自己紹介
初期仏教というか仏教本来の教えを学びつつ、その在家信者のあり方から見た日本仏教、浄土真宗ということで活動しております。
先祖供養とか功徳回向とか、みんなお釈迦様が最初からおっしゃっていたって、ご存知でしたか。私たちも謙虚に堂々と日本仏教しましょう。
著書いろいろあります。『功徳はなぜ回向できるの?』、『お布施ってなに?』、『悟りの四つのステージ』などなど。
Amazonなどで検索してみてください。
2019年度より広島大学客員教授
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回答した質問
業は人ではなく行為
初期仏教の見方では、AとかBなどと言う不動の誰かがいるとは見ません。
Aという心身の連続がある時体を使って善い行いをした、とか、言葉を使って悪いことをした、などと言う行為が、業になって、しか...
スマナサーラ長老の初期仏教の単純明快な答えがYoutubeで
①
初期仏教というか釈尊がそう語っています。善因楽果悪因苦果はステレオタイプというか真理なので、その後のどの宗派もさすがにこれは外せずに持っています。
②
あるというか、解脱のことです...
親孝行が一番効くかも
怒りに対する薬は慈悲・慈しみだと言います。
何か・誰かに対して怒りが湧いてきたら、「○○が幸せでありますように」とその対象に対して逆に慈しみの心を作って相殺させるのが良い生き方のコツだと言い...
これで充分でしょう
夢で見たあまりにもリアルなその情景が、お父様にとってもあなたにとっても、「事実」ではないのでしょうか。
そうありたかったという気持ちを、あなたもお父様も同じように持っていたから、夢でそう「実...
いがみ合いをエネルギーにするか助け合いをエネルギーにするか
人は一人では生きていけません。誰か他の生命と交流しながら、物質だけでなく心のエネルギーもやり取りしています。家族、友人、仕事関係、みんな心でもやり取りしています。それが生きるエネルギーになってい...
輪廻は業とセット
で考えてください。良さげな生涯を送れているなら、前世の功徳(善業)がはたらいているから、苦しい生涯を送っているなら、前世の悪徳(悪業)がはたらいているから、と。天が気まぐれに人を苦しめたり甘やか...
初期仏教の考えでは
心が脳にあると考えるのは現代科学、心臓のあたりに一粒みたいにあると考えるのはバラモン教(インド)の考え方に似ていますね。
初期仏教(お釈迦さま)の心の理解をご紹介します。ご参考まで。
心...
死ぬのを認めたくない
、という否定的な気分が出てしまうからでしょう。
大好きなお父さんがやがて死ぬことが嫌なだけでなく、日々、衰えていくことも、当然、嫌でしょう。立派で、自分をしっかり守ってくれた人が、今やよぼよ...
自分の気持ちに素直に気付いて認める
のが成長の第一歩です。
人はどうしても誤魔化しがちです。他人に対してはともかく、自分で自分を善人だと誤魔化すのが、案外厄介なのです。誤魔化しているうちは、治しようがありません。体の悪いところ...
不倫とは契約違反のこと
在家五戒の一つ「不倫をしない」は、原語で正確に言うと「いろいろな欲に関して邪まな行いにならない」です。この場合、何が「邪ま」かは、関係者によって決まります。
関係者とはまず「あなた」と「私」...
先生への挨拶
①初期仏教では、仏様にお参りするのは、修行中のお坊さんに挨拶する延長の、修行を完成させて修行法を教えてくださった先生に挨拶するのだと見ています。
仏様を、神様みたいに願いを聞いてもらう(もら...
善友に親しむ
初期仏教では(特に智慧や道徳心において)自分より優れている人とこそ交流すべきと勧めます。そういう人を善友と呼びます。同等な人とばかりつるむと、楽でも成長はないでしょう。劣った人には、導いてあげる...
完璧を目指すとつらい
お母さまには理想の人間像(わが子像)があるようで、自分はさておき、子供にだけはそのようになってほしいようですね。しかし、お母さまがそのようになるのは良いのですが、他者をそのようにしようとするのは...
怒りも欲も使いようで切れる
怒りや欲を原動力にして成功する場合と失敗する場合があります。
失敗する場合は、欲・怒りに囚われすぎて結局、肝心の仕事に集中して頑張れなかったのだと思います。成功する場合は、原動力は欲・怒りで...
遠くにありて思うもの
親の恩は返せないほど重いと仏教でも言うのですが、それにしても世話をするほうもされるほうも感謝の気持ちがないとむつかしいでしょう。
近くにいて世話をして逆に心が疲弊するようなら、その分、離れて...
仏壇も墓も
生きている私たちの心が働いているのは体のどこですか?と、釈尊は問うて、誰も答えられないので自分で答えたのですが、その答えとは、痛みなどの感覚が生じたそこ、です。体のどこか、そのつど、違うのです。...
途中で辞めていいです
親と子の間には子も親に対する義務が、生徒と先生の間には、生徒にも先生に対する義務があります。育て教えてくれる立場の人を信頼し、人間として必要なことを指導してくれるのだから感謝して教わらないといけ...
業には生まれる前のものと生まれてからのものがある
仏教の因果は無数の前世の分も含めています。それは自分でも分からないので、今世でえらく理不尽な目に遭っているとしたら、「まあ、前世の業が悪かったのだろう」と仏教国では無理やり気に病まずに対処します...
効かないおまじないより効くおまじないを
あなたのおばあ様だとしても他の霊だとしても、盛り塩とか水晶とかセージでは、なんだか追い出したいだけみたいで、相手は気を悪くするだけではないでしょうか。
何か伝えたいことがあるとしたら:
...
自他の区別より善かそうでないか
他者のために何かしてあげるのは善行為です。報酬をもらうとしても、自分の労力などを使ってやってあげるのですから布施行と考えられます。仕事も家事も、嫌々とかでなく相手のためにとやれば布施行・善行為と...