hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる
2019年のあなたを表す漢字 募集中

死について考えるとパニックになります

回答数回答 3
有り難し有り難し 40

死ぬことがとても怖いです。
死んだ後、こうやって今文字を打ってる、自分という存在はどうなるのかと考えると、怖くて仕方ありません。

死は逃れられないのだから、どうにか死を受け入れられるように、死というものに悲しいイメージを抱かないようにと、お釈迦さまの考えや、聖書など様々なものを読みました。

ですが、いざ死について考えた時、魂という存在や天国、地獄など、それらのものが無かったら?と考えてしまいます。
最近はニュースなどで殺人や自殺など誰かが亡くなってしまう内容を見ると、死は突然訪れるのだと強く感じ、とても苦しく、死にたくないと叫び泣いてしまいます。

こういう話を周りに相談すると、後悔の無いように生きることを全うする、考えても仕方ないのだから考えないようにするなどアドバイスをいただきます。
ですが、後悔の無いように生きても、私は死にたくないんです。死ぬ前に生きてて楽しかったな、なんて思える気がしません。
不老不死でいいのかと言われたら、それで構いません。私という存在が無くなることの方が怖いです。

死からは逃れられないという気持ちと、死ぬことが怖いと思う気持ちどちらも交互に出てきて、また教えやアドバイスを受けても、実際はどうなのか分からないじゃないかと考え受け入れることが出来ない、そんな自分はどうすればいいでしょうか。

まとまりのない文章となり申し訳ございません。お願いします、助けてください。

2019年4月5日 10:48

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

相手の言動を受け入れてみる心の余裕を持ちましょう。

質問読ませていただきました。

見えないモノ、知らないモノ、想像できないモノ、このような自分の考えが及ばないモノは誰しも怖いものです。
なぜなら、目隠しをして何の助けも無く歩くようなものですから。

さて、死についてどう考えるか、どのように理解するかは色んな考えがあると思いますが、お釈迦様の考えも少し勉強されたようですし、他にも色んな方から助言をいただいたと思いますので、私は少し別の観点からお話しさせていただきます。

それは、「人の意見を受け入れる心の余裕を持つ」ということです。
「死」についてに限らず、人は色んな事で悩みます。自力でその悩みから抜け出せるのであればそれに越したことはありませんが、どうしても自力で抜け出せないときは、他の助けを借りることも必要になってきます。
それは物理的な助けだったり、助言だったり、色んな形で助けを受ける可能性があるでしょう。

しかしどんな助けであっても、それを受け入れる気持ちが自分になければ助けとはなりません。
物理的な助けであっても「余計なことしやがって!」と思うのであれば、それは自分にとっては迷惑以外の何物でもないでしょう。
助言を受けたとしても「信じられない、あなたの言うことは違う、私の考えの方が正しいんだ」と突っぱねるなら、どんな助言を受けたところで何の助けにもなりません。

もちろん、相手の助けを無条件に受け入れろということではありません。しかし、何かを受け入れて、自分の行動や思考を変える事をしなければ、その悩みは永久に解消されることはないということです。なぜなら、自力で悩みを解消できないから、周りに助けを求めるのですから。

今回の吉野さんの件に当てはめるなら、どんな助言や考えを聞いても「実際はどうなのか分からないじゃないか」という自分の考えを絶対に曲げないというスタンスを貫くなら、誰からどんな助言を聞いたところで、今の苦しみや恐怖から抜け出すことは不可能でしょう。
自分の考えはさておき、他人の助言をまず心に受け入れて、そこから色んな考え方をするように、思考を柔軟にして下さい。
そうすれば、今までとは違う考えが生まれ、違う景色を見ることが出来るでしょう。

仏教でも、「自分こそが正しい」という根拠のない慢心には気をつけなさい、ということが説かれています。

何か少しでも参考にしてみて下さいね。

2019年4月5日 11:31
{{count}}
有り難し
おきもち

京都府・大阪府・奈良県の県境に当たる、京都府京田辺市の自然に囲まれたお寺で...

誰にも分からないことですから恐いのは当然だと思います。
ところで、あなたをこの世に導いたのは誰でしょうか?
それは父と母ですよね。
では父と母は誰に導かれたのでしょうか?
祖父と祖母ですよね。
では祖父と祖母は誰に導かれたのでしょうか?
曽祖父と曽祖母ですよね。
では曽祖父と曽祖母は・・・
つまり、あなたはたくさんのご先祖様に導かれてこの世に生まれてきたのですね。
これはあなたが死んだ後も同じです。
死んでも寂しくも無いし、苦しくも無いし、悲しくもありません。
だって、死んだ後もたくさんのご先祖様があなたを導いてくれるのですから。
死んだ後も「こっちに生まれておいで」、「ここではこのようにして生きなさい」とあなたの側で教え見守ってくれるのですから。
ですから安心してくださいね。
パニックになった時は、お仏壇の前で手を合わせて「もしもの時は私を導いてください」「もしもの時は側にいてください」とご先祖様にお願いしましょうね。お仏壇が無いなら目閉じてご先祖様達を思い浮かべながら手を合わせてくださいね。

2019年4月5日 11:11
{{count}}
有り難し
おきもち

私は浄土宗の坊さんをしています。 なかなか良い回答はできませんが、少しで...

今を生きましょう

死ぬのが怖い、考えるとパニックになるというのは、自然な感情です。私も怖い、吉野さんも怖い、周りの人も恐いと思っています。だから、怖いと思うことに、悩む必要はございません。

死にたくないのも同じです。私も死にたくない、吉野さんも死にたくない、周りの人も死にたくない。自死(自殺)する人は?と思われるかもしれませんが、生きるのが辛いということで、できれば死にたくないと思っている方がほとんどだと思います。

なんで、死にたくないのか。それは「生きていたいから」。既に、お友だちからも言われたかと思いますが、「生きていたい」をもっと大切にされてください。毎日を充実させても一生、わーわーと不平不満を言っても一生、泣いても一生、笑っても一生です。お釈迦さまは、死後の世界を考える暇があったら、今、修行に励めとおっしゃいました。私もそう思います。

死ぬのが怖いと思いつつ、じゃあ、自分はどうしようか?と次の段階へ進みませんか。

2019年4月5日 22:09
{{count}}
有り難し
おきもち

住職のかたわら、大道芸人PRINCOちゃんとして幼稚園保育園など各種施設、...

「死ぬのが怖い」問答一覧

死ぬのが怖い

30代女です。 小さい頃に母を病気で亡くし、そこから死に対しての恐怖心が生まれました。小学生の時に死ぬのが怖いと感じるようになり、死ぬのは嫌だと泣いたことがありました。 そこから中学高校大学、仕事と、小学生のときのように泣くほど怖がったことはないですがうっすら漠然と死ぬのは怖いなと考えることもありました。色々と忙しかったこともあり、考える時間も少なくなってきていました。 しかし、30代になり、ずっと続けていた仕事を人間関係で揉めて、中途半端な時期に辞めました。辞めたことに後悔はなく、ずっと続いていた人間関係でのストレスも一気になくなり、最初は楽しく考えていました。しかし、暇でずっとゲームをする日々、そして自分が30代という年齢に突入したこと、周りの人は結婚をして落ち着いている中恋人もいない、次の仕事もまだ探し中、親も父のみ、そして一般的な私の年代の親よりも歳をとっていますので、父の死についても考えるようになり、父が死んだあと自分は生きていけないという考えからまた、小学生の時のような自分が死ぬことへの恐怖心が再び芽生えました。 ネットで色々調べましたがタナトフォビアだと思います、身近な人が死ぬのも恐怖ですが、自分が死ぬことへの怖さ、無になることへの恐怖が強く、突然発作のように発症し、過呼吸になったり涙が出たりととてもしんどい思いをしています。生きたくないとは思いません。死にたくないのです。しかし、不老不死のように永遠に生き続けるのも怖いです。矛盾していますが...。1度考え出すと恐怖が止まらず、夜も眠れません。今の自分の状況がこの先不安でしかなく、30代にもなってこのタイミングで結婚もしないまま死んでいくという考えしかできず、ずっと怖いです。タナトフォビアの克服など検索しましたが、読むだけで怖いです。助けてください。

有り難し有り難し 17
回答数回答 1

死への恐怖

母は私が幼いころに癌を患い、その後治療を続けていたものの半年ほど前に再発しました。今すぐに命に関わるという病状ではないのですが、身近な人間の死に関わりうる病気を通して死というものを考えることが増え、もうどうしていいかわかりません。 私と母とは30ほど歳が離れています。つまり、一般的な寿命を迎えることができても、私はいつか母がいない時間を30年も過ごさなければいけない。そのことが私には耐えられないことに思えます。私には妹弟はおりませんので、私は家族の中で最も長く生きる可能性が高いわけですが、自分の大切な人が皆亡くなってもなお生きていかなくてはいけないのでしょうか。頭ではそんなことわかっているのです。死は避けられない、身近な人の死も受け入れなくてはいけないし、皆そうやって受け入れて乗り越えて生きていると思うのですが、わたしにはそのことができないように思えます。親不孝の極みですが、母が死ぬ前に死ねたら幸せだなとすら思ってしまいます。 私が中学3年の時に祖父が亡くなった時のことを未だに忘れることができません。少し前まで生きていた、人が、生きてはいないということが受け入れられず、その恐怖を忘れることができません。昔見たドラマで、大量殺人を犯した犯人が、人をモノにするのが好きなんだと言っているものがありました。祖父の葬式の時に感じた、人がモノになったということが、私の中に恐ろしい記憶として残っています。祖父の死以来、刑事ドラマも不愉快で見ることができません。人の死を面白がって作っているように思えてしまうのです。私はどうしたらいいのでしょうか。受験期に入り、ストレスや疲れもも溜まっているのか、死ぬこと、母のこと、いつか大切な人が皆亡くなってしまった時のことなどばかりかんがえてしまいます。

有り難し有り難し 4
回答数回答 1

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る