最近、私は食欲がありません。原因は、おそらく前回の質問である死への恐怖が拭えてないことだと思います。 子供の頃、悪いことや迷惑をたくさんかけたり、生き物の命を奪ったりしたことで自分は地獄に落ちるのではと思ってしまいます。 どのようにすれば拭えるでしょうか?そして私は楽しく生きていいのでしょうか?
現在54歳で、致命的な持病を抱えているわけではありませんが、毎日飲酒をし脂肪肝です。人は、いつか死にます。いつか忍び寄る漠然とした死を考えると、死ぬことが怖いです。 理想を言えば、ある程度は長生き(80歳近く)して、肉体的に苦しまなくて死を迎えたいです。 最近トイレで、お尻から鮮血が出て、便器が血に染まったので、大腸ガンではと、恐くなり(3日程で治まりましたので、おそらく内痔核)不安を感じました。また深夜に目覚め、鼓動が速くなっている時もあり(落ち着けば治る)不安が募ります。 いつか母親が死に、私もいつか『死』を迎える。後悔なく死ねる人は余程の人格者で、少数とも思います。よく『今を一生懸命生きる』事が、死への恐怖感が薄まると言われますが、『今』をどのように懸命に生きたらよいのか、わかりません。 どのようなことを日頃、心掛ければよろしいでしょうか?
自分は今21歳で、死への恐怖がとても強く、震えて立ち上がることも難しくなるくらいに怯えてしまうことが度々あります。 自分の周りの人は自分がいつか死ぬなど欠片も思っていない様子で楽しく過ごしています。 親もそんなこと考えていたら人生楽しめないよ、と言って宥めてくれます。 しかし、今生きている自分の行く末が死であるという絶対的な事実がある限り心から人生を楽しめる気がしません。 今この瞬間の人生を心から楽しみたいのにそれができないのがとても苦しいです。 歳を重ねると死への恐怖は少なくなっていくものなのでしょうか。
母は私が幼いころに癌を患い、その後治療を続けていたものの半年ほど前に再発しました。今すぐに命に関わるという病状ではないのですが、身近な人間の死に関わりうる病気を通して死というものを考えることが増え、もうどうしていいかわかりません。 私と母とは30ほど歳が離れています。つまり、一般的な寿命を迎えることができても、私はいつか母がいない時間を30年も過ごさなければいけない。そのことが私には耐えられないことに思えます。私には妹弟はおりませんので、私は家族の中で最も長く生きる可能性が高いわけですが、自分の大切な人が皆亡くなってもなお生きていかなくてはいけないのでしょうか。頭ではそんなことわかっているのです。死は避けられない、身近な人の死も受け入れなくてはいけないし、皆そうやって受け入れて乗り越えて生きていると思うのですが、わたしにはそのことができないように思えます。親不孝の極みですが、母が死ぬ前に死ねたら幸せだなとすら思ってしまいます。 私が中学3年の時に祖父が亡くなった時のことを未だに忘れることができません。少し前まで生きていた、人が、生きてはいないということが受け入れられず、その恐怖を忘れることができません。昔見たドラマで、大量殺人を犯した犯人が、人をモノにするのが好きなんだと言っているものがありました。祖父の葬式の時に感じた、人がモノになったということが、私の中に恐ろしい記憶として残っています。祖父の死以来、刑事ドラマも不愉快で見ることができません。人の死を面白がって作っているように思えてしまうのです。私はどうしたらいいのでしょうか。受験期に入り、ストレスや疲れもも溜まっているのか、死ぬこと、母のこと、いつか大切な人が皆亡くなってしまった時のことなどばかりかんがえてしまいます。
私は21歳のフリーターです。今年の3月に美術系の学校を卒業後、その分野で食べていくためにアルバイトをしながら色々活動をしています。 今回相談させて頂いたのは、ありきたりでお恥ずかしいのですが、自分がいつか死んで消えてしまうということが堪らなく恐ろしく全身が粟立つほどの恐怖や発狂しそうな状態になってしまい、寝ても醒めてもそのことについて考えてしまい、これまで地道に続けていた活動に手もつけられなくなりこれからどうすれば良いのか、どうすればこの恐怖と折り合いをつけて前に進んでいけるのかがわからず呆然としています。 1ヶ月前までは全くこんなことを考えて囚われることなどなかったので自分が自分でなくなってしまったようで本当に怖いです 心療内科に行ったり外を散歩したり自然に触れたり瞑想してみたり仏教の教えを学んでみたり色々手を尽くしているのですが、ふとした瞬間に頭に恐怖が滑り込んで来てしまいどうしようもなく怖くなってしまいます。 心の底から以前のように楽しんだり笑ったりできないのかと思うと本当に怖いです。 ご回答いただけると幸いです。
先日こちらで死の恐怖について 質問させていただいて 今を大事にして 生きていこうと決めたのですが 電車に乗っていたりして 何もしていない時間ができると 死の恐怖がチラついてしまい 今に集中しきることができません。 どうすれば死を意識しつつも それを恐れずに今に集中することができるのでしょうか。 また、死そのものを自分には関係のないことだと 遠ざけて考えたり死の恐怖を忘れて生きるのは 人間として生物として間違っているという 私の考えが正しいのかについても 教えていただきたいです。 これは言うまでもないことかもしれませんが 私は死を恐れないのと死の恐怖を忘れるということは まったく違うことだと思っています。 なにとぞよろしくお願いいたします。
私が死ぬのが怖くなったきっかけは 太陽が数億年後には爆発してなくなり 地球も滅ぶと書いてある記事を読んだことです。 その記事には太陽が爆発する時には 自分達は生きていないのであまり関係ないと 書いてあったのですが それを見て、全ての命はやがて死ぬのだと はたと気づいてしまい それまであまり気にしていなかった 自分の死というものに対して 強烈な恐怖を感じてしまうようになりました。 それ以来何をしていてもどこかで 死の恐怖というものがチラついてしまって 心の底から楽しいと感じることがなくなりました。 また自分や今、関わっている人達が 将来死んでいくと考えると、とてもやりきれなくなり 今を頑張っていることの 意義を見いだせなくなってしまいました。 この状態はとてもつらいのでどうか助けてください
私は殺されるのではないかという恐怖を消したいです。 hasunohaで人を殺したいと悩んでいる人がいること。また自分のせいでそういう思いをさせてしまっていることが申し訳ないし、恐怖でその人から離れようとしていることが申し訳無いです。 自分だけが助かろうとしてしまいます。 どのように乗り越えたら良いでしょうか。
死ぬことがとても怖いです。 死んだ後、こうやって今文字を打ってる、自分という存在はどうなるのかと考えると、怖くて仕方ありません。 死は逃れられないのだから、どうにか死を受け入れられるように、死というものに悲しいイメージを抱かないようにと、お釈迦さまの考えや、聖書など様々なものを読みました。 ですが、いざ死について考えた時、魂という存在や天国、地獄など、それらのものが無かったら?と考えてしまいます。 最近はニュースなどで殺人や自殺など誰かが亡くなってしまう内容を見ると、死は突然訪れるのだと強く感じ、とても苦しく、死にたくないと叫び泣いてしまいます。 こういう話を周りに相談すると、後悔の無いように生きることを全うする、考えても仕方ないのだから考えないようにするなどアドバイスをいただきます。 ですが、後悔の無いように生きても、私は死にたくないんです。死ぬ前に生きてて楽しかったな、なんて思える気がしません。 不老不死でいいのかと言われたら、それで構いません。私という存在が無くなることの方が怖いです。 死からは逃れられないという気持ちと、死ぬことが怖いと思う気持ちどちらも交互に出てきて、また教えやアドバイスを受けても、実際はどうなのか分からないじゃないかと考え受け入れることが出来ない、そんな自分はどうすればいいでしょうか。 まとまりのない文章となり申し訳ございません。お願いします、助けてください。
初めて質問をする者です。 よろしくお願いします。 当方、大学4年生で就活活動中です。 タイトル通りなのですが、 いわゆる自分はタナトフォビアなのだと思います。 きっかけは恐らく 幼稚園の頃に経験した祖母の死 小学生の頃に経験した祖父の死 高校生の頃に経験した母親の死 だと感じています。 身の回りにこれだけの身内の死を経験した人がいなく、あまり共感はされません。 仕方のないことだと分かっています。 避けられないことだとも分かっているのです。 しかし、怖いのです。最近時間があるせいか、毎日のように死んだらどうなるのか、これからの別れに耐えられるのか、生きる意味とは何なのか、そういうことばかり考えています。 何も手につかなくなってしまいます。 周りの人たちは、こういうことを考えず前向きに将来のことを語っているのに、今の私にはそれが出来ません。私も前向きに将来を語りたいです。 心配性なところもあり、果たして自分はいつまで生きることが出来るのか、考えても仕方がない未来のことを心配してばかりいます。 周りからは明るい人間だと言われるのですが、今はとてもそんな状態ではありません。 きっと母親の死が大きすぎたのですが、高校生活が忙しく、適切に処理出来ていなかったのだと思います(泣いたら駄目だと思っていました) 同じように悩んでいらっしゃる方をここのサイトで知ることが出来、私だけではないのだと感じることが出来たのですが、やはり心配性、恐怖は改善されませんでした。様々なQ&Aを見てきた中で、なぜ仏教を学ばないのかと不思議に思うことがあるという回答をしていらっしゃったお坊さんがいたのが印象的でしたので、初心者にもおすすめな本などがあれば教えて頂ければ幸いです。 避けられない運命を、せめて受け入れられる考え方、心得を教えてほしい、助けてほしい。 以上、長文にお付き合いいただきありがとうございます。
薬の副作用で死にかけて入院しました。 死ぬことに恐怖を感じました。 それから死ぬのが恐ろしくなりました。 今まで鬱を患ったせいか、死に対してあまり恐怖を感じたことが無かったのですが、今は怖いです。 これは普通の感情ですか?
私はいつからかは覚えてませんが死への恐怖があります。この記憶が無くなるのが怖いんです。友達に相談したら「幸せだからじゃない?」と言われました。けど違うんです。この記憶が無くなって"無"になった時が怖いんです。 寝る前によくそう思って、考え出すと止まらなくなって泣いてしまったり自傷行為をしてしまう時があります。 誰にも理解してもらえないから相談もできない。なんで皆がそんな平然と生きていられるかわからないです。 でも、死にたいなと思う時はあります。矛盾してますよね。この先の生き方が分からなくて死にたい...でも記憶をなくすのが怖い。この繰り返しで最近なかなか寝付けなくなってしまいました。 悩んでも悩んでも結局は泣く、自傷行為をする。こんな人生嫌なんです。 治すためにはどうしたらいいですか?
いつもお世話になっています。 私の子供、21歳なのですが、母親である私をとても愛してくれています。当たり前の事ですが、近頃は私の年齢や体の事等(骨系の障害者で発達障害もあり)が心配なようで、人はいつか死ぬ、それはわかっているけど、その後、どうやって生きていったらいいのか、と涙することもあります。子供は小学校の低学年の頃に学級崩壊に巻き込まれて心療内科に3年ほど通っていた事があります。その際に『非常に母親に執着、というのか、一心同体みたいなことがありますね。成長するにしたがって自立はしていくのでしょうが、』と言われたことがあります。 その後、中学、高校と不登校になり、高校は卒業できませんでした。それから仕事もなかなか見つからず、アルバイトはしてみたものの、長続きしません。私が通っている心療内科では、『お子さんも発達障害の傾向があるかもしれないね』と言われたのですが本人はそんな事はない、と受診は拒否しています。 しかし、私もこのままでは死ぬに死ねないし、離婚しているので父親が生活面でサポートはする、とは言っていますがそれもお互い初老ですからあてにできません。 仕事をしたい、と本人は意欲があるのですが、いざ働き始めると起きれなかったり、人間関係が、等と辞めてしまうのです。 私も先日はついに職場でも子供ので事もいろいろあって休職してしまいました。 私は薬や職場の配慮でまた復職できることになりましたが、この先の心のもちようはどうしたらよいのでしょうか?夜、寝る前にも『明日お母さんが起きてこなかったら』等と泣いていることもあります。もちろん、子供が心療内科なり受診するのがベストなのはわかっているのですが…。相談というより愚痴になってしまいました、申し訳ありません。
おはようございます。変な時間にすみません。眠れなくて、ここで相談させていただきたいと思いました。 お坊様方は、死の恐怖をどのように克服なさいますか?というのは現実的でない質問かもしれませんが、お坊様方の死の恐怖に対する考えを教えていただけると幸いです。 実は数日前に妹のお腹に腫瘍が見つかって、まだ良性か悪性かわからないけれど本人は悪性だとか末期だとか思いこんでパニックになっているんです。 例えばですが「こう考えれば死が怖くなくなるってお坊さんが言っていたよ」とか彼女に言っても全く効き目がないと思います。今は何を言っても聞かない状態で、背中をさすったり手を握ったりするくらいしかできることがありません。 それに、私も仏教の本を読んだり色々考えたりしてみたけれど、やっぱり自分が死ぬことを考えたら怖いものは怖いと認めるしかないし、結局死の恐怖を克服するなんてそれこそ仏になるまで無理なのではないかなと思います。 話がまとまらなくてすみません。完璧な解決法でなくてもいいんです。とにかく何か教えてください。お願いします。
他の方のご質問で私の質問と同じようなものがあるのに、質問をしてしまい、申し訳ないです。 10日くらい前からずっと悩んでいます。 死後の世界が怖いです。自分が死んだ後、どうなるか分からないと思うと不安が止まらないです。 数日前からこのサイトで他の方のご質問とご解答をみて一生懸命仏教を学べば大丈夫だということが分かりましたが、それでも恐怖心は無くなりませんでした。 また、死後の世界があるのなら永遠もとても怖く思うようになりました。永遠に自分が存在し続け何かを感じると思うと、それもとても恐ろしいなと感じました。 本当はこのことを考え続けても結論は出ないとは思うのですが、それでも考えずにはいられないほど不安です。
私は家族のことが大好きです。けど、大好きだからこそ家族が私を置いて死んでしまった時のこと、特にお母さんが死んでしまった時のことを考えると涙が止まりません。 いろんなサイトや体験談や本を見聞きしても怖くてたまらなくて、今が幸せだと思えば思うほど怖くてたまらなくて、置いていかれる前に死にたいと思ってしまい、そんなことしたら残された家族が悲しむからと我慢しますが自分が悲しむ側に回りたくなくてやっぱり死にたくなってしまいます。 お母さんだけじゃなく、他の家族にも、せめて亡くなった後「ああしておけば良かった」と後悔はしたくないと思い触れ合いますがまた悲しくて切なくて、自分が考えれば考えるほどその時は近付いてしまうんじゃないか、この「行ってらっしゃい」が最後になってしまうんじゃないかと毎日考えて辛くて辛くてたまりません。 3年前にあまり関わりのなかった親戚のお葬式からからずっとで、もうこんなこと考えたくないです。ただ、家族みんなで誰かが死ぬとか考えずに、幸せに過ごしたいです。毎日怖くて泣きたくないです。どうしたらいいですか?
度々いろんなお坊様のいろんなご意見を読んでは参考にさせていただいています。 一つ最初に私はあまり信心深くなく、こんな時だけお坊様や仏様の慈悲にすがる浅ましさをお許しください。 かれこれ15年、「死ぬのが怖い」発作に苦しんでいます。 きっかけは祖母の死でした。 当時中学生になりたての絶賛反抗期で、親ともうまくいかず、勉強もうまくできず、何をやってもむなしい、いいことも何もないし死にたいと思っている最中の出来事でした。 自分がいかに死を簡単に考えていたかを身に沁みて理解しました。 悲しみよりもずっと大きく、死んだらどうなるのかという恐怖と、自分が自分でなくなり消えていく恐怖が襲いました。 悲しみよりも我が身の可愛さが先に来た自分が情けなく思いましたが、その恐怖は今もなお私を苦しめます。 必死にその恐怖を押し込めて、忘れ去ろうとすることしかできません。 親には相談できませんでした。 当時の憔悴しきった様子から、自分が何か心配をかけるような真似はできないと思いました。反抗する回数も少し減ったと思います。 その時に適切に恐怖心を処理しなかった代償か、今もふとした瞬間に目の前が真っ暗になり、足元からさーっと冷気が這い上がるような恐怖で吐き気がすることがあります。 お風呂に入っているときが一番その発作が起こりやすく、全くお風呂が安らげる場ではなくなってしまいました。 かといって人間皆いずれは死ぬのに、怖がっていることが恥ずかしく、心療内科の先生(以前適応障害を患い通っていました)にもカウンセリングの先生にもうまく伝えることができませんでした。 とにかく自分が自分でなくなり、何もわからない世界に行ってしまうことが怖くてたまりません。 そして私がいなくなった後も永遠に時間が続き、地球が滅び、宇宙が滅んでいくと考えると、手足の先が氷のように冷たくなって正気を保てなくなります。 お坊様達のご意見が聞きたいです。 お坊様達の世界の捉え方、仏様の世界を知れば、この恐怖から解放され、無事に死んでいけるのでしょうか。 親(二人とも60前後でまだ元気ですが、)が死ぬことも最近は毎日のように頭をよぎり、人間が物言わぬモノになっていくことが悲しく苦しくてたまりません。 身勝手な相談で申し訳ありませんが、どうか少しでも死ぬまでに心やすらかに人生を送れるようなヒントを頂けますと幸いです。
今すぐに死ななければならないのですが怖くて死ねません。死後の世界などないのは分かっていますが死ぬのが怖くなくなるような話はないでしょうか。
私は今19歳です。1ヶ月前からずっと死について考えて頭から離れません。 考えすぎて、気持ち悪くなって、ご飯も食べれず夜も寝れなく、寝れたとしても、あー私はいつか死ぬんだと思って起きます。 長くなりますが、よろしくお願いします。 小さい頃から死が怖くて考えただけでもパニックになっていました。いつもなら考えないと言い聞かせて考えないようにしていました。ですが、ここ1ヶ月死んだら私はどうなるのだろうか、どうして死ななければならないのだろうか、いつか私がいたことさえも忘れられてしまうのではないだろうか、この世界はこの先どうなっていくのだろうか、とか色々考えてしまいます。 あと、私は80歳まで生きるとして60年しか時間がない、1年はあっという間に過ぎていくから私はすぐ死ぬだとか、生まれてこなければこんな苦しむことも無かったのにとか、本当に死が怖くて怖くて仕方がありません。 家族は、そんな私のためにいろんなところに連れて行ってくれます。母は話をたくさん聞いてくれます。でも、そんな母にも会えなくなる日が来ると考えてしまい、もっと怖くなってしまいます。 人間だから死ぬのは当然です。でも、どうしても怖くて仕方がありません。自分が消えてしまう、自分がいなくなってしまう。最近では、人間を見るとこの人達は200年後生きてないんだなと思ってしまいます。 不老不死になれるならなりたい。 なにをしていても死が頭の中に出てきてしまいます。突然死んでしまったらどうしよう。生きているのに火葬されてしまったらどうしよう。そんな不安も押し寄せてきます。 どうしたらいいでしょうか?受け入れるしかないのでしょうか?吐き気が止まりません。 人生あっという間に過ぎるといいます。こんなことを考えながら過ごしていくのは時間がもったいないと言い聞かせています。ほんとうに人生あっという間に過ぎてしまうのでしょうか?そう考えると死が怖いです。受け入れることができません。 私の苦しみをどうか助けてくれないでしょうか。 よろしくお願いします。
最近、身内の死や友人の死に遭遇して、毎日死への恐怖に怯えています。また、家族がなくなったらどうしようや、考えすぎの毎日を送っています。 前向きになれるよう、アドバイスをお願いします。