hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる
2019年のあなたを表す漢字 募集中

死ぬことを受け入れたい

回答数回答 5
有り難し有り難し 55

度々いろんなお坊様のいろんなご意見を読んでは参考にさせていただいています。

一つ最初に私はあまり信心深くなく、こんな時だけお坊様や仏様の慈悲にすがる浅ましさをお許しください。

かれこれ15年、「死ぬのが怖い」発作に苦しんでいます。

きっかけは祖母の死でした。
当時中学生になりたての絶賛反抗期で、親ともうまくいかず、勉強もうまくできず、何をやってもむなしい、いいことも何もないし死にたいと思っている最中の出来事でした。

自分がいかに死を簡単に考えていたかを身に沁みて理解しました。
悲しみよりもずっと大きく、死んだらどうなるのかという恐怖と、自分が自分でなくなり消えていく恐怖が襲いました。
悲しみよりも我が身の可愛さが先に来た自分が情けなく思いましたが、その恐怖は今もなお私を苦しめます。
必死にその恐怖を押し込めて、忘れ去ろうとすることしかできません。

親には相談できませんでした。
当時の憔悴しきった様子から、自分が何か心配をかけるような真似はできないと思いました。反抗する回数も少し減ったと思います。

その時に適切に恐怖心を処理しなかった代償か、今もふとした瞬間に目の前が真っ暗になり、足元からさーっと冷気が這い上がるような恐怖で吐き気がすることがあります。
お風呂に入っているときが一番その発作が起こりやすく、全くお風呂が安らげる場ではなくなってしまいました。

かといって人間皆いずれは死ぬのに、怖がっていることが恥ずかしく、心療内科の先生(以前適応障害を患い通っていました)にもカウンセリングの先生にもうまく伝えることができませんでした。

とにかく自分が自分でなくなり、何もわからない世界に行ってしまうことが怖くてたまりません。
そして私がいなくなった後も永遠に時間が続き、地球が滅び、宇宙が滅んでいくと考えると、手足の先が氷のように冷たくなって正気を保てなくなります。

お坊様達のご意見が聞きたいです。
お坊様達の世界の捉え方、仏様の世界を知れば、この恐怖から解放され、無事に死んでいけるのでしょうか。
親(二人とも60前後でまだ元気ですが、)が死ぬことも最近は毎日のように頭をよぎり、人間が物言わぬモノになっていくことが悲しく苦しくてたまりません。
身勝手な相談で申し訳ありませんが、どうか少しでも死ぬまでに心やすらかに人生を送れるようなヒントを頂けますと幸いです。

2019年2月21日 22:42

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 5件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

私も死にたくはありません。

なぜ私は生まれたのか?
生物学的に説明できても
哲学的に理屈をつけても
根本的には理解できません。

なぜ私はいずれ死んでしまうのか?
生物学的に説明できても
哲学的に理屈をつけても
根本的には理解できません。

なぜ生きないといけないのか?
これも根本的に分かりませんが
空腹になれば何か食べたいし
死ぬのはやはり怖いし…。

仏教では
人は死んだら成仏すると考えます。
いずれ私も死ぬんだから
だったら死んで無になるんじゃなくて
お浄土で成仏するという考えを信じたいです。

2019年3月2日 10:33
{{count}}
有り難し
おきもち

和田隆恩
 1967年京都市生まれ。山形大学理学部卒業後、証券会社で勤務。30歳で脱...

死が恐いのはとても正常です。

むしろ、死が怖くない方がどうかしてると思います。

お釈迦様は、死の事を考えるよりも、どう生きるかを考えなさいと仰ってますが、ここはあえて死に向き合って見ましょう。

自分が無くなるのではなく、全てのいのちとの境界が失くなると考えてみてはどうでしょうか?

今まで私という固有だと思われていた「いのち」が、その垣根が失くなり本来の「いのち」の世界に戻って行く。

私自身、その考えに至り届いた時に、死が恐くなくなりました。

2019年2月22日 2:37
{{count}}
有り難し
おきもち

浄土真宗本願寺派 忠専寺 住職 同宗派 特別法務員 同宗派 布教使 ...

衆水の海に入りて一味なるが如し

ご相談拝読しました。先日あなたと同じように死について悩み、恐怖や不安と闘っている方の質問がありました。↓

「死が怖い」
https://hasunoha.jp/questions/32640

この他にも選んでいただいたカテゴリから沢山の人の同じような悩みとそれへの回答に触れてみることもよいでしょう。

さて、「考えないこと」というお坊さんの回答も入っておりますが、これは難しいですよね。もちろん仏教本来はそういうものなのかもしれませんが、それが出来ない弱い私たちが無理にそうしようとすると「臭い物に蓋をする」だけになってしまい、いつまでもフタの下で臭みがくすぶっている状態になりかねません。

そうであるならば私は考えて考えて考え尽くしてみることも大事だと思います。

ところで、私が気になったのは

>(死んだら)人間が物言わぬモノになっていく

というところです。「死んだら終わり」という考え方ですね。これは仏教では断見と言って邪見(誤った考え方)の一つです。

あなたは既にご両親からたくさんのタネをいただいたことでしょう。そのタネはご両親が亡き後も芽を吹き、花を咲かせ、あなたを支える幹へと成長することでしょう。

タネを受け取ったことを自覚できる人にとって先に逝く人の死は終わりではありませんし、自ら死もまた誰かのタネとなることを実感できます。

「花びらは散っても花は散らない。形は滅びても人は死なぬ。」

これは真宗大谷派の僧侶であった金子大栄の言葉です。

あなたは受け取ったタネからあなたの花を咲かせて、また誰かにタネを託してください。その連続無窮の営みが浄土かもしれません。

浄土とは死後の理想世界ではありません。無限なるはたらきです。そのはたらきに還るならば死んで終わりではありません。

誰のどんな生き様死に様も等しくはたらきに還る-どんな一滴の雫も川となり、やがて海で一味となるように。

『正信偈』より
凡聖逆謗斉廻入 (凡聖逆謗、斉しく廻入すれば、)
如衆水入海一味 (衆水、海に入りて一味なるが如し)

2019年2月23日 14:04
{{count}}
有り難し
おきもち

はじめまして。 北海道の道南地区にある若松という農村のお寺に所属しており...

未来への不安をなくすには考えないこと

未来のことは考えず、今、ここ、自分に100%を振り分けて未来へ最善を尽くすことが私の考えあり、行動規範です。

2019年2月22日 10:56
{{count}}
有り難し
おきもち

人生の転機になる「一転語」をあなたに。 ハスノハで返信しきれない内容...

死(中有・再生)の構造を学ぶ

しゃむ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

吉武文法様も取り上げられております下記問いの拙回答もご参考されて下さい。

問い「死が怖い」
https://hasunoha.jp/questions/32640

具体的に死(中有・再生)の構造をお知りになられたいとなりましたら、是非、下記二つの書籍をお読み頂けることで参考となることがあると存じます。

「チベットの生と死の書」講談社文庫(ソギャル・リンポチェ著)
「ゲルク派版 チベット死者の書」学研文庫(平岡宏一先生訳注)

拙生も「死」が怖い時期がございましたが、上記から学んだことから、チベット密教の修習へと入り、今では、どこか死を楽しみにしているところも出てきております。

そして、死の過程を悟りへと向けた修行として活かせるための行(無上瑜伽タントラの成就法の中における行)にも努めさせて頂いています。

上記二著は少し難しいでしょうから、「ダライ・ラマと転生」扶桑社新書(石濱裕美子先生著)から是非、お読みになられてみて下さいませ。

川口英俊 合掌

2019年2月24日 14:14
{{count}}
有り難し
おきもち

川口 英俊
「僧侶は、悩む人に正しいくすりを調剤できる薬剤師であれ」 http:...

質問者からのお礼

お礼が遅くなり申し訳ありません。

私の拙い悩みに、お忙しい中こんなにもたくさんの回答をいただけて驚いております。
本当にありがとうございました。

まずは死を知ること、すべての命と一つになる、今ここに集中する、次の世代につなぐ営みこそ浄土である

いろんな考えがあることを知られただけでも、学びがあったと思います。
また、死にたくない、は生き物として当然の悩み、と共感していただけたのも、安心材料となりました。
お坊様でも、同じように思うことがあるんですね、、
何となく安心したような気もします。

恐怖は年を重ねるごとに死に近づき、深くなってきたなと思います。
忘れるためにアルコールに頼ってしまうこともままあり、反省しております。
自分が取り入れやすい考え方から始めてみて、亡くなる命を嘆くより、今ある生を実りあるものにすることに集中できるよう、日々修業だと思って頑張りたいです。

まだまだ私がこの恐怖から逃れられるのは先かもしれませんが、自分にできることをします。
ご助言いただきありがとうございました。

「死ぬのが怖い」問答一覧

死ぬのが怖い

30代女です。 小さい頃に母を病気で亡くし、そこから死に対しての恐怖心が生まれました。小学生の時に死ぬのが怖いと感じるようになり、死ぬのは嫌だと泣いたことがありました。 そこから中学高校大学、仕事と、小学生のときのように泣くほど怖がったことはないですがうっすら漠然と死ぬのは怖いなと考えることもありました。色々と忙しかったこともあり、考える時間も少なくなってきていました。 しかし、30代になり、ずっと続けていた仕事を人間関係で揉めて、中途半端な時期に辞めました。辞めたことに後悔はなく、ずっと続いていた人間関係でのストレスも一気になくなり、最初は楽しく考えていました。しかし、暇でずっとゲームをする日々、そして自分が30代という年齢に突入したこと、周りの人は結婚をして落ち着いている中恋人もいない、次の仕事もまだ探し中、親も父のみ、そして一般的な私の年代の親よりも歳をとっていますので、父の死についても考えるようになり、父が死んだあと自分は生きていけないという考えからまた、小学生の時のような自分が死ぬことへの恐怖心が再び芽生えました。 ネットで色々調べましたがタナトフォビアだと思います、身近な人が死ぬのも恐怖ですが、自分が死ぬことへの怖さ、無になることへの恐怖が強く、突然発作のように発症し、過呼吸になったり涙が出たりととてもしんどい思いをしています。生きたくないとは思いません。死にたくないのです。しかし、不老不死のように永遠に生き続けるのも怖いです。矛盾していますが...。1度考え出すと恐怖が止まらず、夜も眠れません。今の自分の状況がこの先不安でしかなく、30代にもなってこのタイミングで結婚もしないまま死んでいくという考えしかできず、ずっと怖いです。タナトフォビアの克服など検索しましたが、読むだけで怖いです。助けてください。

有り難し有り難し 7
回答数回答 1

死への恐怖

母は私が幼いころに癌を患い、その後治療を続けていたものの半年ほど前に再発しました。今すぐに命に関わるという病状ではないのですが、身近な人間の死に関わりうる病気を通して死というものを考えることが増え、もうどうしていいかわかりません。 私と母とは30ほど歳が離れています。つまり、一般的な寿命を迎えることができても、私はいつか母がいない時間を30年も過ごさなければいけない。そのことが私には耐えられないことに思えます。私には妹弟はおりませんので、私は家族の中で最も長く生きる可能性が高いわけですが、自分の大切な人が皆亡くなってもなお生きていかなくてはいけないのでしょうか。頭ではそんなことわかっているのです。死は避けられない、身近な人の死も受け入れなくてはいけないし、皆そうやって受け入れて乗り越えて生きていると思うのですが、わたしにはそのことができないように思えます。親不孝の極みですが、母が死ぬ前に死ねたら幸せだなとすら思ってしまいます。 私が中学3年の時に祖父が亡くなった時のことを未だに忘れることができません。少し前まで生きていた、人が、生きてはいないということが受け入れられず、その恐怖を忘れることができません。昔見たドラマで、大量殺人を犯した犯人が、人をモノにするのが好きなんだと言っているものがありました。祖父の葬式の時に感じた、人がモノになったということが、私の中に恐ろしい記憶として残っています。祖父の死以来、刑事ドラマも不愉快で見ることができません。人の死を面白がって作っているように思えてしまうのです。私はどうしたらいいのでしょうか。受験期に入り、ストレスや疲れもも溜まっているのか、死ぬこと、母のこと、いつか大切な人が皆亡くなってしまった時のことなどばかりかんがえてしまいます。

有り難し有り難し 4
回答数回答 1

死について考えるとパニックになります

死ぬことがとても怖いです。 死んだ後、こうやって今文字を打ってる、自分という存在はどうなるのかと考えると、怖くて仕方ありません。 死は逃れられないのだから、どうにか死を受け入れられるように、死というものに悲しいイメージを抱かないようにと、お釈迦さまの考えや、聖書など様々なものを読みました。 ですが、いざ死について考えた時、魂という存在や天国、地獄など、それらのものが無かったら?と考えてしまいます。 最近はニュースなどで殺人や自殺など誰かが亡くなってしまう内容を見ると、死は突然訪れるのだと強く感じ、とても苦しく、死にたくないと叫び泣いてしまいます。 こういう話を周りに相談すると、後悔の無いように生きることを全うする、考えても仕方ないのだから考えないようにするなどアドバイスをいただきます。 ですが、後悔の無いように生きても、私は死にたくないんです。死ぬ前に生きてて楽しかったな、なんて思える気がしません。 不老不死でいいのかと言われたら、それで構いません。私という存在が無くなることの方が怖いです。 死からは逃れられないという気持ちと、死ぬことが怖いと思う気持ちどちらも交互に出てきて、また教えやアドバイスを受けても、実際はどうなのか分からないじゃないかと考え受け入れることが出来ない、そんな自分はどうすればいいでしょうか。 まとまりのない文章となり申し訳ございません。お願いします、助けてください。

有り難し有り難し 40
回答数回答 3

死への恐怖を改善したい

初めて質問をする者です。 よろしくお願いします。 当方、大学4年生で就活活動中です。 タイトル通りなのですが、 いわゆる自分はタナトフォビアなのだと思います。 きっかけは恐らく 幼稚園の頃に経験した祖母の死 小学生の頃に経験した祖父の死 高校生の頃に経験した母親の死 だと感じています。 身の回りにこれだけの身内の死を経験した人がいなく、あまり共感はされません。 仕方のないことだと分かっています。 避けられないことだとも分かっているのです。 しかし、怖いのです。最近時間があるせいか、毎日のように死んだらどうなるのか、これからの別れに耐えられるのか、生きる意味とは何なのか、そういうことばかり考えています。 何も手につかなくなってしまいます。 周りの人たちは、こういうことを考えず前向きに将来のことを語っているのに、今の私にはそれが出来ません。私も前向きに将来を語りたいです。 心配性なところもあり、果たして自分はいつまで生きることが出来るのか、考えても仕方がない未来のことを心配してばかりいます。 周りからは明るい人間だと言われるのですが、今はとてもそんな状態ではありません。 きっと母親の死が大きすぎたのですが、高校生活が忙しく、適切に処理出来ていなかったのだと思います(泣いたら駄目だと思っていました) 同じように悩んでいらっしゃる方をここのサイトで知ることが出来、私だけではないのだと感じることが出来たのですが、やはり心配性、恐怖は改善されませんでした。様々なQ&Aを見てきた中で、なぜ仏教を学ばないのかと不思議に思うことがあるという回答をしていらっしゃったお坊さんがいたのが印象的でしたので、初心者にもおすすめな本などがあれば教えて頂ければ幸いです。 避けられない運命を、せめて受け入れられる考え方、心得を教えてほしい、助けてほしい。 以上、長文にお付き合いいただきありがとうございます。

有り難し有り難し 9
回答数回答 2

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る