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仏教を

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おはようございます。仏教について 考えていました。
お釈迦様の教えが根本であり 原点でございますね

教え通り 生きたら人じゃなくなる気がします。
人間で生まれた以上 人として人らしく生きることが
素晴らしいとも思うのは

よく 言われるのは タオルはタオルとして使われるのが幸せである とも言いますよね

仏教の教えは 人でなくなり 仏様のようにいきる
事ですよね

仏教の教えを 根本として
自分達が 幸せに 生きる知恵となればいいとは思うんですが 煩悩を断ち 執着を無くしとは
人じゃないよな、、、と思ってしまいます。
お坊様方は お釈迦様や空海様と同じ土俵におられますが お坊様として生きるいじょう 仏様を
目指されるのでしょうか?


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

真の人間

おはようございます。仏教について考えておられたのですね。素晴らしいですね。
思索を深めるとともに、経典や解説や資料に触れる学びも深めて参りましょう。

>教え通り 生きたら人じゃなくなる気がします。
人間で生まれた以上 人として人らしく生きることが
素晴らしいとも思う

>仏教の教えは 人でなくなり 仏様のようにいきる
事ですよね

この問いは「仏様とは何か」という学びを深めることで解決されることと思います。

「仏様」になるということはロボット人間のようになることではありません。

最初に「仏様」になったお釈迦様は人間です。そのエピソードはたしかに人間離れしたものもありますが、人間であることを捨てられたものではないことは、大般涅槃経というお釈迦様最後の旅が説かれた経典において人間としての生理的苦痛を訴えておられることにも印象的です。

もうすこし別の面から見ますと、仏教で説かれる「慈悲」の問題があります。「慈悲」は「やさしさ」や「思いやり」のようなイメージがあるかもしれませんが、単純にそいうものではなく「真理を伝える手立て」です。ですから普通の人間の「優しさ」や「思いやり」では徹底できない「真の優しさ」がそこにはあるのです。それは私たち普通の人間にとっては時に冷たく時に厳しく見えることもあるかもしれませんけどね。

つまり、誤解を恐れずに表現すると「仏様になる」とは「真の人間になる」とも言えるかもしれません。

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はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生...
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「佛」

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

確かに「佛」とは「人にあらず」という文字となります。「弗」は否定辞。

まだまだお釈迦様やお大師様と同じ土俵にはとても立てない存在でございますが、仏道を歩むのは、悟り・涅槃へと至るためであります。

むしろ、お釈迦様や偉大な先師の皆さまは、高い境地から、わざわざ私たち凡夫が理解できるようにと、慈悲の御心から同じ土俵に立って下さって、衆生の救済にあたられておられた(る)のであります。

そんなお釈迦様や尊師の皆さまと同じように、いずれ私たちも迷い苦しみにある者たち全てを救済できるようにとして悟り・涅槃を目指している次第であります。

では、人間のままで仏になることはできないのか、となれば、そんなことはなく、即身成仏もあり得るにはあります。

また、何より、仏になれる可能性、仏を目指せる余裕も「人」は有しているのであります。

人を迷い苦しみの輪廻に緊縛するものは、無明(根本的な無知)と煩悩による悪い行いとなります。

でも、仏教により、無明と煩悩を打ち破り、善き行いを積められるのも人であればこそのところもございます。

仏となれる可能性を有している人としての生を是非、しっかりと活かして参りたいものであります。

川口英俊 合掌

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Eishun Kawaguchi
最新の仏教論考はこちらでご覧頂くことができますが、公開、非公開は随時に判断...
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仏教とは

「人として人らしく生きることが 素晴らしいとも思う」とのこと。
そこに人が苦しむ原因があります。^_^
人として、という言葉の中に人間が考えた「人はこうありたい」「人はこうあるべき」といった、色眼鏡が存在していませんか。

お釈迦様のされたことは、こうした色眼鏡を外すこと。タオルはタオルでしかない。使われて喜ぶかどうかは人の考えの上での作り事です。人は人でありつつ、この体を借りて存在している命の働きです。

自我の方をジブンと思っているから、思いばかりを握りしめてしまうのです。より人として本来の姿に戻ることで、肩の力が抜け楽に生きられるのです。
自我はない方が楽でしょ。

追記
質問がさらにありましたので
自我をなくすのではなく、自我は本来ないのに、色眼鏡という形で後から付け足してしまっているのです。人情がなくなるのでは?と思っているのは、人の考えの上の話。実際は無くならないでしょ。安心してください。余計な我欲自我の働きの方に目を向けないことで、人間本来の姿に戻れるということです。今、あなたの体のあるここに、目を向け事実に参じることが救いの道です。思えるという働きはあっても、握らなくなる。それが楽になれる道なのです。

こんなことしたら人にこんなこと思われるかも、あの人こんなことしていてきっと極悪人に違いない。などといった思いの働きは全て考えに過ぎず、妄想といえます。色眼鏡とはこうした事実の後に発生した思い考えのことです。

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おきもち

禅宗 曹洞宗 僧侶。神奈川県西部円通寺副住職。 悩みを吐き出す事で、ちょ...
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質問者からのお礼

邦元様おはようございます。ご回答いただき有難うございます。
(^人^)理解力が無く ご回答で色々考えておりますが 人っていうのはどういう 十人十色という言葉が
有りますが 、特に今の時代は個性がある方が沢山いますよね。だから ゴタゴタもありますが その分 色々な
利点もあります。人で成り立っている この世、、、

自我をなくすとは 人情もないという事ですか?
日本人は特に人情深い方が沢山いるからこそ 日本らしい気もしますが、、、
頂いてる言葉を理解してませんね すいません。
邦元様がいう 色眼鏡とは?

吉武様お久しぶりです。おはようございます
お時間頂きご回答有難うございます。
他人を思いやる心を優先するという生き方という事でしょうか?たまに私トンチンカンな事言うので、、笑笑すいません。(^.^)ご愛嬌と思ってお許しくださいね。ウフ 仏教って深みにはまってしまっていくことがありますが 苦を無くすだけではなく幸せに 安らかに怒る心を持たない 教え を広めてほしいなと思います。広がってたりして、、すいません

邦元様度々有難うございます。私にわかりやすいように 書いてくださって(o^^o)
ものの見方と言う事で そのまんまでした。定着された
性格により 自分がくるしいのは確かです。私の場合
時間により動くくせがあり この時期にはこうしていたい 早出はいいけど残業が嫌だとか 変な事にこだわるから 苦しむ時はあります。だって私 工場なのに残業が嫌なんです。だから 辞めたくなるのは確かです。
子供を養う責任があるのは わかってますが だから自分で 自分を苦しませているんですよね。 手足の毛が生えてるのが嫌だとか 自分が一番自分を知っているので つい 自分を甘やかすんです。でも やはり身体って 疲れたら休みたいと 思いますよね。。。
自分勝手 さが人の魔であるとも思う。

自我をなくすとは 自分より他人を優先するという事?
自分が苦しいと思って悲観していたら 他人はもっと苦しみを抱えて生きているかもしれない 。自分が一番苦しいんだ 辛いんだ という事を無くし なさいと言うのが 自我と言う事でいいのかしら笑笑 遠回りしてたりして、、、

川口様ご回答有難うございます。
充分 現在救済されて おられる身であると思います。
形は違えども 心は同じと思いますよ
お釈迦様も 人で生まれたからこそ 今の仏教が出来上がったのだと思います。苦を経験したから こそ だと思います。川口様も お坊様として上には上を目指されて
素晴らしいお寺を 全国あちこちに 建て仏教の教えを
広めてください
期待しております(o^^o)

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YouTubeのオススメに「良い人・優しい人が損する理由はこれです」みたいな動画があったので、とりあえず観てみました。その動画には「ブッダの教え」というサブタイトルが付けられていました。 優しさと思いやりが、いいように利用され苦しむ主人公の話でした。 その後、主人公が見つけた答えは、 ①「自己尊重と他者への尊重のバランス(自分自身と他人の間に健全な境界線を引く)」 ②「自分の気持ちや考えを尊重してもらえない関係は健康的ではないと理解しそのような関係とは距離を置く」 ③「支援や協力が真に価値を持つ場合にのみそれらを提供するようにする」 というものでした。 私にはとても良い話に感じましたが「我を無くす」から遠のいてるようにも見えて、この話をどこまで鵜呑みにしていいのか迷っています。 「ブッダの教え」とありますが、この動画に出てくる登場人物名や逸話をネットで検索してもそれらしいソースが見つかりませんでした。 (生きにくさを抱えた現代人向けの創作?) ここでお坊様方にお聞きしたいのは①②③は仏教的に見て、実行しても大丈夫な内容でしょうか。 またお坊様方の考えなどもお聞かせ頂けたらと思います。 よろしくお願いします。 補足です。 私は優しさ・善良さとは程遠い人間ですが、周りではよく聞く話だったので、このテーマに関心がありました。

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