を理解するうえで役立ちます。
私の所属は浄土宗ですが。
昔のお坊さんは、基礎仏教の知識を徹底的に学び、実践したうえで、宗派の教えにたどりついたのです。
四諦八正道や、戒・サマタ冥想・ヴィパッサナー冥想という三つの修行(三学)は、宗派によって違うとはいえ、仏道には必ずあります。

2年8ヶ月前
回答僧

立正寺

常在

慌てなくても

20年そこらしか生きていない君に何も言うことはありません。
今以上に、夜のため人の為に働いてください。感謝される人になってください。
仏教はそれからでも遅くないですから。

2年8ヶ月前

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