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死について考えるとパニックになります

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死ぬことがとても怖いです。
死んだ後、こうやって今文字を打ってる、自分という存在はどうなるのかと考えると、怖くて仕方ありません。

死は逃れられないのだから、どうにか死を受け入れられるように、死というものに悲しいイメージを抱かないようにと、お釈迦さまの考えや、聖書など様々なものを読みました。

ですが、いざ死について考えた時、魂という存在や天国、地獄など、それらのものが無かったら?と考えてしまいます。
最近はニュースなどで殺人や自殺など誰かが亡くなってしまう内容を見ると、死は突然訪れるのだと強く感じ、とても苦しく、死にたくないと叫び泣いてしまいます。

こういう話を周りに相談すると、後悔の無いように生きることを全うする、考えても仕方ないのだから考えないようにするなどアドバイスをいただきます。
ですが、後悔の無いように生きても、私は死にたくないんです。死ぬ前に生きてて楽しかったな、なんて思える気がしません。
不老不死でいいのかと言われたら、それで構いません。私という存在が無くなることの方が怖いです。

死からは逃れられないという気持ちと、死ぬことが怖いと思う気持ちどちらも交互に出てきて、また教えやアドバイスを受けても、実際はどうなのか分からないじゃないかと考え受け入れることが出来ない、そんな自分はどうすればいいでしょうか。

まとまりのない文章となり申し訳ございません。お願いします、助けてください。

2019年4月5日 10:48

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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

相手の言動を受け入れてみる心の余裕を持ちましょう。

質問読ませていただきました。

見えないモノ、知らないモノ、想像できないモノ、このような自分の考えが及ばないモノは誰しも怖いものです。
なぜなら、目隠しをして何の助けも無く歩くようなものですから。

さて、死についてどう考えるか、どのように理解するかは色んな考えがあると思いますが、お釈迦様の考えも少し勉強されたようですし、他にも色んな方から助言をいただいたと思いますので、私は少し別の観点からお話しさせていただきます。

それは、「人の意見を受け入れる心の余裕を持つ」ということです。
「死」についてに限らず、人は色んな事で悩みます。自力でその悩みから抜け出せるのであればそれに越したことはありませんが、どうしても自力で抜け出せないときは、他の助けを借りることも必要になってきます。
それは物理的な助けだったり、助言だったり、色んな形で助けを受ける可能性があるでしょう。

しかしどんな助けであっても、それを受け入れる気持ちが自分になければ助けとはなりません。
物理的な助けであっても「余計なことしやがって!」と思うのであれば、それは自分にとっては迷惑以外の何物でもないでしょう。
助言を受けたとしても「信じられない、あなたの言うことは違う、私の考えの方が正しいんだ」と突っぱねるなら、どんな助言を受けたところで何の助けにもなりません。

もちろん、相手の助けを無条件に受け入れろということではありません。しかし、何かを受け入れて、自分の行動や思考を変える事をしなければ、その悩みは永久に解消されることはないということです。なぜなら、自力で悩みを解消できないから、周りに助けを求めるのですから。

今回の吉野さんの件に当てはめるなら、どんな助言や考えを聞いても「実際はどうなのか分からないじゃないか」という自分の考えを絶対に曲げないというスタンスを貫くなら、誰からどんな助言を聞いたところで、今の苦しみや恐怖から抜け出すことは不可能でしょう。
自分の考えはさておき、他人の助言をまず心に受け入れて、そこから色んな考え方をするように、思考を柔軟にして下さい。
そうすれば、今までとは違う考えが生まれ、違う景色を見ることが出来るでしょう。

仏教でも、「自分こそが正しい」という根拠のない慢心には気をつけなさい、ということが説かれています。

何か少しでも参考にしてみて下さいね。

2019年4月5日 11:31
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有り難し
おきもち

京都府・大阪府・奈良県の県境に当たる、京都府京田辺市の自然に囲まれたお寺で...

誰にも分からないことですから恐いのは当然だと思います。
ところで、あなたをこの世に導いたのは誰でしょうか?
それは父と母ですよね。
では父と母は誰に導かれたのでしょうか?
祖父と祖母ですよね。
では祖父と祖母は誰に導かれたのでしょうか?
曽祖父と曽祖母ですよね。
では曽祖父と曽祖母は・・・
つまり、あなたはたくさんのご先祖様に導かれてこの世に生まれてきたのですね。
これはあなたが死んだ後も同じです。
死んでも寂しくも無いし、苦しくも無いし、悲しくもありません。
だって、死んだ後もたくさんのご先祖様があなたを導いてくれるのですから。
死んだ後も「こっちに生まれておいで」、「ここではこのようにして生きなさい」とあなたの側で教え見守ってくれるのですから。
ですから安心してくださいね。
パニックになった時は、お仏壇の前で手を合わせて「もしもの時は私を導いてください」「もしもの時は側にいてください」とご先祖様にお願いしましょうね。お仏壇が無いなら目閉じてご先祖様達を思い浮かべながら手を合わせてくださいね。

2019年4月5日 11:11
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有り難し
おきもち

私は浄土宗の坊さんをしています。 なかなか良い回答はできませんが、少しで...

今を生きましょう

死ぬのが怖い、考えるとパニックになるというのは、自然な感情です。私も怖い、吉野さんも怖い、周りの人も恐いと思っています。だから、怖いと思うことに、悩む必要はございません。

死にたくないのも同じです。私も死にたくない、吉野さんも死にたくない、周りの人も死にたくない。自死(自殺)する人は?と思われるかもしれませんが、生きるのが辛いということで、できれば死にたくないと思っている方がほとんどだと思います。

なんで、死にたくないのか。それは「生きていたいから」。既に、お友だちからも言われたかと思いますが、「生きていたい」をもっと大切にされてください。毎日を充実させても一生、わーわーと不平不満を言っても一生、泣いても一生、笑っても一生です。お釈迦さまは、死後の世界を考える暇があったら、今、修行に励めとおっしゃいました。私もそう思います。

死ぬのが怖いと思いつつ、じゃあ、自分はどうしようか?と次の段階へ進みませんか。

2019年4月5日 22:09
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おきもち

住職のかたわら、大道芸人PRINCOちゃんとして幼稚園保育園など各種施設、...

「死ぬのが怖い」問答一覧

死への恐怖

母は私が幼いころに癌を患い、その後治療を続けていたものの半年ほど前に再発しました。今すぐに命に関わるという病状ではないのですが、身近な人間の死に関わりうる病気を通して死というものを考えることが増え、もうどうしていいかわかりません。 私と母とは30ほど歳が離れています。つまり、一般的な寿命を迎えることができても、私はいつか母がいない時間を30年も過ごさなければいけない。そのことが私には耐えられないことに思えます。私には妹弟はおりませんので、私は家族の中で最も長く生きる可能性が高いわけですが、自分の大切な人が皆亡くなってもなお生きていかなくてはいけないのでしょうか。頭ではそんなことわかっているのです。死は避けられない、身近な人の死も受け入れなくてはいけないし、皆そうやって受け入れて乗り越えて生きていると思うのですが、わたしにはそのことができないように思えます。親不孝の極みですが、母が死ぬ前に死ねたら幸せだなとすら思ってしまいます。 私が中学3年の時に祖父が亡くなった時のことを未だに忘れることができません。少し前まで生きていた、人が、生きてはいないということが受け入れられず、その恐怖を忘れることができません。昔見たドラマで、大量殺人を犯した犯人が、人をモノにするのが好きなんだと言っているものがありました。祖父の葬式の時に感じた、人がモノになったということが、私の中に恐ろしい記憶として残っています。祖父の死以来、刑事ドラマも不愉快で見ることができません。人の死を面白がって作っているように思えてしまうのです。私はどうしたらいいのでしょうか。受験期に入り、ストレスや疲れもも溜まっているのか、死ぬこと、母のこと、いつか大切な人が皆亡くなってしまった時のことなどばかりかんがえてしまいます。

有り難し有り難し 3
回答数回答 1

死への恐怖を改善したい

初めて質問をする者です。 よろしくお願いします。 当方、大学4年生で就活活動中です。 タイトル通りなのですが、 いわゆる自分はタナトフォビアなのだと思います。 きっかけは恐らく 幼稚園の頃に経験した祖母の死 小学生の頃に経験した祖父の死 高校生の頃に経験した母親の死 だと感じています。 身の回りにこれだけの身内の死を経験した人がいなく、あまり共感はされません。 仕方のないことだと分かっています。 避けられないことだとも分かっているのです。 しかし、怖いのです。最近時間があるせいか、毎日のように死んだらどうなるのか、これからの別れに耐えられるのか、生きる意味とは何なのか、そういうことばかり考えています。 何も手につかなくなってしまいます。 周りの人たちは、こういうことを考えず前向きに将来のことを語っているのに、今の私にはそれが出来ません。私も前向きに将来を語りたいです。 心配性なところもあり、果たして自分はいつまで生きることが出来るのか、考えても仕方がない未来のことを心配してばかりいます。 周りからは明るい人間だと言われるのですが、今はとてもそんな状態ではありません。 きっと母親の死が大きすぎたのですが、高校生活が忙しく、適切に処理出来ていなかったのだと思います(泣いたら駄目だと思っていました) 同じように悩んでいらっしゃる方をここのサイトで知ることが出来、私だけではないのだと感じることが出来たのですが、やはり心配性、恐怖は改善されませんでした。様々なQ&Aを見てきた中で、なぜ仏教を学ばないのかと不思議に思うことがあるという回答をしていらっしゃったお坊さんがいたのが印象的でしたので、初心者にもおすすめな本などがあれば教えて頂ければ幸いです。 避けられない運命を、せめて受け入れられる考え方、心得を教えてほしい、助けてほしい。 以上、長文にお付き合いいただきありがとうございます。

有り難し有り難し 9
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死を怖れる子供

いつもお世話になっています。 私の子供、21歳なのですが、母親である私をとても愛してくれています。当たり前の事ですが、近頃は私の年齢や体の事等(骨系の障害者で発達障害もあり)が心配なようで、人はいつか死ぬ、それはわかっているけど、その後、どうやって生きていったらいいのか、と涙することもあります。子供は小学校の低学年の頃に学級崩壊に巻き込まれて心療内科に3年ほど通っていた事があります。その際に『非常に母親に執着、というのか、一心同体みたいなことがありますね。成長するにしたがって自立はしていくのでしょうが、』と言われたことがあります。 その後、中学、高校と不登校になり、高校は卒業できませんでした。それから仕事もなかなか見つからず、アルバイトはしてみたものの、長続きしません。私が通っている心療内科では、『お子さんも発達障害の傾向があるかもしれないね』と言われたのですが本人はそんな事はない、と受診は拒否しています。 しかし、私もこのままでは死ぬに死ねないし、離婚しているので父親が生活面でサポートはする、とは言っていますがそれもお互い初老ですからあてにできません。 仕事をしたい、と本人は意欲があるのですが、いざ働き始めると起きれなかったり、人間関係が、等と辞めてしまうのです。 私も先日はついに職場でも子供ので事もいろいろあって休職してしまいました。 私は薬や職場の配慮でまた復職できることになりましたが、この先の心のもちようはどうしたらよいのでしょうか?夜、寝る前にも『明日お母さんが起きてこなかったら』等と泣いていることもあります。もちろん、子供が心療内科なり受診するのがベストなのはわかっているのですが…。相談というより愚痴になってしまいました、申し訳ありません。

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