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死ぬことを受け入れたい

回答数回答 5
有り難し有り難し 57

度々いろんなお坊様のいろんなご意見を読んでは参考にさせていただいています。

一つ最初に私はあまり信心深くなく、こんな時だけお坊様や仏様の慈悲にすがる浅ましさをお許しください。

かれこれ15年、「死ぬのが怖い」発作に苦しんでいます。

きっかけは祖母の死でした。
当時中学生になりたての絶賛反抗期で、親ともうまくいかず、勉強もうまくできず、何をやってもむなしい、いいことも何もないし死にたいと思っている最中の出来事でした。

自分がいかに死を簡単に考えていたかを身に沁みて理解しました。
悲しみよりもずっと大きく、死んだらどうなるのかという恐怖と、自分が自分でなくなり消えていく恐怖が襲いました。
悲しみよりも我が身の可愛さが先に来た自分が情けなく思いましたが、その恐怖は今もなお私を苦しめます。
必死にその恐怖を押し込めて、忘れ去ろうとすることしかできません。

親には相談できませんでした。
当時の憔悴しきった様子から、自分が何か心配をかけるような真似はできないと思いました。反抗する回数も少し減ったと思います。

その時に適切に恐怖心を処理しなかった代償か、今もふとした瞬間に目の前が真っ暗になり、足元からさーっと冷気が這い上がるような恐怖で吐き気がすることがあります。
お風呂に入っているときが一番その発作が起こりやすく、全くお風呂が安らげる場ではなくなってしまいました。

かといって人間皆いずれは死ぬのに、怖がっていることが恥ずかしく、心療内科の先生(以前適応障害を患い通っていました)にもカウンセリングの先生にもうまく伝えることができませんでした。

とにかく自分が自分でなくなり、何もわからない世界に行ってしまうことが怖くてたまりません。
そして私がいなくなった後も永遠に時間が続き、地球が滅び、宇宙が滅んでいくと考えると、手足の先が氷のように冷たくなって正気を保てなくなります。

お坊様達のご意見が聞きたいです。
お坊様達の世界の捉え方、仏様の世界を知れば、この恐怖から解放され、無事に死んでいけるのでしょうか。
親(二人とも60前後でまだ元気ですが、)が死ぬことも最近は毎日のように頭をよぎり、人間が物言わぬモノになっていくことが悲しく苦しくてたまりません。
身勝手な相談で申し訳ありませんが、どうか少しでも死ぬまでに心やすらかに人生を送れるようなヒントを頂けますと幸いです。

2019年2月21日 22:42

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お坊さんからの回答 5件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

死が恐いのはとても正常です。

むしろ、死が怖くない方がどうかしてると思います。

お釈迦様は、死の事を考えるよりも、どう生きるかを考えなさいと仰ってますが、ここはあえて死に向き合って見ましょう。

自分が無くなるのではなく、全てのいのちとの境界が失くなると考えてみてはどうでしょうか?

今まで私という固有だと思われていた「いのち」が、その垣根が失くなり本来の「いのち」の世界に戻って行く。

私自身、その考えに至り届いた時に、死が恐くなくなりました。

2019年2月22日 2:37
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おきもち

浄土真宗本願寺派 忠専寺 住職 同宗派 特別法務員 同宗派 布教使 ...

私も死にたくはありません。

なぜ私は生まれたのか?
生物学的に説明できても
哲学的に理屈をつけても
根本的には理解できません。

なぜ私はいずれ死んでしまうのか?
生物学的に説明できても
哲学的に理屈をつけても
根本的には理解できません。

なぜ生きないといけないのか?
これも根本的に分かりませんが
空腹になれば何か食べたいし
死ぬのはやはり怖いし…。

仏教では
人は死んだら成仏すると考えます。
いずれ私も死ぬんだから
だったら死んで無になるんじゃなくて
お浄土で成仏するという考えを信じたいです。

2019年3月2日 10:33
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おきもち

和田隆恩
 1967年京都市生まれ。山形大学理学部卒業後、証券会社で勤務。30歳で脱...

衆水の海に入りて一味なるが如し

ご相談拝読しました。先日あなたと同じように死について悩み、恐怖や不安と闘っている方の質問がありました。↓

「死が怖い」
https://hasunoha.jp/questions/32640

この他にも選んでいただいたカテゴリから沢山の人の同じような悩みとそれへの回答に触れてみることもよいでしょう。

さて、「考えないこと」というお坊さんの回答も入っておりますが、これは難しいですよね。もちろん仏教本来はそういうものなのかもしれませんが、それが出来ない弱い私たちが無理にそうしようとすると「臭い物に蓋をする」だけになってしまい、いつまでもフタの下で臭みがくすぶっている状態になりかねません。

そうであるならば私は考えて考えて考え尽くしてみることも大事だと思います。

ところで、私が気になったのは

>(死んだら)人間が物言わぬモノになっていく

というところです。「死んだら終わり」という考え方ですね。これは仏教では断見と言って邪見(誤った考え方)の一つです。

あなたは既にご両親からたくさんのタネをいただいたことでしょう。そのタネはご両親が亡き後も芽を吹き、花を咲かせ、あなたを支える幹へと成長することでしょう。

タネを受け取ったことを自覚できる人にとって先に逝く人の死は終わりではありませんし、自ら死もまた誰かのタネとなることを実感できます。

「花びらは散っても花は散らない。形は滅びても人は死なぬ。」

これは真宗大谷派の僧侶であった金子大栄の言葉です。

あなたは受け取ったタネからあなたの花を咲かせて、また誰かにタネを託してください。その連続無窮の営みが浄土かもしれません。

浄土とは死後の理想世界ではありません。無限なるはたらきです。そのはたらきに還るならば死んで終わりではありません。

誰のどんな生き様死に様も等しくはたらきに還る-どんな一滴の雫も川となり、やがて海で一味となるように。

『正信偈』より
凡聖逆謗斉廻入 (凡聖逆謗、斉しく廻入すれば、)
如衆水入海一味 (衆水、海に入りて一味なるが如し)

2019年2月23日 14:04
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おきもち

はじめまして。 北海道の道南地区にある若松という農村のお寺に所属しており...

未来への不安をなくすには考えないこと

未来のことは考えず、今、ここ、自分に100%を振り分けて未来へ最善を尽くすことが私の考えあり、行動規範です。

2019年2月22日 10:56
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おきもち

人生の転機になる「一転語」をあなたに。 ハスノハで返信しきれない内容...

死(中有・再生)の構造を学ぶ

しゃむ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

吉武文法様も取り上げられております下記問いの拙回答もご参考されて下さい。

問い「死が怖い」
https://hasunoha.jp/questions/32640

具体的に死(中有・再生)の構造をお知りになられたいとなりましたら、是非、下記二つの書籍をお読み頂けることで参考となることがあると存じます。

「チベットの生と死の書」講談社文庫(ソギャル・リンポチェ著)
「ゲルク派版 チベット死者の書」学研文庫(平岡宏一先生訳注)

拙生も「死」が怖い時期がございましたが、上記から学んだことから、チベット密教の修習へと入り、今では、どこか死を楽しみにしているところも出てきております。

そして、死の過程を悟りへと向けた修行として活かせるための行(無上瑜伽タントラの成就法の中における行)にも努めさせて頂いています。

上記二著は少し難しいでしょうから、「ダライ・ラマと転生」扶桑社新書(石濱裕美子先生著)から是非、お読みになられてみて下さいませ。

川口英俊 合掌

2019年2月24日 14:14
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有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

質問者からのお礼

お礼が遅くなり申し訳ありません。

私の拙い悩みに、お忙しい中こんなにもたくさんの回答をいただけて驚いております。
本当にありがとうございました。

まずは死を知ること、すべての命と一つになる、今ここに集中する、次の世代につなぐ営みこそ浄土である

いろんな考えがあることを知られただけでも、学びがあったと思います。
また、死にたくない、は生き物として当然の悩み、と共感していただけたのも、安心材料となりました。
お坊様でも、同じように思うことがあるんですね、、
何となく安心したような気もします。

恐怖は年を重ねるごとに死に近づき、深くなってきたなと思います。
忘れるためにアルコールに頼ってしまうこともままあり、反省しております。
自分が取り入れやすい考え方から始めてみて、亡くなる命を嘆くより、今ある生を実りあるものにすることに集中できるよう、日々修業だと思って頑張りたいです。

まだまだ私がこの恐怖から逃れられるのは先かもしれませんが、自分にできることをします。
ご助言いただきありがとうございました。

「死ぬのが怖い」問答一覧

死を具体的に感じて怖くなりました

40を迎えて人生折り返しを過ぎ、死を具体的に感じるようになって怖くてたまらなくなってしまいました。 全てのものはいつか滅びてしまう、今のこの世界が有限でいつか終わってしまう寂しさ、悲しさ、恐怖 この前まで楽しみと喜びばかりだった我が子の遊んだり笑ったりする姿も辛く悲しく思ってしまいます。 日々の食事も自分の口にしているものが生き物の命をいただいているという事を実感してしまい恐ろしくて悲しくてたまりません。 これから終わりまでに満足な人生であったと自分自身が思えるように生きたいと思うものの自分が何をしたいのか、何をすべきなのかもわからず、全てが無意味に感じてつらいです。 娯楽も生活も仕事も何もかもが、今こんなことをして時間を浪費している場合ではないのでは、という焦りでいっぱいになってしまい手につきません。 パニックのようになってしまい、睡眠障害、摂食障害、不安と恐怖に苛まれて身体が動かないなど心身に影響が出てしまい、先日から精神科に行き始めました。 こうしている間にも全ては死に向かっているのにどうすれば穏やかに生活して人生の終わりに向かって生きていけるのかわかりません。 長くなりましたがお返事は急ぎません。 何卒ご助言などいただけましたら幸いです。

有り難し有り難し 10
回答数回答 1

死ぬことが、怖い。

私は最近ずっと「死」について考えています。朝起きてすぐ、 「いつかはこの生活も終わる。」 「怖い。」「何も無くなることが怖い。」 などと考え始めてしまいます。 学校に居ても同じです。授業中もずっとずっとそのことでいっぱいです。 「どうせこの人も死ぬ…」 「頭のいい人も悪い人も結局死ぬんだ…」 なんて、縁起の悪いことが頭の中をグルグルしています。 私は、具体的に「死」の何が怖いのか考えてみました。それは、死んだ後の「自分」が「無」になるのではないか、ということでした。 それが怖くてたまりません。調べてみれば「無」になったら死んだことすら気づかないとか、痛みなども感じないとか……恐怖でしかありません。 また、死んだら生まれる前の状態に戻るから何も怖くない。というのですが、私はそれを信じていません。 もうだいぶ前の記憶なのでそれが本当かも分かりませんが、 私の1番古い記憶は砂嵐のような黒い空間で、ピーという超音波のような?ものが聞こえているというものです。この時は眠っているような感覚でした。 私はこれを赤ちゃんの時の記憶だと思っています。 もし、これが生まれる前の感覚なのだとしたら……そう考えるだけで怖いです。 とにかく辛いです。 楽しいことも楽しいと思えなくなり、人が言うちょっとした言葉にさえも敏感に反応して勝手に悲しくなったり。 「明日」が来るのが怖いです。前までは休日というだけでハッピーだったのに今では1秒1秒、時が進んでいくのすら怖いです。 どうしたらこの怖さを取り除けるのでしょうか。 誰にも分からないことへの怖さはどうしたらいいのでしょうか。 後悔しないように幸せに生きろと言いますが、その、「幸せ」さえも心の底から感じなくなってしまいました。 この場合、どうしたらいいのでしょうか。 疑問が多くてすみません。 どうか、回答をお願いします。 この叫びたくなるほどの不安と恐怖が晴れるまで自分は質問していきたいと思っています…… ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

有り難し有り難し 8
回答数回答 1

生きてるのが怖いです

死にたいと思うのに、死ぬことが怖いです。 怒られるたびに彼に暴言を吐かれて、 自分の存在意義が分からなくなりました。 確かに、私は過去から今まで間違った生き方をしてきました。 自己中心的で、人の気持ちが考えられなくて、人を傷つけて、言われた事がすんなり理解できなくて、頭が悪くて、嘘つきで、ワガママで、自分が言いたい事は言えなくて、 本当にダメなところしかない人間なんです。 失敗もたくさんしてきました。 今でもたくさん失敗しています。 完璧な人間はいないから。誰にでも失敗はある。と聞いたことがあります。 気休めの言葉にしか聞こえません。 あまりにも暴言を言われしまうので、自分が生きていていい人間なのかも分からなくなりました。 自分が死ねば、喜ぶ人がたくさん居るんじゃないかって思います。 毎日朝が来るのが怖いです。 でも、誰よりも死ぬことが怖いです。 死にたいと思うのに、死ぬことが怖いです。 大切な子供の命がお腹に宿った時、自分の命をかけても守りたいって思いました。 でも、今はこの子の命を守ることよりも、自分の命を捨てることを考えしまいます。 子供に罪はないのに、世の中には授かりたくても授かれない方もいるのに、そんなこと考えることなんて本当に失礼なのに。 頭では分かっているのに、なんでそんな事ばかり考えてしまうのでしょう。 矛盾だらけの本当に最低な人間です。 母親失格です。 自分が分かりません。 私は生きてていいのでしょうか。 この先、どうやって生きていけばいいのでしょう。

有り難し有り難し 3
回答数回答 1

死ぬのが怖い

30代女です。 小さい頃に母を病気で亡くし、そこから死に対しての恐怖心が生まれました。小学生の時に死ぬのが怖いと感じるようになり、死ぬのは嫌だと泣いたことがありました。 そこから中学高校大学、仕事と、小学生のときのように泣くほど怖がったことはないですがうっすら漠然と死ぬのは怖いなと考えることもありました。色々と忙しかったこともあり、考える時間も少なくなってきていました。 しかし、30代になり、ずっと続けていた仕事を人間関係で揉めて、中途半端な時期に辞めました。辞めたことに後悔はなく、ずっと続いていた人間関係でのストレスも一気になくなり、最初は楽しく考えていました。しかし、暇でずっとゲームをする日々、そして自分が30代という年齢に突入したこと、周りの人は結婚をして落ち着いている中恋人もいない、次の仕事もまだ探し中、親も父のみ、そして一般的な私の年代の親よりも歳をとっていますので、父の死についても考えるようになり、父が死んだあと自分は生きていけないという考えからまた、小学生の時のような自分が死ぬことへの恐怖心が再び芽生えました。 ネットで色々調べましたがタナトフォビアだと思います、身近な人が死ぬのも恐怖ですが、自分が死ぬことへの怖さ、無になることへの恐怖が強く、突然発作のように発症し、過呼吸になったり涙が出たりととてもしんどい思いをしています。生きたくないとは思いません。死にたくないのです。しかし、不老不死のように永遠に生き続けるのも怖いです。矛盾していますが...。1度考え出すと恐怖が止まらず、夜も眠れません。今の自分の状況がこの先不安でしかなく、30代にもなってこのタイミングで結婚もしないまま死んでいくという考えしかできず、ずっと怖いです。タナトフォビアの克服など検索しましたが、読むだけで怖いです。助けてください。

有り難し有り難し 40
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