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お坊さんて楽でいいですか?

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人々はブラック国家のブラック企業で阿鼻叫喚の地獄なわけですけど、お寺はある意味極楽ですよね?


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お坊さんからの回答 8件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

仏道を歩むことは素晴らしいことですが、、寺の護持は厳しい。

 タイトルの通りです。御仏と祖師方が示してくれた仏道を日々歩ませていただくことは、有り難い事であり、素晴らしいことであると思います。

 まだまだ修行が足りない部分もあり、十分に教えを伝え広めることが出来ない故に我が身の至らなさをを痛感することも多いです。でも、いい檀家さんたちに支えられて何とか住職を務めています。今自分がいる場所が極楽と言えるかどうか、わかりません。現世が極楽となるよう努めていくのが、仏教徒としての生き方だと思います。そうなれるよう、微力ながら精進して参りたいと思っております。

 寺の住職は中小企業の経営者と似たような部分があります。本堂や庫裡の維持管理・改築等に頭を痛め、懐を痛めております。おそらく大部分の寺の住職が程度の差こそ有れ、同じような苦労をしていると思います。その一方で実情を理解しない方から「坊主丸儲け。」などという心無い言葉をいただくことも多いですね。

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 目の前の方の悩みや気持ちをしっかりと受け留め、心を開いてもらうように努め...
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最高です。

自分の好きな宗教を信仰して、それをオススメすることが仕事ですから、これ以上の仕事はありません。

好きなラーメンを食べて『美味しいよ』と広めていたら、仕事になるようなものです。

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始めまして、釈心誓と申します。 浄土真宗本願寺派の僧侶です。 若輩浅学...
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涅槃、悟りを得られたら、もちろん極楽となります。

涅槃、悟りを得られたら、もちろん極楽となりますでしょうが、それまではあまり変わりません・・拙生も、まだまだ無明(根本的な無知)・煩悩によっての迷い苦しみの中におります・・

何とか涅槃・悟りへと至れますように、しっかりと仏道の歩みに努めて参りたいものでございます。是非共に頑張ってこの苦海を乗り越えていきましょう。

川口英俊 合掌

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経済的に楽なお寺は少数ですが、

僧侶は、
経済的なことに幸せを求めてはおらず、
他の価値観で生きています。

そういうい意味では、
世間の物差しに縛られずに、
楽に生きていると言えます。

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和田隆恩
 浄土真宗(大谷派)/広島県広島市/17世住職。  1967年京都市生ま...
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お寺の収入だけでは生活できない場合も

うちの寺は小さいので、寺の収入だけでは生活できません。
だから平日は他の仕事をしています。

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がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四...
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楽ではないが、やりがいはある

ご質問のタイトルには、2つの考えるべき事柄が含まれています。
一つ目は、僧侶の仕事は楽か。二つ目は、楽な仕事はいいことか。

まず、一つ目についてですが、僧侶の仕事は生死を扱う仕事ですから、真摯に取り組めば取り組むほど、楽なことはありません。

二つ目について。楽な仕事はいいことか。これは、何をもっていいとするかは、人それぞれ。少なくとも、楽な仕事には、やりがいはないでしょうね。僧侶の仕事は楽ではありませんが、やりがいはあります。

以上、私からの回答です。

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hasunohaを訪れてくれた皆さん、こんにちは。私は浄土真宗本願寺派の僧...
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隣りの庭は良く見えます。

 お寺は檀信徒が多いとお寺の業務に追われ、どんな相談にも快く聞かないと「坊主のくせに・・・」と思われてしまう。
 逆に檀信徒が少ないとお寺の業務では生活できずに兼業となります。覚えることも倍になります。
二束の草鞋、二兎追う者は一頭も得ず、色々なことわざや慣用句に悩まされます。自分は僧侶なのか?何なのか?どちらの職種からも嫌味を言われます。急に葬式が入ると休みを取るが何か嫌な雰囲気が・・・。
 お寺同士の会合は兼業の仕事で行けなかったり、遅れたり。
楽かな嫌、楽ではない。衣着た僧侶が僧侶で、衣着てない僧侶は僧侶でない。出家して、得度して、法戦して、修行して、転衣して、瑞世して、副住職して、法話しても兼業してるのに・・・なぜだーーーーー!!!納得いかんわ。
とこんな感じです。僧侶は楽かどうか?パソコンしても、すぐに出てこない仏教用語のように歯がゆいです。

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ちょい悪坊主を目指しています。尊敬する人は一休さん。
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人の供養は誰でもできない

端から見れば、坊主は楽に見えるでしょうか。
人の供養は誰でもできません。第三者の供養ができるのは、お坊さんだけです。

あなたは、誰かの供養をしていますか?
やりたいと思っても、できないのが供養です。

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徳島県の高野山真言宗寺院で住職をしています。 本山布教師心得として自坊の...
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「お坊さんのことを知りたい」問答一覧

お坊さんも、悪いことをしたことはある?

お坊さんにも、悪いことをしたことがありますか? 間違ったことをしてしまったこともあるのでしょうか? 昔の罪や自分を許せないことはありますか? 過去の自分を許せない時、どのように立ち直れば良いのでしょうか。 私は悪いことをした自分が目標の仕事に就きたいなんて思っていいのか、と自分を責める気持ちがあります。 お坊さん方も、自分がお坊さんになることに対して躊躇した経験や、自分がこの仕事をしていいのか、と考えたことはありますか? お坊さんは善人というイメージが個人的に強い様に感じます。しかしハスノハの回答を見ていると、お坊さんでも過去に罪を犯してしまった方もいるようです。 私のなりたい職業よりも、お坊さんは善や心、道徳を大事にする部分が多いため、葛藤もあったのではないか、と疑問に思いました。 罪を犯した自分が夢を追いかけることに対してどうしても罪悪感が拭いきれないため、お話を聞かせていたたけたら有り難いです。 どのようにして罪や過去の自分、今の自分、そして仕事に向き合っていますか? 僧侶や仏教、宗教というものにあまり詳しくないため、検討違いな文章になっているかもしれません。 僧侶を職業だと認識して、仕事として書いておりますが、お坊さん方は「仕事ではない」と認識されているかもしれません。 知識不足でご不快な文章になっていましたら申し訳ないです。

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食前・食後の 言葉

ずいぶんと久しぶりに、こちらに伺いました。 あれからもう、二年半以上が経ったのかと、感慨深く。 現在は、実家からさほど離れてはいませんが、独り暮らしを始め、コンビニのアルバイトと、国からの障害年金・福祉ヘルパーさんたちに支えて頂きながら、自立生活・リハビリに努めています。 家族間の溝は、どうしても多少なりとて残ってはしまっていますが… 最近になって、父の世代の下に当たる 現在宗派を率いる世代 の方たちと、父経由ではない形でお話しをする機会を得ました。 今後の私のライフワークとなっていくだろう〝ヘルプマーク〟などについて興味を持って頂いて。 ちょっとずつ… 父とは違う形で、宗派 その他に関わっていくかもしれません。 本当は、〝つぶやき〟に書くべき徒然ではありますが。 字数制限に合いませんでしたので、こちらに書かせて頂きました。 【質問】 皆さまの宗派の、  ・食前の言葉  ・食後の言葉 など、宜しかったらお教えください。 各宗派・地域によって、瑣末に違ってくるだろう。 そして現在は、わりと廃れてきているのかな… という、この言葉を、少しでも残しておきたいと思いました。 ちなみにうちでは 「一粒一滴 皆 御恩。 不足を言ってはもったいない。 感謝で美味しく頂きましょう。 いただきます」 「今、尊い食を終わりて。 心豊かに、力 身に満つる。 この心身をもって、己が技に励みましょう。 ごちそうさまでした」 だったかな。 伝えていきたい言葉だと思います。

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跡継ぎの悩み。お坊さんとしての在り方とは

 実家が寺院です。  住職をしている父親の在り方に疑問を覚えるとともに、自分の将来について悩んでいます。  現在、人々のお寺への関心は少しずつ薄れているものと思います。そんな中、私の実家は今でも多くの檀家の方々に支えられ、お寺として成り立っています。しかし、父はその有り難さが分かっていないように思うのです。    具体的な収入(僧侶が頂くお金を収入と呼ぶのは語弊があるかもしれません)を私は知りませんが、高級車を何台も乗り継ぎ、沢山の娯楽品を購入し、暴飲暴食…。具体的な発言があったわけではありませんが、「僧侶も職業だ。稼いだ収入を好き勝手使ってもいいだろう」というような気持ちが根底にあるように思います。  お寺の管理として沢山の工事も行い、綺麗なお堂を建てる一方で、景観として素晴らしい大きな木を何本も切り倒すようなこともありました。  非常に恥ずかしく思うとともに、悲しく、また、檀家の皆様に申し訳なく思います。そんな父の「粗さ」に母親が涙する日も増えました。ただ、私もまた、そんな父の援助があって、仏教科ではない別県の大学へ進学しているため、やっていることは本質的に父と変わりないのだと思うと、苦しくなるばかりです。  父親のような僧侶にはなりたくないと思います。ただ、日々誰かの死と向き合う仕事ですし、お寺としての管理も父なりに苦しんで考えているものと思います。大きなストレスもあるでしょう。父がどんな気持ちで高級車を乗り回しているのか、分かる気もします。改めて、現代におけるお寺や僧侶というものの在り方の難しさを感じます。「苦しすぎて私にはとても継げない。」「自由に暮らしたい。」「普通の家庭に生まれたかった。」そんなことを連連と考えてしまいます。  悩みやすい性格で、父親のことも悩みの一端に過ぎません。ただ、お寺の道に進むのか否か選択を迫られる時期が近づいてきており、「お坊さん」として生きていらっしゃる方々の言葉を聞いてみたいと思い投稿しました。  お坊さんとしてお金とどう向き合っているか。お寺への関心薄れる現代において、お坊さん・お寺として、今後どう在るべきか。また、悩んだ末に実家を継いだ方がいらっしゃいましたら、その決断に至るまでのお話など、相談としては漠然としており申し訳ないですが、何かご意見頂けると有り難く思います。

有り難し有り難し 117
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お坊様方の葛藤や苦悩、教えについて。

はじめまして。 先日、こちらで投稿をさせて頂き、道標をいただきました。 一進ニ退の日もありますが、先ずは己のために少しずつ仏教の教えや考えにふれたいと思うようになりました。 貴重なお時間をいただく事になりますが、質問をさせて頂きます。 申し訳ありません。 沢山の問答を拝読致しました。 今は自分が出来そうな事から、出来る日には、はじめています。 変えられない過去やわからない未来、辛い事が浮かんだ時には、(体の都合で座る事ができなくても)目を閉じて今の空間や呼吸に集中してみる 心を静めたい時等、南無阿弥陀仏と心の中で唱えてみる 自分の考えに偏ったり、様々な執着を手放すように心に留める など、容易くはない事柄もありますが、今の私にできそうな、まだまだ小さな一歩ですが、この事を知らなかった、しなかった時に比べると心のありようが違うと感じています。 お坊様方にも私達質問者と内容は違えど、苦悩や葛藤が過去におありだったり、今尚、もたれている事もおありかとは思いますが、過去に迎えられた苦しみや葛藤の中、どういう心の動きがおありでしたでしょうか?(葛藤の内容については複数の方々が見られるかもしれませんので、省いて頂いて大丈夫です。) また、その時やその後、スッと心に入ってこられたり、感銘を受けられた仏教の教えや考え方が(仏教の教え以外の親、友人、恩師等からの言葉でも)おありでしたら、お教え願えますでしょうか? お時間をさいて頂く事になり、申し訳ありませんが、可能でしたら宜しくお願い致します。

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