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子供を産むことについて

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はじめまして、瑠璃と申します。

私は子供が大好きで、また、子供を育てる全ての方々を尊く思います。
しかし、私は生きることは苦であるということを徹底的に思い知ってしまっため、子供を産もうと思いません。

そして、子供を産む意志が無いことを結婚を前提にお付き合いさせていただいている方にお伝えしたところ、私との別れを考えているようです。

私は、生きることが苦であると知って安心しました。
煩悩を捨てる、お釈迦様の道を歩みたいです。

それなのに、まだ少し、お別れは辛いです。
お知恵を拝借出来たらと思います。
よろしくお願い致します。


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お坊さんからの回答 4件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

煩悩は、はじめから捨てる必要もないものです

瑠璃さま
初めまして。
お釈迦さまの道、仏道を歩みたいとのこと。
そこにお子さんを授かっても、授からなくても、その道をはずれることはありません。
あなたがお子さんを望まないのであればそれはそれでいいでしょう。

相手の方が子供を望んでいたら、別れを考えるのもごく自然なことかもしれません。
そこに苦しみが生まれたのは、今までの生活、つまり彼といた時間と今の比較により寂しい感じがするのです。
事実というものは、今という時間しかない。見えないもの、過去や未来の存在は頭の中の想像の世界のものであることを知ってください。

煩悩は捨てる必要もないことです。捨てようとした時点で執着してしまい握り絞めることになります。思ったらそのまま。つかむこともなく手放しで。

物事、思いには、善も悪も付いていないのです。出会い頭には何も問題になっていないはず。そこに思いを付け足すから、煩悩となるわけです。はじめからなんにも問題のないことは、はじめから手放しでいいでしょう^_^

おわかれは寂しいけれど、それはそれとして目の前の生活に目を向けていれば消えていく気持ちです。過去と比較、人と比較はマイナスしかうみだしませんよ。

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人生は辛い(苦)

人生は苦だと気付かれたのは、すばらしいことです。
苦は、基本的には辛いのです。
出会いも苦しみ、別れるも苦しみ。
苦しみ(辛さ)が、形や強さを変えながらまとわりついてくるのが、人生なのかもしれません。

生きていれば苦しみはなくならない、ただ形がかわってゆくだけ。
誰にでも、お釈迦様にも、多少なりとも辛いことはあるのです。

お釈迦様は晩年、腰痛を患いながらも伝道を続けました。
私も、人生に辛いことはあります。
でももしかしたら今の辛さ、お釈迦様の腰痛よりはかなりマシかもしれません。
お釈迦様は生きる勇気もくださるのです。

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浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

「苦」を軽減させようというのが仏教の教えです

  確かに仏教ではこの世は「苦」であると説いています。仏教でいう「苦」とは、「苦しい」とか「辛い」とか「いやな気持ちになる」という事ではなく、本来は「自分の思い通りにならない」という意味で使っています。

 生まれることも、老いることも、病気も、死も、出会いや別れも、他人の気持ちも、お金や財産も、みんなあなたの思い通りにはいきません。「苦」なのです。

 また仏教は、その「苦」をそのまま受け入れるのではなく、その気持ちの原因を探し、それをコントロールして、なるべく大変じゃないようにやっていこうよ、というスタンスです。もしあなたが「人生は苦だ。わかった。安心だ。」という気持ちでいるなら、仏教的にはまだまだです。

 ところであなたの「生きることは苦」と感じた原因は何でしょう?
 その原因を思い出して、気持ちを整えることができたら、もしかしたら、「やっぱ自分の子供が欲しい」って気持ちになるかもしれませんよ。
 それでも「自分の子供は産みたくないなぁ」という結論が出て、それが原因で彼氏の心をつかむことが出来ないなら、それも「苦=思い通りにならないこと」だと思うしかないと思います。

参考になれば、こちらも。
http://hasunoha.jp/questions/5216

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・曹洞宗/静岡県/50代 ※質問の答えについて、話の大筋は変えませんが、...

教えの続きを少し紹介します

確かに生きる事は苦であります。

お釈迦様は八つの苦があると言いましたね。
これを苦諦といいます。
生、老、病、死、
愛別離苦、怨憎会苦、
求不得苦、五蘊盛苦、
の八つの苦です。

でも、お釈迦様の教えはここでまだ第一段階なのです。まだ教えの途中なのです。
実は第四段階まであるのですよ。
簡単に紹介しますね。

次の教えは集諦といいます。
これらの苦には原因があるという教えです。

そして、次の教えを滅諦といい、
これらの苦は滅することができるという教えです。

最後の教えは、道諦といい、
これらの苦を滅する方法があるという教えです。
この方法は八正道の実践と言われました。
八正道は私達お坊さんだけでなく、一般の皆さんにも通じる方法であり、日々努めるべきことであります。
八正道の内容と実践は難しいですが、本屋さんにあるような分かりやすい仏教の本や、お坊さんが書いた本、などにその要素が少しずつ含まれていますので、是非いろいろ読んでみてください。
読んでみて、もし苦が軽減されるようなら、子供を産むことも考えてみてはどうかと思いますよ。
まだお若いので結論を出すのはもう少し後にしてください。ご主人にももう少し考えさせてと伝えてはどうでしょうか。

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私は浄土宗の坊さんです。 少しでも何か参考になればと思って回答しています...

質問者からのお礼

ご回答、有り難うございます。

今はまだ完全な別れには至らず、相手も苦しんでいます。
これからのことはもう私にコントロール出来ることではなく、出た結果はただ受け入れようと思います。

今も、子供を産まないという決断で間違いはないのかと自分に問いかけ続けていますが、中々難しいです。

色々ありましたが、物心付いた時には既に生きるということの苦しみを感じていて、また仏道に出会うまで「みんなが楽しいと言っている生きることを苦しいと思っている私はおかしい」と思って余計に苦しんでいました。

それでも心の中に、みんなと同じ普通の幸せを感じで生きたいという気持ちがありましたが、今回のことを通して、結果はどうあれ、もう自分の道を生きるしかないのだと思い直しました。

重ね重ね御礼申し上げます。
有り難うございます。

「仏教全般」問答一覧

成仏とは

母が突然死しました。 数日前までとても元気に食事をし、健康診断も主治医から太鼓判を頂いたと喜んで報告してくれたので、しばらく信じられない気持ちでした。 きっと母自身も突然この世を去り驚いているだろうし、無念だったのではないかと気がかりでした。 母の死後、四十九日を待たずに地元で有名な霊能者の方にいろいろ視て頂きました。 信じる信じないは別として、ポッカリ空いた心を穴を埋めて欲しくて伺いました。 先生からの第一声が、母の生き方が素晴らしいとの事でした。 確かに母は誰にでも平等で優しく、穏やかな人でした。 しかし苦労が絶えず、娘の私から見ても果たして幸せな人生だったのか、そして誰にも看取られる事なく逝ってしまった最後が悲しすぎて後悔ばかりしておりました。 しかし、母は四十九日を待たずに天界へ登っているとの事でした。 すでに成仏しているとの事です。 例えて言うなら普通の方が徒歩で一歩ずつ天界へ登る所を、母はエレベーターで上がっていったようだとの事です。 今は6年前に亡くなった父よりも少し高い場所にいるとの事でした。 仏教は詳しくありませんが、人は亡くなってから四十九日間をかけて世話になった方等に挨拶周りをしてあの世への旅立つと祖母から教えてもらいました。 霊能者を疑ってるわけではありません。 それがでたらめでも心が救われたのは事実です。 そのまま胸に止めて生きていこうと思いましたが、ふとお坊様ならどうおっしゃるのだろうと気になりましたので質問させて頂きたいのです。 生前の生き方と言うのは成仏の仕方にも影響があるのでしょうか? 悪事を行えば地獄、良い行いをすれば天国。 それは子供の頃から頭の片隅に何となくありましたが、天国への上がり方にも生き方は反映するのでしょうか? 心が清らかな母だからそうなれたのでしょうか? そんな事って本当にあり得る事なのでしょうか? 母は悲しい最後で旅立ちましたが、人間、死に方ではなく生き方が全てと言う霊能者の言葉を信じても良いのでしょうか? 否定されても信じて行くつもりですが、仏様にお仕えするお立場からのご意見をお願い致します。

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こんなことをしていても大丈夫でしょうか?

もともとお線香の香りを楽しみたくて仏壇用のお線香をよくたいていました。 最近、1週間に1回お花が届く「お花の定期便」というものを始めたのですが、 そのお花と、お線香と、元々家にあるLEDろうそくを並べてみたら…三具足!?と思いました。3つ並べた状態でLEDろうそくをつけてお線香をたいてみたらなんだか仏壇に向かっているような気持ちになりました。 お線香に火をつけた後は何故か自然に手を合わせたい気持ちになるので手を合わせますが、この時の私の気持ちは何か1つを思うわけではなく、祖母や無くなった友人のことを思い出したり、大好きな仏様のことを考えたり色々です。 私の格好もお風呂上りだったりけっこうラフな格好で夜にこうしている事が多いです。 そして「この三具足のようなもの」はパソコン机の上なので、定位置に置いているわけでもありません。何か作業を始めたら隅っこに追いやってしまいますし、お線香が燃え尽きたらお花を移動させてしまうこともあります。 でも、もうすぐお盆ですし今度はお供え用のお菓子も置いてみようかな?と思い、お菓子を買ってきてしまったりもしています。 いつまでこれをやってみたいと思うのか自分でもわかりませんが、 今みたいな事をしていても大丈夫なのでしょうか?疑問に思い質問させて頂きました、よろしくお願いします。

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