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自らの死について

回答数回答 5
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わたしの周りには、3人自ら命を絶ってしまった友人、従姉妹、友人の娘がいます。思い出すと、とても悲しく心が苦しいです。
自ら命を絶ってしまった人の魂は、いつまでも苦しんだままだというような事をよく聞きますので、死んでもなおその3人が苦しんでいるのだろうか?
と考えただけで自分の心も苦しいです。
仏教では、そのような魂についてどのような教えなのでしょうか?
また、自分の悲しみの癒し方、もっと身近にいるご家族の悲しみをどうやって癒したらよいのか、なんと声をかけたらよいのか、教えをいただきたいです。病気などで身近にいる人を亡くした時とは違う、ものすごい喪失感と心の痛み苦しみが身体まで蝕んだような日々を過ごしています


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お坊さんからの回答 5件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

苦しみの大きさは愛情の深さ。

neko様 はじめまして。

私の父は平成14年に亡くなりました。

理由は、わかりません。

「長男の僕ならその理由がきっとわかるはず!」という意気込みはいつのまにか形を変え、「わからない」という答えになりました。

「わからないこと」とわかった(気づけた)ことが僕を変えました。

今も悲しいです。さびしいです。忘れたころに涙がどんどん出ます。家族もそうです。きっと一生続きます。

しかし父が今もなお苦しんでいるとは、これっぽっちも思っていません。念仏の教えに遇い、生かされて生きてきた父に対して、阿弥陀様のはからいは何一つ揺らぐことはありません。

ちょっと乱暴ですが、僕自身は「癒してほしい」とは思っていません。

僕の場合ですが、もし友達が僕を癒そうとしているとわかったら、友達でいられないと思います。ただ、悲しくなっちゃった時、さみしくなっちゃった時は、受け止めてほしいと思っています。普段は、何をしてほしいとも思っていません。ただ、僕の父をたまに思い出して、元気でやっていてくれるだけで、本当に十分です。

僕の悲しみを知っている友人や、自死の悲しみに触れた方々には、すこしでも自分の人生やいのちに真剣に向き合い、「うまれてよかった」、と言えるようになってほしいと願うだけです。

自分の話ばかりしてしまい、申し訳ありません。
なるべく素の気持ちでおこたえさせていただきました。

私たちが、「うまれてよかった」って言えるようになるまで、亡き人達のいのちはまだまだ続きます。

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・大学卒業後に住職就任。お檀家さんにお育てをいただいて12年。現場の浄土真...

自死された方が、特別に苦しむことはありません

nekoさま

昨年(平成24年)、やっと年間3万人を切った日本の自死者数ですが、依然として人口比で高い水準にあります。
しかし身の回りで3名もの方が自らいのちを絶たれたとは、それは辛く苦しい気持ちを抱えていらっしゃることと思います。

自死者が死してなお苦しむ、と聞いたことがあり、心配されているのですね。nekoさんはどう思われますか?

宗派や僧侶によって立場は違うかもしれませんが、私はそんなことは無いと思います。
生まれも、育ちも、生き方も、そして亡くなり方も全てを問わず平等に救うのが仏さまだと、私は信じております。

しかしそうは言っても、自死者遺族は単に身内を失った悲嘆に加え、様々な悲しみ苦しみにさらされます。
周囲の無理解や偏見もありますし、また自らを責める遺族の方が多くいらっしゃいます。中には「病気で家族を亡くした方がうらやましい、病気を恨むことが出来るのだから」とさえおっしゃる方もいます。

その深い悲しみをすぐに癒す方法はありませんが、各地に自死者遺族の集いなどがあります。そういった会に出向いてみるのも良いかもしれません。

私も所属していますが、超宗派の僧侶で活動する「自死・自殺に向き合う僧侶の会」という会もあります。
http://www.bouzsanga.org/

毎月の集い、年に一度の追悼法要、手紙による相談も受け付けています。
ご参考になれば、さいわいです。

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浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

必ずかならず極楽浄土へ往くことが出来ます

nekoさん、こんにちは。

hasunohaの井上広法と申します。ぼくも友人を自死で喪った一人です。

さて、亡き人が出来なかったこと、代わりにしてあげることを仏教では「回向」といいます。

どうぞ、nekoさんが亡き人の代わりにたくさんのお念仏をお唱えください。

必ずかならず極楽浄土へ亡き人は往くことが出来ます。

なむあみだぶつ

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hasunoha共同代表 浄土宗光琳寺 副住職 佛教大学で浄土学を...

「不殺生戒」

neko 様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

「不殺生戒」を説く仏教において「殺」をいかに捉えるべきであるのか・・

拙考察は、まだまだ途上ですが、密教史上の「呪殺」と併せて、現在、既に100名を超えているチベット焼身自殺抗議について考えさせて頂く中において、これまで拙生なりに真摯に扱わせて頂いて参りましたつもりではございます。

勝義方便メモ・シリーズ
http://togetter.com/li/456916
特にNo.3と4にて

現在の拙私見ではございますが、「殺」については、仏教的立場から基本的にはもちろん否定されるべきことではあるものの、確かなる慈悲に基づいた利他行・善徳行として、極限において許される場合があり得るのではないだろうかとは考えております。

しかし、問題は、その「殺」が本当に確かなる「慈悲」を根拠としての利他行・善徳行の範囲として仏智(悟りの智慧)から認められるものであるのかどうかということであります。これは、仏智がいかなるかを知り得ない凡夫から判断するのは大いに危険性があるのは否めないものであるとは考えております。

もちろん、凡夫の判断からでも、明らかに煩悩や無明(根本的無知)を原因とする「殺」と捉えることができる場合は、やはり「悪業」の結果は免れないことになってしまうであろうことは推測できるのではないだろうかとは存じております。

厳しい見方となるかもしれませんが、現実上、真に仏智からの慈悲に基づいた「殺」がこの人間道において成立する場合があるのかどうかと申しますと・・非常に難しいとしか今の拙生からは申し上げられないところでございます・・

「殺」にはもちろん、自殺・殺人、生き物(動物)への殺も含みます・・生き物を殺さずに人間界を過ごすことなど誰もできないのも正直な現実としてあります・・

問題は、その「悪業」をできるだけ少なくして、いかにして「善業」を積むことにより「悪業」を浄化せしめることができるかについて考えなければならないと存じております。

その一つの方便として、追善供養、功徳回向ということが成り立つものとなるのではないだろうかとは考えております。井上広法様のおっしゃられている「回向」もそのような次第であると存じております。字数制限上申し訳ありませんがここまでにて失礼致します・・

川口英俊 合掌

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川口 英俊
チベット仏教 ツォンカパ大師中観思想・後期二諦説の研究 この度、仏...

neko様へ

私の所属する「NPO法人 自殺防止ネットワーク 風」では、
貴方様の様な方々がお電話やメール、更には面談で心の内をお話しに成られておられます。
どうぞそちらにも、ご相談をお持ち下さいませ。
専門知識を持った僧分が、貴方のお心のうちを親身に成ってお伺い致します。
先ずは、「NPO法人 自殺防止ネットワーク 風」の東京事務所へお電話下さいませ。
又は当方へでも結構ですよ。

アドレスは以下の通りです。
http://www.soudannet-kaze.jp/

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色々の悩み事がこの世には沢山有ります。 大学の卒論で密教天文暦法を研究致...

「自殺・自死」問答一覧

もう少しで自殺をすると思います。

離婚をしました。 一人息子がいましたが、私が繊細で精神的に弱く、大事な跡継ぎだと親戚からずっと言われていたため、親権は元夫になりました。仕方なく譲るしかありませんでした。 会いたくて会いたくて仕方がありません。胸が苦しいです。 元夫がキャバクラ(仕事の付き合いですが…)からコロナを持ってきて、私も感染しました。 軽症でも凄くきつかったです。それ以上に周りに迷惑をかけてしまったのが一番辛かったです。 田舎なのですぐに特定されました。視線が痛く、挨拶も無視されました。 元夫は開き直り、退院後また会食三昧。 2年前からモラハラ気味だったので限界を迎えました。 離婚後、実家に戻り2週間が経ちました。 両親は少し休みなさいと見守ってくれていますが、申し訳なさで苦しいです。 それなのに体が動かなくてほぼ寝たきりです。 コロナが怖くて外に出るのも怖いです。 元々やる気も気力もないような人間で、仕事も何も続きません。 子どもがいたから6年田舎にいられたんだろうなぁと思います。 鬱っぽくて視野が狭まってるのだと思うのですが、もう少しで自殺すると思います。 毎日死ぬことばかり考えています。 自殺をやめたとしても、ずっとずっと引きこもって寝たきりになると思います。 もう十分頑張ったかなぁと思います。 というかこれ以上頑張れません。 自殺は悪だと言いますが、そんなにいけないことなのでしょうか?

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まとも生きられない自分が嫌だ

はじめまして。 他の方からの過去の相談にあった#自殺・自死のカテゴリが見つからなかったため、こちらのカテゴリで相談させていただきます。 私は現在大学院の博士課程に通う25歳です。 まともな生活を送ることができない自分に嫌気がさし、自殺を考えています。 自身の状況を自覚したのは去年の10月でした。突然大学に行くのが嫌になり、ほとんどの人と連絡を絶って大学に行かなくなりました。 この頃は復学したいという意思はあり、精神科にかかりつつも精神状態の安定を目指し、今年度から復学することができました。 しかし、しばらくして、今の私には以下のような問題があることがわかりました。 ・時間や締切を守れない ・起きられない。寝坊で済む問題ではなく、5日間ほど寝続けてしまう ・研究に関することをしようとすると頭が真っ白になりなにも手につかない これらのことについて、当然教授からも叱責を受けました。その際、教授と話していくうちに、これらの兆候が今に始まったことではなく、高校やその前からあったことであることを自覚しました。 そして、これまでも真っ当に生きることが出来ていなかったのにもかかわらず、真人間のように振る舞っていた自分にひどい嫌悪感がわいてきました。 教授と面談を重ね、私は教授に自殺を考えていたことを打ち明けました。その際、教授からは、「たくさんの人が君のためにいろいろしてくれている。だから変なことは考えるな」と言われました。他の友人や精神科の先生にも同じようなことを話しましたが、帰ってくる反応は同じでした。 ここまでを客観的に見ると、私は自分に甘いが故にただ目の前の困難から逃げているだけなのだと思います。そして、その認識が私自身への嫌悪感を増幅させます。 思考が堂々巡りを繰り返すなかで、つい最近、結論を出しました。教授が言うようにたくさんの人が自分に対し労力を払っているのであれば、私が死ぬことでその労力は払われずに済むと思うのです。どうせまともな人間ではないのですから、排除した方が幸せだと思っています。 前置きが長くなりましたが、本題に入ります。これらのことを理解してもらうにはどうしたらいいでしょうか。私が死んでも何も変わらないと説明しても、わかってもらえません。 どうせ死ぬなら経緯くらいは納得してもらいたいのです。 とりとめのない文章で恐縮ですが、よろしくお願い致します。

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自殺すると、どこへ行きどうなるのか?

お世話になっております。 最近よく拝見させて頂いております。 僕が聞きたいことは、 「自殺をした者はどこへ行き、どうなるか?」 ということです。 僕は20代前半、男、実家暮らしです。 最近、仕事関係で、うつ病を発症したのに加え、生まれつきの適応障害や重度のHSP、中学辺りからの、親や兄弟に対しての場面緘黙症など、精神面で人間として欠陥を抱えてきたものがここ数日で限界に達してきました。 「みんなホントにすごいな…。」とただただ、その感想しか出てきません。 この世界で生きていくにはあまりにも辛すぎます。 なんでおれはこんなゴミなんだと自己嫌悪で、毎日死ぬことばかり考えています。 僕の家は真宗大谷派という宗教に属しております。 しかし、お恥ずかしながら、僕は最近まで全くと言っていいほど、関心もなければ念仏さえもまともにしてきませんでした。 都合が良すぎるだとか、卑怯極まりないとは重々承知してはおりますが、自殺すると考えると神様やお釈迦様、来世の存在を信じ、縋りたい気持ちでいっぱいです。 自分がやれる罪滅ぼしとして、自分の貯金はすべて、孤児院などで暮らしている恵まれない子供たちに寄付してくれと、メモを残すぐらいしかありません。 あとは、祖父の墓に最後の挨拶をしてきます。 身辺整理もほとんど終わりました。 死ぬ当日に、仲のいい女性に手紙を日時指定で送る準備ももうじき終わります。 自分がやれることはもうやり切りました。未練はありません。 長々と語ってしまい申し訳ないです。 こんな僕は、やはり地獄だったり畜生や餓鬼に生まれ変わるしかないのでしょうか?

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自殺しそうな自分を止めたい。生きていたい

私が小学6年になるまで毎日、同じ年頃の従兄弟(男2人女1人)の3人が家に預けられていました。私が小学校にあがるまでの幼少期は毎日、従兄弟3人から「何でいんの?」「消えろ」「キモ」と言われいじめられていました。小学生4年頃、従兄弟(次男・同級生)から性的虐待をうけ守れたのは処女だけでした。小学校高学年になるとクラス内で軽いイジメをうけました、何も話さずニコニコ笑って過ごしていたらイジメられなくなり友達も増え少し安堵しました。中学校にあがると、イジメられているAちゃんという子がいました。黙ってイジメをみていることができなかった私はAちゃんと行動を共にするようになりました、そうしたらターゲットは私になり鞄の中はチョークの粉をいれられたり、靴の中には虫の死骸をいれられたり聞こえるように悪口を言われました。私はイジメられても何も感じなくなっていて、あまり辛いとも感じていませんでした。ただ勉強と部活を頑張ってテストは90点以上が普通、部活も1年生でレギュラーになり、それだけが生きがいでした。私はAちゃんから暴力をうけるようになっていました。毎日「うちら仲良しだよねー」と後ろから抱きつかれ裁縫針で刺されました。お腹を殴られました。首に回し蹴りされました。階段から突き落とされました。学校を休むようにもなったけれど、携帯電話に死ね消えろウザイキモイ死んでちょうだい死ねないなら殺してあげるとメールがきました、アドレスを変えると電話がきてアドレスを教えるまで電話口で殺すと言われました。逆らうことができませんでした。逃げました自殺未遂を繰り返しました、中学を卒業して高校に入学したけれど学校自体が怖くなって不登校になり自主退学しました。中学の頃に父と母の別居などがあり家にいることも嫌になり家出を繰り返し家出するためのお金を援助交際で稼ぐようになりました。17歳の時、私は売春相手にレイプされました。全てが嫌になり、死ぬことを決めて飛び降りました。骨盤にヒビ大腿骨骨折、第一腰椎粉砕骨折しました。幸いなことに今歩けています何よりも命があります自業自得だとわかっています。中学の時から現在まで精神科に通院しています。現在イジメと暴力のPTSDと性的虐待とレイプのPTSDの治療をしています。寝ていても起きていてもフラッシュバックに襲われます。自殺しようとする自分をどうしたら止めることができるでしょうか。

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自殺についての捉え方

初めての質問で、ずっと考えていた、人に話したことの無い私の人生観の相談になります。 表題からまず、誤解せずに頂きたいのは、私は別に苦しいからつまらないから死にたいとは思ってません。 逆に、なぜ皆、自殺=悲劇、悪、禁忌という考えなのか理解出来ません。 私は自分の人生において、ある年齢に達した時に自ら死のうと決めております。 それは人生がつまらないだとか苦しいからだとかという理由ではなく、そこを自分の終着と決めたからです。 やり残したことや後悔などはきっとすると思いますが、それは生きている以上無くならないですし、無くしてはいけないものだとも思っているので、それも受け入れて自分に幕を引きたいと考えているのです。 その行為によって、自分が納得しているか否か関係なく周囲に必ず迷惑がその後にかかるということも承知してます。 それでも、人に気を使って私の自分で決めた終わり方をやめようとは思えません。 それゆえの、表題での根本的問いです。 本人が満足し、納得した自殺をなぜ悪く言うのですか? そもそも死が忌避される理由すらもわかりません。 世界の一つの理に対して人は勝手に忌避を覚えることに疑問です。 絶対に抗えない世界の理に対する意識とは『忌避』ではなく、どう捉え、受け入れるべきかなのではと考えています。 自然死を待つ、というのも考えてはいました。 幼い頃は長寿を望んでいましたが、なぜ長寿を望んでいたのかを考えた時、特に理由もないことに気がつきました。 で、あるならば、私はいつ死ぬべきなのか。 現時点で私は事故で死んでも、後悔、やり残しがありますが、それでも納得して死ねると思っています。 誤解されそうですが、死を美化して捉えているわけではありません。 自分自身で終着を決めることで日々生きているのだという実感を得ることが出来、そして自身で決めた終着にて、私という存在に幕引き、人生が完成を迎えるのだと思っているのです。 だから問いたい。 自殺への忌避と悪、そして逃避という捉え方は違うのではないかと。 仏教において、聞きかじりで申し訳ないですが、仏教は自殺が=で罪ではないということから、このような形で長年の疑問をご相談させて頂いております。 お坊さん方は、みなさん、自殺をどう捉え、そして生きているのでしょうか?

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最後に話を聞いてほしい

幼少期に父が精神的に不安定になりお酒におぼれました。 両親が離婚し母と僕、年の離れた妹となんとか生きていき 中学生になった頃母が再婚いたしました、思春期の僕は再婚相手と良い関係を築けず 疲れ切っていた母も再婚相手の言いなりなところがありました。 数年後、僕以外の三人が引っ越しをしました、僕は何も言われず置いていかれたので 母方の祖父祖母のところに転がり込みました、高校はいけずバイトでなんとか生きることができました。 その生活も長くは続かず祖父の家を突然処分することに 独りでほそぼそ生活していましたが友人数名と事業を創めることに 軌道に乗り始めた頃裏で数人が結託し僕を排除する動きが始まりました。 裏方として働いていた僕は結果的に出て行くしかない状況に もっと辛い人がいるのはわかります、ただこの先もこんなことがあるのか、思い出す瞬間があるのかと思うと もう立ち上がることができません 他人を羨んだりする自分にも疲れました 若く浅はかな僕は妬みで人を傷付けることもしました 手を差し伸べてくれた人もいました、誠実にそれを受け止めることもできませんでした 人と接することももう怖く間もなくホームレスにならざるを得ない状況です。 生きて多くの人に迷惑をかけてしまうより生きることを今辞めてしまったほうがいいのではと思います。 生きるにしてもまず何をしていいかわかりません、何をするにしてもお金がかかります 僕はもう何も持っていません。 父も母も祖父祖母、友人離れて行ってしまった人たちも皆自分自身が大切だから 離れるという選択をとったことを恨んでいません 幸せに自分の人生を生きてるならそれでいいです。 僕は最後に話をしたかっただけだと思います、拙い文章をここまで読んでもらえてうれしいです。 これまで生かせてもらえて幸せでした努力ができなくてごめんなさい 死という選択肢を選んでしまってごめんなさい もうただ楽に生きたいと思ってきた僕が悪いです

有り難し有り難し 14
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