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苦しみをうんでいるのは自分の心?回答受付中

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しなやかで強い、人格のある悟りを開いたような人間になりたくて、仏教の本をいろいろ読み始めています。内容はどれも理解するのが難しいですが、特に理解ができないものがあります。
それは、私たちの苦しみを生んでいるのは、周りの人、物事ではなくて、自分自身の心の中にある妄想が原因ということです。
実際は、何かがあり、それが原因で苦しい思いをすると思うので、妄想ではないと思ってます。例えば、DVを受けてる子供が苦しんでる原因は、親からの暴力なのに、それは妄想、あなたの心が原因でくるしいんですよ、というのは変な気がするんです。

苦しみは自分の心がつくりだしている、というのをどのように解釈したらいいでしょうか。教えていただきたいです。
よろしくお願いします。

2026年6月25日 14:17
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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

対象が「内面的な葛藤や生きづらさ」の原因を指しているからです

ご相談ありがとうございます。仏教の教えを真摯に学ばれるなかで、生じた疑問はとても大切な視点です。

結論から申し上げますと、あなたのご違和感は決して間違っていません。仏教が説く「苦しみは心が作り出す」という教えは、決して「理不尽な暴力を受けている子供に、君の心が原因だ」と責めるようなものではないからです。

仏教では、苦しみの原因を因果関係(因縁)で捉えます。現実のDVや事件など、外側からもたらされる具体的な苦痛(縁)に対しては、まずその環境から身を守り、現実的な解決を図ることが最優先です。ここを「心の持ちよう」だけで片付けるのは、仏教の本意ではありません。

では、なぜ「心が原因」と言われるのでしょうか。それは、私たちが日常で感じる「内面的な葛藤や生きづらさ」を指しているからです。私たちは、変えられない他者や過去に対して「こうあるべきだ」という強い執着や、満たされない欲望(渇愛)を抱くことで、自ら苦しみを何倍にも増幅させてしまうことがあります。この「執着する心」こそが、仏教のいう苦しみの正体です。

現実の理不尽な苦しみには具体的な対処をし、一方で、自分の心が作り出している余計な執着には気づいて手放していく。この両面の視点を持つことこそが、仏教の智慧であり、あなたが目指す「しなやかで強い心」へとつながっていく道なのです。焦らず、一歩ずつ学びを深めてまいりましょう。


縁起寺 釋聴法

2026年6月25日 16:05
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有り難し
おきもち

真宗木辺派 縁起寺 衆徒 (僧侶/教師) 高等学校教師歴39年,理系,専門は電気工学・情報工学, 現在は真宗木辺派僧侶
お悩みの相談は全般的に対応します。(下記を参照して下さい) 相談時間は、月・火・木・金・土・日曜日は、9:00~17:00です。 (水曜日以外での対応となります) 翌日以降で、他の法務等がなければ、できるだけ迅速に対応させていただきます。 元高等学校教員ですので、将来の進路や転職に関する相談などにも対応いたします。 現在も非常勤講師を行っているため、少々対応にお時間をいただく場合もありますが、できるだけ早く対応できるように調整いたします。 ◆職場や学校での人間関係がうまくいかない ◆ストレスや不安で日々の生活に支障がある ◆無気力で、人生の目標を見出せない ◆卒業後の進路を決める事ができない ◆別れた交際相手の事を忘れる事ができない ◆家庭不和で毎日の生活が辛い ◆家族や大切な人を亡くして心の整理がつかない ◆何事も悪い方向に捉えてしまい、自己嫌悪に陥っている ◆ついつい他人に辛くあたってしまい、後悔を繰り返す ◆毎日充実した日々を送れるように、仏教の勉強がしたい など、上記はこれまでの相談の例(ハスノハ以外を含む)です。

原因と結果。

『苦しみは自分の心がつくりだしている、というのをどのように解釈したらいいでしょうか。』

紗良さんのおっしゃるような、DVの件でいえば
「自分」という主体は、DVをふるう親に当てはまるのであって
ふるわれる側ではないのだろうと思います。

苦しみは世に無数ある「自分」の中に
ありありとあらわれていて
それらへの無理解が、DVや依存症、神経症などあらゆる症状として
現れると考えることができると思います。

苦しみの原因は、突き詰めてどこから起因しているかを考えれば、行動を起こした側の心に求めることができます。

行動によって被害を被った側の心にあるのは、苦しみの原因ではなく結果とみることができるでしょう。

原因と結果の因果関係は仏教の説く核心部分であり
一見シンプルですが、ときに難解です。
そこは仏教に限らず、様々な道理というものを説いた先人の智慧を借りて、我々自身問いを深めていけるといいですね。

ご参考いただければ幸いです。

南無釈迦牟尼仏 合掌

2026年6月25日 16:01
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有り難し
おきもち

Buddhism. knowing what it actually is. ... 2020/08/22退会 2023/08/29再入会

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