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天国に行くには?

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僕は死後天国へ行きたいと思っています。天国に行くにはどうすればいいですか?逆に地獄に落ちないためにはどうすればいいですか?あとお葬式をしないと地獄に落ちてしまうのですか?


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お坊さんからの回答 5件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

南無阿弥陀仏

南無阿弥陀仏を唱えれば、
行けます。
葬儀もいりません。
南無阿弥陀仏は、親の呼び声
お母さんと呼べば、
はい!と応えるように、
信じようと信じまいと、
極楽浄土からさっときて、
連れて行ってくれます。
ただそれは今ではない。
いつかは誰もわからない。
お呼びがかかるまでは、
明るく楽しく元気よく生きる!
生きる
生きる
こんな私たちを、
阿弥陀さまは見守っていて
くださいます。
南無阿弥陀仏

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浄光寺の花山雲吉です。 くよくよと考えてもしかたがありません。明るく前向...

天界に生まれるために

 天界は人間界よりも楽しいところですし,人間の抱くような苦しみもありません.憧れの世界ですね.質問にもありました「天国に行くにはどうすればよいか,地獄に落ちないためにはどうすればよいか」について回答いたします.(仏教的観点からの回答になりますので,天国を天界と言い換えて回答致します).

 心構えとして,まずは人間として得られた身は永遠には続かないという無常と,死んでから悪趣(地獄,餓鬼,畜生)に彷徨っている様子を何度も考えてみます.そうすると,恐怖の念が生じてきます.地獄には絶対に行きたくありませんよね.
 恐怖の念が生じたら,仏・法・僧の三宝に帰依すれば功徳が得られるということを知って,三宝に帰依します.
 その次に業果を信じる気持ちを強く持ちます.日本人にも馴染み深かい業思想のことです.業思想とは,簡単にいうならば,善い行いであれ悪い行いであれ,自分の行為から生じた結果は自分で引き受ける,というものです.善い行いをすれば善い結果が得られますし,悪い行いをすれば悪い結果が得られます.
 業果を信じる気持ちを強く持つことができまたら,来世に天界に生まれ変わるために,ひたすら善い行いをしましょう.天界に生まれたいという気持ちが薄くなってきたら,地獄に生まれる恐怖の念を生じさせて,天界に生まれたいという気持ちを強くします.また,自分がいつ死ぬかわからないという気持ちを持ち続けることも大事です.いつ死ぬかわからないからこそ,いつ死んでもいいようにひたすら善い行いをしなければなりません.

 このように,何度もなんども来世は天界に生まれたいと思い,善い行いをし続ければ,きっと天界に生まれることができるでしょう.

 これも縁なので,少し付け加えますが,仏教の教えとして我々が目指すべきことは,実は天界に生まれることではないのです.なぜなら,天界は楽しいですが,これまで積んできた業もいつしか尽きてしまい,また人間や餓鬼,畜生などに生まれてしまうからです.天界に生まれ変わりたいと思って善い行いができるようになれば,次は輪廻から解脱したいと思うようにします.さらに,それも完全にできるようになれば,自分のためではなく,他人のために善い行いをし続けられる状態を目指します.この最終段階が我々の目指すべきところであります.

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 過去の過ちを反省し、仏教の教えに即した生き方をすればいいです。
 仏教の教えに即すとは、欲しい欲しいの気持ち、怒りの気持ち、愚痴の気持ちを抑えて暮らす、ということです。

 前々回の回答でお葬式について書きましたが、「葬式をしないと地獄におちる」いうつもりで書いたものではありません。(尚そのような考え方や言い方は差別を助長します。ご注意ください)。一方で、お葬式の内容を調べることで、天国(極楽)にいくための糸口がつかめるかもしれません。

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・曹洞宗/静岡県/50代 ※質問の答えについて、話の大筋は変えませんが、...

天界にも色々な天がございますが・・

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

六道(天・人・修羅・畜生・餓鬼・地獄)のうちの、天界をお考えであるのであれば、簡単には、善い行いをできる限りたくさん積むことにより、いけるようにはなるかとは存じます。

しかし、天界と言えども、六道の中では、いずれにしても迷い苦しみの輪廻の内であることには変わりはありません。やがて、過去世での善業の果が尽きて、天界での寿命が尽きると、天道以下の世界へと落ちることになってしまうのであります・・

ただ、天界でも、代表的な三十三天の他にも色々な天があり、その中では仏様や菩薩様がいらっしゃられる天もございます。

例えば、弥勒菩薩様のいらっしゃられる兜率天というところもございます。

また、天界の中でも、仏教の修行ができるところと、できないところがございますので、できれば、確かなるご仏縁を得ることにより、仏様や菩薩様からご指導を頂ける天界へと赴くことで、やがては、悟り・涅槃へと至れる修行に励み努めていくことにより、六道の輪廻から脱せれるようにして参りたいものにもなります。

いずれにしても確かなるご仏縁を得ることにより、継続して仏教修習に努めれるように調えたいところでございます。

下記、拙論を少しくにもご参照下さいましたら。

『葬儀と供養の意義について』
http://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k/e/d2c3793b56451efdff407f7090851dc1

川口英俊 合掌

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川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究

どこに行っても心がけ次第です

 天国に行こうが極楽浄土に行こうが地獄に行こうがあなたの行い1つで仏となりどんな世界もあなたの理想で描かれた仏宿る世界になります。是非とも実現してください。私も協力させて頂きます。

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ちょい悪坊主を目指しています。尊敬する人は一休さん。

質問者からのお礼

ありがとうございました

「仏教全般」問答一覧

仏教とは?

こんにちは。私はとある信仰宗教の元信者です。その宗教ではその宗教のお経を毎日よんで、法名といわれるものをおさめ、つどいと称される会合に参加し、弥勒山という山に登ります。勧誘してきた人は私の20年来の付き合いのある方で、その信仰宗教をとても心から信じていました。しかし、私はこの信仰宗教に違和感を感じていました。職場の方に話してもら辞めた方が良いという回答でした。また、旦那が私には居ましたがその宗教を毛嫌いされ、彼の親族にも激怒され縁をきられてしまいました。私は今実家で幸せに暮らしています。仕事も頑張って居ます。勧誘された方は癌で若くして亡くなりました。彼女は最後までその宗教を信じていましたが、私も彼女もそのお経を毎日読みましたが、私は離婚し、彼女は命を失いました。これのなにが幸せなんでしょうか。私には弟が居ます。まだ若くこれからどうなるか分からないですがきっと結婚するだろうと思います。義理の妹は果たして私の事を理解してくれるかと不安になり、檀家になってるお寺のお坊さんに相談しました。その方は瞑想会をしていて、瞑想すると涅槃の境地に近づけるとの事で、私は毎日するようになり、瞑想会にも参加するようになり、元の信仰宗教は辞めたい。と彼女の旦那さんや支部長に言って辞めさせていただきました。しかし、彼女には本当にお世話になったし、お経を読まないと瞑想出来ない脳になってしまったので、辞めてもお経は読んでいるし、彼女のお墓にお墓参りに行こうと思っています。信仰宗教で出会った方々とはまだLINEで繋がっています。このままいくとまた、戻ってしまうかどうか心配です。私は幸せになりたいからやってるんではありません。ただ、お墓参りして、お経読んで、瞑想して、線香あげて。私は仏教なんて全然知りません。お経の意味も分かりません。でも、これから勉強したいと思います。信仰宗教であげてるのは簡易なもので独自の解釈がされていて本質ではないと思います。瞑想の檀家のお寺のお坊さんも良い方ですが、わたしが涅槃までいけるかどうかは分かりません。こんな私は社会から見ておかしな人間なのでしょうか?仏教ってなんなんでしょうか?お経読む事でしょうか?墓参りする事でしょうか?瞑想する事でしょうか?私は宗教を理由に仕事休んだ事はありません。信仰宗教勧誘は一度しかやった事がなく、家族からも止められてるので今はやってないです。

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最後の言葉「ありがとう、また会おう」

長文で失礼致します。 急ぎの相談ではありませんので、お時間のある際にお話いただければ幸いです。 もう1点、伺いたいことがあるのですが、お坊さま方もお忙しいと思い、別の機会にさせていただきます。 父親のいなかった私たちを、親代わりになって育ててくれた祖父が先日他界しました。 母や叔父と叔母にとっては、優しくも厳しい一面もある父親だったそうですが、孫全員には優しく頼もしく接してくれて、「いい思い出」しか残っていません。 ここ数年は持病が悪化し、コロナ禍ということもあり、楽しみにしていた大勢で食事を楽しむ機会を設けれなかったことだけは心残りです。 入院先の配慮で、最後にお話をする機会があり、駆けつけた祖母・母と叔父・叔母、孫全員と話をすることができたのが幸いです。 「遅くまでいると迷惑がかかる」と祖父に促され、亡くなる前日の別れの際にかけられた言葉が印象的でした。 「じーちゃんが死んだ後、コロナが収まったらな、ばーちゃんに会いに行ってやってくれ」 最後まで祖母を思う優しさ、そして。 「ありがとう……また、会おう」 この言葉は、もしかすると生きて会えるのは最後とわかっていて、「来世」でまた会おうという意味だと私は受け取りました。 葬儀をお願いした元々ご縁のあるお寺のご住職も、「今の別れは、ゆくゆくは浄土で再会するまでの一時的なもの」とお説法をされていたので、受け取り方は違ってなかったのかなと思うのですが、いかがでしょうか?

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初めて知った事に対して、怖いです

三尸(さんし)とは、道教に由来するとされる人間の体内にいると考えられていた虫。三虫(さんちゅう)三彭(さんほう)伏尸(ふくし)尸虫(しちゅう)尸鬼(しき)尸彭(しほう)ともいう。 60日に一度めぐってくる庚申(こうしん)の日に眠ると、この三尸が人間の体から抜け出し天帝にその宿主の罪悪を告げ、その人間の寿命を縮めると言い伝えられ、そこから、庚申の夜は眠らずに過ごすという風習が行われた。一人では夜あかしをして過ごすことは難しいことから、庚申待(こうしんまち)の行事がおこなわれる。 日本では平安時代に貴族の間で始まり[1]、民間では江戸時代に入ってから地域で庚申講(こうしんこう)とよばれる集まりをつくり、会場を決めて集団で庚申待をする風習がひろまった。 道教では人間に欲望を起こさせたり寿命を縮めさせるところから、仙人となる上で体内から排除すべき存在としてこれを挙げている ウィキペディアからコピーさせていただきました。 こちらの文章を読んだ上でご質問させていただきます。 質問ですが・・、本当に3匹の虫が体の中に入っているのでしょうか? とある小説でこのような事を知りました。 正直、今までこんな事知らなかったので、怖いです。 60日に一度めぐってくる庚申(こうしん)の日に眠ると、この三尸が人間の体から抜け出し天帝にその宿主の罪悪を告げ、その人間の寿命を縮めると言い伝えられと wikiに書かれていますが・・・、 寝ないで1日越した方がよいでしょうか?あまりいい気分がしないので教えていただけると嬉しいです・・。 お坊さんの方々もこの日は何か特別な事はやってらっしゃるのでしょうか?

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