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人の成功を喜べません

回答数回答 10
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はじめまして。
私は昔から他人の成功を喜ぶことができない性格なのです。

例えば、友達が仕事で成功したり、難しい資格に合格したりなどの話を聞
と、表面的には一緒に喜びますが、心の中では悔しいような、寂しいような、
不安な気持ちが沸いてきます。
親しい関係であればあるほど、その気持ちは強くなります。親友や恋人に
対しては特に強く感じます。逆に親しくない関係の人の成功は素直に喜ぶ
ことができます。

自分でも嫌な性格だな、と思ってはいるのですが、どうしようもないのです。
誰でも少しは似たような嫉妬の気持ちはあると思いますが、自分は特に強く
嫉妬してしまいます。

この気持ちはどう整理すればよいのでしょうか。


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お坊さんからの回答 10件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

カメの幸せ。

童話『ウサギとカメ』のカメは、なぜウサギに勝てたのでしょうか。
「比べなかった」からです。

優れた相手をうらやんだり、自己嫌悪でふてくされたりせず
自分のやるべきことだけを見据え、淡々と全力を尽くしたからです。

ミャンマーの僧侶、アシン・サンダーディカ師は、嫉妬する人を「息する死体」という痛烈な言葉で表現します。
他人をねたみうらやむとき、私たちは最も大切な仕事…「いま・ここ・私」を生き、人として成長することをストップさせています。

自分と他人とを比べる「慢(まん)」という気持ちは、修行の一番最後の段階でやっと取り除けるほどの、強力な心の汚れです。
ですから、うらやましさに胸がチクンと痛むことは、誰しもあることですよ。

ただ、心は訓練によって変えていける不思議なものです。
「このような気持ちになるのは苦しい」と既に気づいていらっしゃるのならば、きっと良い方向に変わって行けるはずです。
限りある時間と能力を、自分やまわりの幸せを増幅させるために使えるといいですね。

※童話の例えはかつて読んだ本にヒントを得ましたが、出典失念しました。

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青森県生まれ、宮城県在住。ミャンマー語が好き。子ども3人。 お寺の生まれ...

それいけノザワナマン!

おもしろたとえ話
あなたはカブです。親御さんもカブです。
親御さんはあなたにもっと大きなカブになれと言います。
期待に答えたくても自分の畑では栄養分が合わないのか、足りないのか、根っ子が全然おおきくなません。「おかしいな、アレおかしいな」気がつくとあなたは根は小さいまま、葉っぱばかり伸びてしまう「野沢菜さん」だったのでちた。
親はもっと根をはれ、と言い、周りは成功していて自信をなくしていました。
ところがある時に「ステキ❤」明太子さんという方から猛烈なアタックを受けます。
二人はオニギリとなって相性抜群です。
あなたは自信を取り戻しました。「そうか、もうカブでなくて、いいんだ。」「そうよ❤」

あなたは成功した高菜くん、小松菜くんを始め、ご両親に、心の中でそっとつぶやくのです。
「僕は僕なりにこの畑で生きようとして精一杯生きた姿がこの姿なんだ。だから僕は僕を生きるよ。」
同じカブでもダイコンでも畑、土によってカタチや味も変わります。

よって、あなたはカブ派、人参派、大根派では成功する必要なんてありません。
野沢菜派、野沢菜流として葉っぱをいっぱい伸ばし、いつかタラコさん、明太子さんからステキ❤ と猛烈アタックを受けるその日までしっかり自分の葉っぱを伸ばし続けることです。
ちなみにライバルの高菜さんも遠く九州で成功して今や豚骨ラーメンには欠かせない存在かも知れません。小松菜くんも千葉の船橋で小松菜うどん、小松菜青汁として一旗あげたそうです。
ですがあなたにも無限の可能性があります。
相性のいい梅干しさん、タクアンさん、いり卵さんと結束して美味しいおにぎりをたくさん生み出してください。笑
いや、あくまでたとえ話です。
オチ:「親や誰かとカブるな。」
参考聖典「クックパッド」より

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丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 📞08020659278 法話禅会 毎週日曜3時より...

自信がないのでは?

すすむさんへ

親しい方の成功こそ素直に喜んであげたいのに喜べない、そんなご自分の姿を変えたいのに変えられない、お辛いでしょうね

質問を拝見しての私の見解ですが、すすむさんはある種の劣等感がお有りのようですね

それはきっと、ご自分に自身がないからではないでしょうか

なぜならば不安というのは自信のなさのあらわれだからです

すすむさんは物事を対比する考えが強いのではないでしょうか

つまり私はAさんと比べてこういうところは優れている、こういうところはBさんより劣っているというような考え方です

親しくない方に嫉妬しないのは、比べる点が少なくて対比できないから悔しさが湧かないのではないでしょうか

反対に親友や恋人は、距離が近いぶん相手の「粗」がよく見えますよね

良くも悪くも「自分に似た人たち」と感じているため、相手が優れた結果を出すと「置いていかれた感」を感じるのでしょう

それが「悔しいような、寂しいような、不安」の正体だとお見受けしました

それを前提に解決策をご提案いたします

まず「人に嫉妬する自分を否定しない」、自分自身を受け止めてあげましょう。自分を否定するのは辛いことです、「私はこんな感情を感じているのだ」と受け止めるだけで良いのです

その2「目的をもつ」 誰かと比べるということは、すすむさんの視野が狭くなっている証拠です。相手のことしか見えていないのです、ですので何か目的をもって「私は目的に近づいているだろうか」という基準でものを考えると「誰かとの対比」の習慣はなくなるのではないでしょうか

「自信をもつこと」 自信は誰かに認められてつくものではありません、字のごとく「自分を信じる」と書きます。今はうまくできていなくても自分を信じてあげましょう

文字数の関係で雑な回答で申し訳ありません

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私達は本当に悩んでいる事は、なかなか相談する事ができませんよね、私も10年...

人間の心情

すすむさま

はじめまして、なごみ庵の浦上哲也と申します。
以前「友達の幸せを喜べない自分が嫌い」という問答がありました。まずはそちらをご覧頂いてもよろしいでしょうか。
http://hasunoha.jp/questions/124

あちらでも書きましたが、人間には他者の不幸を見て相対的に幸福感を感じるという、身もフタもない心情があるようです。裏を返せば、他者の幸福を見て不幸せな気持ちになるとも言えるでしょう。
鎌倉時代の親鸞聖人という高僧は自分自身のことを「悪性さらにやめがたし、こころは蛇蝎のごとくなり」と仰っています。「人間が持つ悪しき本性はなかなか止めることはできない。まるで毒蛇・毒サソリのようなものだ」という意味です。

すすむさんは、「親しければ負の感情が強くなり、親しくない人の成功は素直に喜べる」とありましたが、これは他者の成功内容に関わらず、その人との関係性で決まってくるのでしょうか?

私の場合は、私の欲するものを人が得れば嫉妬しますし、自分と関係ないものを得れば素直に喜べます。関係性よりも、他者の成功内容に左右されます。すすむさんは如何ですか?

上記のリンク先でも書きましたが、これは人間の当たり前の感情なんだ、とまずは認めてあげてはいかがでしょうか。仰る通り、誰でも多かれ少なかれ持っている感情です。

少なくとも表面的には一緒に喜んであげられているのですから、すすむさんか決して嫌な性格なんかではないと私は思います。

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浦上 哲也
横浜市神奈川区で、新しく小さなお寺を営んでいます。 仏教の教え・浄土真宗...

「随喜功徳」

すすむ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

「嫉妬」は煩悩の一つであり、誠にやっかいなものでございます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/嫉

嫉妬や煩悩に関しましては、これまでにも下記問いにて少しく扱わせて頂いております。

問い「嫉妬する気持ちを消したい。軽くしたい。」
http://hasunoha.jp/questions/134

問い「人の悩みって」
http://hasunoha.jp/questions/82

問い「世の中で一番醜い事は」
http://hasunoha.jp/questions/66

上記の拙回答の内容とは少し違った観点から今回は述べさせて頂こうかと存じております。

仏教には、「随喜」という言葉がございます。

字の通りに「喜び随う」となりますが、他の者の善徳行や慈悲・利他行について、喜びの心を起こして、その功徳に随うことであります。

「随喜功徳」と申しますと、法華経の「随喜功徳品第十八」が有名でありますが、迷い・苦しみある者たちを救うというために行われる善徳行や慈悲・利他行について、誠に有り難く、尊いことであり、私もいずれはしっかりと行えるように調えて参りたいという心を生じさせることが仏教において肝要となります。

大抵の場合、嫉妬は世俗的な欲望において起こることでありますが、世俗的なことにおいても、自分自身もいずれは同じように成功したいと思うのであれば、嫉妬による言動は結局のところ悪い結果しかもたらされることはないので、できるだけ慎んで、できれば一緒に喜んであげて、自分もいずれは同じように成功したいとして精進努力して調えていくことが望ましいことであるかとは存じております。

その成功も、できれば「自分のため」ではなくて、「人のため、社会・世の中のため」ということでの成功を目指すようにしていくことが、自ずと自分のためにも繋がっていくのではないかとは存じております。「自利利他」ということでありますが、それを仏教においては、「全ての迷い・苦しみある者たちのために」ということでの善徳行や慈悲・利他行とすることを更に目指していくことが大切となって参ります。

なかなか嫉妬などの煩悩を無くしていくことは難しいことではありますが、是非、共に頑張って参りましょう。

川口英俊 合掌

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すすむさん

おはようございます。

私たち人間は、羨み 妬み 怒り 悲しみ 愛憎の煩悩を 断ち切ることは、なかなか難しいものです。不可能に近いかもしれません。
私自身も、素直に喜べない時があります。自分が、思い通りにいかないと悩んでいる時には、特に 相手の喜びを素直に 受け入れれない私がいます。これは、誰もが 持っている感情であり、全く無い!なんて人は、いないでしょう。
それだけ、相手のことを、意識している(ライバルや、同志)のかも知れないですね。

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はじめまして(*^^*) 中田みえです。 住職として、中学生の息子の母親...

ぜひパワーに変えてください

すすむ様へ

決して悪いことばかりではありません。
嫉妬を自分のパワーに変えればいいのではないでしょうか。
すでにこうして質問をされているということは違和感を感じているという証拠。

ぜひ前向きに、仕事や趣味など今度は自分が成功してやるという
パワーに変えていただきたいと思います。合掌

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鈴木光浄
「人の一生に寄り添うことのできるお寺」を目指しております。さまざまな御縁を...

すすむ様。

浦上 哲也 師の仰るごとく、貴方がお悩みの「人の成功を喜べない其の感情」は、『人間の当たり前の感情で有る。』と、先ずは割り切って掛かる事でしょうね。

その上で、川口 英俊 師の仰る、『他の方の喜び事を一緒に喜んでさし上げ、自分もいずれは同じように成功するのだと精進して行かれる事』を為さる事が宜しいのでありますまいか。

とは言え、なかなか難しい事では有りますが…徐々にで宜しいかと存じますよ。
無理しても焦るばかりで、上手く参りませんから…

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色々の悩み事がこの世には沢山有ります。 大学の卒論で密教天文暦法を研究致...

心が大切ですか?

「人の成功が喜べないが、表面的には一緒に喜べる」ということでしょうか。
 道元禅師様がお示しになりました『正法眼蔵随聞記』に「得道(仏道修行)の事は心をもって得るのか、身(行い)をもって得るか。」の質問に「正しく身(行い)を以て得るなり。」と答えました。理由は色々と書かれておりましたが、要約すると「身(行い)が整えば、次第に心も整う。」ということです。
 すすむさんはなぜ、表面的にでも一緒に喜ぶのでしょうか?私にはその理由が分かりませんが、思っていることを素直に言葉に出すと友人との関係が崩れてしまう、空気の読めない人間と思ってしまう、と思ってしまうのではないでしょうか。その気持ちが気遣いというもので、素直に思いを話すことにはリスクを背負うことになると思っているのではないでしょうか。だったら、今まで通り。気持ちは喜べないが、人の成功を褒めたほうがリスクが少なくて済むと思います。それを続ければ、自然と「人の成功が喜べないが、表面的には一緒に喜べる」気持ちがなくなってくると思います。それは明日かもしれない。死ぬ間際かもしれない。いつかは私も保証できません。悪しからず。

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ちょい悪坊主を目指しています。尊敬する人は一休さん。

あなたの深層心理に何かがあるのでしょう。

その性格が自分でも嫌だと思う気があるのならなにか
外部的要因があるのではないでしょうか?
「親しい関係であればあるほど、その気持ちは強くなります。」
とありますが、
たとえばあなたのご両親になにかそういうことがあっても素直に
喜べないような気持ちはありませんか?
もしそうするとなにか親子関係に問題があるのかもしれません。
あなたではなく父親、もしくは母親があなたに対して
そういう気持ちを抱いてはいないでしょうか?
またはご兄弟で差別されていたようなそういう関係はなかったでしょうか?
昔からそうだったというのであれば、その原点まで戻り、
振り返って原因を探してみて下さい。

もしあなたが何か成功して他人に喜んでもらえたとき
あなたは嬉しくありませんか?
その嬉しい気持ちを今度は人に分け与えてあげれば良いのです。
ちょっとしたことをして「ありがとう」と言ってもらえたら
あなたはうれしくありませんか?
もし嬉しかったら今度はあなたが他の人にしてあげましょう。
その人もきっと嬉しいはずです。そういう小さな積み重ねが大事です。
「ちりも積もれば山になる」と言う言葉があるように
あなたの心をその気持ちで少しずつでも満たしていけば
きっと何かが変わると思います。

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50代、妻と娘2人。 若い頃はタイやインドなどアジアを中心に10年程旅行...

「嫉妬・人の幸せを喜べない・不幸に喜ぶ」問答一覧

嫉妬の感情との向き合い方を教えてください

こんにちは、紅茶ラテと申します。 私には共通の趣味を持つ仲のいい友人が2人います。 学生時代は家が近かったこともあり、よく3人で遊んでいました。 社会人になり、私が地方住まいになり、中々会うことも難しくなりましたが、私たちの趣味がネット通話を介してできるものであるため、しょっちゅう通話をしています。 悩みというのが、この2人の仲にどうしても嫉妬心や羨ましい想いを抱いてしまうことです。 私がそれぞれと一対一で遊ぶとき、話しているときよりもその二人で遊んでいるときの方が楽しそうに思えてしまいます。 予定を入れるときも、その二人の予定が最優先で、私が誘っても優先度は低いんだろうな、と感じられてしまいます。 実際価値観や性格を鑑みても、きっと2人の方が相性がいいのだと思います。 友人関係なんて環境や思考、年齢や人付き合いの変化によって変わっていくものですし、仕方のないことだと思います。 別に嫌われているわけでもないし、私には私のそれぞれとの付き合い方があって、それは同じように相手方にも羨ましいと思われるものなのかもしれません。 しかし、そうやって言い聞かせて考えてみても、どうしてももやもやしてしまう気持ちが抑えられなくて、情緒不安定になってしまいます。 最近がひどくて、年中二人の動向を気にしてしまい、きっと2人で遊んでると察しが付くと感情の乱れが著しく、そんな自分に嫌気がさします。 元々人の顔色を伺う性質で、言動一つ取っては「嫌われてしまったのでは」と不安になります。 ネットで意見を見ても、「一度離れてみるのがいい」というのが大多数で、離れたら離れたで、二人の仲が際立つだけのような気がして…そもそも離れるのも怖いです。 ずっとこんなことばかり考えて、不安になって、今まで楽しかったこともやる気があまりなくなってきてしまって仕事の日も休日の日も、感情に振り回されてばかりです。 もういい年になるのに、まるきり子供の我儘にふりまわされているのも嫌で、どうにかしてこの感情と、友人とうまく付き合っていきたいです。 分かりにくい文章で申し訳ありません。 もし何かアドバイス等あればお伺いしたいです。

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嫉妬しない方法ありますか?

はじめまして。 長文になりそうです。すみません。 恋愛の相談お願いします。 現在、社内恋愛をしています。 彼と、ある特定の方(Aさん)が一緒の勤務の日、とても苦しい気持ちになります。嫉妬です。 彼とAさんは私より先に同僚として勤務していました。仲が良いことで知られており、私が入社した時も、私自身そのように感じました。 恋愛感情があると錯覚させるその2人の行動や距離感は、私が彼と付き合うまでは特段気にならなかったのですが。今は嫌で仕方ありません。 そんななか、Aさんは結婚しました。周囲の推測(彼と男女関係なのでは?)が覆される出来事です。 私は彼と付き合う時、Aさんとの関係について話を聞いていました。 彼はAさんを単に同僚としか思っておらず、恋愛感情はないこと。Aさんが結婚し、式にも出た彼は「いつもくだらない噂してるな」とこれまでずっと思っていたこと。ただ、恋愛関係でないのに、無理に否定することは、かえって関係のレッテルが貼られてしまいそうで聞き流してたこと。などです。 私は2人に何もないことを信じています。 しかし、どうしても、 自分で感じた、はじめに受けた印象が消えず、2人が一緒で私が出勤しない日は胸が締め付けられるほど苦しいです。 また、Aさんは私の教育担当でしたが 口調行動にトゲがある方で、精神的にも肉体的にもストレスを感じていました。 人格否定、決めつけもあり、「トラウマとして感じている過去」もあります。 数年経った今も、Aさんに対する恐怖はあります。一緒の環境にいるだけで、全て(声表情言葉行動)が気になるのです。プライベートでも気になって頭から離れないことがあります。 そんな風にAさんに対して 嫌いだからこそ気にして、かえって依存している感覚がある中で 「彼との過去の関係性」 これらが相まって、余計に嫉妬心を感じているのではないかと思います。 嫉妬の内容というと… 仕事内容以外喋らないでほしい 2人の時間で名前を出さないで欲しい ある程度の距離感を保って欲しい などです いつも彼に対して「こうして欲しい」という感情が生まれます。 この嫉妬はどうしたら消えるのでしょうか。Aさんの事を考える時間をなくしたいです。 良い心持ち、アドバイス よろしくおねがいします。

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人に嫉妬してしまいます。

わたしは、趣味で絵を描き続けている者です。 長く続けているうちに、たくさんの人に見てもらえるようになりました。お褒めの言葉を頂いたり、ファンだと言って頂けることも増えました。それ自体とてもありがたく、嬉しいことだと感じています。 しかし、わたしが憧れる人(Aさんとします)が、別の方(Bさんとします)の作品に対し好意的な時、「ああわたしはBさんより絵が下手なんだな」と思ってしまい、Bさんに強い嫉妬を抱いてしまいます。もちろんBさんはとても絵がお上手で、わたしも大好きで憧れで、それなのに、「自分より上手い人に褒めてもらっている人より劣っている」と感じてしまって、そんなふうに感じるのがとても苦しいです。惨めになります。 誰からの褒め言葉も受け止められなくなり、なんでこんなに自分はできないんだろうと自分を傷つけて、負のスパイラルに陥ってしまいます。 絵を描くことはただの趣味で、そこで生まれる繋がりもタイミングや好みなどが関係していることもわかります。理解はできても心が納得しません。下手くそだ、もうやめればいいのにと自分をなじってしまいます。 どうしたら自分の心を大事にできますか?絵は、絶対にやめたくありません。

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従姉妹に嫉妬してしまいます

いつもありがとうございます。 なつと申します。 今回は嫉妬心とのつきあい方について質問です。 私には同い年の従姉妹がいます。この従姉妹にとても嫉妬してしまいます。彼女とは幼児期は同じように扱われることが多く姉妹のようでした。そのような環境だったので自然と従姉妹に与えられるものは私にも与えられるはずだと考えるようになりました。しかし親が兄弟で年齢が同じなだけでおかれている環境がちがうので次第に与えられるものに差が出てきました。従姉妹の家はまぁまぁ裕福で両親は土日やすみなので週末ごとに遊びにいっていましたし、夏には海に行ったり旅行したりしていました。一方私の家は貧しく両親は平日やすみなので遊びに連れていってもらったことがほとんどありません。従姉妹は私が行ってみたいと思っても連れていってもらえないところによく連れていってもらっていました。私は学生時代周りから浮いていていじめられていました。従姉妹はスクールカーストの上位にいて楽しそうに学生生活を送っていました。私は貧乏な家庭の生まれなので新築の家に住んでみたかったけど住めませんでしたが、従姉妹の家は新築をたてて住んでいます。私は恋愛に縁がなく、いまだに一人ですが、従姉妹はよい伴侶に恵まれ子供もいます。 従姉妹の幸せを喜ぶ気持ちもあるのですが、同じように生まれてきたのになんで私はほしいものが手に入らなくて従姉妹にはそれらが手にはいるのだろう?と不公平に感じます。すごくもやもやします。従姉妹なんていなければこんなに悩まなくて済んだのにと思うこともあります。従姉妹のことは大好きです。でもすごく嫉妬してしまってとても悲しくなります。近い血縁で近い日付で生まれただけで別の人間なのだからしかたがないと割り切れたらいいのでしょうがそれができません。どうしたらこの嫉妬心をうまく制御できるでしょうか。よろしくお願いします。

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分からないものを羨む心をどうにかしたい

私は、嫌いと言える人が父親しかいません。その父親も、私の考えを意味のないもののように扱う、という思考が嫌なだけで、その人自身が嫌いかと言われると微妙です。 それが普通と思っていたのですが、嫌いな人はいないって言うと驚かれ、数少ない嫌いを言えば安心されることが最近分かりました。 人に対する感情が希薄な人もいると、本で読んだことはあります。 けれど、周りが嫌いなものがあって当然という人しかおらず、何だか自分が、心のどこかが欠けた欠陥品みたいに思えてしまいます。 嫌いだけではなく、昔は何も長続きしなくて、好きって言えるものも無く、好きという心も他の人より薄いと感じます。(今は1,2つのゲームと、読書が好きとは思えます) 特に、人に対する好きがよく分からないのです。 友達は友達ならこう思って当然、と暗黙の了解を理解しているし実感もしている人が多いです。友達が嬉しい時は嬉しくなるとか、困ってるなら助けたくなるとか。 私にはそう感じることがほぼありません。 嬉しいことを報告されても、ふーんとしか思えないし、友達じゃなかろうと目の前で困って助けを求めてきたなら大体助けます(助けたい!というよりも、助けを求められた=助ける、という方程式に沿っている感覚です)。 ある程度、こうすれば普通に見えることを学んだので、人から優しいとか言われることは増えました。 けれど、友達のことで怒ったり、悲しんだり、それは全く理解できず、羨ましい気持ちも消えません。 そんな心の話をするとき友達は楽しそうで、その心に寄り添えるから親しくなれる、そんな空気があるように思います。 その時、私は表向きの共感しか出来ないのです。 言ったら、真面目ちゃん、良い人(笑)と言われてきました。 それはストレスだし嫌だったし、だからこそ、心のエネルギーを人に向けられる人が心底羨ましいです。 分かりたい、と無駄なことをよく思うのです。 ずっと分からないことを分かりたいと思うのは無駄だし、分かったところで何か変わるわけでもない。けれど羨ましい心も消えない。 そんなぐちゃぐちゃの心をどう扱えば静まっていくのか、分かりません。

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