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「仏教全般」問答(Q&A)一覧

仏の道ではどうなんでしょうか

私62歳男です。墓についての相談をさせて頂きます。9年前までは東京に住んでいまして今は約500kmほど離れた地方に住んでいます。両親はすでに他界していまして祖父の時からの墓地が都営霊園にあります。父には8人兄弟と腹違いの弟80歳(いわゆる私生児で私からみて叔父)がいます。叔父は生母が3歳位でなくなれたとの事で父や他の兄弟と一緒に暮らしていた時期もあり仲良く交流もありました。特に私の両親とは住まいも比較的近かったこともあり叔父の奥さん(叔母)も私の両親をとても大切にしてくれていました。が私の両親亡き後、他の親戚とは仏事を除き通常の交流はありません。唯一私が1年に1〜2度会って食事をしたりはしています。その叔母が昨年9月頃亡くなり(親戚には知らせていないとの事)私は喪中葉書をもらい直ぐ叔父の元に行き私が確認するも他に知らせなくて良いとのことでした。叔母も先方の甥の方以外の身内との交流はなく、叔父はまさに天涯孤独になってしまいました。(私とは戸籍上の繋がりはないので)叔母に最初に手を合わさせて頂いたあと叔父と話をしましたが、「もうどうでもいいや」などとかなり気弱になっていましたので叔父さんが望むなら私が引き受けると話すと少しほっとした様子で「独りじゃないんだな・・」と言ってくれそれからは毎週1〜2回程度電話をしています。 前段が長くなりすみません、叔父は叔母の遺骨を住まい近くの納骨堂に埋蔵したいとの事です。それは私も賛成です。そしていずれ自分も同じ所にと思っているようです。ただいずれ私が居なくなると誰も叔父夫妻の所にお参りに行くことはなくなるでしょう。(叔父はそれで良いと言っていますが)そこで私の家の墓に叔父亡き後は叔母と一緒に埋葬できないか?霊園の制度や費用の点も考慮し埋葬するところは同じで墓誌を叔父夫婦の為に別にするのはどうかと思います。もちろん叔父本人が拒否するかもしれません。また私の姉(外に嫁いでいます)まだ健在の他の叔父1人叔母3人がおり反対するかもしれません。私は叔父本人が了解すること、法的にも霊園的にも問題がなければ良いのではと思いますが仏教的にはいかがなものなのでしょうか?この話を叔父に伝えた場合傷をつけることになるでしょうか?またご先祖様はどう思われるのかなと考えています。教えください。

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仏教をもっと学ぶ方法は?

こんにちは。 以前Googleで自分の悩みを検索したところ検索結果にこのサイトが出てきたことがあり、それ以来hasunohaを毎晩のように拝見しています。お気に入りのお坊さんをブックマークしているほどです。 生まれた時から仏教徒で、お盆やお参りなど特に考えずそのマナーに従って生きてきましたが、一方で神や仏、また心霊などの類は一切信じないたちです。 しかしながら倫理哲学の勉強は非常に好きで、現在もっとも興味があります。 きっかけは数年前心身共にとても傷つく出来事があり、以来リラクゼーションやアロマ、音楽など、私生活で自己を労る環境を整えていきました。しかしそれらは頭の中、つまり思想の面では自分を疲労から救ってはくれず、そのとき仏教が自分にとって非常に重要なものではないかと気づきました。(軽率な発言続いており誠に恐れ入ります。。) hasunohaをみているうち、信じるか信じないか、お祈りが届くか届かないか、極楽浄土に行けるか行けないか以前に、自分で自分を生きやすい方向に調整していく、大変学びの多い学問でもあることを理解しました。 長くなりましたが質問したかったことは、仏教を学ぶ上でビギナーの私におすすめできる学習方法を教えていただけませんでしょうか。 下記何でも構いませんので、回答いただけると嬉しいです。 ・おすすめの著書(専門用語が多すぎない、噛み砕いてある、原版の理解にふさわしい) ・近所のお寺に通うことも考えたが、用もないのに門を叩いて説法してもらうことなどはできるのか? ・合宿のような形式で学ぶ方法はあるか。どうすれば受けられるか。ある場合、実家は曹洞宗だが宗派を超えても学習はさせてもらえるか ・↑に似ているが、短期的に修行を受けることはできるか。どのお寺でもできるのか?できるお寺はどうやって探すのか ・その他いい方法があれば 可能ならば僧の方に直に毎日少しずつお話を受ける形式が望ましいですが、自分の周りでそう言った人は見かけないし難しいのでしょうか... よろしくお願い致します。

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どちらの宗派、教えを信じれば良いのか

初めて質問を投稿いたします。 るると申します。 私は学生時代うつ病を患い、生きていくことのつらさ苦しさと死への恐怖に悩み、救いとなる教えを求めて父方の宗派のお寺である東本願寺へ参りました。 そこで、どのような人間であってもすくい取ってくださる阿弥陀様の教えを聞き、何があっても必ず助けてくださる存在があるということに強い安心安堵感を得ることができ、その後は真宗の教えを聞く機会を定期的に作り心の支えとしてきました。 数年後、大学は無事卒業し就職すると私は非常に忙しい部署に配属され、激務と過労で再びうつ病の兆候が出てきて頭の中があらゆる雑音でいっぱいになっているような感覚に陥りました。 その時心の支えとなる教えをまた求めてお寺に行こうと決心したのですが、何故か今回はいつもとは異なる直感のような感覚で母方の宗派のお寺である永平寺に参りました。 永平寺で禅の一端を体験し、その後禅に関する本を読む中で、あるがままを冷静に見つめ自らの内の欲や煩悩を統御する教えを学び深く感動し、禅の教えをこれから生きていく中で実践したいと思いました。 前置きが大変長くなりましたが、二つの宗派の教えと出会いわたしは今どちらを信じたら良いのか迷っております。 煩悩を否定せず阿弥陀様が必ず救うとする真宗か、煩悩を統御し坐禅を通して自ら悟りを目指す禅宗か、全く異なる教えに触れどちらも捨てられないと悩んでいます。 両方を信じる道もあるのでしょうか。 拙い文章になりましたが、僧侶の皆様から何か教えをいただけたらと思います。 何卒よろしくお願いいたします。

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四苦八苦とどう付き合うかー怨憎会苦

 いつもお世話になっております。お久しぶりの先生方はお久しぶりです。  近況報告ですが、職業訓練のとある利用者の行動が気になりすぎて、とうとう 体にまできてしまい、入院を余儀なくされてしまいました。今は退院して しばらくは家で治療と言う方針です。  人生には8つの苦しみがあると聞きました。これにあてはめると、 私の場合、「怨憎会苦」に振り回されているのではないかと推察しました。 ほかの7つは今のところなんともありません。  たとえば、私の訓練所に、自らも訓練生、つまり当事者でありながら 周囲に挑発的な言動や態度をとる、30〜40代くらいの男の子がいます。  普通に歩いていても、社会的マナーを守らない高齢者など…  とても怖いですし、悔しささえ感じる時もあります。 「二士はいつも0,100、白黒、善悪で考えようとするけれど、世の中には 100までの数直線で表したら、0から100までびっしり人がいる。 いつまでも『みんな悪い人、みんな怖い』じゃ訓練所にも復帰できないし、 就労からどんどん遠くなっていくよ」と支援者から言われています。  なにしろ、この、「みんな怖い人思考」は自分も一番苦しいです。  どうやったら、怨憎会苦、「みんな怖い人悪い人思考」から少しでも 離れられるものなのでしょうか?  お知恵をお貸しいただきたく存じます。

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