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死という概念について

こんにちわ。
以前個人的な質問をさせていただき、2度目の質問になります。
以前は大変貴重な回答を頂き非常に感謝しています。

さて、表題の質問になりますが、
小学生の頃「死」について考えたことがあり、その時は・・・
死んだら考えることすらできなくなってしまう。
死んだらこうやって「死」について考えることもできない。
自分という存在はどこへ行くのか。
と、怖くなって夜寝られなくなってしまった思い出があります。

葉隠の「武士道とは死ぬことと見つけたり」という言葉の意味を調べたり、
100歳を越えてもなお現役の医師を続けていらっしゃる日野原重明さんのコラムなどを読んでから、私は「死」という概念は、
抗うものではなく受け入れるもの。
そしていずれ来る死をどのように受け入れるか。
が大事なのではと思うようになりました。

私は仏教には詳しくありませんが、仏教にも輪廻転生や極楽浄土など死後の魂の行方や考えがあると思います。

よろしければ、仏教的観点でも宗派的観点でもご回答くださる方の個人的な観点でもよいので、「死」についての考えをお聞かせ願えないでしょうか。
宜しくお願いいたします。

死について
有り難し 54
回答 4

質問投稿日: 2016年2月25日 11:56

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

極楽浄土

死については、私も小学生の頃かなり怯えました。
死については世界中にいろいろな向き合い方があります。
人類の永遠の課題かもしれません。
あなたに合う向き合い方を見つけるのがいいでしょう。

私の場合、極楽浄土を信じています。
お釈迦様の話によりますと、阿弥陀仏が作った国であります。
キリスト教でいう天国みたいな所です。
違うのは、極楽浄土は覚りに至る為の修行をする所という事、それと、阿弥陀仏にお願いすれば誰でも行けるという事でしょう。
極楽浄土ではたくさんの仏様やご先祖様と会えます。
私もいつかは妻や親、兄弟、子供と離れ離れになる時が来ます。
しかし、いつかは極楽浄土でまた会えると思っています。
また、阿弥陀仏にお願いするというのは、南無阿弥陀仏(ナムアミダブツ)と声に出してとなえる事です。
簡単ですね。
なぜ簡単なのか。
それは阿弥陀仏は極楽浄土を願う全ての人を連れて行きたいと考えたからなのです。
難しい条件が必要だったら極楽浄土に行きたくても行けない人が出てくるでしょう。
南無阿弥陀仏ととなえる声を聞いた阿弥陀仏は、命が尽きた瞬間に迎えに来てくれると言われています。
たとえ心の底から阿弥陀仏を信じていなくても、たとえ無宗教あるいは他の宗教に所属していても、ただ、南無阿弥陀仏ととなえるだけで良いのです。
阿弥陀仏は大きな慈悲の心で、誰であっても分け隔てなく助けてくれるのです。

以上、ご参考までに。

2年11ヶ月前
回答僧

大慈

まずは基礎知識から積み重ねましょう

実は輪廻転生は仏教以前からインド圏に存在しており、ヴァルナ(カースト制)の論拠となっていました。「身分の高い人は前世の行いが良く、身分の低い人は前世の行いが悪かったせいだから、偉い人には逆らっても無駄だよ」というヒドイ論法です。

これについてお釈迦さまは「前世の行いではなく、今の人生をいかに生きるかが大切だ」と主張します。ただ、仏教はhasunohaの回答のようなケーススタディから始まっている点がポイントです。お釈迦さまは根本聖典を残さず、自分で修行して自分で悟りなさいというスタンスでした。

お釈迦さまは出家した弟子には「来世なんて無駄なことを考えてないで修行しろ」と喝を入れています(毒矢のたとえ)。しかし一般向けには「来世で楽をするには『今を誠実に生きると良いですよ』」という論法を使っていますので、来世に言及していないわけではありません。この辺が仏教の難しいところです。

そのケーススタディから法則性を導き出そうと研究を重ね、学会発表のようなものを繰り返し、分裂と淘汰を繰り返して今に至ります。

インド圏では歴史的にヴァルナ支持派の輪廻転生説に大敗し、仏教も輪廻説を導入して生き残らざるを得ませんでした。これは大乗仏教の発生以前の出来事ですので、結果的に日本仏教もその余波を受けています。民間信仰レベルでは今も上座部仏教の方が現世利益・来世利益を色濃く残しています。

ただし上座部・大乗を問わず、本来は『個人という単位にとらわれない』うえでの輪廻転生として説かれていることに注意しなければなりません。川口師のおっしゃる「不生不滅」が正にこれです。

極楽浄土は浄土宗さん、浄土真宗さん、時宗さん特有の世界観です。他の宗派にも存在しないわけではありませんが、ほとんど言及されません。末法思想の時代に「末法だから自力で悟れないなら、末法じゃないところに生まれ変われば良いじゃない!」という発想から理想郷である極楽浄土がクローズアップされました。

日本では浄土真宗さんが最大宗派ですのであまりにも有名ですが、他宗派でも通用する思想という訳ではないことにご注意ください。アメリカが超大国だからといって、世界のスタンダードという訳ではないのと同じです。

間近になってから死を思うのではなく、若いうちから体質改善的に向き合っておくのが本来は望ましいです。またご質問下さい。

2年11ヶ月前

「不生不滅」

Sakurasou様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

「死」への恐怖・不安もそうですが、私たちの恐怖・不安も含めて、様々な煩悩というものは、「真理を知っていない」という「無明」(根本的な無知)から生じてしまうものとなります。そのため、「死」ということとは、いったい何であるかについてしっかりと知り、理解することによって、その恐怖・不安も少しずつなりにも無くなっていくことになるのではないかと存じております。

仏教では、般若心経に出て参りますように、「不生不滅」、つまり、「生じもしないし、滅しもしない」ということも扱いますが、このことを理解するには、「空」や「中道」ということについて、まず理解しなければなりません。

もし興味がございましたら、是非、これからも仏教に関心を持って修習していって頂けましたらと存じます。

さて、少し前のご質問にもお答えさせて頂きました内容と重なりますが、我々の言う普通の「死」とは何かと申しますと、「肉体の死」、つまり、今の持っている肉体が、今あるように機能しなくなるということであります。

全てのモノ・コトは因縁(原因と条件)で成り立っているため、今の肉体も色々な原因や条件によって成り立っている次第ですが、やがて、因縁次第において、機能しなくなる、崩壊してしまうものになります。

ただ、問題はそれで何もかもが無くなって、「虚無」・「絶無」となってしまうのか、と申しますと、仏教ではそのようには考えません。

肉体に左右されない微細なる意識としての心の連続体、心相続を扱うこととなります。

その微細なる意識としての心の連続体、心相続において、過去世、現世ももちろん含めて、全てのこれまでの数々の行いの業・カルマというものが、引き継がれていくことになります。

そのため、その業・カルマによる結果として、輪廻に迷い苦しむことになってしまっているため、できるだけ、仏道を歩み、悟り・涅槃へと向かう善き業・カルマをしっかりと調えることで、輪廻を解脱して、悟り・涅槃へと至ることを目指すことが、仏教においては大切となります。

死、死後の赴きへと向けて、できる限り善き業・カルマを積んで参りたいものでございます。

川口英俊 合掌

2年11ヶ月前
回答僧

空心

私に曰く「死」とは

葉隠にもあるように死を強く意識することは逆に大切に生き抜くということです。
武士道の世界ではいつ死ぬか分からない危険と共に明日死ぬと思えば今日という日が充実した日になると思います。
つまり、生きているというより生かされているということになります。
死後の世界は誰も分からない世界であります。
おそらく常日頃の行いが良ければあの世も明るい世界であると思います。ただあくまでも想像にすぎないのです。

身近な人が亡くなると素直に悲しいですし、自分も死があるという恐怖が再認識します。
その遺族の悲しみや苦しをお経で仏様に祈るお坊さんは代弁者です。

怖い表現になりますが、死は常に私たちのそばにあるというマイナスですが、やはり生かされている間は充実した人生を歩ん頂きたいです。

過去に囚われず、未来に怯えず、今を生きろ! 堀江貴文氏の言葉です。

2年11ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

ご回答いただきまして、誠にありがとうございます。
川口 様
不生不滅という言葉は初めて耳にしました。
そして、心相続という言葉も初めて触れ合う言葉ですが、丁寧な解説を頂きましたことで仏教に対しより理解を深めるすばらしい言葉だと思いました。ありがとうございます。

聖章 様
極楽浄土という言葉は知っていても、極楽浄土が形成されるまでの経緯や理由は初めて知りました。
私自身がどのように死に対して向き合うのか、ゆっくりと時間をかけて模索していきたいと思います。
ありがとうございます。

大慈 様
仏教がどのような経緯を経て今の形が形成されたのか知ることができました。
大慈様の回答を拝見し、仏教は不特定多数の人が作り上げた一つの哲学という印象を持ちました。
各宗派がどのような思想で形成されたのか、調べてみたいと思います。
ありがとうございます。

片村 様
私が小学生の時は死を見据えるだけで恐怖しておりました。
しかし今は、死を見据えているからこそ今を精一杯生きられる、そう考えられるようになりました。
生かされているということを常に意識してまいりたいと思います。
ありがとうございます。

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