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死を受け入れられない

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はじめまして
誰にも話せないのでこちらでお話しさせてください。
二年前に亡くなった犬の死を受け入れられません
本当は生きられた命を私が奪いました
あのこの異変に気づけたはずなのに
仕事に行ってしまい一人寂しく逝かせてしまいました
それから別れることが怖くて仕方ありません
別れのない場所へいきたいです
今のこもいつか私の前から消えてしまうと
考えただけでなんともいえない恐怖が襲ってきます
もっと強くなりたいのにどうしたら依存せず強くなれますか

2015年5月4日 12:02

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お坊さんからの回答 5件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

別れがあるからこそ、今を大切にできる

花華さま

はじめましてhasunohaの井上広法と申します。

別れは辛いですよね。ぼくも10年以上前に亡くなった愛犬のことがいまでも忘れられません。

幼少の時期から同じ時間を過ごした仲間だっただけあって、自分の生い立ちの一部になっていることを亡くしてから痛感しています。

さて、話は変わりますが、花華さんはどんなお茶碗を使っていますか?

お茶碗はだいたい陶器でできています。

落とせば当然割れます。壊れます。砕けます。

だからといって壊れるのが嫌だからとプラスティック製にしてしまうのも味気がないような気がします。

お茶碗はすぐに壊れてしまうから、大切に扱います。

いずれ割れてしまうことがわかっていても、大切に扱います。

「いのち」も同じです

いつか別れがあることは避けることができません。

別れがあることを知っているから出会わなければよいということでもありません。

すべての縁には出会いがあり、そしてかならず別れがきます。

永続する関係性はありません。

だから。だからこそいまを大切にできるのではないでしょうか?

別れを恐れていまを怖がるのではなく、別れがかならずくるからいまを大切にしてみてはいかがでしょうか?

合掌

2015年5月5日 11:09
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おきもち

hasunoha共同代表 浄土宗光琳寺 副住職 佛教大学で浄土学を...

子は知識なり

亀山純史と申します。花華さんは、もっと強くなりたいとのことですが、もっと強くなるとはどういう状態でしょうか。最愛の人[ペット]が亡くなっても、死に対しての恐怖を感じないことでしょうか。あるいは適度に悲しむ状態なのでしょうか。人は最愛の人[ペット]が亡くなれば、その死を通して死への恐怖を感じるでしょうし、また、愛情が深ければ深いほど、悲しみも深いものです。
強くなろうとしなくてもいいのです。少しだけ見方を変えてみませんか。死んでいった人[ペット]は、あなたに自らの死をもって、仏教の教えの要である「諸行無常」、すべてものは悉く過ぎ去っていくものであることを教えてくださっているのです。平安朝の女流歌人の和泉式部は、幼い我が子の死を悼んで、「夢の世に あだにはかなき 身を知れと 教えて帰る 子は知識なり」と詠んでいます。「幼くして逝ってしまった我が子は、この私にこの世の無常なることを教えるために、生まれ、そして死んでいった仏様だったのだ。」ということです。亡き人[ペット]が一番喜んでくれることは、その死を受け入れることができないほど悲しむことではなく、悲しみの中にも、その死を通して、この世の無常をしっかりと受け止めて生きて行くことではないでしょうか。もしも、あなたが死を受け受け入れられず、その後の人生が充実したものにならないとしたら、亡き人[ペット]は、自らの死が原因でそうなってしまったと思うでしょう。それはその亡き人[ペット]にとって、喜ばしいことではありませんよね。
以上が私からの回答です。花華さんにとって、少しでも参考になれば幸いです。

2015年5月4日 18:30
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おきもち

hasunohaを訪れてくれた皆さん、こんにちは。私は浄土真宗本願寺派の僧...

本当の強さとは

自分の死を受け止めて、逍遥としてこの世を去ったMさんについてお話しいたします。
Mさんは、大変熱心な仏道修行者でした。
三十代にして、昨年亡くなられました。
参禅を通して「死ぬのは怖くなくなりました」と安心決定されました。
彼は「人は思考によっては救われない。事実によってのみ救われる」と遺されました。
人が苦しみをおこすのは、思考の世界においてです。
悟りを得た人たちは、皆、思考の世界から事実の世界へ目覚めました。
心の強さとは、心から抜け出すことです。思いから抜け出すことです。
自分が自分の思いから影響を受けない。そういう心になる事が出来るのです。
自分の思いをよく見つめ、自分が一番恐怖しているのは、死ではなく、死を思う時に自分の思いで恐怖している事をよく見抜いてください。
あなたは自分でこう表現しています。
「考えただけでなんともいえない恐怖が襲ってきます」
そうです。
考える世界で、自分の生み出した想念に恐怖しているのがお分かりになりますか。
そのカラクリから脱して、悟りを求め、思考の世界から、事実の世界に目覚めてください。
必ず、誰であっても救われます。

2015年5月11日 3:19
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おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 📞08020659278 坐禅会 法話・提唱会 毎週...

手を合わせご供養を行いご縁を大切にする

花華様
最愛の家族の一員の死・・・今も悩んでいるお姿と気持ち伝わってまいりました。

私も年間多くの家族の一員のご供養・ご葬儀を行い飼い主様のお話をお伺いしましたが、言葉の話せない分より思いも強く、本当に悲しみの中でご葬儀を行われるの方が多いのが印象的でした。

ここで一つ提案が・・・もしされていないなら、これから亡くなったこの為にお寺さんにお願いし、ご葬儀をされてはどうでしょうか? ご葬儀の中でお別れの言葉述べ手を合わせご供養を行う。

もしお寺さん・霊園などで納骨が可能ならお盆・お彼岸・命日などしっかりお参りし手を合わせ、お焼香を行いご供養を行うのはいかがでしょうか?

花華様がしっかりとその子とのご縁を大切にご供養を行えば、思いは必ず届くはずです。

2015年5月4日 13:46
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おきもち

小黒澤 和常
大本山總持寺安居ののち、松岩寺副住職となる。テレビ朝日系お坊さんバラエティ...

悲しむ時間を短めに、でも悲しくても死にはしない

あえて、一番嫌であろう方法から言うと、
依存しないためには、依存の対象を手放すのが常套手段でしょうから、飼わないことが一番キツいようでいて、実は一番簡単な方法かもしれません。
まあ、たいていは、人間の方が犬より長生きするわけで、逆に飼い主に先立たれ犬だけが残された場合の犬の末路を考えると、犬に先立たれる悲しみを味わうのは飼い主として最後まで面倒をみた証なのでは。
経典に、独生独死という言葉が出てきます。生まれるときと死ぬときは、誰もお供してくれません。それが、普通なのです。
人間は面白い習慣があります。人生の節目節目に誰でも普通に起こるようなこと(誕生日や入学など)に「おめでとう」と言います。
普通のことは、めでたい。
だったら、普通に死に別れることも、めでたいことなのです。
悲しみは時間を侵食する魔物です。「普通だ、めでたいんだ」と念じて、悲しむ時間を小まめにカットしてください。
でも、ちょっとやそっとの悲しみで人は即死しないので、悲しくても平気へっちゃら、大丈夫です。
ところで、私が好きなジャングルスマイルというアーティストの「チロ」という歌があります。飼い犬を題材にした泣ける歌なのでチェックしてみてください。

2015年5月4日 12:55
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おきもち

浄土宗教師。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための...

「死ぬのが怖い」問答一覧

死を具体的に感じて怖くなりました

40を迎えて人生折り返しを過ぎ、死を具体的に感じるようになって怖くてたまらなくなってしまいました。 全てのものはいつか滅びてしまう、今のこの世界が有限でいつか終わってしまう寂しさ、悲しさ、恐怖 この前まで楽しみと喜びばかりだった我が子の遊んだり笑ったりする姿も辛く悲しく思ってしまいます。 日々の食事も自分の口にしているものが生き物の命をいただいているという事を実感してしまい恐ろしくて悲しくてたまりません。 これから終わりまでに満足な人生であったと自分自身が思えるように生きたいと思うものの自分が何をしたいのか、何をすべきなのかもわからず、全てが無意味に感じてつらいです。 娯楽も生活も仕事も何もかもが、今こんなことをして時間を浪費している場合ではないのでは、という焦りでいっぱいになってしまい手につきません。 パニックのようになってしまい、睡眠障害、摂食障害、不安と恐怖に苛まれて身体が動かないなど心身に影響が出てしまい、先日から精神科に行き始めました。 こうしている間にも全ては死に向かっているのにどうすれば穏やかに生活して人生の終わりに向かって生きていけるのかわかりません。 長くなりましたがお返事は急ぎません。 何卒ご助言などいただけましたら幸いです。

有り難し有り難し 6
回答数回答 1

死ぬのが怖い

30代女です。 小さい頃に母を病気で亡くし、そこから死に対しての恐怖心が生まれました。小学生の時に死ぬのが怖いと感じるようになり、死ぬのは嫌だと泣いたことがありました。 そこから中学高校大学、仕事と、小学生のときのように泣くほど怖がったことはないですがうっすら漠然と死ぬのは怖いなと考えることもありました。色々と忙しかったこともあり、考える時間も少なくなってきていました。 しかし、30代になり、ずっと続けていた仕事を人間関係で揉めて、中途半端な時期に辞めました。辞めたことに後悔はなく、ずっと続いていた人間関係でのストレスも一気になくなり、最初は楽しく考えていました。しかし、暇でずっとゲームをする日々、そして自分が30代という年齢に突入したこと、周りの人は結婚をして落ち着いている中恋人もいない、次の仕事もまだ探し中、親も父のみ、そして一般的な私の年代の親よりも歳をとっていますので、父の死についても考えるようになり、父が死んだあと自分は生きていけないという考えからまた、小学生の時のような自分が死ぬことへの恐怖心が再び芽生えました。 ネットで色々調べましたがタナトフォビアだと思います、身近な人が死ぬのも恐怖ですが、自分が死ぬことへの怖さ、無になることへの恐怖が強く、突然発作のように発症し、過呼吸になったり涙が出たりととてもしんどい思いをしています。生きたくないとは思いません。死にたくないのです。しかし、不老不死のように永遠に生き続けるのも怖いです。矛盾していますが...。1度考え出すと恐怖が止まらず、夜も眠れません。今の自分の状況がこの先不安でしかなく、30代にもなってこのタイミングで結婚もしないまま死んでいくという考えしかできず、ずっと怖いです。タナトフォビアの克服など検索しましたが、読むだけで怖いです。助けてください。

有り難し有り難し 29
回答数回答 1

怖いもの

私は父母両家の祖父母も健在で親戚なども元気に暮らしています。 今まで身内が亡くなったことがなく その実際のつらさがわかりませんが 幼少期の思い出を振り返ったり もしものことを考えると涙が止まらず 想像以上の辛さがのしかかります。 私の父方の祖父母は小さい時から同居をしていて 特に祖父はとても元気で90近いのに今まで大病もなく 現在も身体の数値は異常なく至って健康体です。 そんな祖父ですが、ここ1週間で 1人で起き上がることが出来ないほど老衰してしまいました。 祖父がとても心配で近くで見守るのですが、 どうしても後先のことを考えてしまい 1人になると勝手に涙してしまいます。 祖父だけではなく家族みんなも 私の命には代えられないほど、かけがえのない大切な人たちで 誰一人として失ってしまうのがとても怖いです。 これから祖父だけでなく 皆順に離れていってしまうことは 充分わかっています。 ですが、そのつらさに耐えられる自信がありません。 正直誰かをなくしたら到底明るくなれる自信がこれっぽっちもありません。 これから来る別れの連鎖に立ち向かう自信がありません。 周りの方々はどう乗り越えているのでしょうか。 どうして乗り越えられるのでしょうか。 私はこれからどうなればいいのでしょうか。

有り難し有り難し 2
回答数回答 1

親が死ぬのが怖いです。

私は今大学4年生です。親や祖母がいつか死んでしまうという事実が恐ろしく、不安で仕方ありません。ずっと思っていたことなのですが、今日両親と会って余計にその思いが強く、辛くなって相談致しました。 親は高齢出産だったもので、平均まで生きたとしてもあと20数年です。しかし、母は大病をしていて、1年や2年で死んでしまうというわけではないのですが、そう長くも生きられない可能性が高いそうです。父も生活習慣の面から長生きは難しいだろう、という感じです。 私は両親が大好きで、心の支えであり、いなくなってしまうことを考えると涙が止まりません。祖母に関しても同じで、恐らく両親よりも早く死んでしまうのだと思うと悲しくて仕方がありません。最近は、「私を置いていかないで。一緒に連れて行って」とまで思ってしまったり、いずれ来る別れが辛く、もういっそ自殺してしまおうかとも考えるのですが、その考えが最も親不孝なのは分かってはいるのです。 大学4年生つまり22才で、良い大人になって何を言っているんだ、弱い奴だ。と思われるかもしれません。しかし恐ろしいものは恐ろしくて堪らないのです。どのように考えていけば良いのでしょうか。

有り難し有り難し 40
回答数回答 3

死後の罰が怖い、吐き気が止まらない

すみません。もう想像が全然消えなくて相談させて下さい。 最近、昔した悪いことを沢山思い出しました。小学校の時に借りた本を返せなかったこと、露店でメロンをお店の人が間違えて二個も渡したのに黙っていたこと、観光地で恐らく100円を拾って自分のにしたこと、中学生か高校生頃恐らく7年ほど前、近所で1万円を拾ったのに自分のものにしたこと、試食を多めにとったこと…多分これからまだまだ出てきます。全部謝れなきゃ死後に罰が下るんじゃないかって怖いんです。 もちろん、これは私の1つの想像です。誰から聞いた訳でも皆さんがそんなこと言っている訳でもないことは理解してます。でも、死後のことは誰にもわからないのでもし、もしあればって怖いんです。今、謝る努力をしなくてとても後悔したらどうしようって。凄い罰でずっと苦しんだらって。 家族には死後のことはわからないんだから考えても仕方ない。それなら皆罰を受けることになるよって言われました。でもわからないからこの想像があってるかもって思ってしまって、皆が罰を受けるのも嫌で怖いんです。 皆だったら怖くないかもしれないって自分を慰めたりしたんですが、いや個室かもしれないずっと1人かもって怖くなります。 友達の連絡先は必死に探してます。でも中学校が違うこともありなかなか見つけられません。露店も同じお祭りにいったり、イベントを実施した場所に連絡して探すべきではと思ったりします。何年も前なので確かな情報はありませんが。試食は手紙を出そうと思ってます。拾ったお金は今からでも郵送したり近所の交番に行ったりして返しにいくべきかと思っています。 上記の行動は多分普通の人よりオーバーな行動だってわかってます。でも死後の罰が怖いんです。すごく痛くて謝れなくて後悔したらって。 反省は何度も何度もしてます。もうしないって誓いたいんですが、もし忘れたらって思う自分もいて誓えてないです。 家族は全然死後の罰なんて心配してなくて、自分もしたことあるよと明るく言ってきます。でも、私はそんなあったらあった時なんてなかなか思えなくて。吐き気が止まらないです。ずっと吐き気がします。心配で吐き気が止まりません。 全部謝って回るべきですか。皆さんも謝れなかったことありますか。死後の罰が心配になりませんか。怖いのと吐き気でおかしくなりそうです。自分が大罪人に思えてきました。罰が怖いです。助けて。

有り難し有り難し 26
回答数回答 3

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