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死にたくなります

回答数回答 3
有り難し有り難し 26

先に相談しました者です。

婚活がうまくいかないため不安がつのる日々です。
たぶん、ノイローゼか鬱の状態と思います。

まだ始めたばかりなら仕方ないとわかりますが10年近くしてきてここまで私は駄目なのかと落ち込みます。

知り合いに紹介してもらった相談所を考えました。個人経営の小さな事務所ですが面倒見が良いと評判なようです。しかしながら今ままで加入した相談所系列のためまた同じような会員があつまっているのだろうと思うと悩みます。

まったく別の大手相談所を考えていますがまたうまくいかなかったらと考えるとお金もないので戸惑います。

しんだほうが楽なのかなと頭のなかに常にうかびます。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

波をおこす

10年を振り返り自分の気持ちと環境との関係を観察してみます。
結婚への意識が高まったり小さくなったりしませんでしたか。それに伴い紹介の話があったり無かったりしませんでしたか。
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人生の波は自分でおこすことができます。
やることが裏目に出る人はその逆をして好機を誘い一気に掴み取ることもできます。
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今みじめな自分を悲観して死を選ぶのも良いですが、若さしか魅力がない20、30代を過ぎ、人としての円熟期を迎え黙っていても色艶が溢れるこの年齢を利用する手はないです。
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暗い雰囲気や生真面目さはかえって幽かな憂いとなり色香を発します。清潔感さえ気をつけていれば勝機はあります。
40、50代ほど人間的魅力の充実した年齢はないのです。
さあ、これからが楽しみです!

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有り難し
おきもち

「平等」という嘘を信じるな。 仏はこの世が不平等であり辛苦から絶対に逃れることの出来ない世界であるという。絶対に逃れることが出来ないにも関わらず、「平等」によって或いは「楽」によって人間が救われるというのは矛盾である。 不平等で辛苦極まりないこの世をあきらめ死後に救いを求めるのも人間否定そのものでお話にならない。 平等というのは自分が助かりたいという思いから生まれた自己優先の魔界の教えである。仏教はそうではない。 人を助けることを優先にすれば自分も救われるという考えだ。 人のために活きることで不平等が不平等でなくなり、辛苦が辛苦とも感じなくなるのである。 世のため人のために働いてみる。 「有り難う」 その言葉で、人はそれまでの苦労が苦でなくなるのである。 これが仏教の真の教えである。 生温い癒やしなどまったく意味がない。 積極的に人生を切り開くための教えに耳を傾けるべきである。 お寺やこのようなサイトの利用は一回にとどめなければならない。何度も相談するということは、まったく良くない傾向である。 お坊さんから聴く「仏の教え」によって生きる力を得て、二度とお寺に相談する必要がない幸せな人生を手に入れて欲しい。 本来ならば実際にお寺に足を運び相談すべきである。ここでご縁のあったお寺さんに必ず足を運ぶべき。それが億劫ならばその程度の悩みだということ。本当に切羽詰まっている人は必ずお寺に足を運ぶ。 その観点からご自身の悩みがどの程度のものなのかを推し量ってみることも有効であろう。 それと仏の教えが必要のない質問は無視する。なんでも応えてくれると思ったら大間違いだ。

相談所以外にも場を求めてみませんか?

そういうテレビ番組とか、お寺での婚活とか、
そういう目的ではない勉強会やサークルとか、
多くの人と出会える場に積極的に出かけてみてからでも、
しぬのは遅くありません。

今までは、
たまたまそういう相手に巡り合わなかっただけ。
そう信じてください。

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有り難し
おきもち

 浄土真宗(大谷派)/広島県広島市/17世住職。  1967年京都市生まれ。山形大学理学部卒業後、証券会社で勤務。30歳で脱サラし、親戚筋の超覚寺に入寺、45歳で住職継職。  遺族の分かち合いやお悩み相談などグリーフサポート活動を続け、お寺の掲示板による法語伝道にも尽力している。カープ坊主の会会員。
こちらに法事が入っていなければ、ご希望の日時に相談させていただきます。 想いを吐き出しても、あなたの環境は変わりませんが、あなたの気持ちは変わっていきます。 どうぞ安心してお話しください。

人生の目的

まさこ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

人生の目的は、「結婚」ではなく、「幸せ」であって、「幸せ」のためには何をなすべきであるのか、ということを考えることが大切となります。

「結婚」=「幸せ」ではなく、「幸せ」というもの、もちろん「不幸せ」も、様々な因縁(原因と条件)によりて成り立っているものであり、また、因縁次第おいて変化していくものとなります。

要は、「結婚」ということも、「幸せ」の因縁になることもあれば、当然に「不幸せ」の因縁になる場合もあるということにて、あまり「結婚」ということを「ゴール」とは考えずに、どうすれば、幸せとなれる結婚ができるかを、しっかりと見極めていくことも大切となりますし、「結婚」が幸せの要因であるのだ、として強くあまり思われ過ぎるのも良くないこととなります。

この機会に、ご自身にとっての「幸せ」とは何か、ということを今一度、見直されてみられつつに、出逢いもご縁なるものにて、どのように良きご縁へと向けて調えるべきを調えていくべきか、ということもお考えになられて、是非、良き出逢いへと向けて再出発なさられて下さいませ。

善き動機(原因)と善き行動(条件)がしっかりと調えば、きっと結果(幸せ)を出すことができるでしょう。

そんなに悲観なさられず、まずは、良き因縁へと向けて、無理は禁物ですが、前向きに、できることから一つ一つ調えて参りましょう。

まさこ様のお幸せを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

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有り難し
おきもち

最新の仏教論考はこちらでご覧頂くことができますが、公開、非公開は随時に判断しています。 https://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k

質問者からのお礼

ご回答ありがとうございます。

騙されたり、私の気持ちを利用して都合よく使われたりの連続のため不安感が強いです。

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ