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お坊さんの煩悩とは何ですか?

回答数回答 6
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お坊さんの煩悩とは何ですか?
煩悩が生じた時にそれをどう対処されますか?
失礼過ぎてすみません。

2017年8月3日 11:42

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お坊さんからの回答 6件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

旬な話題で言うと

暑っちぃ〜…薄着したい………(法衣フル装備&下着シャツで5枚重ね)
対処のしようはありません。馴れあるのみです。

追記
夢を壊してごめんなさい。

でも、それじゃいけないんです。この国は20世紀の最後の四半世紀あたりから「お坊さんに煩悩は無い。サラリーマンは理想の企業戦士。夫婦は恋愛の完成形。」というような夢や希望で社会を美化してきました。それで信仰を集め、お父さんが尊敬され、男女平等で幸せな家庭を築き、頑張れば頑張っただけ報われる社会になると信じて疑いませんでした。

しかしその結果の現実は、日本史上最大級の仏教離れ、新卒の若者が3ヶ月で辞める職場、3人に1人が離婚経験者、頑張れば頑張るほど病む社会でした。かつての夢や希望は、ただのパリ症候群にしかならなかったのです。

あなたのお坊さんイメージは間違っています。それはお坊さんの修行ではなく十三代目石○五右衛門とかその辺の修業です。アニメやドラマの中の修業です。邦元師が煩悩とは何かということをおっしゃっていますが、その通りです。当時のお坊さん達は煩悩とは何かということすらマトモに説いてきませんでした。(私自身、今回の回答であまり熱心に書く気がなかったのでスルーして乗っかっていましたが…)
それはあなたの妄想ではありません。昔の大人が社会総動員ではびこらせた社会の病です。そんな妄想社会はぶち壊して、人が等身大の人として地に足付けた価値観が当たり前になっている社会を作り直さないと誰も得をしません。

夢を壊してごめんなさい。そして悪い夢を見させてしまって、ごめんなさい。
今は社会のたくさんの面で時代の転換点にあります。一緒に新しい時代を創りましょう。

2017年8月3日 16:30
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おきもち

曹洞宗副住職。タイ系上座部仏教短期出家(捨戒済み) 最近YouTubeを...

普通過ぎますが…、

病気になりたくないし、
老いたくないし、
死にたくないです。
好きな人と一緒に居たいし、
嫌いな人とは会いたくないし、
欲しいものは何でも手に入れたいし、
嫌な目に遭いたくないし、
好きなことだけしていたいです。

2017年8月4日 15:24
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おきもち

和田隆恩
 1967年京都市生まれ。山形大学理学部卒業後、証券会社で勤務。30歳で脱...

煩悩っていったい

甘いもの食べたーい→少しだけにしておこう。
ビール飲みたい→ハイボールにしておこう。
こんな対処の仕方です。

しかし煩悩ではないんです。色々思うの自由ですし当たり前のこと。
それに「こんなことを思ってはダメ」こんな気持は消し去らねば」と取り扱うことが煩悩なんですよ。
思っても思ったまま。相手にしないのです。「思わないようにしよう」とかすることこそいらぬ煩悩。
女の子が歩いていたら「かわいいな」とか「きれいだなー」と思うのは、当たり前でしょ。誰にでもあることでしょ(^-^)

2017年8月3日 17:11
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有り難し
おきもち

皆さんと同じです

拝読させて頂きました。
僧侶つまり坊主も人ですから一般の人々と変わりありません。
あなたと同じように煩悩である貪り・怒り・欲望・執着・そして日々迷いの中で生きています。
当然三大欲求も沸き起こって来るのです。
ですから私のついて言えば煩悩まみれなのです。
仏教では心で思ったことも罪となります。
ですので毎日その煩悩によって様々な罪を犯しているのです。
例えば「ああ、今日は面倒くさい・やりたくない・怠けたい・あれが欲しい・これも欲しい・あれ食べたい・あいつのことが頭にくる・なんでこんな目に遭うんだ…」等々愚かな妄想が沸き起こってくるのです。
ですから毎日の朝のお勤めで仏様に向き合い、己の犯した心に思った罪を心から仏様に懺悔致します。仏様は全てをお聞き届けなさってくださり受け入れてくださいます。私も心を入れ替えてその様な邪まな思いを捨て去るようにと努力しようと思うのです。しかしなかなか煩悩から離れられない自分がいるのです。

仏様はその様な愚か者の私達を全て受け入れてくださり救って下さいます。そして正しい方にお導きなさってくださいます。

あなたがもしも煩悩に苛まれて心が大きく迷いを生じるなら心から仏様に手を合わせて心の中でお話しなさり、懺悔なさってくださいね。仏様は余すところなくお聞き届けなさってくださいます。そしてあなたを正しくお導きなさってくださいます。

あなたがこれからの人生心清くなり迷いを離れて心安らかになられます様と仏様にお祈りさせて頂きます。

2017年8月3日 13:11
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おきもち

Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして8年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラー...

プライドの煩悩はしぶとい

煩悩は大きく分類すると10種類あります。
悟りの段階に応じて、煩悩は段階的に消えてゆくのだそうです。
私なんかは悟りの第一段階もほど遠いので、全ての煩悩が大活躍ですけど。
悟りには4段階あって、3段階まで悟った聖者では、まだ煩悩が5つ残っているそうです。
最後4段階まで悟ったら残り5つもなくなり、仏様と同じように全ての煩悩を克服できるのだそうです。
で、最後まで残る煩悩の1つに、「慢」という煩悩があります。
簡単に言うと、プライドの煩悩です。
ということで、欲や怒りがなくなったかなりすごいお坊さんであっても、プライドの煩悩は最後まで残るのです。
心のどこかで、自分の価値を気にしたり、自分を偉いと思ったり、逆に自分をダメダメだと卑下してしまうのです。

2017年8月5日 6:41
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おきもち

浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

仏教のモノサシで取捨選択する

奈由様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

お坊さんの煩悩。。

お坊さんであっても、あれしたい、これしたい、あれほしい、というのは、普通にあります。

ありますが、それが誰のためであるのか、何の目的のためであるのかにおいて変わってくるものとなります。

お坊さんであれば、それは、自分のためではなくて、他の迷い苦しみを取り除くため、皆が悟りへと至って安楽となるためのものであるのが理想となります。

と言って、自分のためも完全には否定しません。悟りへと至るための自分のためであっても、それはやがて皆のためにもなるものであるならば、大いに認められることになります。

あれしたい、これしたい、あれほしい、更には怒りや憎しみや嫉妬など、色々な煩悩が出てきたとしても、それらは、ただの利己的、独善的、自己満足的なものでないかどうか、更には、その欲や煩悩は、皆が悟りへと至るために必要なものであるのかどうかなど、それらを冷静に見極めることで、必要ない欲、煩悩は極力無くしていけるように努めて参りたいものとなります。(密教では、煩悩を悟りへと向かうための力として利用する場合もございますから、一律に仏教だからと言って、煩悩全てを否定するわけでも実はないのであります。)

欲、煩悩は人間である以上、お坊さんであっても出てきて当たり前のものですが、それを取捨選択する基準をできる限り、仏教のモノサシにて判断して、中道を歩んでいけるように調えたいものでございます。

是非、更に仏教に興味を持って頂けましたら有り難くに存じます。

川口英俊 合掌

2017年8月5日 9:30
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有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

質問者からのお礼

回答ありがとうございます。
仏様に手を合わせるという非常にシンプルな答えがとても良かったです。そのような気持ちは忘れずに持ちます。
しかし試練はやってきます。
今はただ嵐の前の静けさ。静けさの中で静観します。

回答ありがとうございます。
心頭滅却という言葉がよぎります。
煩悩は尽きることがありません。
欲望が正常に働いているという意味を少し考えさせられます。
少しだけに抑えておくというのはいいことですね。

回答ありがとうございます。
暑さには参ります。
健康に気をつけて下さいね。

回答ありがとうございます。
心がそのままの状態を鏡に写すと
素直な状態が感じられます。

お坊様に煩悩が沸き起こっても簡単に制御されるのだろうなとか、高潔さなんて私の妄想だったのかなと思います。

追記回答ありがとうございます。
人々は仏教から離れているのではないと分析しています。理由はきちんとあります。けれどもここで申し上げる訳にはいきません。

新しい時代を未来がより良いものであって欲しいです。お祈りしています。

回答ありがとうございます。
プライドとか全部なくなったであろう人を見たことはあります。生きるために護美を漁って食べていた人位です。衝撃はないと思いますが日本の事です。
人間の価値なんて最後までわからないものです。

回答ありがとうございます。
誰かの為の煩悩は最高の答えです。
ありがとうございます。

お礼のコメントに名前を乗せなかった事は申し訳ないです。大慈様、円通寺 邦元様、林鴬山 憶西院 超覚寺 和田隆恩様、一向寺kousyo kuuyo Azuma様、願誉浄史様、岩瀧山住生院六萬寺川口英俊様、どの答えも良かったです。
ありがとうございます。

ここからのお礼は少しはっちゃけた様な
失礼も承知で書きます。
私は現世利益大好きです。
そんなに○ファンではないけど
その寺社に絵馬を奉納すると○の優先チケットが当たるとかでファンが殺到する所とか
エンターテイメント系も大好きです。
見ていて楽しいの大好きです。
人々を喜び、この世界を明るくするのって
素晴らしい煩悩の様な気がします。

それが私の中の人に話せる煩悩です。
お坊様に書いているのと違いますけどね。

合掌。

「煩悩」問答一覧

煩悩も欲も消さなくていい。

煩悩も欲も消そうとする必要はない。この世の理(ことわり)だから。 煩悩や欲はありのままの心の在り方であり、決して消えるものではなく、そのままを受け入れることでその縛りから解き放たれる。 辛い苦しい悔しい腹立たしいだけでなく、ありがとうと感謝の言葉を発することも、何か良いことをするという徳を積む行動も、お念仏さえ煩悩や欲のひとつである。煩悩と欲は人として生きるには逃れられないものである。 また、煩悩は108あるという。言葉遊びではあるが永遠(とわ)とも読める。 これは、煩悩や欲などはこの世の時空間が始まる時から(科学的にはビッグバンか)終わるまでの限られた「永遠」という中に存在することを意味する。 煩悩がこの世の物理的な法則決まりごと、欲が化学結合などを起こすエネルギーとして考えるなら納得してもらえる人もいるだろう。宗教や哲学、科学などは人のごく限られた能力の中で作られたものであり、大した差はない。 別の世、違う時空間には違った煩悩や欲があるだろう。 人は人としてこの世に産まれる前から生命体(あるいは物質)として遥か昔から存在し、煩悩と欲のおかげを受けながら、産まれてからだけでなく、死んだ後も物質やエネルギーとして森羅万象の中で存在しつづける。 自分とは?自分はなぜ?ということに捕らわれず、今の状態、周りの言動はその存在を認め、自分の感情をはじめ、他人の行動や起こった出来事は仕方がないと赦して労わり、その経験をありがたしと感謝しながら、経験を活かして自分の趣くままに行動する。 そうして、普遍的に存在する煩悩や欲にも感謝しながら、うまく活用できれば、自ずとこの世も極楽と気づくことができる。 悟ることができて仏になるであろう。

有り難し有り難し 6
回答数回答 1

【暴言多め】ちくしょー!私は煩悩の塊だぞ!?

乗っけから乱暴ですみません。 ここでしか言えないので。周りの人は、 「怖いと思ったら、離れなさい。 それが今あなたにできる事」 と言います。 でも、私だって楽しみたい! 他の人みたいに、安心して遊びたいし、 歩きたいし! カワイイ子いっぱいいるだろ! 何で私なんだよー! 私からは、「とても感じのいい、 人から頼られやすい雰囲気」 「内面の良さが外面に」 出ているそうです。不思議です。 正体はこのザマですよ?描く絵だって 血生臭いし。結構物騒な事も考えて ますよ? 最近は、生来の防衛本能(霊感と 呼んでます)が大暴れしています。 一歩道を歩いて、男性とすれ違えば 下を向いて横目で警戒。 目を見なくても、 「こいつ、ヤベェぞ」 と頭の中で 警報が鳴ります。 いつ絡まれないか、手を出されないか。 現実、いきなり手を振って近づいて こられそうになった事もあります。 人混みに出て、後ろに男性が来れば、 ソワソワ落ち着きがなくなり、 睨みつけたり、徐々に離れたりと言った 目立った行動をとります。 あとは、防犯ブザーをちらつかせ たり、付属のレーザーライトを カチカチ点滅させてしまったり… これで、逆に話しかけられた事も あります。怖いんだよ畜生が! 要は威嚇です。 同性もしかり。私が前を通過すると、 目で追われたり。迷惑なんだよー! 最近は、この本能大暴れのせいで 今年2度目の風邪をひきました。 暴言三昧ですみません。 聞いて欲しかった、それだけです。

有り難し有り難し 22
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光合成するペット(自然と煩悩)

私の中学生の時の「将来の夢」は、「動く植物を開発すること」でした。 一番興味があったのが、『地球温暖化』全般。一番、地球温暖化を促進されるのが牛のゲップと聞けば、「ゲップし難いエサ(植物)の開発」を、生き物(動物)が出すCO2を吸収しているのは緑(植物)だと習えば、「とんな場所でも行ける緑(植物)の生き物(動物)の開発」を、と考えてきました。 自分が排出するCO2は、自分のペット(動く植物)に吸収してもらい、酸素をまかなう。そういう世の中、地球に優しい生き方が出来る社会にしていきたいと思っていました。 それで、中学生の時も高校生の時も、農学部に行きたい!新しい環境作りに貢献したい!と思い続けていましたが、幸か不幸か、何故か勝手に出された推薦入試の願書→受かったら辞退出来ない受験に合格してしまい、長年の夢を変更するしかないという形で幕を閉じました。 でも、高校1年生の時に被災(阪神淡路大震災)した記憶のせいか、医学を学ぶのも楽しかったので、新たな道を歩む決意をしたのです。 そして、「只今」違う生き方をしながらも、ふとしたことから、また「動く植物」が必要なのではないかと思い、過去の自分の夢を思い出すようになりました。 西日本豪雨災害に遭ったからからです。もちろん、根本的には『地球温暖化』が背景にありますが、今回は『豪雨による土砂崩れ』でたくさんの尊い命が失われた背景から、人の手が入らない山、森の木々たちが、自分で動いて、土砂災害を防ぐ働きをしてくれたなら、少しは亡くなる方が減らせたのではないかと思ったのです。 でも、人間が、自然・地球をこうなるまで放置し、対策を練らなかったのもまた事実。 私は有馬温泉の近くに住んでいます。避暑地でもあります。が、最近、自分の部屋にデジタル式の温度計を置くようになり、自分の部屋の温度が、冬と夏で「なぬっ!!!」と思う程、寒暖差があることが判明しました。(昔と明らかに違うと肌でも感じられますが)。 この今年の猛暑、酷暑。北の端の1番涼しいハズの部屋の温度が、35度に到達しているではないですか。この前の冬には、部屋の中なのに氷点下になっていたのにです。 何故、もっともっと『地球温暖化』のことをちゃんと考えてこなかったのかと痛感している毎日です。 お坊さま達も、お寺さんの中で熱中症になっていませんか? 地球温暖化をどう捉えていらっしゃいますか?

有り難し有り難し 28
回答数回答 4

アカウントの『私の煩悩:』の変更

初めてhasunohaを訪れた際、アカウントに『私の煩悩:』を記す欄があったので、何となく、ふと思い付いたことを書きました。 私が書いたのは、『よく「未来は自らの手で切り開くもの!」と言われるが、未来に希望が見出だせないでいる。』というもの。 ただ「解答用紙に、何か書かないと」というような思いだけで書きました。いい加減な書き方をして、すみません。 しかし、訪れて10日ぐらい経った今、「何か違う」「なら書き直そう」と思いました。ある投稿を読んだのがきっかけです。ここからが、私が未熟であるからこそ生まれた煩悩になります。 新しい『私の煩悩:』 (来世なるものを自ら決められるのだとしたら)次は男に生まれてみたい、という煩悩が生まれたこと 変更理由:①私が今、女であるから。②私は男として生きたことがないから。③なってみなきゃ分からないことがあるはずだから。 以上。 しかし、来世に、また人間として生まれてくる可能性も確率も分からぬまま、容易くそんなことを言えた義理じゃありません。もし人間になれたとしても、今の、現世の「女」の記憶が残っているものでしょうか。 以前、私は『プチトマト』というタイトルの質問を致しました。「私の前世はプチトマトだ!」と小2の私が直感的に思ったことを書きました。ですが、残念ながら「プチトマトの記憶」はありません。ただ「ハッ!」と閃いただけだったのでしょう。 今は、煩悩も「心境の変化は日常茶飯事」と同様の仕組みではないかと感じております。 哀しくも、女の私には、男のことは分かりません。それと同じように、男の人も、女のことは分からないのではないでしょうか。 「どちらが有利・不利」など、両者を経験した者にしか分からないことです。つまり、「そんなこと言っても仕方ない」「誰にも分からないのではないか」と思っています。 そんなことに腹を立てているから、「怒という煩悩」が生まれてしまうのではないか、と、只今感じております。 しかし、まず性別が「男と女しかない」と思っていること自体、『無知』であり『偏見』『差別』ではないでしょうか。 この時代に「男になりたい」「女になりたい」というのは、短絡的過ぎるような気がしてなりません。それなのに、私の頭にムダな煩悩が浮かびました。 どんなご意見でもご批判でも、受け止めます。皆様のお心の内をお聞かせ下さい。

有り難し有り難し 15
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