お坊さんへの相談が殺到しており、質問受付数を制限中です。

回答が追いついておりません。今を生きる人のために仏教の智慧を伝えてくれる僧侶の方を募集中です。

妻帯について

こんばんは。
同じような質問を他でも見かけるのですが、改めて質問させてください。話をまとめるのが苦手ですので長くなりますがご容赦ください。

一週間ほど前に出会った海外の僧侶の方に、
「なぜ、日本の僧侶は結婚するのか」
という質問をされました。
私の生半可な知識では到底答えられなかったのでhasunohaで見かけた意見などを紹介してみたのですが、いまいち質問の意図にそぐわない気がしました。
彼が訊ねていたのは妻帯を許されるようになった歴史とか、結婚したらしたなりの別の修行があるから、というようなことではなく、なんと言えばいいのか…もっと根本的なことのように思います。(と、いっても私の拙い英会話力での印象ですが)
会話の中では"不必要な結婚"(わざわざ戒律を破る不可解な行為)とも表現していました。

彼はインドで修行を開始し、その後"世捨て人"(なんと訳せば良いのかわかりませんが、英語ではrenunciantと呼んでいました。彼は家も(自認する)国籍も持たず、各地を放浪しながら乞食修行を行なっているようです)になったようです。不学なので詳しくはわからないのですが、インドでの仏教のあり方に最も共感しているようです。それ故、日本でのこの特殊な仏教のあり方に心底疑問を抱くようで、お寺が世襲制であることにも違和感を感じているようです。また、人によってそれぞれ適した修行方法があるし、だからこそ妻帯者には妻帯者なりの仏道修行があるのは認めた上で、それでも、最終的には乞食修行に行き着くのではないか、とも語っていました。

日本という国や仏教に関心を寄せる身として、「今後空海のような人が日本から出てくることはないだろう」とか、「日本のお坊さんは会社員と同じ(誰でも望めばなることができるし、ビジネスとしてやっている)」などと言われてしまうとなんだか悲しくなってしまいしたし、うまく答えられないことがとても悔しく感じました…。勿論、彼に日本を貶めようとかいう気が全くないことは重々承知の上ですが…。

長くなりましたが、hasunohaに集うお坊さま方は彼の質問"日本の僧侶はなぜ妻帯するのか"にどのようにお答えになりますか?是非皆様の智慧をお貸しください。
彼はまだしばらく近くに滞在しているので、会う機会があれば伝えたいと思います。
どうぞよろしくお願いします。

お坊さん
有り難し 70
回答 7

質問投稿日: 2018年7月16日 0:21

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。
回答僧

慈眼

どんな人も明らかになれば救われる道である

私の考えとしては、仏道修行は自分でしかできないものです。どんな素晴らしい指導者の下にいても必ず自分自身のために自分でする修行であるわけです。修行をする中で、まだ確実なものを見つけるまでの間に、奥さんや家族があることで、方向性を見失いやすい人もいるのかも知れません。

修行をする中で、それだけ自信のない人は結婚はしないほうがいいのかもしれません。

仏教とは、人としての真実真理を見極める道です。妻帯は間違えなく人としての自然な流れであるわけです。仏道は万人が救われる道であるのに、それを禁止しては人類は滅亡してしまいます。つまり不自然です。結婚していても、していなくても、男でも女でも、そうでなくても、大人でも子供でも、ビンボーも金持ちもみんなが人として当たり前に救われる道であるから、仏道は素晴らしいのです。仏教とか名前のつく前に人としての当たり前なのですから、無理に禁止する必要もないでしょう。

10ヶ月前
回答僧

大慈

説明では分かり合えない

言葉でやり取りしても伝わりませんよ。捕鯨反対派と必要派が分かり合えないのと同じです。
私が東南アジアで上座部仏教の修行をした時に同じ質問を受けました。その時に現地で15年間活動なさっている日本人ボランティアの方がご説明されましたが、現地の方々はうなずきつつもモヤッとしている感じでした。15年間続けている人でもそうなのですから、付け焼刃で伝えようとしても無理です。

そもそも論の「戒をいかに捉えるか」が真逆なので本当に捕鯨論争みたいなものですよ。

日本での乞食にしても個人の遊行なら成り立ちますが、20万人だか30万人いる教団が一斉に乞食し出したら日本では絶対に成り立ちません。hasunohaで「おきもち」が実装されて1年になりますが、実際に「おきもちをいただきました」と私にメールが届いたのは4件です(迷惑メールにまぎれていたら別)。お坊さん好きな人が集まるhasunohaでさえそうです。それが悪いということではなく、風土や気質としてそれだけ日本では馴染みが薄いのです。

それでも、さらに私たち曹洞宗のお坊さんが16条しか戒を受けていないことも伝わった上でも、現地のお坊さんがたからは「日本の禅僧って格好いいな」「日本の禅に留学したいんだけど、お金はどのくらい必要?」という反応が続々と来ました。坐禅の姿、お拝の姿…本気のお坊さん同士が交われば、1つ1つの所作から仏道への誠実さは伝わります。逆に実物同士が交わらねば分からないことでしょう。
ドイツ人のネルケ無方老師も昔は日本仏教をボロクソに言っていましたが、今では妻帯なさっていますし。昔を黒歴史に感じていらっしゃる節もあります。

さて、「南方のお坊さんは日本仏教を出家だと思っていない」は今や古い認識です。インターネットの普及であちらのお坊さんも、日本仏教へ『隣の芝生は青い方式』の強い憧れが育っています。かつての我々と同じように。
私たちが修行した南方のお寺のご住職は「我々、新しい世代の上座部僧侶は日本仏教のようのどんどん社会貢献したいと思っています。ぜひ日本仏教でどんなことをしているか教えて下さい」とおっしゃっいました。もちろん人によって温度差はありましたが。
また、2014年にタイで主催された第1回世界仏教優秀指導者賞には日本からも曹洞宗のお坊さんが表彰されています。日本仏教が在家と見なされていたら有り得ないことです。

10ヶ月前

戒とは。

おはようございます。

「自分が」仏に成る修行も大事ですが、そうではない立場の僧侶もいます。

このハスノハも僧侶のためのものじゃないです。皆さんの質問があればこそ成り立つ場です。

修行をした特別な人しか成仏できない考えでは僧侶以外の人が仏式で葬儀をしても嘘くさくなります。

結婚が修行の妨げにならない。
人とは違ったことをしなきゃ悟れない立場ではなく、結婚している人の視点や立場で悟りや涅槃に導くことを目的としている僧侶も日本には居るみたい。

弘法大師のような方が日本に現れなくても私は構いません。
空海の教えを受け継いだ素敵なお坊様を私は何人か知ってます。
彼らとの縁で充分満たされています。

親鸞も人里離れたところで修行が完成するならわざわざ比叡山を降りることはなかったです。

世襲とは放浪の対極にある一面もあります。
自分の帰依した教えが一つの場所で百年、千年続くための行もなかなか大変ですよ。

また、妻帯を単なる不邪戒を破るものと決めつけちゃ、養子縁組や性差による差別に対しての理解は進まないし、在家と出家を区別した上にしか成り立たない身分に僧侶を置くことが如来の願いとは思えない部分もあります。

その僧侶にも出家した道を選んだ理由があるかと思いますが、私が僧籍を持つ理由とは違う気はしています。。
でも、その方も私も他の回答者も優劣の種でなくともに仏道を歩む同士でありたいと思う立場です。

そんなところでしょうか。

もし、その僧侶さんとお話する機会があるならこのハスノハへの登録をすすめてください。
ここは救いを求める人への伝道の場でもあります。

10ヶ月前
回答僧

大忍貫道

枠組みからは抜け出せない

ご質問を拝読させて頂きました。
日本仏教のお坊さんが妻帯を論じる場合、何を言っても言い訳のようになってしまうのですが、理由は当然一つではありません。
お釈迦様の仰った縁起の通り、様々な要因があります。
なので、少し別な角度から論じると、
「一度出来た枠組みにハマってしまうと後戻りする事は難しい」
という一面があると思います。

例えば、現代社会ではインターネットという文明の利器があります。インターネットの普及は私達の暮らしの利便性を劇的に向上させましたが、最近はインターネットを発端にした犯罪も目立ち始めました。
では、インターネットを無くせば良いのかと言うと、それは無理です。
私達の暮らしは多方面でインターネットありきで構築されています。
インターネットだけを都合良く抜く事は出来ません。

これと同じように日本仏教も今日では妻帯ありきで構築されています。
一例を挙げると、私の周りにも妻帯されていない方も少数ながらいらっしゃいますが、檀家さんが留守番に行ったり、行事や日常生活のお世話をされたりしています。
かなりの手間なので、檀家さんからは結婚してくれといつもプレッシャーをかけられています。
テーラワーダ圏の在家信者の方々は非常に熱心にお寺やお坊さんを支えておられます。
しかし、価値観も文化も違う日本でテーラワーダ圏の在家信者の方々のような感覚でお寺を支える事は出来ません。
その代わりをお坊さんの奥さんが一人でやっています。
おそらく、今の時点で日本仏教が妻帯を止めたら、日本仏教が滅びます。

ただ、妻帯をしない出家仏教は日本でも絶対に必要ですし、これからますます生きづらくなる社会では出家仏教が必要になるのではないかとも思っています。

10ヶ月前

在家と出家の違い

 歴史的なことは書物やインターネットで分かると思います。
 問題は、「今や宗教は自由になったので本来の形に戻せばよいのにどうしてそうしないのか?」という、僧侶の態度とそれを許している日本の信者・檀家の態度が理解しがたいということだと思います。

 そのお坊様はたぶん西洋当たりの非仏教国のご出身ではないでしょうか。釈尊の原始仏教を理想として、他はたぶんそれからの堕落とお考えかも。

 スリランカや東南アジアのテーラワーダ(釈尊の原始仏教のスタイルに最も近い)仏教のお坊さんは、日本の僧侶を「在家の仏教徒」と見ておられます。そして、「堕落している」などという価値観を持ちません。他者を下に見る慢の心がないのです。

 仏教を学び実践して少しでも成長し、究極的には悟り、それに達しなくても徳を積んで現世・来世の幸福を目指すのに、出家か在家かという立場はどうでもよいのです。出家のほうが修行しやすい代わりに、戒律で自分を縛ります。

 日本の僧侶も、在家仏教徒である個々の僧侶の問題です。自分が真剣に仏道実践しているかどうかがポイントで、立場は、その文化の中でやりやすい形でやればよい、というのが、テーラワーダ仏教の考えのようです。そのお坊様が、たまたま、自分の理想が先に立ち、同時に、つい、慢の煩悩が出てしまったということでしょう。

 スリランカ出身のテーラワーダ仏教のスマナサーラ長老が日本語でたくさんの本を出しておられます。長老が主催する(宗)日本テーラワーダ仏教協会のホームページでもたくさんの情報が手に入ります。多少は卑下してしまう日本のお坊さんに聞くより、そちらのほうが正確に学べるかもしれません。

 私は今『日本仏教は仏教なのか?』という全四巻の予定の第三巻まで出版していて、ここまでが「本来の仏教は~」という形なので、日本の僧侶にずいぶん嫌われています。最後の第四巻で、在家出家も含めてまとめに入ります。先にこの九月4,5日の日本仏教学会(於:同朋大学)でその大枠を発表する予定です。一年後には読めると思います。覚えておられたら、一年後に探してみてください。

10ヶ月前

浄土宗の宗祖である法然上人は言われました。「念仏を唱えることが一番大切ですから、結婚することで念仏をより多く唱えられるなら結婚する方が良いし、結婚することで念仏を唱えることができなくなるなら結婚しない方が良いでしょう。」
浄土宗のお坊さんにとってはよく知られているお言葉ですが、日本のお坊さん全般にも言えることだと思います。
浄土宗の枠を外して広い意味で解釈しますと、仏道にプラスになるなら結婚した方が良いし、仏道の妨げになるなら結婚しない方が良い、という事だからです。
その海外のお坊さんにとっては結婚は仏道の妨げになると考えているのですから、それはそれで尊重しないといけません。
だからといって日本のお坊さんは卑下する必要はありません。
なぜなら、その人には分からないでしょうが、結婚することは、独身の時以上に、忍耐する事、執着を捨てる事、慈しむ事、施す事、それらを継続する事を求められる、なかなかの仏道修行なのですから。

10ヶ月前
回答僧

鳳林寺

光禪

仏教伝来終着地点の仏教の姿

こんにちは。

 インドで生まれた仏教は、シルクロードを通って、海を渡り、日本までやってきました。
 もともとの仏教の僧侶は、乞食(こつじき 托鉢)だけにたより、一切の生産活動はしませんでした。しかし、中国に入ったところで、畑を耕し農作物を作るようになります。そして日本の僧侶は婚姻しています。土地に合わせて自由自在に変化するのも仏教の良さなんだと思います。一方で仏教の根本そのものには変化がないのです。そういうのってステキだと思いませんか?仏教伝播の終着地点の仏教の姿が日本にあり、日本にしかないのだと思います。

 他にも例えばお坊さんの服装ひとつをとっても、インドでは裸の上にお袈裟をかけますが、日本では着物を着て、その上に衣を着て、さらにその上にお袈裟をかけています。このように伝来の過程で様々な進化というか変化があります。そのようなものも一緒にご覧になり楽しんでいただくのも良いですね。

10ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

暑い日が続くなか、皆さま丁寧な回答をくださりありがとうございます。思っていたより反応をいただけてびっくりしています。
回答をいただいてから何回も読み返していたらお礼が遅くなってしまったこと、お許しください。また、いただいた回答から更に疑問が生じていますが、またしばらく自分で考えてみます。
以下、個別にお礼です。

○泰庵さま
「自分が」仏になるための修行、まさに彼が実践しているのはそれのような気がします。彼と話を進める中で、日本のお坊さんたちは自分自身を極限にまで高めるというより、みんなで(たとえば地域の人たちや、このhasunohaに集まる人など)良くなっていこうと頑張る方が多いような気がするな、と思いいたりました。勿論前者のスタイルでも後々周囲の人々を引っ張り上げていくことになるのでしょうが…。
自分の信じる教えをひとところに定着させるのも確かに難しそうですね。それでも世襲制である必要はないのではないでしょうか。妻帯して、子供を授かったとして、その子を後継者とする必要性はきっとないですよね…(勿論本人がそうなりたい場合はそれでいいのでしょうが)どうしてよその人が後継になることがあまりないのかな…。
「弘法大師のような方が日本に現れなくても〜」という部分がものすごく心に響きました。私も今あるご縁に精一杯感謝したいと思います。
一番のりで回答してくださりありがとうございました!

○大慈さま
そうなんです!まさしく私が最初に思ったことが、きっと言葉じゃ(ましてや母語でない言語では)説明できないし、当事者じゃないから核心には触れられないだろうな、だったんです。
「実物同士が交わらねばわからない」、ほんとうにそうだと思います。だとするとこの海外からきたお坊さまが抱く疑問を解消する唯一の手立てはそういった日本のお坊さまと交わることなのでしょうね。私からそういった方を紹介できれば良いのですが…。
おきもち制度で思い出しましたが、そういえば、彼は私の住む地域に到着した日にいろんなお寺を訪ねて、滞在させてもらえないかたずねまわったそうですが、どこも受け入れてはくれなかったと言っていました。あまつさえお金を取ろうとしてきたことに大変なショックを受けたようで、これが日本の現状か、とおっしゃっていました。そこで"日本人は〜だから"などと適当な説明をするのは私の信条とはかけ離れてしまうのでしませんでしたが、叶うことなら彼にはめげずに日本国内のいろんなお寺、お坊さまをたずねてほしいなあ…なんて無責任なことを思ったり…。
話がまったくまとまらなくて申し訳ないですが、この度は回答してくださりありがとうございました。感じていたことをずばっとおっしゃってくださり嬉しかったです。

○邦元さま
人として、動物的な"本能"の部分に呑まれないようコントロールすることが肝要なのであって、それを完全禁止にすることが重要なわけではない、ということでしょうか。
これは私の勝手な意見ですが、妻帯せず、戒律を厳しく守っているお坊さまを見ていると、良く言うと非常に神聖な感じなのですけれど、私などからすると人間(生物ともいえるかも)離れしていてとてもじゃないけれど近寄りがたい、親しみをなかなか持てないのです。迎合しすぎるのも良くないのでしょうが、あまりに我が道を行きすぎても教えを広めるのには向かない…難しいものですね。
この度は回答してくだざりありがとうございました!

○柳原貫道さま
何を言っても言い訳になってしまう、ですか。難しいですね。
おっしゃる通り、一度出来上がってしまったものから抜け出すのは容易ではないですよね。もしかすると私が出会ったお坊さんは、容易ではないことをそれを理由にしてそのままにしている、目をつむっているような状態に疑問を抱いたのかもしれません。放ったらかし、と言いますか…。
テーラワーダという言葉ははじめて知りました。日本でもそのような組織があったのですね。勉強になります。
檀家さん側も僧侶の結婚を望んでいるというのは興味深いです。日本の仏教はまさにおっしゃる通り"妻帯ありき"のものだという感じですね。一方で出家仏教も必要になるとのこと。私にはあまりピンと来ないのですが、これからどんな風に動いていくのか見守っていければと思います。
この度は回答をくださりありがとうございました。

○藤本晃(慈照)さま
「〜本来の形に戻せばよいのにどうしてそれをしないのか」
確かに、それを訊きたかったのかもしれません。
私がお会いしたお坊さまはヨーロッパ出身ですが、日本人のお母様がいらっしゃるそうです。
その方に慢の心があるのかどうかは私には測りかねますが、お母様や昔仕事をしていた時に関わった日本人と接するなかで形成されたステレオタイプのようなものをもっている気がします。そして今まで関わってきた日本人に対してあまり良い思いがないようです…。
テーラワーダ教については今回質問させていただいた中ではじめて知りました。日本語でも書籍がたくさん出ているとのこと。まずは図書館で探してみようと思います。また、藤本さまも本を出版されているのですね。興味をひく表題ですので時間を見つけて拝読したいと思います。
この度は回答をくださりありがとうございました!

○光禪さま
土地土地によって形態が変化するのを見るのは楽しいですよね。中国や台湾に詳しい同僚がいるので、そちらの仏教はどう?とよく質問をしたりしています。私自身はあまりその差異に不信感を感じたりせず、いろんな仏教(人)がいるんだなあ、ぐらいにしか感じないのですが、彼と会話をし、どうしても気になる人もいるのだな…と半ば面食らっています。いろんな違いを認め合って争いごとが起きないのが仏教なのかな、と思っているので彼にも彼なりの納得できるポイントが見つかればいいな、と思います。
回答をくださりありがとうございました◎

○三宅聖章さま
「結婚することは、独身の時以上に、忍耐する事、執着を捨てる事、慈しむ事、施す事、それらを継続する事を求められる、なかなかの仏道修行」という部分は目から鱗の気分で拝読いたしました。つい、独身を貫いている宗教者のほうが(失礼な物言いかもしれませんが)格が高いようなイメージを持ちがちでしたが、なるほど確かに、一人の方が楽とも考えられますね。
自分の目指す姿や、続けていきたい修行にとって妨げとなるならそれをしない、というのはとてもわかりやすい考え方ですよね。私が会ったお坊さまにとってはきっと、結婚がご自身の修行に大いに妨げになり、それが為に逆に結婚が修行にプラスに作用する状態が全く想像できない、ということなのかもしれませんね。ああ、なるほど。書いていてそんな気がしてきました。そこでお互いが尊重できれば良いですよね。
この度は回答をしてくださりありがとうございました!

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