曹洞宗の質問をさせていただきます。 私の家は、代々曹洞宗のお寺の檀家です。よくお寺での法要にも 参加させていただいております。 以前より気になっておりましたが、曹洞宗の経典を拝読いたしますと、例えば大悲心陀羅尼、消災妙吉祥陀羅尼、短いところでは略三宝、その元となったと思われる十仏名は、漢字の読み方が現在とは少々異なっていると感じます。 例えば略三宝の「諸尊菩薩摩訶薩」であれば通常の漢字の音読みであれば「しょそんぼさつまかさつ」となりますが、経典にあっては「しーそんぶーさーもーこーさー」と読んでいます。 漢字は音読みでも、漢音・唐音・呉音の3種類がありますが、上記の陀羅尼や略三宝の読みはどの読みにあたるのでしょうか? 伏してご教示のほどお願い申し上げます。 また、他宗のお坊様におかれましても、○○宗では、このお経は、この音で読みます。といった事例がございましたら、ご教示のほどお願い申し上げます。 龍仙 九拝
見つけてくださってありがとうございます。 仏壇に手を合わせる時もお経を読もうと思いました。 そこで,以前,お経を覚えようとしたところ,発声の仕方や節?が難し過ぎて挫折し,目からではなく耳から覚えようとユーチューブから般若心経の音声を聞いて覚えました。 問題はここからです。 私が聞いた般若心経の音声はお坊さんが読んだものではなく(発声の仕方や節?が難しくて挫折),ボーカロイド,それも音楽に合わせて読んだ(歌った)ものです。 そのため,お坊さんのように凛としたものではなく,ポップな感じの,歌のようなお経の読み方になります。ちなみに歌詞は般若心経そのものです。 覚えている時は藁をも掴む勢いで聞いて覚えたのですが,今になって仏様に対して失礼なことをしたんじゃないかと複雑な気持ちです。 やはり,仏壇に手を合わせる時はポップな感じのお経ではなく,お坊さんのようなお経の方がよいのでしょうか。 そして,仏壇で手を合わせてお経を読むときの作法はありますか。 質問がてんこ盛りでごめんなさい。
よろしくお願いします。 長い間、西欧の古典音楽に親しんで、楽器もやってき来ました。特にバッハをアホのように延々と弾いたりします。 上手くなりたい訳でもなく、人に聴かせる目的も無く、いったい私は、どうしたいんだろうと思っていましたら、このところ経の響きに惹かれます。経典を読むことと、譜面を読むのを同じように考えても良いかもしれないと思いましたが、情の在り方、祈りの在り方、随分違うような気がします。 お坊さんは、ドレミの音楽があふれている世の中で、経を上げられると思います。違いを、どう感じておられるのでしょうか。また、簡単な事ではないと思いますが、心構えのアドバイスを頂けたら幸いです。
母から、何かあった時はこれを唱えなさいと教わりました。 母はどうしようもなく辛い時や、所謂神頼み、家族の手術成功や震災で安否を願う際などに唱え、救われてきたと言います。 南無真如一如大般涅槃経 この言葉の意味など理解せずに、普段何も信仰していない私が、自らの困った時だけ唱えて良いものなのでしょうか? どのようなものなのか、教えていただけますと幸いです。
いつもお世話になっております。 そして、見たいただきありがとうございます。 納経する予定なのですが納経箱があればそこに入れると思いますがない場合はどちらに写経をお渡しすればいいのでしょうか? 御朱印をいただく納経所(寺務所(間違えていたら申し訳ありません))で納経させていただけるのか聞いてもいいのでしょうか? また、写経を数枚一度に納経しても失礼にあたらないでしょうか? お寺のホームページなどを見ているとそのお寺ごとに用紙を用意しているところがありますが、私のものは自分で用意した用紙に写経していますが、マナー的にやはり自分で用意した用紙にかいた写経でも納経してよいのでしょうか? そのお寺に問い合わせるのがいいのかもしれませんが、納経も初めてで又、納経のマナーもわからないことが多くまずは、こちらで教えて頂けたら嬉しいです。 よろしくお願いします。
いつもお世話になっております。 沢山の問答より勉強させていただいております。 ありがとうございます。 急ぎではございませんので、 お時間のある際にお教えいただければ幸いです。 …朝夕の勤行には舎利礼文をあげても宜しいのでしょうか? 今まで余り深く考えず、4文字4文字の文言が有り難い響き(特に後半にかけて)と感じ、今日も新しい気持ちで頑張ろうと思わせてくれる感じもして毎日あげておりました。 最近、少し意味を知って、え!?となりました。 過去の問答にも無く、ネットでも今一つ分かり辛かったので、恐れ入りますが、ご回答の程どうぞよろしくお願いいたします。 本日より、携帯が繋がらない過疎地の実家に行くので、お礼を申し上げるのが遅くなると思いますが_(._.)_
先日、親戚のお葬式に行きました。 確か浄土真宗だったと思うのですが、「ツナマンダ〜ツナマンダ〜」という聞き慣れないお経を聞きました。あれは何と言っているのでしょうか?よく聞く「南無阿弥陀仏」とは違うのでしょうか?
法事の時にいつも思うのですが、お坊さんは一体幾つのお経を覚えているんですか。修行の卒業(?)までに幾つ覚えるとか決まりはあるのですか?うちは曹洞宗ですが、3人くらいお坊さんが来られる時のお通夜やお葬式で、打ち合わせとかないのに、みんなが息を合わせてシンバルや太鼓みたいのや鐘を「チーン、ドーン、シャーン!」とゆっくりしたり早くしたりしながら鳴らすのがタイミングがぴったり合っていて間違えないのがすごいと思います。 あとお通夜などでご高齢の方丈さんなんかが30分以上もわりと大きな声でお経を唱えているのに呼吸のための肩がほとんど動きません。お経を読むときの特殊な声の出し方や呼吸の仕方があるのでしょうか。
一般の主婦ですが、心身リラックスの為、般若心経アプリを使って般若心経を読んでいます。 そこで質問なのですが、お坊さんは、お経を読む時は、座禅と正座のどちらでしょうか? 又、息を吸う時は鼻からと口からのどちらでしょうか? 宜しくお願い致します。
最近、疑問に思っていることがあり各ご僧侶様のご意見を頂きたく質問させて頂きました。 まだ小学校低学年の頃から、30年以上前に亡くなった曾祖父に会いたがったり、誰に教わるでもなく仏像をねんどで作ったり絵に描き起こしたり何かと仏教とご縁のある身なのだなとありがたく思っております。 大学でも仏教学部に在籍していたこともあり学問的な仏教にも大変興味があります。 この1か月間で無量寿経、薬師経、阿弥陀経、般若心経等、10以上の真言、経典を読んでいました。 釈尊の言葉をまとめたものがお経なのであれば、なぜ葬式や法事であげるか少し理解できずにおります。教えを書き起こしたもの(学校でたとえるならば教科書でしょうか)を故人にあげる意味とはどういうことなのでしょうか? ある本には六道の中で人間界でしか仏教を聞く事ができないと書いてありました。 人の思う天国も六道では天界というところだそうですが、苦しみもあるとのことでした。 葬式や法事等であげるお経は人間界でしか学べぬ仏教を、故人にもその教えをお経として聞かせ参列している人もまた教えを一緒に聞く、という意味合いなのかなと解釈しております。。 菩薩や天部のエピソードは多少脚色されたものもあるのかもしれないなと物語として楽しく学んでおります。 また各浄土にいらっしゃる仏様それぞれが得意とする分野をお持ちですが(薬師如来なら無病息災や病気治癒など)、病気になった時はお薬師様、強い心を持ちたい時はお不動様などそれぞれの仏様に拝んでもよいのでしょうか? 全ての仏様のお師匠様が阿弥陀様ということを本で見かけましたので基本的に元をたどれば一つであると考えればどの仏様にお祈りをしてもよいのかなと、、 仏様のご利益は願って叶うものではなく、願ったのち自身が前を向き努力した時にそっと後押しをしてくれる存在と最近は思います。 ご僧侶様のご回答ご意見を、宗派関係なくお聞かせください。 ※曾祖父時代は浄土真宗、現在は真言宗ですが私自身はどの宗派も元をたどればおおかた同じと思っておりますので気に入った仏様や宗派を勉強しているようなかたちです。
我が家は真言宗智山派です。 私自身、毎朝においてご先祖供養として開経偈から普回向まで唱えています。 ①我が家の墓前において、お彼岸やお盆などにおりんを鳴らして般若心経のみを唱えることはご先祖様や隣接のお墓に対して問題ありませんでしょうか。 ②親類縁者などの墓前で、上記と同様のことをすることは問題ありませんでしょうか。 ③違う宗派の場合がありますが、その場合も般若心経を唱えて問題ありませんでしょうか。 同じ質問が過去にありましたら、同じ質問で申し訳ございません。 お忙しいところお手数をおかけしますが、何卒よろしくお願いいたします。
今日とある祭りの星祭りに行きました。 お経を長く聞いたのですが、お経を聴いてる 時何度も寒くないのに鳥肌が全身にたちました。 なぜでしょうか?
お経についてお伺いします。 以前は、お経は遺族が故人を偲ぶためのものであると思っていました。 最近では、お経を聞くと免疫力の向上やストレス軽減になるという記事も読みました。 自分の気持ちを安定させるために、お経を聞いたり唱えたりしてもよろしいのでしょうか? もし良い場合、私でも覚えられ 理解できるものはありますか? 宗派も考えなければいけませんか? CDもあるようですが、どうなのでしょうか… 色々とすみません。 この年末年始、身体の痛みや苦しさで、ほとんど横になって過ごしています。辛くなってきました。 「ゆく年くる年」でお聞きしたお経が とても心地良かったです。 お坊様のお経を聞きたいです。
過去に同じような質問がありましたら申し訳ありません。 (その場合は、過去の質問タイトルを教えていただけるとありがたいです) 私(一般人)ですが、仏教が好きで、お経を唱える事に関心があります。 誰が(1)、何に(2) お経を唱える(あげる)のかによって、なぜ、どうなるのか知りたいです。 (1)お坊さん か 一般の人 かで次の2ア~カの対象にお経をあげて違いはありますか? (2)ア.お寺で貰ったお札、イ.家で特に祀っている仏画や仏像、ウ.仏壇の仏画や仏像、エ.仏壇の位牌、オ.お墓、カ.お寺の本堂の仏画や仏像 「日蓮宗の南無妙法蓮華経は、誰があげても同じだよ」と聞いたことがありますが、それならお坊さんの意味が無いような? そうかと思えば、真言宗のお寺で聞いたのは「お坊さんは仏様との橋渡しだよ」とも。では、一般の人が唱えても意味がないのでは? 「仏画や仏像にお唱えすると、誰がお唱えしても仏様は喜ぶので、それが功徳になる」とも、聞いたことがあります。 誰が 何に お経を唱えると、なぜ、どのような効果があり、どうなるのかを知りたいです。 出来れば、密教(真言宗か天台宗)の方のお話と、日蓮宗の方のお話が聞けると嬉しいです。 よろしくお願いいたします。
大忍貫道 様 ご回答を有難うございます。 追記を見落としまして失礼しました。 私は初期経典は全く知らず、大乗経典の一部だけの知識しかありません。 般若経に勝る初期経典とはどんな内容の経典でしょうか? 大変興味深いです。
いつもお世話になっています。「金剛経5章」の勝手な考察です。お坊さんからのヒントをお願いいたします。 我々凡夫は、如来であるとの確証を得た(=如来は凡夫にとって価値があるということを知った)後に、如来を探し出せるような特徴を必死に見つけ出します。如来(=価値がある存在)と確証する前は如来でも何でも無いので特徴など詮索しません。探す目で見ていないので特徴はあっても特徴は認識できないので特徴はありません。特徴があるとは、気づいた後に作り出すものであり前には特徴はありません。 誰かが発見する前から重力や浮力は存在していて誰もが目にしています。特徴などないので気づきません。発見した人が「万有引力」やら「浮力」などの名前をつけて特徴としています。 そもそも、あらゆるものに特徴などなかったのです。人間だけに利用価値や意味があるので特徴を見つけ出します。人間以外の動物に「偽札」の特徴など知る必要はなく、特徴などありません。 動物には「言葉」がないので、臭いとかまずいとかの概念はなく本能的な反応だと思われます。我々人間も味を「言葉」にして分けていますが、親に教えられて「にがい」という味覚と経験を記憶しているだけです。 特徴があると断じても、諸法は無我であるので縁によって以前の特徴がいつまでもあるわけではありません。宇宙空間での「音」の特徴は、空気という縁がないので音は振動として伝わらないので音の特徴などありません。人相の特徴ですら、三十年も経てば全く変わってしまい以前の特徴はなくなっているでしょう。 特徴がないと断じたとしても、人間が価値を認めれば特徴を必死に見つけて特徴を定義します。 「ぶどう」は房に実が鈴なりについていて、甘酸っぱくて黒や緑色をしているという特徴によって「ぶどう」と名付けられます。この共通認識によって、市場で果物として流通しています。「ぶどう」は「ぶどう」と名付けられる前から存在していました。「ぶどう」は「ぶどう」と呼ばれなくても「ぶどう」ですから、明日から「ぶどろ」と呼ばれてもいいのではないでしょうか。 特徴によって存在しているのではなく、存在に特徴をつけて勝手に思いつくままに適当な「名前」をつけているだけではないでしょうか。 結局、あらゆるものは概念と名前によって個別の存在として有るだけで本来は区別差別のない一体であると認識しました。
お世話になります。 子供にも分かりやすく説明したいのですが、何と説明すると、分かりやすいでしょうか? 以下の文です 恁麼の道理なるゆゑに、尽地に万象百草あり、 一草一象おのおの尽地にあることを参学すべし。 かくのごとくの往来は修行の発足なり。 到恁麼の田地のとき、すなはち一草一象なり、会象不会象なり、会草不会草なり。 正当恁麼時のみなるがゆゑに、有時みな尽時なり、有草有象ともに時なり。 時々の時に尽有尽界あるなり。 しばらく今の時にもれたる尽有尽界あるやなしやと観想すべし。 よろしくお願いいたします。
妙音菩薩品第二十四で 「聲聞の形を以て得度すべき者には、聲聞の形を現じて爲に法を説き…」と、ありまして 観世音菩薩普門品第二十五 「聲聞の身を以て得度すべき者には、卽ち聲聞の身を現じて爲に法を説き…」と、ありますが 「形を以て」と「身を以て」で、うん?どう言うこと??似ているようで全く違うものだし、この違いはなんなのかな?と。 すいません、まだ二十四を数回しかあげたことしかないのでまだまだわからない部分が多々ありますし、理解力が及んでないのも十分に承知しております。 もし、教えて頂ければ幸いです