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死ぬのが怖い

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12歳の女子です。
私は最近死がすごく怖いです。いろいろと死後の世界について質問があります。
・宇宙や人類が滅亡したら天国はどうなるのか、輪廻転生はそこで終わりなのか
・あの世はどうやってできたか、魂はどうやって生まれたのか
・あの世に終わりはあるか
・輪廻転生卒業後どうなるのか
・死んだら今の家族とは何も関係が無くなり、転生したらもう2度と会えないのか
・魂の死はあるか
・死んだあとこの世に様子を見に行くことはできるか
・天国ではテレパシーでつながっていて会いたい人にはすぐ会えると聞いた事があるが本当か
などです。私は家族が大好きなので離れたくないです。一緒にいる時間が限られていると思うと本当に辛くて呼吸困難になります。
それに死ぬのも怖いしずっと生きてるのも怖いです。
本当にしんどいです。
助けてください。


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お坊さんからの回答 3件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

死後のことについて一番簡単に分かるのは

スマナサーラ長老の『死後はどうなるの?』(角川文庫)でしょう。文庫本だから安いし、アマゾンですぐに出てくると思います。
 インドの同時代の他の宗教でさえ漠然と「この世とあの世があるかなあ?」くらいしか分かっていなかった(まあ、あの世のことは現代でもわかっているとは言えませんが)2500年前、釈尊だけが堂々と、「生命の生きる境遇は六種類あります。下から、地獄、畜生、餓鬼、アシュラ、人間、天人です」と説明しました。
 人間と天人だけが、なんとか良い境遇だと言えます。しかし天人は人間だったときの功徳を使い切るまでの寿命で、功徳を作ることができるのは人間だけなので、人間界でこそ頑張らなければなりません。
 人間界で悪徳(悪業)を作ると、争いばかりのアシュラ、飢渇や嫉妬・憎しみばかりの餓鬼(幽霊)、本能で生きるだけの畜生、苦を受けるだけの地獄のどれかに行きます。
 人間界で徳を積む良い生き方に飽きたら、あるいは、人間界でも苦だけだと分かってそれから逃れる方法を探すならば、修行して悟りを開いて死後はどこにも生まれ変わらない生き方を目指します。

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おきもち

初期仏教というか仏教本来の教えを学びつつ、その在家信者のあり方から見た日本仏教、浄土真宗ということで活動しております。 先祖供養とか功徳回向とか、みんなお釈迦様が最初からおっしゃっていたって、ご存知でしたか。私たちも謙虚に堂々と日本仏教しましょう。

本来は「無記」ですが・・

ゆっかーさま

仏教には、「毒矢の喩え」としてよく知られている「無記」があります。

当時の仏教以外の哲学諸派からの質問で、現実の問題の解決に何も役立たない議論になるとして、お釈迦様が質問そのものを退けられたことがありました。代表的には「十無記」があります。ご質問の内容もそれに抵触するものもありますが、ただ退けるだけでは問題の解決にならないこともございます。以下、私なりに一応お答えしてみますね。

・宇宙や人類が滅亡したら天国はどうなるのか、輪廻転生はそこで終わりなのか
→仏教における世界観では、三千大千世界が一国土となり、まあ、簡単に言ってみれば宇宙が少なくとも三千個以上あるようなイメージ。この一宇宙のこの一地球だけではなく、まだまだ衆生の(輪廻して)至れる世界は広くあると考えることができます。天国は、やや異次元世界的なイメージになるでしょうか。天空の城ラピュタのような。
 
・あの世はどうやってできたか、魂はどうやって生まれたのか
→あの世はいずれにしても次の行き先での自分の意識が経験していく世界になります。魂(輪廻していく認識主体的存在)は、因縁(原因と条件)によって成り立つもので、実体としてはなく、色々と合わさって成り立っているという感じであります。

・あの世に終わりはあるか
→無数の宇宙が生滅を繰り返す中で、もし、その因縁が尽きれば、一国土における宇宙の誕生は無くなるかもしれません。しかし、別の国土でも無数の宇宙があるためそうすぐには無くならないと思います。

・輪廻転生卒業後どうなるのか
→仏教では、仏陀や阿羅漢、縁覚、独覚といった存在になります。

・死んだら今の家族とは何も関係が無くなり、転生したらもう2度と会えないのか
→過去世、今世に縁があれば、またいずれどこかでも縁は続くことがあると思います。

・魂の死はあるか
→色々な因縁によるところとなります。

・死んだあとこの世に様子を見に行くことはできるか
→次の行き先が決まるまでの意成身においてできる場合もありますが、混乱状態と業の作用によりかなり不安定なため、大抵の場合は難しいと思われます。

・天国ではテレパシーでつながっていて会いたい人にはすぐ会えると聞いた事があるが本当か
→次の輪廻の行き先における存在の状態、能力次第となりますが、おおよその場合、難しいかと思われます。

川口英俊 合掌

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おきもち

最新の仏教論考はこちらでご覧頂くことができますが、公開、非公開は随時に判断しています。 https://blog.goo.ne.jp/hidetoshi-k

死後も、生かされている世界ー阿弥陀の世界ーに再び生まれる

こんばんは。亀山純史と申します。

死後の世界については、お釈迦様はそれが有るとも無いとも言われなかった、と言います。

一方、お釈迦様はこの世界は、全てが関係しあっている、と言われました。決して、自分一人だけで存在しているわけではない、と言うことです。ですから、私たちは皆、様々なものによって生かされているのです。

そして、この全てが関係しあう世界を阿弥陀(あみだ)と言い、この阿弥陀の世界は、お釈迦様が目覚めた世界の真理ですから、これはこの世にとどまらず、死後の世界にも当てはまることでしょう。そうしてそうであれば、様々なものによって生かされている私たちは、死後、どのような状態になるのかはわからなくても、死後も、生かされている世界ー阿弥陀の世界ーに再び生まれる、と言えるのだと思います。

以上が私からの回答です。ご相談への直接的な答えにはなってはおりませんが、以上のような見方を持ってみてはいかがでしょうか。

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hasunohaを訪れてくれた皆さん、こんにちは。私は浄土真宗本願寺派の僧侶です。令和6年3月に、公立高校の教員を勧奨退職しました。その後、縁あって、令和6年4月からは「まちサポ雫石」というNPO法人のお手伝い、また、令和6年10月からは公立高校の非常勤講師をしています。 浄土真宗における僧侶は、仏さまの教えに生き、その教えを伝える者であり、人を悩みから救う能力を有した者ではありません。人の悩みを救う救いの主は阿弥陀さまです。ですので、hasunohaにおける私の回答では、仏さまの教えに救われているこの私の生き方、考え方を、皆様にお見せするだけです。そして私自身、お答えできるご相談の範囲はそう広くはありませんが、皆様のお役に少しでも立てればと思い、回答させて頂いております。

質問者からのお礼

回答ありがとうございます。
出来ればもう少し簡単な言葉にしてほしいです。

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